第33話 悪意の集落、殲滅戦 其の二
最近王都周辺は雨が降っていないので、木造家屋は良く乾燥していて燃える事だろうとハリーは判断していた。
予想通り火の周りが早く、いや、予想以上に火の起こりが早すぎた。
「……まずいな、火の周りが早すぎて、予想より早く気付かれるかも」
リュートの隣にいたタツオミがぼそりと呟くと、スマホと呼ばれる板を口元に近づけて喋り始める。
タツオミは耳にイヤホンと呼ばれる小さな物体は装着していない。
「皆、思った以上に家屋が乾燥していて火の周り方が早すぎる。いつでも戦闘状態に移れるように心構えしておいて。後、今の距離から一番近い翔真は、ハリーに報告して。翔真から見て十一時方向に進めばハリーはいるから」
『っ! 了解』
スマホからショウマの声がしてリュートは一瞬驚くが、遠くでも指示が送れるタツオミのスキルに感心をしていた。
一方、タツオミから指示を受けたショウマは中腰のままハリーに駆け寄り、タツオミに言われた事をそのまま伝えた。
「ちっ、となると思ったより数を減らせないな……。ショウマ、伝えてくれてありがとう。悪いがそのまま《鮮血の牙》のウォーバキンにも伝えてほしい」
「わかった。達臣、ウォーバキンの位置を指示してくれ。――了解、すぐに向かう」
きっとタツオミのスキルで指示を受けたのだろうショウマは、そのまま迷わずウォーバキンの所へ走り始めた。
「……遠隔でやりとりが出来るスキルか。《ジャパニーズ》のパーティもきっと大成するだろうな」
そんな事を呟くと、ハリーは頭をすぐに切り替えて自身のパーティメンバーに指示を出す。
いつでも戦闘準備が出来るように、そしてなるべく数を減らせるように今より早く火を付ける作業を高速化するように、と。
メンバーは無言で頷き、先程より手早く火を付けていく。
これである程度ゴブリンの頭数を減らせれば御の字だ。
そしてショウマから伝言を受けたウォーバキンも、自身のパーティメンバーに指示を出す。
彼の場合は口ではなく、手信号だ。
彼らは事前に手信号である程度意思疎通が出来るように訓練しており、ウォーバキンの手の動きを見て、指示を理解したのだった。
《鮮血の牙》は基本的に正面からぶち当たって、相手を粉砕していくパワータイプ。
こういった火を付ける作業なんて経験した事がなかった。
故に他パーティより手間取ってはいるが、彼らなりに気持ち程度だが作業効率が上がる。
この様子を見たショウマは振り返り、自身のメンバーの元へ帰ろうとした。
その時だった。
ゴブリンの複数の断末魔が、廃村となった
燃えた家の中から火達磨となってもがき苦しむゴブリン達が飛び出し、のたうち回っている。
更にゴブリン達の断末魔は増えていく。
そんな声を聞いた無傷のゴブリン達が慌てて家から飛び出してくる。
残念ながら、彼らは火が完全に回りきる前に脱出できてしまっていた。
ショウマが内心舌打ちをする。
きっと他メンバーも同様だろう。
すると、ハリーの怒号が響き渡る。
「総員、戦闘開始ぃ!! ゴブリンを見つけ次第、駆除しろぉ!!!」
「だ、そうだ! 達臣、ここからは戦闘指示をくれ!」
ショウマは剣を抜き、タツオミに戦闘指示を促す。
『了解。皆、まずは翔真と合流して。涼子のスキルの事を考えると家屋が沢山ある所がいいね。翔真は今向いている方向から三時方向へ走って。涼子達は涼子を先頭にして、九時方向にダッシュ。そこで翔真と合流できるから、その場所で陣取って戦闘をしてほしい』
《ジャパニーズ》のメンバーは、タツオミからの指示に忠実に従う。
そして無事に合流した後、円陣を組んで三百六十度対応出来るように各々が戦闘態勢に入った。
《
各々が武器を抜いて散り、各個撃破を目指す。
かといってメンバー全員が好き勝手している訳ではない。
お互いにカバーできる程度の距離を保ちつつ散っている。
長年この面子で戦い抜いたからこそ出来る、無言の連携であった。
《鮮血の牙》は、ウォーバキンが獰猛な笑みを浮かべて剣を抜く。
「さぁ、祭りの開始だぜぇ!」
血気盛んなウォーバキンは、剣の先端を慌てふためいているゴブリンに向け、我先にと弾丸のように突進を開始する。
その様子を見たカルラが頭を押さえる。
「……ウォーのアホンダラ。後でお仕置きだ。ガイ、あの馬鹿の背後ががら空きだから、敵視を集めつつウォーをカバーして。レイリはガイが敵視を集めた所を斬り伏せて。リゥムはガイとウォーの回復を中心にして、回避優先で!」
「「「了解!」」」
リーダーであるウォーバキンが考えなしに突進をするので、必然的にカルラがメンバーに指示を出す司令塔となっていた。
傍から見たらどっちがリーダーなのだろうかと疑問を持つだろうが、これが《鮮血の牙》のやり方である。
戦闘力が低めなカルラはクロスボウを構え、サポートに徹する。
非戦闘員であるタツオミの護衛も担っているリュートは、地味ながらも戦闘に貢献していた。
リュートは持ち前の視力の良さを使って、各パーティの背後から近寄っているゴブリンを密かに弓で排除していた。
その距離は約二百
武器屋で販売されている弓の最大射程は三百
