第34話 悪意の集落、殲滅戦 其の三


 戦いは激化していく。

 家屋に潜んでいるゴブリンは、まるでゴキブリの如く湧いて出てくる。

 そして、《ジャパニーズ》からもたらされた最悪の報告。

 約八百メートルミューラ先にある崖の洞窟から、百を超える増援に加えてチャンピオンまでいるという。

 恐らく二百を超えるとんでもない規模の集落コロニーだった。

 

 ハリーは内心舌打ちをしていた。


(この規模、俺達の人数で殲滅出来るもんじゃないぞ。ギルドめ、帰還したら危険手当をせしめてやる!)


 皆、頑張って踏ん張っている。

 あまりにもゴブリンを斬りすぎたので、持っている武器が血糊で切れ味が落ちているのもわかる。

 だが休む暇すらない。

 斬れなくなったら頭を叩いて撲殺するしかなかった。

 多人数協力依頼レイドメンバーが放つ怒号とゴブリンの耳障りな断末魔が響き渡る中、ハリーはふと空を見た。

 そこには《ジャパニーズ》のメンバーであるリョウコが、上空に複数の瓶らしきものを浮遊させていたのだ。

 数にして五つ。

 ハリーは迫ってくるゴブリンを排除しつつ、その様子を伺った。

 リョウコはどうやらスキルを使って、瓶をゴブリンの援軍の頭上へ運んだ。

 その瞬間、銀閃が瓶を全て貫く。

 ぱりんと音を立てて割れる瓶、そしてゴブリンの増援に降り注ぐ透明色の液体。

 液体はゴブリン達にかかるが、特にゴブリン達に変化はない。

 が、次に赤い光をまとった矢がゴブリンの増援に向けて放たれた。

 

 火矢だ。


 火矢がゴブリン達に着弾すると、一瞬の内に炎が巻き起こる。

 無数のゴブリン達が火達磨になり、阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出していた。

 

「……まさか、ガソリンが入った瓶だったのか?」


 誰がそんなものを用意していたかは不明だが、恐らくリュートではないだろうか。

 あの丘から浮遊した瓶が最終的に止まった位置は、距離にして約三百ミューラオーバー。小さい瓶を弓で射貫いたのだ。

 恐らく増援をギリギリまで引き付けて、弓の射程範囲に入った瞬間に射貫いたのだろう。

 その予想は大当たりで、リュートは冒険者の間で最近流行しているガソリンを、念の為持ってきていた。

 どこぞの流れ者が作ったと噂されるガソリンは、通常の油よりも可燃性が高いと冒険者の間でじわじわと流行しだしており、相当数を討伐する依頼の時に使う冒険者が増えてきていた。

 ただ、あまりの可燃性のせいか逆に冒険者側も火傷する等の事故が発生している為、取り扱いは厳重注意となっている。

 今回、リュートは受付嬢からガソリンの存在を聞き、この依頼で火責めとして使える場面があるのではないかと考え、準備していたのだった。


 しかし、こんな土壇場で大胆な策を思いつく機転の良さ、そして何より異常な弓の腕前。

 ハリーは身震いした。

 とんでもない冒険者が現れた、と。

 

 しかし、増援全員に着火した訳ではない。

 燃える仲間を押しのけて、後方にいたゴブリン達は押し寄せてくる。

 だが、それもリュートは読んでいたのだろう。

 リョウコは更に四つの瓶をスキルで浮遊させ、集団の頭上に停止させる。

 そして寸分違わず瓶をリュートが射貫く。

 追加で降り注いだガソリンは、近くで燃えているゴブリンが火種になり、一瞬で豪炎を巻き起こす。

 この機転のおかげでどうやらチャンピオンを処理出来たようで、増援の約三分の一と少し程度は数を減らせた。

 

 勝機は見えてきた。


 一番厄介なチャンピオンを排除出来たなら、後は有象無象だ。

 ハリーは、声を張り上げる。


「チャンスだ!! 総員力を振り絞って増援を駆逐しろ! チャンピオンは既にいない、後は雑魚のみだぁぁぁ!!」


「はっはーっ!! 一番槍は《鮮血の牙》が貰うぜぇぇぇ!!」


 ウォーバキンを先頭に、《鮮血の牙》がゴブリンの群れに飛び込む。


「うおぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ウォーバキンが剣を横薙ぎすると、一気に三匹のゴブリンの腹を切り裂いた。

