第9話 田舎者、初めてお金に触れる


「ありがとうな、リュートさん。あんたのおかげでダッシュボアを駆逐する事が出来た」


「別にあの程度、全然問題無いなかよ」


 今現在リュートは、仕事を斡旋してくれたボスの個室にいる。

 そしてボスから頭を下げられて感謝されている最中だった。

 リュートとしてはダッシュボア程度なら、呼吸をするのと同じ位簡単に仕留められる獲物なので、逆にその程度で感謝されて内心困惑していた。


「さて、早速報酬を渡そう。ダッシュボアを十匹も仕留めてくれたから、約束通り合計五千ペイだ」


 ボスは机の引き出しから手のひらサイズの革袋を取り出し、机に置いた。

 机に置いた瞬間、じゃらりと重量感ある音がする。


「ほへぇ、それがおかねっちゅう奴かぁ。中身見ても良いかよか?」


「ああ勿論だ、確認してくれ」


 ボスから許可を貰い、リュートは早速袋の中身を確認した。

 すると、中には銀色の小さな鉄の円盤が約五十枚程入っていた。

 リュートは一枚を手に取り、眺める。

 この円盤には数字で《百》と刻印されており、表と裏には豪勢ではないが模様が刻まれていた。

 初めて見る硬貨を前に、リュートは感動していた。


「これがおかねかぁ、キラキラしてんなぁ……」


「……本当に金を見るのが初めてなんだな」


「んだ、初めてだよ! すんげぇなぁ」


「……こりゃ、一応金の価値を教えておいた方がいいな」


 そこからボスはリュートに対してお金の話をした。

 ラーガスタ王国では、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨と紙幣といった六種類を扱っている。

 鉄貨から順に一ペイ、十ペイ、百ペイ、千ペイ、一万ペイの価値があり、百万ペイ貯まると紙幣に換金できる。紙幣は一枚百万ペイだ。

 一般市民は大体硬貨だけで十分だが、大商人や貴族だと大量の金を使う為、硬貨だけだと管理が大変だという事もあり、裕福層対象の紙幣が用意されていた。

 アドリンナの町では宿屋の一泊料金は五百ペイとかなり安価な部類であり、都会になればなるほど料金は上昇していく事もボスから教わった。


(……アドリンナも田舎……? ここより都会とか、想像つかないだよ)


 そう考えると今貰った五千ペイは、都会で暮らすなら一日で消えてしまうであろうという事もボスから教わったリュート。

 なら自給自足をすればいいのでは、と思ったのだが、都会になればなるほど自然が少なくなっていき、自給自足が難しくなるのだとか。


(オラ、都会でやっていけるだか?)


 急に不安になってきた。

 それが表情にも出たようで、ボスはリュートの顔色を見て軽く笑ってしまった。


「でも、リュートさんの腕なら大丈夫さ。《冒険者》としてもやっていけるだろうし」


「ぼうけんしゃ? 何だそれ?」


「《冒険者》っていうのは、基本的に何にも縛られず自由に生きる者たちだ。冒険者をまとめる《冒険者ギルド》に入る依頼をこなして金を稼ぎ、その資金で《ダンジョン》へアタックして一獲千金と名誉を得ようとするんだ」


「……あんまよくわかんね」


「そうだなぁ、村にはいるけど、村が襲われたり村長からお願い事をされるまでは自由に生きている奴って思えばわかりやすいかな?」


「ああ、何となくわかっただ。つまり村みてぇなんが《冒険者ギルド》ちゅうやつか?」


「まぁ大雑把に言えばそんな感じだ」


「んで、だんじょんっちゅうのは?」


「《ダンジョン》は、世の中の魔物が生まれ這い出る場所と言われていてな、そこには無数の魔物と目が飛び出る程の高価な宝物があるんだ」


「へぇ……つまり、オラ達の食糧が生み出されている場所っちゅう事か!」


「……まぁそれでいいや」


「でも、何故高価な宝物があるだ?」


「そこは未だに謎なんだ。一説によると、ダンジョンは生きていて、俺達人間を引き寄せる為に宝物という餌を撒いて待っているって話だ」


「……ふぅん?」


 初めて聞いた《ダンジョン》という存在。

 正直あまり興味は湧かず、逆にお金を得られる《冒険者》というものに興味が出てきた。

 だが、リュートは本来の目的を忘れていない。


「おもしれぇ話聞けたついでに聞きてえんだがよ、オラ《聖弓》さ欲しいと思ってるだ」


「ぶふっ、せ、聖弓を狙っているのか!?」


「んだ。どうやったら聖弓さ貰える?」


「……そうだな」


 ボスはリュートに聖弓を得る条件を伝えた。

 まず、聖の名を冠する武器は、国が厳重に管理をしている。

 その為年に一度行われる王国兵士の募集に参加する事が必要なのだと言う。

 ここ数年前までは腕前が立つ者に与えられていたのだが、国の顔となる聖の武器を持つ者として相応しくない荒くれ者も来るようになってしまい、ならば王国兵士から選出しようという事になったのだそうだ。


「つまり、国に仕える必要がある訳だ」


「……冒険者とは真逆だな」


「その通り。冒険者は自らの自由とロマンを追い求める存在。王国兵士は規律を重んじて民と国王と国を守る為に命を捧げた存在だな」


 他人の為に命を捧げる。

 自分の為に生きて来ていたリュートにとって、王国兵士の仕事内容が全くイメージ出来ていなかった。

 しかし、聖弓を得る為ならば組織の中にも喜んで飛び込んでいこう、そう決めたのだった。


「んで、その募集っていつだ?」


「そうだなぁ……確か後二週間で締め切りだった筈だ」


「えっ、二週間……?」


 リュートは絶望した。

 このアドリンナは、リュートが暮らしていた村からは五日掛かる距離――リュートの場合は鍛え抜かれた肉体のおかげで、五日の距離を三日に縮めてしまったが――にある。

 王都までは村から約一か月掛かる距離だし、アドリンナからでも三週間はかかる計算になる。

 となると、ゆっくりした旅は出来ない。


(……走るしか、無いなか!)


「ボス、すまね!! もうここを出るだよ!」


「えっ、ちょ、リュートさん!?」


「わりぃけんど、皆にはよろすく伝えておいてけろ!!」


 リュートは急ぎ早でリュックを背負ってボスの部屋を出た。

 彼は、思い立ったら即行動を起こす人物なのだ。

 引き留める前に立ち去られてしまったボスは、重要な事を伝えられなかった。

 恐らく、今のままのリュートだと絶対に王国兵士になれないからだ。


「……王国兵士には筆記試験があって、王立大学入学試験と同等の知力がないと筆記試験は通らないんだよ」


 そう、ラーガスタ王国の兵士には、知性も求められていたのだった。

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