第35話 悪意の集落、殲滅戦 其の四


 ゴブリンの残党を残らず殲滅し、多人数協力依頼レイドメンバーは肩で息をして地面に座り込んでいた。

 リュートもこんなに矢を射るのは初めてで、疲労で上手く手が動かせないでいた。

 他の面々だってそうだ。

 こんなに武器を振り回し、敵を殺した事なんてない。

 銀等級である《竜槍穿りゅうそうせん》ですら、こんな大規模の集落コロニーを殲滅した事はない。

 地面にはゴブリン達が撒き散らした血や臓物があったのだが、そんな事は気にせず地面にへたり込んでいたのだった。


「……へへ、やって、やったぜ」


 息も絶え絶えだが強がってみせるウォーバキン。

 それに応えるように皆が力なく同意した。

 全員擦り傷等の軽傷で済んでいるのだが、ゴブリンの返り血を盛大に浴びている。

 正直、早く帰還して身を綺麗にしたい思いだった。

 唯一戦闘をしていないタツオミは現在、ゴブリンの死体を一箇所に纏めて火を放って焼却している。

 ゴブリンの死体を燃やさないと、他の魔物が餌と思って寄ってきてしまうからだ。

 燃やす前にゴブリンを討伐した証として、彼等の耳をナイフで斬ってから燃やす事は当然忘れてはいない。

 切り落とした耳の数はなんと二百近く。

 あまりにも大規模な集落コロニーであった。

 ゴブリンの肉は焼け、吐き気がする異臭が漂うが、そんな事にリアクションをしている程の体力はなかった。

 だが、残念ながらまだやる事があった。


「よし、皆。疲れている所悪いが、最後の仕事がある」


 ハリーが声を上げる。


「向こうの崖の洞窟を探索しなくてはいけない。そこにゴブリンがいたら、それも殲滅だ」


「……正直、もういないで欲しいな」


「同意」


 ハリーも含めたメンバーは全員、疲労から来る重くなった身体を何とか立たせる。

 リュートももう休みたい気持ちを押し殺し、何とか立ち上がる事に成功した。


(これが最後だべ。頼む、何も起きないでおくれよ)


 リュートのそんな考えは、この悪意に満ち溢れた集落には届かなかった。







 ハリーが先頭に立って洞窟内を散策していると、ハリーの足が止まる。

 そして、深い溜息を一つ吐く。


「ハリー、ありましたのね?」


「……ああ。だが、この規模にしては人数が少ない」


「よかったと言うべき、でしょうか」


「銅等級の面々にはよかっただろうよ」


 ハリーは振り返り、非常に言いにくそうに皆に言葉を掛ける。


「いいか、この先には地獄が待っている。集落コロニーでは十中八九、こういった光景が大なり小なり待っている。皆、気をしっかり持って欲しい」


 どういう事だろうか?

 リュートも含めた《竜槍穿りゅうそうせん》以外の全員が首を傾げる。

 逆に《竜槍穿りゅうそうせん》のメンバーは、苦虫を噛んだような表情をする。

竜槍穿りゅうそうせん》のメンバーの表情を見てしまい、先に進むのを躊躇する面々。

 しかし、一人だけ躊躇しない者がいた。


 リュートだ。


「先に行くだよ」


 何の躊躇もない。

 強い足取りでハリーの横に並んで先の光景を見る。

 そして、躊躇しなかった自分に後悔をした。


「……なんだ、こりゃ」


 リュートの眼前に広がる光景。

 それは、五人の女性が全裸で横たわっている。

 ただ、女性全員の表情がおかしい。

 恐怖に歪んでいる訳ではない。

 瞳孔が開いて瞬きも少なく、視線は常に定まっておらず泳いでいる。

 そして、涎を垂らして悦に浸っているような表情をしているのだった。

 とある女性は「あは、はは」と短く笑い声を漏らしている。

 別の女性は腹が異様に膨らんでいる。

 どうしてそこまで腹が膨らんでいるのか、その答えは非常に簡単であった。


「ようこそ、地獄の入り口へ」


 隣にいたハリーが、そのように言う。

 これが地獄の入り口、つまりまだ先があるということなのか?