 腹からは贓物が漏れ出し、斬られたゴブリン達は消えゆく意識の中、自分の贓物を腹の中に戻そうとして何とか生き延びようとする。

 が、それは叶わず大量に血を流してそのまま倒れるのだった。

 ガイはウォーバキンの背後から迫るゴブリンを盾で防ぎ、そして盾でぶん殴る。

 レイリは美しいフォームで刀を振り、一刀の元ゴブリン達の命を奪っていく。

 リゥムは持っている杖で撲殺をしつつ、ガイとウォーバキンに回復魔法をかけていく。

 驚くべきは、詠唱を破棄している点だ。

 詠唱破棄は相当熟練しないと出来ない技で、力を借りている超常的存在と友好関係を結んでいないと成り立たない技術でもある。

 つまりリゥムは、かなりの友好関係を結んでいる事になる。

 カルラは無防備になったリゥムを援護するように、クロスボウで迫りくる敵を射殺したりして貢献をしている。


竜槍穿りゅうそうせん》は流石熟練の冒険者集団だった。

 ハリーは大剣を横に薙ぐと暴風のような剣圧が吹き荒れる。

 あるゴブリンは吹き飛ばされ、剣の餌食になったゴブリンは複数匹まとめて横に両断されてしまう。

 大剣は既にゴブリンの血糊で輝きと切れ味を失っているが、ハリーの膂力で強引に叩き斬っている状態だ。

 優雅に立ち回っているニーナは、基本的にサポート役に徹している。

 彼女は精霊魔法と神聖魔法の両方を使える人物で、的確にサポートをし、負傷をしたら回復魔法を使うのだ。

 ゴブリンが放つ矢を、風の精霊の力を借りて発動する《風の防壁エアスクリーン》を使って仲間達を守り、精霊魔法の中で数少ない攻撃魔法である《火の針ファイア・ボルト》を連射して排除したり、時には杖を用いて攻撃をしたりと多岐に渡って活躍していた。

 黒魔法の使い手であるヨシュアは、拘束詠唱が得意な魔法使いだ。


「黒き黒よ、我が眼前にいる者を黒く染め上げ、更なる黒を与えたまえ! 発動、《漆黒の滅破ブラッディ・ロア》!!」


 前に出された両掌から黒く太い光線が放たれる。

 現界の全てを黒に染め上げたい願望がある超常的存在、《黒なる黒を追い求める者 ディ=ブラク・ディラ》の力を借りて発動する《漆黒の滅破ブラッディ・ロア》は、ゴブリン達の身体を抉り、残った肉体は真っ黒となって消滅していく。

 放たれ続ける光線を少しずつ横にずらしていき、十を超えるゴブリンを黒く消滅させていった。

 エリーは詠唱中無防備になっているヨシュアを援護する為に、ナイフで刺し殺し、時には猛毒が入った瓶を投げつけて毒殺する。

 誰も声を出して指示を出さず、自分の役割を遂行していく。

竜槍穿りゅうそうせん》が金等級手前と言われている理由は、ここにあった。


《ジャパニーズ》は唯一のステータス持ちの集団だ。

 リーダーのショウマは常人より遥かに速い速度で動き回り、敵を切り刻んでいく。

 何より目を引くのは《魔法剣》だ。

 通常魔法は超常的存在から力を借りるという魔法使いの特権なのだが、このスキルにおいては超常的存在から力を一切借りない。

 自身の精神力を糧とし、剣に超常的力を纏う事が出来る。

 例えば――


「爆ぜろ、《爆炎剣》!!」


 剣が赤い光に包まれ、その状態でショウマが剣を振ると、前方へ指向性を持った爆炎が吹き荒れる。

 轟音が鳴り響き、爆炎がゴブリンを一瞬で炭化させる。

 このような《魔法剣》を十種類使えるのだが、使いすぎると精神が削られてしばらく動けなくなってしまうリスクもある。

 だが、他の仲間も強力なスキルで敵を排除している。

 リョウコは《念動力》を使い、周囲にある物を自在に操る事が出来る。

 壊した家屋の破片を、まるで散弾銃のように高速で飛ばしたり、木を引っこ抜いて敵を薙ぎ払ったり。

 それらを手や指を動かすだけで出来てしまうのだ。

 しかも広範囲気配察知のスキルも手伝って、全方位を視認せずとも念動力によって攻撃可能だ。

 これを見てショウマが「すっげぇぇぇぇぇっ、ファンネルだ!!」と意味不明な言葉と目を輝かせて興奮していたのは、懐かしい記憶だ。

 そしてチエの魔法はとんでもなく強力だ。

 恐らく多人数協力依頼レイドメンバーの魔法使いの中で、一番の威力を出せるだろう。

 チエは基本的に初級と言われる黒魔法しか使わないが、ファイヤーボールだけでも着弾時に爆発するし、通常拳大の大きさのファイヤーボールがチエの場合は人間の頭部より一回り大きい巨大なもので、敵を蹂躙していく。

