第28話 田舎者弓使い、追放される


「……リュートさん」


「……」


 ここは冒険者ギルドの隣に設置されている、冒険者専用の居酒屋。

 この居酒屋の客は全て冒険者で、冒険者ギルドが運営している。

 依頼内容の打ち合わせやら、パーティ加入の際の面接やらを飲食交えて行っている。

 そこに、王都に来て冒険者になったリュートは、あれから一か月経った。

 リュートはとあるパーティに加入していたのだが――


「リュートさん、あなたを追放します」


「な、なしてだ!?」


 そう、リュートはパーティを追放宣告を受けてしまっていた。


「オラ、皆の為に頑張っただよ! 飯も調達してるだ、皆に危険がねぇように事前に狩ってるだ! 依頼だって、ミスってねぇと思ってるだよ! そこの何が不満だべ!?」


「そこが不満なんです!!」


「……」


 リュートが所属しているパーティは、リュートと同じく駆け出しの冒険者石等級五人で構成されたパーティだ。

 彼らは冒険者で成り上がるのを夢見てメンバーを集め、リュートにも声を掛けた。

 のだが――


「リュートさんは確かに何でもできます! 何でこんな人が石等級なんだよって思う位なんでもできます! だけど、何でもやりすぎて俺達がみじめになるんです!!」


 リュートは心の中で「……またかぁ」とつぶやく。

 リュートにとって今回の追放は初ではない。

 冒険者になって一ヶ月が経ったが、既に十回も同様の理由で追放されているのだ。

 彼の弓の腕前や技能は、誰からどう見ても石等級の枠で収まるものではなく、それを知らない駆け出し達はリュートを誘うのだが、あまりの腕の違いに愕然とし、追放してしまうのだった。

 ちなみに、最短記録は半日である。

 そんな感じでずっと追放されっぱなしの為、鉄等級に上がる為の経験点が百点未満だったりする。

 

 リュートとしては皆の役に立ちたいと、自身が持てる全てをぶつけているだけなのだが、自尊心がどんどん失われて自信が低下してしまい、実際複数の駆け出しパーティのモチベーションを著しく下げてしまっていたのだ。

 その事から、リュートは陰ながら《パーティクラッシャー》のあだ名を付けられてしまっている。

 今回のパーティはリュートの中ではまぁ加入歴は長い方で、何と三日だ。

 パーティクラッシャーは非常に大暴れをした。

 薬草採りで偶然遭遇してしまった危険度Cランクのダッシュボアを片手間で排除し、食料をいつの間にか用意し、斥候よりも優れた斥候が出来、リュート以外のメンバーが接敵する前に既に戦闘を終わらせたり。

 リュートは当たり前のようにそれらをこなす為、今のパーティメンバーはモチベーションが底辺まで下がっている。

 そこでパーティのリーダーが下した決断は、「パーティ全体の成長を阻害するリュートを追放する」だった。


「おめぇのせいで俺ら成長できねぇんだよ!」と言われてしまったら、リュートも食い下がる事は出来ない。

 仕方なく追放を受け入れるが、リュートの背中はちょっと丸まっており哀愁が漂っている。

 周囲の冒険者からも「またか……」とか「腕が立つのも問題なんだな……」と囁かれていて、たまたまリュートの耳に入ってしまって胸が抉られる心境だ。

 とぼとぼと居酒屋を出て、すぐ隣の冒険者ギルドの受付に向かう。

 そしてミリアリアにパーティを追放されてしまった旨を報告する。


「えっ、また追放されてしまったのですか!?」


「んだ……」


「ええええええ……」


 パーティを組まないと仕事させないと、自身の思惑の為につい言ってしまった手前、罪悪感が半端ない。

 もう彼はまともに報酬を受け取っていないので、最近は宿屋ではなくて近隣の森で野宿をしているのだという。


(やっば、私、リュートさんを追い詰めてる!?)


 一目惚れした彼に死んでほしくない為に、パーティ所属でないと仕事出来ませんと嘘を付いてしまった事が、こんな裏目に出るとは思わなかったのだ。

 当然、他の受付嬢からの居殺すような視線が、ミリアリアに注がれる。

「おめえのせいでリュート様が苦しんでるんだろ、何とかしろ」とか「おめえは裏に引っ込んでろ、私が代わりに対応する」とか、「お前を代わりに殺そう」等、殺意がギンギンに混じっている視線だ。

 流石のミリアリアも、そろそろソロを解禁してもいいかなと思い始めた。

 じゃないと、ギルド長に伝わってしまって厳罰を食らう可能性がある。


(よし、今からソロ解禁しちゃおう!!)


