第17話 田舎者、無心で盗賊を狩る
リュートは、苛ついた感情を隠せずにいた。
先程の女性は何故、あんなにも死を望んでいたのか。
そんなに死にたいなら、さっさと死ねばいいのに。
思い出す度に負の感情が溢れてきて、弓を射る手が震えていた。
(……だめだ、今弓射ったら、ぶれるかオラの気配がバレる)
リュートは深呼吸をする。
そして、自身の頭を軽く数回叩く。
落ち着くまでひたすら叩く。
(落ち着け、落ち着け。今はあんな女性より、オラが生き残る事だけ考えろ)
死にたくない。
そう思った瞬間、溢れ出る負の感情は抑えられていき、そしてすっと感情が引いていくのがわかった。
これが彼の狩りの際の心構えだ。
余計な感情が入ると、自身から気配を出してしまう。
それは狩りを行う上で獲物に自分の位置をばらしてしまい、逆に自身が危なくなってしまう。
故に、このような行動を取って心を無にし、獲物を《動く的》程度に思う事で殺気も抑えられるのだ。
だが頭の中に明確な目的を残しておく事で、余計な感情を生み出さずに行動出来るのだった。
リュートは全身で人の気配を探していく。
そして見かけたら弓で獲物の頭を射貫く。
彼にとってこの行動はただの作業なのだ。
人間でも得物でもない、外道という的でしかなかった。
盗賊自体も、町を完璧に占拠したと油断しているのだろう、気を抜いていてだらけていた。
その為、仕留める事自体は何ら苦でもないし難しくもなかった。
ただ、射貫く。
射貫く。
ひたすら射貫く。
リュートは、盗賊の屍をひたすら作り上げていく。
そしていつの間にか、町にいるであろう人の気配はなくなった。
一つだけ感じられる気配は、恐らくあの女性だろう。
(もう、あの女は知ったこっちゃね。好きにすりゃええべ)
町を囲う壁の一部に、監視塔が設置されている。
リュートは油断せずに気配を殺し、監視塔最上階に移動する。
そして狩りで鍛え上げられた視力で、町の外を見渡した。
もしかしたら、盗賊達の援軍が来るかもしれないと思ったからだ。
しばらく見渡していると、随分先に見える山の方面から、百人規模の集団がこっちに向かってきている。
更に目を凝らして見てみると、格好が先程まで始末していた盗賊に似ていた。
(援軍か……。またとんでもねぇ数だべなぁ)
流石に百人規模となると、リュート単独では非常に厳しいものがある。
距離からして、到着まで少しの猶予――リュートには時間の概念がない――しかないから、罠を張るとかそういう時間すらない。
(やるっきゃねぇ)
弓の射程距離まではまだ足りない。
リュートは村の素材で作った弓を使えば、最大射程距離は六百
通常の弓使いは、どう頑張っても二百五十ミューラが限界なのだが、リュートの弓は魔境と呼ばれる生まれ育った村に自生している、異常に頑丈でしなる樹を元に作られている。この弓があれば、彼であれば六百ミューラの距離を射貫くのはそこまで難しくはない。
(もうちょっと、もうちょっと……!)
どれだけ数を減らせるかわからない。
でも、町に到着するまでに最低二十人は仕留めたい。
それ以下だと、生き残るビジョンが全く見えない。
リュートは矢筒から鉄の矢を二本取り出し、弓弦にあてる。
そして、限界まで弦を引く。
弓がぐぐぐっとしなっていくが、悲鳴を一切上げない。
弦を引く腕から血管が浮き出る。
その状態を維持しながら、リュートは一呼吸おいて、射程距離に入るまでひたすら待つ。
(……今!)
射程距離に入った瞬間、ついに矢を放った。
放たれた二本の矢は、物凄い速度で盗賊達の集団に向かって飛んでいく。
空気を切り裂いて飛ぶ二本の矢は、吸い込まれていくように先頭を走っていた盗賊二名の一人の眉間、もう一人は喉に刺さり、そのまま倒れ込む。
倒れ込んだ事によって、後続の盗賊達が躓いて次々に転倒していく。
リュートは好機と見て、鉄の矢を二本用意しては射る作業を開始する。
鉄の矢は次々と盗賊達に刺さっていく。
時には貫通して後ろの盗賊に。
時には足の甲に刺さって動けなくなる者もいた。
鉄の矢が後ろにも上手く貫通――普通の弓使いだと、鉄の矢を使っても貫通する事はない――し、順調に獲物の数を減らせている。
だが、そろそろ鉄の矢も品切れになり始めている。
鎧を付けている盗賊はいなさそうなので、木の矢に切り替えようとした時だった。
盗賊達の集団が散り散りになって町に向かい始めていた。
リュートは思わず舌打ちをした。
(これじゃ巻き込んで仕留められねぇ。一つずつ仕留めるっきゃねぇ)
それなりに獲物は頭がいいらしい。
リュートは一直線に走ってくる、比較的頭が悪そうな盗賊を素早く木の矢で射る。
確実に仕留める事が出来ているのだが、先程とは違ってどうしても一人ずつしか相手に出来ないので、殲滅速度は見るからに遅くなってしまった。
(十三!! 流石にこの距離だと、ジグザグに来られちゃ正確に仕留められねぇ!!)
もう馬鹿は残っていないだろう、不規則に左右に動きながら弓の射程を補足させないようにしている。
二百ミューラ程度になったらそのような動きでも予測して射貫けるが、まだ大体四百ミューラ程の距離がある。この距離だと弓に関しては異常な腕前を持っているリュートでも仕留める事は出来ない。
なら、ここからは物陰に隠れて息を潜め、町に入ってきた盗賊達をじっくり仕留めていこうかと模索し始める。
(こりゃ、ちょっとやべぇかもしんねぇぞ)
リュートは、近付いてくる死の予感に、全身から汗が出るのを感じた。
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《名も無き村》
リュートの故郷。
実はこの村周辺は《魔境》として恐れられていて、通常の魔物より強さがけた違い。
しかし肉の質や毛皮が良質な為、密猟者は命がけでやってくるのだが、村の狩人に殲滅される事から、村人が知らぬ所で「好戦的な先住民がいる可能性が高く、まさに魔境」と囁かれている。
村の周囲は非常にしなやかで固い木で囲われており、この木は他の地域では自生していない。
こんな危険な場所に、一人だけ商人が訪れており、村人と物々交換をしている。
この商人がどのような方法で魔境を訪れているのか、村長ですら不明。
村長の将来の夢は、早く次代に村長を継がせて王都にある娼館で豪遊する事である。
が、リュートがいなくなった事で、その夢はかなり遠のいてしまった。
《リュートが使う弓》
魔境に自生している樹で作られた、固くて異常にしなる弓。
弦も魔境産で、反発力は高いがこれまた固い。
その為、村人でもこの弓を扱える者はリュート以外いない。
リュートも当初は少しも弦を引く事が出来なかったが、何度も弓を射る訓練をする事で素晴らしいインナーマッスルを手に入れ、難なく弓を扱えるようになった。
村一番の怪力とうたわれている者でも、数
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