 更には射程も通常より遥かに長く、後方の敵を排除していた。

 

 最後に、リュート。

 斥候もこなせる遠距離アタッカーの彼は、気が付いたらタツオミの元を離れていた。

 集落コロニーに建っている櫓にいつの間にか登っており、そこからひたすら矢を射っていた。

 鉄の矢は銀閃となって複数の敵を同時に仕留めたり、時には手作りの木の矢を使って多人数協力依頼レイドメンバーを援護したり、その貢献度は凄まじい。

 多人数協力依頼レイドメンバーの怪我が少ないのは、リュートのこういったフォローがある為である。


 ハリーは勝利を確信した。


(今回のメンバーは、超大当たりだ。そして、あれ・・さえ乗り越えてくれたら、こいつらは大成するだろうな)


 ハリーが唯一懸念しているのは、勝利した後の事だ。

 洞窟内では、恐らく地獄が眼前に飛び込んでくるだろう。

 多くの冒険者はその光景を見て心が砕かれ、止めていく。

 ハリー達はそれを乗り越えて銀等級へと至ったのだ。

 有望な若者が折れる事のないよう、フォローしようと改めて決意するハリーだった。


「ハリー、妙に着飾ったゴブリンさ仕留めただ!」


 リュートの訛りの酷い言葉で現実に引き戻されたハリーは、思考を切り替えて聞き返す。


「妙に着飾ったゴブリン……? もしかして、頭に王冠や輝く装飾品を付けてないか?」


「ん~~、よく見えねぇけんど、金色に輝く奴さ頭に付けてるようだべよ」


 間違いない、ゴブリンキングだ。

 ゴブリンキングの強さはチャンピオンより少し下、ゴブリン達より遥かに上といったものだが、真の怖さは人間以上の賢さにある。

 ゴブリンは自分の適性を瞬時に理解し、適正に合った進化をする魔物だ。

 ゴブリンキング単体だと脅威度はBランクと、銀等級であれば討伐出来るのだが、集団となると脅威度は一気にSランクへと跳ね上がる。

 指揮能力がずば抜けており、優れた状況判断に高速思考能力、更には遠隔で指示を出すテレパシー能力が確認されている。

 この規模だと後三つパーティが必要な程の依頼難易度だったが、リュートの機転と長距離スナイプのおかげでゴブリンキングを仕留めてくれたし、優秀な能力を持ったメンバーのおかげで勝利は確定した。

 その証拠に、キングを討ち取られたゴブリン達は指揮系統を失って急に動きが鈍くなり、対処が容易になったのだ。

 恐らく作戦があったのだろうが、キングの真価が発揮される前に討伐されてしまったのだ。ゴブリン達が混乱するのも仕方ないだろう。


 後はただの蹂躙だった。

 眼前には無数のゴブリン達の惨殺死体。

 味方を見ればかすり傷程度の損傷。

 完全勝利といっても過言ではない戦果でだった。





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〇ゴブリンの進化

 ゴブリンは自分の適性――つまり自身の才能を察知する天才である。

 ゴブリンは生を受けた瞬間から自分の才能を察知し、それを活かすように肉体を変化・進化させる。

 これを《適正進化》と呼ぶ。

 まずはゴブリンから始まり、ある程度死線を潜り抜けると冒険者の戦い方を学んだホブゴブリンへと至る。

 そこから自分の適性に合った形で進化するのだが、武具の扱いに長けたゴブリンは剣や槍などの近接系はソルジャー、弓はアーチャーとなる。

 魔力を持ったゴブリンは、人間と同様に超常的存在から力を借りて魔法を放つシャーマンになる。

 自分の肉体が他のゴブリンより大きい者は、徹底的に肉体を鍛えて凄まじい膂力を備えた戦闘特化のチャンピオンへと至る。

 そして頭脳が発達した存在は知識を蓄え、キングへと至る。

 同様の存在が複数匹いた場合、王座を巡って争い、結果キングになれなかったゴブリンはジェネラルとなってキングを支える副官になる。


 このようにゴブリンは放置すればするほど厄介な存在となっていく。

 しかし、初期のゴブリンはやろうと思えば子供でも対処出来てしまう強さの為、多くの冒険者はゴブリンを下に見ている。

 故に放置されやすい依頼の為、ゴブリン達はすくすくと育って集落コロニーを形成してしまう。

 ギルドもゴブリンの脅威度を説明しているが、それでも冒険者達の意識は改善されない。

 今現在、ゴブリン排除時の経験点を引き上げる方針を検討されている最中である。

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