 と思ったその時だった。


「君がリュート君だね?」


 ミリアリアの背後から男性の声が聞こえ、体が跳ねると同時にぶわっと冷汗が全身から噴き出てきた。

 恐る恐る振り返ってみると、ミリアリアがもっとも恐れているギルド長だった。

 五十代位だが、歳を感じさせない引き締まった体だというのがスーツ越しでもわかるナイスミドルで、オールバックの白髪に立派な髭を携えている。

 ギルド長は元々冒険者で、何と白金等級という人外の領域にいた人間だ。

 強さも、溢れ出るプレッシャーも半端ではない。


「んだ。あんたは?」


「私はここの長をやっている《ハーレィ》と言う。よろしく頼むよ」


「よろすく。んで、ギルド長がオラに何用だべ?」


「ふむ、とある筋から君の事を聞いてね。是非詳しく話を聞かせてもらいたい。今から私の部屋に来てもらえるかな?」


「いいだよ。……パーティから追放されて、暇してるし」


「……ほぅ」


 ギルド長のハーレィが、威圧を込めた視線をミリアリアに向ける。

 受付嬢達の殺意がこもった視線より遥かに上の重圧に、心臓が止まりそうになってしまう。


(私、今日が命日だ)


 自業自得である。

 リュートはハーレィの後に付いていき、ギルド長室に入る。

 そして事の次第を全て報告すると、ハーレィのこめかみに青筋が浮かび上がる。

 とんでもない重圧に、流石のリュートも身体をこわばらせる。


「……話はわかった。我々ギルドとしても駆け出しの冒険者の死亡が後を絶たないから、ミリアリアがパーティを推奨したんだと思う。だが、君はどうやらソロ向きのようで、気が付くのが遅れてしまい大変申し訳ない」


 そう言ってハーレィはリュートに頭を下げた。

 勿論、嘘である。

 駆け出しの冒険者の死亡率が高いのは事実であるが、ソロで活動したい場合はそのまま申請が通る仕組みだ。

 ミリアリアは完全に嘘を付いて、私情の為にリュートにパーティ加入必須だと言っていたのだが、それだとギルド側の責任追及をされてしまう可能性がある。

 そうなってしまうと、冒険者ギルド本部のお偉い方々に自身の責任も追及されてしまう。

 ハーレィは大家族を養っている関係上、今降格なりクビにでもされてしまったら路頭に迷うのは必至である。その為、このような言い訳をとっさに考え付いたのだった。

 が、当然後でミリアリアには厳罰を与えるつもりだが。


「とりあえず、オラはソロで活動してもいいんだか?」


「ああ、構わない。君が追放されてしまったパーティ十組に全て話を聞いていて、どうやら君の腕前は見立てだと軽く銅等級位はありそうだ。だからこれからはソロで好きなだけ依頼をこなしていってほしい」


「……よかっただよ」


 これで久々に宿屋に泊まれる、リュートはそう思った。

 

「じゃあ早速依頼行ってくるだよ!!」


「ああ、本当にすまなかったね。頑張ってくれたまえ。あぁ、依頼に行く前にミリアリアにギルド長室に来るように伝えてくれ」


「わかっただ」


 リュートは鼻歌混じりで足取り軽く部屋を出ていった。

 さて、元凶のミリアリアにどのような罰を下そうか。

 いくらリュートに一目惚れしたからといって、今回の彼女の行為は到底許されたものではない。

 だがクビにしてしまったら彼女の生活もままならなくなるだろう。

 

(……ならば、彼女にとってクビ以上に辛い罰を与えよう)


 我ながら意地汚い罰だなと思う。

 しかし、これは必要罰だ。

 受け入れないならクビにするしかない。










 その後、ソロ活動になったリュートの勢いは凄まじく、たった一ヶ月で銅等級まで昇り詰めてしまった。

 彼が受けた依頼は薬草集め、村の草むしり、ゴブリンの排除、王都の清掃など多岐に渡り、冒険者が嫌がる仕事も喜んでこなしていった。

 さくっと等級を上げたいと考えたリュートは、経験点が少なくても効率よくこなせる依頼を中心に選んでいき、あっという間にここまで昇り詰めたのだった。

 特に狩り系の依頼では非常にリュートの成果は素晴らしく、時に手押し車山積みで獲物を運んできたりして、経験点に特別加算がされてこのような異常な速度での昇格となったのだ。