しかしどんな腕の良い弓使いでも、正確に的を射る限界射程は百五十ミューラと言われている。
リュートはそんな限界射程を軽々と突破している。
隣にいるタツオミは、感嘆の呟きを漏らす。
「……すごいな」
そして何より、リュートからは射る時に殺気の一つも出さない。
ほぼ自然体なのだ。
誰だって何かを殺そうとする時、大なり小なり殺気は出てしまう。
それは熟練者のハリーだってそうだ。
しかし、リュートは何も出ない。
ちょっとの事でも動揺しないタツオミだが、リュートの事に関しては心が揺さぶられてばかりだった。
「僕も、君みたいに戦えていたら、よかったんだけどなぁ」
タツオミは思考速度は常人以上に速いのだが、如何せん勉強ばかりに勤しんでいた為、運動能力は同年代の男子以下だった。
これは一代で財閥を作り上げた父親の教育によるもので、運動を切り捨てて知識重視の教育を施されてしまった結果だった。
そうなると身体は退化し、筋肉が付きにくくなり、運動は下の下だ。
まぁこの世界に来て少しは改善されたが、それでも戦闘には向かない。
タツオミとしては、内心歯がゆい思いをしていたのだった。
その歯がゆさがつい、弱気な言葉がぽろりと漏れてしまった。
リュートは、弓を射る作業をしながら、タツオミの言葉を拾っていた。
「オラは、物心ついた頃から魔物と戦っていただよ」
「……え?」
「オラの村は魔物を狩って、その肉で生活するんだべ。だから狩りが出来ねぇ男は用なしで村から追い出されるだよ」
「……それ、すっごい厳しくない?」
「それが当たり前の村だっただよ。まぁ、オラは小さい頃からそうだったからこうやって戦えてるべ。おめぇは小さい頃、戦ってねぇべ?」
「そうだね。勉強ばかりだよ」
「なら、他人の事を羨む暇なんてねぇ。
「自分しか、できない事」
「オラは十分、タツオミはタツオミしか出来ねぇ事さ出来てるって思うだよ。おめぇのすっげぇ所は、頭の良さと遠くからでも指示できる力だべ? それはオラには出来ねぇ事だよ」
リュートの言葉が、タツオミの心に突き刺さる。
タツオミの目の前で、リュートは離れ業を披露している。
彼はスキルも何もない、素の腕前なのだ。
そんなリュートが、自分を褒めてくれている。
自分より遥かに優れていると思っていた人物から褒められたのだ。
嬉しくない筈がなかった。
「おめぇは頭良過ぎるから、余計な事さ考えてるように見えるべ。オラには難しい事さわからねぇけんど、たまには単純な答えでもいい気がするだよ」
リュートはそう言いながら、また矢を射る。
地平線から顔を出し始めた太陽が、鉄の矢じりを照らし鈍い銀色の輝きを放つ。
それが銀閃となってゴブリンの頭を貫通する。
更に貫通しきっても勢いがまだ残っている矢は、射線上にいた別のゴブリンの腹に突き刺さる。
「村長からの受け売りだけんど、『人には得手不得手がある。常に挑戦を繰り返し、
「……自分を、理解し続ける」
成程、それがリュートの強さか……。
彼は自分が出来る事、そして得意な事を把握しているのだ。
だからここまでの凄さを発揮出来ている。
つまり、天性の才能を自分で理解した、稀有な存在なのだ。
「どうやら僕は思いあがっていたようだね」
自身の頭の良さは理解していた。
だが、それ故に自身の能力を既に成長しきったと思っていたようだった。
自分もまだまだ未熟だな、そう思えたのだった。
「ほれ、ぼさっとしてねぇで、仲間に指示さ出すだよ」
「おっと、そうだった。あっ、翔真、背後の家屋に三体のゴブリンが隠れているよ。排除して。千絵はちょっと魔法を温存しよう。今のペースだと魔力切れ起きちゃう。涼子は家屋を壊して《念力》の弾を確保して」
念力の弾?
タツオミの指示に聞き慣れない言葉があったが、気にしないでおいた。
リュートは自分の仕事に専念する事にする。
「……ん?」
ふと、リュートの視界に何かが入った。
目を凝らして見ると、約八百ミューラ先にある崖から土煙が上がっていた。
流石に遠すぎて土煙の正体がわからなかったが、タツオミから双眼鏡を借りて覗いてみる。
すると、崖の洞窟からぞろぞろとゴブリンが出てきていた。
その数、およそ百超え。
どうやらこの家屋にいるゴブリン達は、
ゴブリン達は暗い所を好む。
暗い場所だと睡眠時間は短く、より活発的になる。
そういった場所にはリーダー、そして
今回の
「……まずいだよ」
「どうしたんだい、リュート?」
「タツオミ、向こうの崖さこれで覗け」
「?」
タツオミがリュートに言われるまま双眼鏡で崖を覗き込むと、リュートが目にしたものと同じ光景が飛び込んできた。
「な!? 援軍の数が多い。あれが本隊!?」
「だべな。早く皆に伝えるだよ!」
「わかった! 皆――」
タツオミは指示を出している間、リュートは考えた。
このままだと、数で全滅する。
リュートは必死になって皆が生き残る道を思考する。
そして、思いつく。
「タツオミ」
「なんだい、リュート」
「おめぇのメンバーの中に、物を遠くに投げられる奴、いるかえ?」
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