第7話 田舎者、初めて他人を指示する
「えっ、レガースを脱ぐ……のか?」
「れがーすでも何でもいいから、それささっさと脱げ」
「だ、だが、脱いだら重傷を負う可能性が高いだろう?」
ダッシュボアは個体の大きさがまちまちだ。
小さい個体は人間の丁度膝辺りまでしかないものもいる。
奴らは森の茂みから唐突と現れて突進してくるので、足を複雑骨折、最悪噛みつかれて引きちぎられてしまう。さらには奴らの口は様々な細菌が繁殖しており、感染症で足が壊死してしまう事もあるのだ。
その為に鉄製のレガースをするのが、ダッシュボア討伐のセオリーだった。
しかし今、リュートによってセオリーを否定されていた。
「だけんど、その鉄の靴のせいで音がばれる。ダッシュボアは耳が良くて、音に突っ込む習性があるだよ。そんなの履いてたら、狙われるに決まってるべ」
「……マジか」
「おめぇら、基本中の基本だよ。本気で言ってるだか?」
呆れ半分、怒り半分といった様子で言うリュート。
その態度を見て、集まった参加者は内心苛立ちを覚える。しかし先程目の前で卓越した弓の腕を披露されたから、何も言えなかった。
「ダッシュボアは直線でしか突っ込んでこねぇ。こいつの基本は音が鳴らねぇように装備を整えて身軽にしてな、横に避けて通りすがった所を斬るんだべ」
さも当然のように言うリュートだが、ボスやアルビィ含めて「そんな高等テクニックなんてそう簡単に出来るかよ!」と内心では思っていた。
リュートは全員の表情を見て何となく察し、別の案を提示した。
「もし無理なら三人で組むだ。で、突っ込んできたら引き付け役一人、他の二人はダッシュボアの突進ルートの左右に散開。そして突き刺せばよか。引き付け役はギリギリまで引っ張ってから避けろ。ええな?」
それなら出来るかもしれない、リュート以外の全員はそう感じた。
「正直おめぇらとは初対面だから、オラは実力とかわからね。三人一組はどうするかは、ボスに任せてええか?」
「お、おう。それは任せておけ」
「よろすく。もし慣れて来たら、一人でさっきオラが言ったやつをやってみるといいだよ。とりあえず見本を見せるだ」
「見本?」
リュートは足元に置いてあった石を拾い上げて、茂みに向かって勢いよく投げた。
すると、獣の悲鳴が聞こえた。
どうやら茂みにダッシュボアが潜んでいたらしい。
ダッシュボアは怒りの咆哮を響かせ、リュートに向かって突進してくる。
脚に貯めている魔力を爆発させ、一瞬で最高速度まで加速するダッシュボアは、不意打ちされたら対応が非常に困難な魔物である。
リュートは長年の狩りの経験で、周囲の気配に敏感になっていた為、茂みに潜んでいたダッシュボアの存在を事前に察知していた。
リュートは木の矢を弓の弦にあてがうが、動かない。
そして残り数
と同時に弓を射っており、ダッシュボアの側頭部に矢が突き刺さる。
脳を貫かれたダッシュボアは突進の慣性を残したまま倒れ、木の幹にぶつかるまで身体を転がして絶命した。
「一つ」
流れるように一人でダッシュボアを討伐したリュート。
ボスを含め、驚きしかなかった。
こんなにあっさりとダッシュボアを討伐出来る人間など、残念ながらアドリンナには存在していなかった。
むしろ銀等級レベルの冒険者でも、ここまで鮮やかな身のこなしをして討伐する者は少ないだろう。
それ程までにリュートの討伐方法は高等テクニックだった。
見様見真似ですぐ出来る技では間違いなく無い。
だが、彼から事前に三人一組での討伐方法を教えてもらったので、今しがたリュートが行った討伐を三人に置き換えて討伐するというイメージが容易くできた。
「さて、こんな感じだべ。じゃあボス、三人一組出来たら教えてくんろ。そしたら次にダッシュボアの見つけ方を教えるだよ」
「……わかった」
ボスはもうぐうの音も出なかった。
そして思った、リュートをアドリンナに留まらせたいと。
こんな逸材がアドリンナに居座ってくれたら、もうダッシュボアに悩まされる心配はないのだから。
ボスは器用にもそんな雑念を抱きながら、参加者の実力を把握した上で最適な
ボスから編成完了の報告を受けたリュートは、次の指示を出す。
「ダッシュボアは基本的に茂みに潜むだよ。奴は速くてとんでもねぇ突進をしてくるが、その分体力が
「ほぅ、そうなのか」
「んだ。そうだなぁ……茂みからは常に大股五歩くれぇの距離を取って、三人とも石つぶてをそれなりに持っとく。んで、茂みに向かって石を投げるだよ」
「さっきお前がしていたようにか?」
「んだよ。石が当たれば必ずダッシュボアは鳴くだ。その瞬間にさっき教えた狩りの方法をやるだよ。それぞれの組がそれなりにまばらに散ってやると、効率よくなるだ」
「わかった、ありがとうリュート。皆、聞いたか? リュートの指示通りに散開しろ。それとレガースはさっさと脱げ。裸足になるだろうが彼の指示通りにやればきっと大丈夫だ」
ボスが声を張って伝えると、皆が首を縦に振った。
「夕刻になったらまたこの場に集まってほしい。では散開!」
『応』
今の場所には、リュートとボスしかいなかった。
「それでリュート。お前はどうするんだ? とりあえず一匹仕留めたから五百ペイは支払うが」
「そんだけじゃ全然足りねぇ。沢山おかねが欲しいからがっつりやらせてもらうだよ」
「わかった。だが、他の連中にも獲物を残しておいてほしい。討伐の練習にもなるしな」
「わかっただ。じゃあ十匹程度に抑えておく」
「じ、十匹……程度、か」
「へば。さくっと行ってくるだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺もついて行く」
「ん? 別に構わねぇけんど……。
「いや何、個人的にお前の狩りの仕方が気になっているだけさ。お前ほどの弓使いなんて滅多に見れないからな」
「ふぅん。まあ別に構わねぇ」
「ありがとう。何かあったら指示をくれ」
「んだ。じゃあボスも鉄の靴さ脱げ」
「……忘れてたよ」
ボスがレガースを脱いだ事を確認すると、リュートは森の中を歩いていく。
そんな彼の後を、ボスは追い掛けていくのだった。
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