 他の冒険者からも非常に好感度が高く、たまたま同じ依頼で一緒に仕事をした時なんかは食料調達もしてくれて道中が非常に楽になった為、仕事仲間としては頼れる存在だ。

 また、怪我をして帰ってくる事がほとんどなく、依頼達成率も現状百パーセントの為、依頼者からも非常に好評で指名依頼をされる事も増えてきた。

 当然彼の活躍を妬む輩も存在し、喧嘩を吹っ掛けたりもしたのだが軽くいなされてしまい、プライドを根元からへし折られて温厚な性格になるという、謎現象まで発生していた。


「おはよう。今日も依頼じゃんじゃんよろする頼むだよ!」


「おはようございます、リュートさん」


 そう言えば、受付嬢がミリアリアから別の女性に変わったなぁと、口にはしないが心の中で思っていた。

 今の受付嬢はとても綺麗な笑顔をリュートに見せてくれるので、ちょっと仕事が捗ったりしている。

 それにリュートが望む仕事を事前に確保していたりと、気が利く受付嬢だ。

 リュートとしてもこの受付嬢に全幅の信頼を置いている。


 受付嬢は早速依頼を提示した。


「今回の依頼は他のパーティとの合同依頼を受けて頂きたいです」


「いいだよ。どんな仕事だべ?」


「実はゴブリンの集落が見つかりました。恐らくゴブリンリーダー以上の存在がまとめている可能性があり、事前調査で軽く百匹を超えているとか」


「百…!?」


「はい。今回の依頼はこの集落の破壊、そしてゴブリンの殲滅です」


 ゴブリンは魔物の中では弱い部類に入る。

 脅威度としては下から二番目のEに相当するのだが、あくまでこれは単体での話。

 集団になると数によって脅威度は変動し、ゴブリンリーダーと言う集団をまとめる存在がいると脅威度はCにまで跳ね上がる。

 今回は数も数な為、流石にリュートだけに依頼を任せる訳にはいかない。

 そこでギルド側は多人数協力依頼レイドとして扱ったのだった。

 今回の依頼に参加するのは、リュート単独を一つのパーティとしてカウントして、合計四組。

 内一組だけ、銀等級パーティが存在していて、彼等が今回の多人数協力依頼レイドを指揮するとの事だ。

 成功報酬は一組五十万ペイとそこそこ高額だ。

 理由としては、このゴブリン集団がいる付近には四つ程村が存在している。

 下手するとこの村が襲われて破壊、そして新たなゴブリンの増殖に繋がってしまう可能性が非常に高い。

 依頼主はその村からではなく、ラーガスタ王家からだった。

 現状王国兵士は、隣国と睨み合いが続いており、国防の為に人材を一人でも欠かす事が出来ない状態に陥っている為、冒険者に国が依頼をしたという形だ。


 経験点は五千点とこちらもなかなか高い。

 無事依頼を達成すれば、銀等級まであと一歩というところまでになるリュートは、依頼を拒否するという選択肢はなかった。


「わかっただ、依頼を受けるだよ」


「ありがとうございます、リュートさん。貴方がいらっしゃれば、今回の多人数協力依頼レイドは間違いなく達成できると思います」


 ちなみに、この受付嬢もリュートにべた惚れである。

 依頼開始は明日の朝六刻。ギルドの受付前で集合となっている。

 非常に大掛かりな仕事になりそうな為、今日は依頼を受け付けずに準備や休息に時間を使おうと決めたのだった。


「あっ、そういえばミリアリアをここ最近見かけねぇけんど、どうしてるだ?」


「はい、彼女は今裏方に回っております。裏方も重要な仕事ですから」


「ふぅん?」


 リュートは特に深く考えない事にした。


 ミリアリアに与えられた罰。

 それは、半年間事務仕事をこなす事だった。

 軽すぎる罰のように思えるが、ミリアリアにとっては効果絶大だった。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!! リュートさんに会えないぃぃぃぃぃっ!! 他の女にリュートさん取られちゃうぅぅぅ!!」


 何故なら一ヶ月以上、リュートに会えていないから、恋する彼女にとって非常につらい状況だったのである。

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