第10話 田舎者、片手間で人助け


 リュートは走った。

 太陽が落ちる十倍の速度――とまでは言わないが、体力の続く限り走り、休憩がてら歩きを繰り返していた。

 そんな最中でもリュートは、卓越した弓の技術で走りながら上空に飛んでいる鳥を矢で頭部を吹き飛ばして仕留め、自分の進行方向に死体を落とすという、異次元過ぎる離れ業を披露していた。

 そして走りながら死体を回収し、紐に頭部を無くした獲物を逆さ吊りにして手に持って血抜きをした。

 もう効率だけを重視した行動を取っていたのである。

 普段は必要以上に獲物を獲らないのだが、今回は走りながらでもちびちび補給が出来るように多く獲物を獲っていた。

 といっても、アドリンナを後にしてから三時間程しか経っていないのに、その紐にはすでに二十羽にも及ぶ鳥の死体が逆さ吊りになっていた。

 リュートが走ってきた道は、まるで馬車の轍かと思う程、鳥の血がずっと続いていた。


 ダッシュボア狩りから休まず町を出てきたのもあり、日が暗くなってきた。

 これ以上移動をするのは危険と判断し、リュートはゆっくり歩みながら野宿が出来そうな場所を探す。

 可能であれば枝が太い木があると嬉しい。

 その木の枝に簡易ベッドを作成し寝床にする事で、地を這う魔物から襲われるリスクを減らす事が出来るからだ。

 都合の良い木を探しながら王都へ続く道を歩いていると、約六百メートルミューラ先に荷馬車が止まっていた。

 リュートの眼は恐ろしく良く、調子が良い時は一キロメートルデミューラ先の看板の文字すら読めてしまう程だ。

 そんな彼の視力をもってすれば、六百ミューラ先の情報を視認するのは苦ではなかった。

 よく観察してみると、荷馬車が十人程の人影に囲まれている。

 しかし人影にしては身長が七歳前後の子供位しかない。


「……あれは、小鬼ゴブリンか?」


 流石に視力が常人以上のリュートであったとしても、暗くなり始めていると距離が離れてしまうと正確に視認できない。

 しかし恐らくゴブリンであろうと判断した。

 ゴブリン。

 人型の魔物としては最下級の強さと言われているが、彼等の厄介な所は群れを成して行動をする所にある。

 ゴブリンを一匹でも見かけたら、ゴブリンの集団が遠くない場所にいると思え。

 これはリュートが村の人間から何度も教わった事だった。

 ゴブリンは繁殖力が高く、且つ他の種族――人間、魔物関係なく――の雌を孕ませて繁殖させられるのだ。また多少の知力も持ち合わせているので、逃がしてしまうと人間に対する対応法を学習してしまう為、リュートの村ではゴブリンを見かけたら狩りを中断してでも排除する掟がある程だった。


 もし荷馬車を取り囲んでいる人影がゴブリンだと仮定するなら、荷馬車には様々な物資を積んでいる事を学習しているゴブリンだ。

 生かしておく理由はない。

 それにどうやら荷馬車の主は護衛を付けているようで、三人がゴブリンらしき人影と戦闘をしていた。


 なら仕方ない。

 リュートは思いっきり息を吸い、大声で叫んだ。


「荷馬車を守ってる人達、手助け必要だかぁ!?」


 すると返事が返ってくる。


「手助け必要だ!! 人間と何度もやりあってる《ホブ》の群れだ!!」


 悪知恵付いた小鬼ホブゴブリン

 見た目は大きくゴブリンと変わらないが、何度も人間との死線を潜り抜けた結果、対人間の知恵を付けてしまったゴブリンを指す。

 ホブゴブリンの厄介な所は、仕留めた人間の装備を身に付け、且つ人間の攻撃方法を真似る為に、強さはゴブリンの数倍だ。

 

