第42話 銀等級昇格試験 其の五
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リュートは、内心焦っていた。
何度か仕留めたと思う場面は多々あった。
しかし《ステイタス》による身体能力の高さを以て上手く回避されてしまったのだった。
(これが《ステイタス》……)
今身を以て《ステイタス》持ちという人外の脅威を体験しているのだった。
以前ザナラーンにて一度 《ステイタス》持ちであるアッシュと対峙し見事射殺したのだが、リュートからしたら非常に仕留めやすい相手だったので、知らぬ間に《ステイタス》持ちと戦っていたなんて知る由もなかった。
リュートは五十本以上も収納できる大型の矢筒を指で二度突く。
からからと音を聞いて、その音で残り本数を把握する。
(残り十本くれぇか。しっかり仕留めねぇと)
これが弓使いの弱点。
矢が無くなったら、攻撃手段を圧倒的に失ってしまうのだ。
とりわけリュートにおいては、弓以外の武器や攻撃がまるっきりだめだめなのだ。
何度も剣等の武器を練習したのだが、村の大人達から「居た堪れないからもう止めておけ」と止められてしまう程に下手だったのだ。
そんな弓以外の攻撃手段がほぼ皆無なリュートは、矢が生命線だったりする。
(補充なんて出来ねぇし、何とかしねぇとなぁ)
リュートは頭をフル回転させ、戦術を組み立てていく。
ハリーとの距離は大股五歩程度、遠くも無ければ近くもないが、ハリーの《真・縮地》を使われてしまうと一瞬で詰められる距離だ。
矢の残り十本は厳しいが、やるしかないだろう。
リュートは生まれて初めて勝ちたいという願望が沸き上がっていたのだ。
(ぜってぇ、仕留める!!)
リュートは矢を上空に打ち上げた。
そしてハリーはと言うと、苛立ちを隠せないでいた。
大枚を叩いて《ステイタス》を得て人外の領域に踏み込んだにも関わらず、普通の人間であるリュートに苦戦を強いられているからだ。
そう簡単には勝てないのはわかっていたが、まさかここまでとは思ってもいなかったのだ。
スキル《戦嵐》で吹き飛ばしても、その状態で矢を射ってくる異常さ。
更には進化した《真・縮地》にも対応してくる。
目の当たりにした現実から逃避したくなる気持ちを抑えるのに必死だ。
(畜生、ここまで来ると本来の人間の性能の差があるって認めないといけない。悔しい、滅茶苦茶悔しいっ!!)
今となっては苛立ちの他に悔しさが込み上げてきていた。
ハリーとリュートの実力は、ハリーが《ステイタス》を得た事によって差が埋まって互角になったという事実を突き付けられているからだ。
こんな事実、悔しくない訳がない。
(畜生、畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!)
近付こうとしても、的確に脚や腕を弓で狙ってくるので、不用意に距離を詰める事が許されない。
明らかに攻撃回数はリュートの方が上で、ハリーは手をこまねいている状況だ。
ならどうするべきか。
ハリーは思考を常にフル回転させながら戦っていると、目の前にいるリュートが上空に矢を放つ。
まただ。
また、あの曲射をやって、落下地点に自分を誘導する気だ。
咄嗟にそう結論付けた。
だが、ここで致命的なミスをする。
ハリーはリュートの攻撃自体に注視し過ぎて、彼の矢筒に入っている矢の残り本数を確認していなかった。
誘導する程矢の余裕がないのは矢筒を見れば明らかだったのだが、リュートの上手い誘導の事が頭にこびりついている為、つい見逃してしまったのだ。
ハリーは上空を見て、矢の落下地点を予測しようとした。このまま行けば立っている自身の位置に落下するだろうと容易に予測は出来た。
たった数秒で落下位置を予測出来たハリーは十分に凄い。
が、リュートから目を一瞬でも視線を外したのも、致命的なミスだった。
びんっと弦を弾く音が聞こえた時には、ハリーもしまったと思い視線を急いでリュートに戻す。
だが、放たれた矢は既にハリーを捉えていた。
(ま、ずい!!)
恐らく狙った箇所は、右腕付け根部分。
かろうじて半身になって矢は避けるが、ここでリュートの気配の希薄さの影響が出た。
しっかりと意識していないと見失ってしまいそうだったリュートの存在が、矢を避ける事に意識を向けてしまった為についにリュートを見失ってしまう。
(何処だ!?)
