第45話 田舎者弓使い、スポンサーを得る 其の一


竜槍穿りゅうそうせん》のハリーとニーナがいちゃついている頃、リュートの方はスポンサーになりたいという人物とついに会う事になった。


「先程の試合、私も拝見したよ。とても素晴らしかった」


「えっと、ども……」


 つい、リュートはそっけなくなってしまう。

 何故なら、目の前にいる男……女とも思える美貌の持ち主だからだ。

 金髪の長い髪を後頭部で纏め、しゅっとした顎に切れ長な眼。

 まるで宝石のようなエメラルド色の瞳に微笑を浮かべており、誰もが見惚れる容姿をしている。

 服は白を基調にしたいかにも貴族ですと言った格好であった。

 しかし、一番気になるのが、耳であった。

 スポンサーに名乗りを上げた人物の耳は長く、先端が尖っていた。


 リュートの視線に気が付いた彼…彼女? は、微笑みを崩す事無く答えた。


「ああ、君はこの耳が気になるのかい?」


「あっ、わりぃ。初めて見るんで……。その、生まれた時、からかえ?」


「ぷ、あははははは!! 安心してくれたまえ、別にこれは奇形じゃないよ!」


 リュートは病気か何かと勘違いしていたが、どうやらそうではないらしい。


 ハーレィは立ち上がり、耳が尖った人物に会釈をする。


「お待たせして申し訳御座いません、ディブロサム伯爵様。それとこちらのリュート、田舎から出てきているので、少々世間知らずな部分と丁寧な言葉遣いが出来ないので、大目に見て頂けると助かります」


「うん、そこは承知しているよ」


 ハーレィはディブロサム伯爵にソファに掛けるように促し、ディブロサムもそれに従って美しい所作で座った。

 ハーレィはそのまま立ったまま、ソファの横で待機している。


「さて、自己紹介をしようか。私は《エリッシュ=ディブロサム》、ここから徒歩で一時間いちこく離れた場所にある街を領地としていて、爵位は伯爵だよ。君が気になっていた耳は、私が《自然に愛された麗人エルフ》だからだよ」


「……エルフ」


「その反応を見ると、エルフ――いや、亜人と会うのは初めてかな?」


「んだ。オラ、おめえのような耳尖った奴とか知らね」


「ふむ、なら自己紹介がてら、亜人と呼ばれる我らの説明もしておこうかな」


 エリッシュは足を組んで語り始める。


「まず、亜人は主に我々エルフ、様々な動物の姿や能力を得た《獣人》、背は低いけど腕力と手先の器用さに優れた《鉱物に愛された小人ドワーフ》がいるよ。ラーガスタ王国に亜人がいない理由としては、それぞれの種族が国を作り、外部接触を避けているんだ」


「……それは何故?」


「ラーガスタ王国からそれなりに離れた所に《エンブロッシュ帝国》という国が存在していてね、そこは人間至上主義を掲げた場所なんだ」


「……人間至上主義? んな馬鹿な。人間が至上なんて、そいつら頭おかしいんでねぇか?」

 

 リュートは魔境に囲まれた村で育った。

 人間なんて、自然や魔物の中ではちっぽけな存在でしかない。

 人間はそういう存在であると知っているリュートにとって、人間至上主義なんてものはばかげているとしか思えなかったのだ。


「ふふ、君みたいな考えの人が多ければいいんだけど、残念ながら帝国や他の国でもこの主義は根付いてしまっているんだよ」


「ふぅん、阿呆らしくて呆れるだよ」


「まぁ、そういった理由で迫害を受け続けた亜人達は何とか逃げ出し、そして国を作った。帝国領土を戦争で刈り取って得た亜人もいれば、私達エルフのようにラーガスタ王国の支援を受けて、公式で国として認められた者もいる」