 リュートは小さく舌打ちした。

 村に住んでいた時は数年に一度、討ち漏らしたゴブリンがホブとなっていたが、ホブが群れを成すほど放置された事は一度もない。

 つまり、この周辺ではゴブリンを放置し続けていた事を指すのだった。

 どうしてこんな初歩的なミスをするんだ。

 リュートは内心そう思っていた。

 だが、ホブゴブリンが目の前にいる以上、自身にも害が及ぶのは明白だ。


 やるか。

 リュートは全身で風を感じた。

 自分から見て右から左へ弱い風が吹いている。

 なら照準をやや右三センチミールずらして射ればいい。

 弦を引く強さは、流石に六百ミューラなら全力だ。


「今から手助けするだよ!! 人間の皆はあまり動かないでけろ!!」


「は!? どういう――」


 その瞬間、ホブの後頭部に木の矢が突き刺さり、勢いは殺されずに眉間へと貫通した。

「ぎぇぺ?」という間抜けな言葉を発しながら、ホブゴブリンの一匹は絶命した。

 続いて数秒後、別のホブゴブリンも同様に木の矢が突き刺さり絶命。

 そして次、また次にとホブゴブリンが死んでいき、残り四匹になった所でホブゴブリンはようやく誰かに攻撃されている事に気が付いた。

 とあるホブは逃げ出そうとし、別のホブは誰が攻撃しているのかを探していた。

 しかし、リュートの前でそのような行動を取るのは、命取りでしかなかった。


 まず、逃げ出そうとしたホブゴブリンのこめかみに木の矢が容赦なく射られる。

 さらにリュートの事を必死に探していたホブの眉間に木の矢が突き刺さり、そのままゆっくり倒れて死んだ。

 たった二十秒以内の間で、十匹いたホブゴブリンの群れは残り二匹にまで減らされてしまったのだった。

 しかし、悪知恵付いたホブの名を冠するだけあり、残り二匹はリュートを発見する事に成功した。

 そして左手に持っている木製のラウンドシールドで身体を隠しながら、リュートに向かって走り出した。

 右手に持ったショートソードで、リュートを殺そうとしたのだ。

 しかしこのホブ、運が悪い事に今まで遠距離攻撃を仕掛けてきた人間と戦った経験がなかった為、弓矢に対する対処法があまりにも粗末だった。

 いや、盾に身を隠す事で自身の的を小さくするというのは正解だろう。

 だがあくまで普通・・の弓使いならば、だ。

 リュートにははっきりと見えていた。

 ラウンドシールドからこちらをちらりと覗き込んでいる、憎たらしい眼が。

 リュートは迷わず、ホブゴブリンの眼球目掛けて木の矢を射る。

 そして眼球に吸い込まれるように木の矢が突き刺さり、勢い余って頭部を貫通していった。

 結果、赤い血を勢いよく噴射させながらホブゴブリンは絶命。

 最後の一匹も同様に仕留め、ホブゴブリンの群れを四十秒以内で全滅させたのだった。


 この神業に、荷馬車を守っていた人間も小さく「す、すげぇ」と声を漏らす事しか出来なかった。


 リュートはふぅっと息を吐き、荷馬車の持ち主であろう人間達に近づいていく。


「大丈夫かえ?」


「あ、ああ。助かった」


 近づく事で、ようやく彼等の全貌を視認する事が出来た。

 一人は馬車に乗った、恐らく荷馬車の持ち主。

 よく見ると商人にも見えなくない。

 そしてホブゴブリンと戦っていた三人は、三者三様の武装をしていた。

 一人は鉄製の鎧とロングソードに重そうな鉄製の盾を装備した、体格の良い大男。

 一人は軽装で動きやすさ重視の皮製の装備を身にまとった、細身のナイフ使いの男。

 最後の一人は全身を黒で統一していて、とんがり帽子とローブ、そして木製の杖を手に持った十代後半から二十代前半位の若めの女性だった。

 リュートは女性の身なりがあまりにも珍しく、ついつい凝視してしまった。

 何故なら、どう考えても戦いに向いてなさそうな装備だったからだ。

 

(この女、なして杖なんて持ってんだ?)


 そんな事を思っていると、ローブの女性は急にもじもじし始めて、しまいには下を向いてしまった。

 リュートは自分が見つめると、村の女性も同様にもじもじし始めるという事によく遭遇していたので、不思議に思いつつもあまり気に留めなかった。

 そう、リュートはその甘い顔面を活かして、無自覚で女性を口説いてしまう天然ジゴロだったのだ。本人は至って自覚がないので、尚更質が悪い。

 村の若い女衆は全員リュートに首ったけで、他の男には見向きもしない程であった。

 今、ローブの女性も甘いマスクの持ち主であるリュートから見つめられて、ときめくと同時に照れくさくなってしまい、つい視線を下に向けてしまったのだ。


「いやぁ、旅のお方! 助けて頂いてありがとうございます!」


 突然、荷馬車の持ち主であろう人物から話し掛けられた。

 リュートは当然の事をしたまでだったので、軽く返事をした。


「お礼を言われるような事をした覚えは無い。大した事なくてよかったな」


「……その訛り方、ひょっとして大体五日程の距離にある森の中の村の方ですかな?」


「多分そうだと思うだよ」


「おおっ、あの村から外界に出る若者がいるとは、驚きです! これからどちらまで?」


「王都だぁ。二週間までに王都に付かねぇといけねぇだよ」


「二週間……。大分切羽詰まってますね」


「んだ。だから急いでいただよ」


「成程」


 すると荷馬車の持ち主は、顎に手を当てて考えている素振を見せた。

 そして、とある提案をしてきた。


「もしよければ私の荷馬車の護衛をしていただけませんか?」


「……どうしてなして、オラがおめぇを守らないかん?」


「貴方にとって利点は二つ。一つは荷馬車に乗った方が明らかに早く行動が出来ます。しかも私達は王都までとはいかないですが、途中までは同じ道中を走ります」


「ふぅん」


「そしてもう一つ。貴方はかなり腕が立つご様子。でしたら護衛という事で報酬を出しましょう。そうですねぇ、一日千ペイで如何でしょうか」


「おかねか!!」


 王都を目指すなら、お金は必須。

 荷馬車の持ち主の提案は、リュートにとってメリットでしかなかった。

 ならば途中までとは言え、提案を断る意味が見当たらなかった。


「のった! オラはリュートっちゅうもんだ! よろすく!!」


「ありがとうございます、私は行商人を生業としている《マクベス》と申します。よろしくお願い致します」


 リュートと行商人のマクベスは、固い握手をしたのだった。


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