すると自分の真横から、走ってくる足音が聞こえる。
まさか、さっき放った矢をブラフにして距離を詰めてきたのか、とハリーは驚愕した。
そして音のする方向に視線を向けた時、眼前にはリュートの右膝があった。
もう回避する事自体出来ない距離まで迫っていた右膝は、そのままハリーの鼻先を潰して顔面に突き刺さる。
「ぶはっ!?」
リュートは、この数秒が欲しかったのだ。
リュートは自身の奥義とも言える気配を消して自然と同化する方法をフル活用する事を選んだ。
その為には数秒でも時間が欲しかった。
恐らく曲射による攻撃はハリーの頭の中に強烈に植え付けられただろうと思ったリュートは、二重のブラフを仕掛ける事にした。
一つ目は曲射を放って一瞬でも意識を自分からそらす。
二つ目は視線を自分に戻した際に迫ってくる矢の回避によって、完全に自分から意識をそらさせる。
この二重のブラフは見事成功し、ハリーはリュートを見失ってしまった。
そして長年の狩りの経験で得た、音が出にくい走法を使って、二つ目のブラフを放った瞬間に、音が出ないように矢筒を抑えながら既に走り出していたのだ。
流石に足音を完全に無くす事は出来ない為、距離が詰まった際にどうしても気付かれてしまうのだが、思ったより気付くのが遅かったので飛び膝蹴りが見事にクリーンヒットしたのだ。
リュートは飛び膝蹴りによってまだ空中にいる状態だが、またとんでもない事をする。
リュートが曲射により放った矢がリュートの真横を掠めようとした時だった。
彼は待ってましたと言わんばかりにその矢をばしっと掴み、着地した瞬間弓を射る。
リュートは思い付きで、一つ目のブラフを三つ目のブラフにアドリブで作り出してしまったのである。
当然それを観ていた観客は口を開けて呆けるしかない。
放った矢は、膝蹴りを顔面に食らってよろけて後退するハリーの足の甲を捉える。
ずぶりと深く矢が刺さり、ハリーから短い悲鳴が漏れる。
だが、このままだと負けると思ったハリーは、右手で矢を抜こうとするが、今度は右肩を射貫かれる。
「ぎゃっ!!」
あまりの痛さに、大剣を地面に落としてついにはうずくまってしまう。
致命傷は避けてくれているが、この傷ではもう戦闘続行不可能だった。
完全な敗北である。
そして、リュートはいつでも矢を放てる状態で近付き、鏃をハリーの額に向けて言い放つ。
「おしめぇだべ」
ああ、完全に負けだ。
認めたくないが、完全なる敗北。
しかも一太刀も浴びせられずの敗北だ。
いっそすがすがしささえある。
降参だ。
そう言おうとしたが、口が震えて言い出せない。
思考では負けを認めているが、ハリーの心は悔しさでその言葉を言いたくないと拒否していたのだ。
もう戦えないが、彼の心は敗北を認めたくなかったのだ。
だが、もう無理だ。
「……こう、さんだ」
やっと言えた言葉は、震えていた。
言葉に悔しさが滲み出ていた。
「そ、そこまで! 勝者、リュートさん!!」
受付嬢が驚きが隠せないという表情を浮かべつつ、リュートの勝利を宣言。
そして一拍置いて、観客から歓声が沸く。
主にリュートの勝利を称える歓声だ。
それはそうだ、長年普通の人間が《ステイタス》持ちにタイマンで勝つのは不可能と言われていたのに、リュートは無傷で勝利してしまったのだ。
これはまさに偉業なのだ。
中には女性冒険者から熱烈なラブコール発せられていた。
(……ふぅ、何とか勝てたな)
どう見ても完勝なのだが、リュートからしたら辛勝だった。
動く的に矢を当てるのに、約三十本以上の矢を使用してしまったのだ。
弓の腕に自信があったリュートにとって、これ程屈辱的な事はなかった。
結局は的に近づくという危険極まりない行動をせざるを得なかったし、ハリーはそれだけ強敵だったと示唆しているものだった。
(《ステイタス》持ちの対策、しっかりと考えておかねぇとなぁ)
オラもまだまだだべな。
リュートはそう思いつつ、この場では勝利の余韻に浸る事にした。
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〇リュートの戦闘能力
結論から言えば、弓以外はからっきし駄目である。
剣は村の子供以下で、ならば短剣ではどうかと練習させたが、剣よりほんの少しマシ程度。
体術においては非常に特殊で、何も身に付けていないと子供の喧嘩レベルなのが、弓と矢筒を装備させるとたちまち村の大人達を圧倒できる強さを見せる。
それを見た商人は、「えっ、弓と矢筒がバランサーみたいなもんなの?」と呆れかえっていた程だ。
そう、リュートは弓に非常に特化し過ぎている人間なのだ。
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