第6話 田舎者弓使い、実力を見せる
宿に泊まったリュートには衝撃が走った。
村にいた頃に住んでいた家は、土壁で補強されている程度で、竹で作った手作りベッドと必要な日用品のみというものだったからだ。
しかし、宿屋の一室は全然違った。
ベッドはふかふかだし良い香りもする。さらに喉を潤せる水道なる物が設置されていて、いつでも水をそこから得る事が出来るのだ。
一番仰天したのが、部屋にトイレがあった事に驚いた。
そもそも村にはトイレという概念すらないので、宿屋まで案内してくれたアルビィに使い方を根掘り葉掘り聞いたのだった。
リュートは今、カルチャーショックを受けていた。
これが、都会なのか。
こんなに目覚めの良い朝は初めてだった。
「……今までのオラの生活、何だったんだべな」
まさにこの一言に尽きる。
小さい頃から狩りを必死にやって食料を得て、腹を満たしたら弓の手入れをして寝るというストイックな生活をずっと行ってきたリュートにとって、ありふれた宿屋でも天国のようだった。
それから約束の時間より余裕をもって起こしに来てくれた宿屋の店主に案内され、朝食を食べる。
この朝食すらも今まで味わった事のない美味で、ひたすら感動していた。
―—オラ、もう二度と村での生活、できねかもしれねぇ。
涙を流しつつ、リュートは幸福感をしっかり味わっていた。
朝食を終えたリュートは支度をして待ち合わせ場所に足を運ぶ。
自作の木の矢は五十二本、村から持ってきた鉄の矢は残り三十本程度。
正直木の矢だけでは心許ないが、鉄の矢は温存しつつ油断せずに挑もうと心を引き締めた。
「おっ、リュート! こっちだよ」
待ち合わせ場所に到着すると、アルビィが手を振ってリュートを誘導した。
「すまね、遅かったか?」
「いや、時間通りだよ。安心して」
「よかっただよ」
リュートは周囲を見渡す。
約二十人位だろうか、鉄製のラウンドシールドにロングソードを装備した男達が、緊張した面持ちで待機していた。中には忙しなくぐるぐると歩き回っている者もいて、リュートは「本当に大丈夫だか?」と、逆に自分が不安になってきてしまう程だった。
「よし、皆! 時間通りに集合できたようだな」
集団の最前列で大きな声を出しているのは、昨日会ったボスだ。
「これからダッシュボアの駆除を行う。今回は食料確保の目的ではない為、いかなる状態でも構わない。とにかく見つけ次第即討伐を頼む!」
『応っ!』
「それと今回、助っ人を呼んだからちょっと紹介させてもらう。リュート、ちょっと前に出てきてくれ」
「わかっただ」
リュートはボスの声に従って、彼の隣にまで移動した。
「こいつはリュートと言う。扱う武器は弓矢で、腕前はダッシュボアを単騎で狩れる程だそうだ。お前からも一言皆に自己紹介を頼む」
「んだ。えっと、最近村から外に出たリュートって言うだ。よろしく頼むだよ」
相変わらずの訛りに、参加者から小さく失笑の声が漏れる。
明らかに馬鹿にしているものだとわかったリュートは、流石に内心苛ついた。
こういう時、簡単に黙らせる方法をリュートは知っていた。
丁度いいからやってみて驚かせてやろう。そう考えたのだ。
リュートは瞬間的に空を見渡すと、偶然にも自分の頭上を飛んで通り過ぎようとしている鳥がいた。
矢筒から素早く木の矢を取り出し、狙いもつけずに射る。
弓を射るまでの時間は、驚きの一秒以内。突然のリュートの行動に驚く一同。
直後、短い鳥の断末魔が聞こえると、リュートは手を伸ばした。
そしてまるで掌に吸い込まれるように落ちてきた、首のない鳥の死体。
一同の中には「ひっ!?」と悲鳴を上げる者もいたが、アルビィとボスを含めた全員が驚きのあまり、顎が外れそうな程口を開けて呆けていた。
「弓の扱いだと村一番だっただよ。安心して頼ってくんれ」
何の罪もない鳥が犠牲になったが、この行動によってリュートを馬鹿にする者は誰一人としていなくなった。実力を示す事で馬鹿にしていた周囲の人間を黙らせたのだ。
一番唖然としていたのはボスだが、頭を振って我に返り、一度咳込んだ後にリュートの肩に手を置く。
「……凄腕の弓使いだ。しかも飛んでいる鳥に狙いを付けないで射殺すとは、とんでもないぜ。色んな弓使いを見てきたが、王都でもお前ほどの腕は見た事ない」
「そう言ってくれて嬉しいだよ」
「正直、アドリンナだとダッシュボアを狩るのも命がけの連中しかいない。お前みたいな熟練した奴が味方になってくれて、本当に助かるんだ」
「なるほどなぁ」
「報酬は昨日話した通りに支払う。どうかアドリンナを救う為にも、協力してくれ」
「勿論、おかねっちゅう物をくれるんだから、きっちり仕事するだよ」
「ありがたい。確かリュートは単騎でダッシュボアを狩れるんだよな。お前に指揮権を預けるから、俺達に指示を出してほしい」
「オラがか?」
「ああ、頼む」
突然のボスからの申し出に、一瞬考えるリュート。
何故なら、村では誰かに指示を与える経験なんてした事がないからだ。
村の中は弱肉強食、狩りを覚えない者は村人として暮らせず追い出される。そして生きていくのも必死なので、誰も狩りの技術は教えない。
つまり村の狩りは、特例がない限り皆単独で動き、自分や自分の家族の為に獲物を確保する。そんな中で村の子供たちは死ぬ気で狩りの技術を盗み取り、そして自分なりに昇華させていくのだ。
村の中で弓を扱うのはリュート以外にいなかったので、弓の技術はほぼ我流。しかし狩りの知識は色んな村人から何とか盗み取ったのだ。
正直、彼らを指揮する事が出来るか自信がないし、不安でしかない。
しかしこれも村の外でやっていくための、良い経験ではないかと考えた。
リュートは決断する。
「ボス、正直オラ、人に指示出す経験なんて一度も
「ああ、それ位お安い御用だ」
「んじゃ、早速指示出すが、ええか?」
「おう、遠慮なく頼む」
ボスからの許可も得た、これで遠慮なく指示が出せる。
リュートは集団の装備を確認し、軽くため息をつく。
「じゃあ皆、その鉄の靴さ全員脱げ」
リュートは若干怒気が混じった声で叫んだ。
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