「そのドワーフってのは?」


「ドワーフは確か、《商業の国 ライカンシュタ》と手を結び、鉱山が多く産出される地域を領土として譲り受けて、鍛冶全般をライカンシュタに輸出する事を条件に国として認められたよ。ドワーフはライカンシュタ、エルフはラーガスタ以外は外部接触を断っているんだ」


「……じゃああんた以外亜人を見かけない理由は?」


「やっぱり、人間が怖いんだろうね。私みたいな奇特なエルフ以外は、自分の国に引き籠っているよ。ラーガスタでも、一部の人間は『自分達は亜人より優れているんだ』と主張しているのもいるしね」


「成程――ん? 獣人は?」


「獣人は、今現在多方面に戦争を仕掛けているよ。ラーガスタも国境付近で獣人と小競り合いをしている最中だね。獣人は子供を多く産み落とせる特性があるから、戦闘特化の獣人は好戦的且つ獰猛でね。喜んで戦争をしているのさ」


「……王国兵士達が忙しいのは、それのせいかぁ」


「その通り。獣人こそが真の覇者であるという主義を掲げ、今まで虐げられてきた人間を抹殺する事に躍起になっているね」


「こっわ」


「ふふ、そうだね、怖いね。我々エルフやドワーフから見たら、平穏に暮らせたらそれでいいし、人間に思う所はあっても恨み続けるのは疲れるからね」


「そうだな、恨み続けるのは疲れるだよ、きっと」


「当然私も人間に怨みを持っていないよ。じゃなきゃ、この国で爵位なんて得ないさ」


 二人は一拍間を置くように紅茶を飲む。

 そして、リュートは本題を切り出す。


「んで、オラのスポンサーになってくれるんけ?」


「ああ、そうだった。私は君の卓越した弓の腕前に惹かれてね、是非私が支援したいと思ったんだ」


「それはありがてぇよ。どんな支援をしてくれるんだぁ?」


「……思うに、君は今日の試合、あまり納得していない勝ち方だったんじゃないかな?」


「っ!!」


 見透かされた?

 リュートは表情に出していないと思ったが、どのようにしてわかってしまったのだろうか?

 目の前にいるエリッシュに、少しばかり警戒心が生まれてしまう。


「あはは、そう警戒しないでくれたまえ。私は洞察力や思考力に抜きんでていてね、相手の仕草、声色である程度情報を引き出せるんだ」


「……」


「そうだねぇ。君の弓の腕前は極まっていると言ってもいい。だから、ちょっとした鍛錬ではこれ以上強くはなれないよ」


 エリッシュがと言ったのは、まだ成長の余地はわずかに残されているという意味だ。

 リュートにもそういう意味合いである事は、何となく察知した。

 そして、エリッシュから鍛錬では強くなれないと指摘された事で、軽く絶望する。


「じゃあこれ以上強くなれないかといったら、そうではない」


「え?」


「君に圧倒的に足りないもの、それは《知恵》だよ」


 エリッシュは自身のこめかみを指でとんとんと叩く。


「君は良くも悪くも自然の事や狩りに関する知識に特化し過ぎている。だから、今日みたいな対人戦では決め手に欠けてしまった」


「……」


 図星だ。

 まさに、その事で今後どうしていこうか悩んでいた。


「人間も我々亜人も、重要なのは知識だ。幅広い知識があるからこそ、壁にぶち当たった時に解決策を模索出来る。残念ながら今の君の知識の量じゃ、壁を乗り越える程の解決案は浮かんでこないだろう」


「じゃあ、どうしたらええ?」


「そこで、私は金銭面ではなく、君に足りない知識を叩き込む支援をしようではないか!」


「……知恵を叩き込む、支援?」


「その通り! 君はきっと知識を得たら、もっと強くなれる! 弓の完成形であるリュートに王国兵士並みの知識が身に付いたら君が何処まで高みに至れるか、私はそれを見たいんだよ!」


 宝石のような瞳をより輝かせ、リュートに熱弁を振るった。


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