第18話 田舎者、援軍にほっとする
とにかくリュートは、目に入った
相手も弓で反撃してきたが、腕前は相当低く、被弾する気が全くしなかった。
たまに頬をかすりそうな場面はあったが、頭の角度を変える事で難なく回避する。
そしてお返しに木の矢を相手の弓使いの眉間にお見舞いしたのだった。
獲物の数はそれなりに減らせたと思うが、問題が発生した。
右腕の疲労が、思った以上に蓄積されていたのだった。
流石のリュートも、ここまで弓を連続で使った事が今まで無く、狙いがほんの僅かぶれ始めていた。
(ちっ、狙いが定まんねぇ。こりゃオラもまだまだだぁ)
休憩したいが、もう少しで敵が町に侵入してきてしまう距離まで詰めて来ていた。
もう少し数を減らさないと、自身の命を失う事になってしまう。
(後十位仕留めて、そっから物陰に隠れてやってくしかねぇべ)
リュート自身、内心焦っていた。
自分に死の危険が迫っているのは本当に数年ぶりなのだから。
だが、常に狩りで命のやり取りをしていたリュートは流石といったところだろう、焦りで弓の腕がぶれる事は一切ない。
彼が放つ一射は恐ろしく素早く、そして確実に獲物を貫き絶命させていく。
そして恐ろしい事に、一度も的を外していないのだ。
狙いを定める時間は相変わらず一秒もない程の速射。
にもかかわらず、相手の急所を正確に射貫く。
しかし、右手の疲労に合わせて呼吸が荒くなっていく。
獲物を仕留めるのに神経も大分すり減らしていく為、自然と呼吸を整えられなくなっていく。
つまり、精密射撃は限界に近付いていた。
(……ここいらで身ぃ隠して、身体休めるか)
狩りでも引き際が肝心。
リュートが何処か建物に身を潜めようと決断した、その瞬間だった。
自身の後方から大量の人の気配がする。
振り返り、遠方も見渡せる驚異的な視力で敵かどうか判断する。
もし、盗賊の増援だった場合、リュートの死は確実だった。
しかしどうやら盗賊と風貌が全然違っていて、銀色の鎧に身を纏った集団が馬に乗って町になだれ込んできた。
それにやたら目立つ旗を掲げている。
(ありゃ敵か? それにしてはギンギラギンでよく目立つ……。もしかして、あれが)
村に来る商人が教えてくれた。
銀色の鎧を付けて、国民の為に身を張って守る集団がいる、と。
それこそ、リュートが今なろうと目指している、王国兵士だった。
(多分、味方だぁ……。助かった、と思う)
「おい、そこのやぐらにいる弓使い! もう安心だ、よく持ちこたえてくれた!!」
王国兵士の一人がリュートに声を掛けた。
そして手招きをしているのが見えたので、リュートも安心してやぐらから降りて王国兵士の元へ向かった。
「た、助かっただよ。もうオラ、腕と心が限界で……」
「……凄い訛りだな。と、とりあえずよく頑張った。町の状況を教えて欲しい」
「わかっただ」
リュートは彼に、今までの状況を報告する。
目に入った盗賊は全員射殺した事、生存者は知る所一名のみである事、そしてその生き残りが自暴自棄になって手が付けられない事。
「くそっ、ほぼ壊滅か……。相変わらずえげつない事をやってくれるな、《無限の渇望者の使徒》め」
彼が悔しそうに顔をゆがめると、別の王国兵士が敬礼しつつ報告してきた。
「隊長、お話し中失礼致します! 現状の報告をします!」
「……ああ、報告頼む」
「はっ! 約六十名ほどと町の入り口付近で接敵、交戦に入りました!」
「確か百名規模と聞いていたが……残りの盗賊は?」
「それが、どうやら四割程度の盗賊が矢で射抜かれて、既に処理されているようです!」
「何!? 弓使い、もしかして君がやったのか……?」
弓で四十名を射殺すなんて、驚異的でまさに化け物の所業としか言えない。
隊長である王国兵士は、恐る恐るリュートに聞いた。
「んだ。そろそろ疲れてきたから、あんたらが来てくれて助かっただよ」
「……はは、マジか」
この危険な状況をしのぐどころか、相当間引いてくれていたようだ。
たった一人の弓使いが、四十名も間引くなんて本当にあり得ないのだ。
報告に来た王国兵士もリュートの人間離れした弓の腕前に、若干引き気味である。
リュートが疲れてその場に座り込んだ直後、リュートを呼ぶ声がした。
「リュート、大丈夫か!?」
それは聞き覚えのある声だった。
本当少し前まで一緒にしていた、冒険者達の声だ。
「ガンツか!? おめぇ、マクベスさどうしただよ?」
「ああ、彼に許可を得て、盗賊討伐に加わったんだ。あの盗賊は町や村を壊滅に追い込む程の悪党だからな。緊急性が高かった方を優先したんだ」
「そぉか……。もうこの町、生き残りが一人しかいねぇ」
「……ちっ、駆け付けるのが遅すぎたか。もっと早く来ていれば」
「んにゃ、オラが町に入った時には人の気配なんてなかっただ。随分前からやられてたと思うだよ」
「……。隊長さん、正直はらわた煮えくりかえりそうだから、あの外道達に怒りをぶつけてきていいよな?」
「ああ、大歓迎だ」
「なら善は急げだ、リック、カズネ! 遠慮なしで暴れてやろうぜ!!」
「あいよ! 僕もちょっと憂さ晴らししたいなぁって思ってたんだよね!」
「私もです。こんな所業、許せません!」
ガンツ達は各々の武器を取り出し、怒号と悲鳴が絶えず聞こえる前線へと向かった。
「君もよく頑張ってくれた。隊長として感謝する」
「……別にお礼言われるような事はしてねぇだ。オラが死なないように間引いただけだべ」
「……間引いた、どころじゃないけどな」
リュートと隊長は固い握手をかわす。
(……ふぅ、よかった。やっと休めるだよぉ)
どちらの軍勢が有利かどうかは全くわからない。
だが、今は自分の体調を整える事を優先しようと考え、その場で寝そべるリュート。
盗賊に対する憎悪も、大分溜飲が下がった為、為すべき事は為したといったところだ。
このまま自分の出番がない事を祈りつつ、目を閉じて眠りについた。
リュートの様子を見ていた隊長は一言。
「……この状況で寝るとは。豪胆というか、呑気というか。それだけ我々に信頼を置いてくれているという事か」
ならば、応えねばな。
隊長も気合を入れ直し、前線へと足を運んだ。
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