 リュートは軽く目眩がした。


 すると、とある女性とリュートの視線が交わった。

 瞬間、女性は発狂する。


「あはぁ、ち○こがきたぁぁぁ!! 早く、頂戴!! もう我慢できないのよぉぉぉ!!」


「な、なんだ!?」


 視線が合った女性が、リュートに向かって這い寄ってくる。

 よく見たら、女性の両足はあらぬ方向へ曲がっている。

 ゴブリンに逃走防止の為に足を折られたのだろう。

 女性はリュート目掛けて、細い腕を懸命に動かして前進する。

 うすら笑みを浮かべて。


「は、ハリー、どういう事だべ?」


「……ゴブリンはな、唾液や精液にこの世界で一番強いと言われる麻薬成分が含まれている」


「麻薬……」


 田舎者のリュートでも、麻薬の存在は知っていた。

 村周辺でも麻薬の元が自生しており、時折小さな子供が誤って食して中毒になってしまう事が年に一度位発生する。

 故に、リュートも麻薬の恐ろしさを知っていた。

 その中でも世界で一番強いと呼ばれる麻薬が、ゴブリンの体内に存在しているというのだ。

 村の麻薬ですら危険だったのに、それを超える物となると、リュートはぞっとした。


「ゴブリンは雄しか生まれない。繁殖方法はご覧の通り、人間の女性か人型の魔物の雌を孕ませる事。非常に強い快楽を与えて抵抗感をなくし、自ら求めるように仕向けるんだ。全く、反吐が出る」


「……」


 リュートが絶句している中、女性聞くに耐えない卑猥な言葉を呪詛のように言いつつ、ゆっくりとリュートへ近付いていた。

 そして、リュートに遅れて他の面々がこの光景を見てしまい、特に《ジャパニーズ》の女性メンバーは小さく「ひっ」と悲鳴を漏らしてしまう。

 

「な、何だ、これは」


「おいおいおいおい、何が起きてるんだよ!」


 男性陣も流石に絶句して凍ったように立ちすくんでしまう。

 それを見た女性達は、目を光らせる。


「あぁ、男だわ。男が沢山! 早く、気持ち良くしてぇ」


「もっと、もっと気持ち良くしてよぉ! お願いぃぃ」


 台詞を聞くだけなら喜んでしまうだろうが、その台詞を吐いている女性達がまともではない状況だと全くもって嬉しくない。

 まだ比較的冷静を保っているリュートは、ハリーに質問をした。


「ハリー、彼女達を救う方法、ねぇか?」


「……無い」


「んだかぁ」


 予想通りだった。

 昔、村の村長が険しい表情で言っていた事を思い出した。


「いいか、もしゴブリンが女さ攫ったら、そいつはもう死んだと思え。そうなる前に、必死になって守れ」


 理由は話してくれなかったが、小さい頃から村長からそのように言い聞かされていた為、ハリーの返答を聞いて「やっぱりかぁ」という感想だった。

 だが、納得していないのは、命のやり取りが少ない世界から飛ばされてきた《ジャパニーズ》の面々。

 特にリョウコとチエは、何とか助けたいという思いが強く感じられた。


「ハリー、回復魔法で助けられるでしょ!? 私知っているわよ、解毒魔法で麻薬成分を取り除けるって!」


「私もそう聞いている、お願い、助けて!」


 リョウコとチエが言っているのは正しい。

 人間が作る麻薬であれば、解毒魔法で中毒症状ごと治す事は可能だ。

 しかし、あくまで人間が作る麻薬の場合のみの話である。


「ゴブリンの麻薬成分は、あらゆる解毒魔法、あらゆる薬を跳ね除けてしまう。今まで様々な流れ者がゴブリンの被害にあった女性を助けようと頑張ったさ。だが、今現在においても助ける手段は確立されていない」


「そ、そんな」


 流れ者はこの世界の住人より進んだ知識、スキルを持っている。

 そんな彼らですらお手上げなのだ。

 となると、方法は一つしかない。


「俺達に出来る事はただ一つ。快楽が残っている内に介錯をしてやる事だけだ」


 ハリーの言葉に驚く面々。

竜槍穿りゅうそうせん》のメンバーだけは、武器を取り出して女性達を手にかけようとしている。


 リョウコはぎょっとして、必死になって食い止めようとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ! そうだわ、ほら、徐々に弱い麻薬を打っていけば、きっと助かるかも!」


「それも無理だ。ゴブリンの成分に比べたら弱すぎて、全く意味を成さない」


「なら、皆で支えて禁断症状を乗り越えたら……」


「無駄だ。その禁断症状はあまりにも強すぎて、終いには死ぬ」


「それじゃ、それじゃぁ!」


「リョウコ、気持ちはわかるがここから救い出しても、彼女達が待っているのは更なる地獄なんだよ……」


「……そんな」


 リョウコは両手で顔を隠し、その場にへたり込んでしまった。






 

 









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