この夜空に星を描こう──At least let me snow──

秋空 脱兎

夜明けまでは長い

 地上が夜までも昼のようになって、一〇〇年以上経過したんだよな。

 かといって、『リア充爆発しろ』って意図でテレスドンを差し向けるのもなあ。


 なんて、ウルトラマンに出てきた地底人みたいな事を考える。口には出さない。他人が大勢いるから。


 外を歩きながらこんな事を考えるくらいには、暇だ。

 ついでに独りだ。


 世間じゃあ、クリスマスという友達やら恋人やら家族やらと一緒に大事な時間を過ごすイベントの最中だ。

 そんな大事な人達は、いない。


 じゃあ仕事を、と思ったのだが、があり、それすらもない。


 クリスマスじゃなくて『ウルトラの父降臨祭』の間違いでは? などと虚勢を張ろうと、物寂しい空気というか何というかは、拭い去れなかった。


 いっそ恋人やら家族連れの隣をすれ違いざまに『やがて星が降る』でも口ずさんでやろうかとも考えたが、不審者扱いも嫌だし、何より他人様を巻き込みたくない。折角楽しい思い出を作ろうって日なのに、あんまりだろう?


 …………。


 いつからだろうか。何をしようにも『ああいう理由があるから駄目だ』って立ち止まるようになったのは。

 モノを知れば知る程、歳を取れば取る程、枷が増えている。


 出来る事が少なく、やりたい事も分からない理由の一端になってるのではないか。そう思うくらいには。


 適当に、夕飯買って帰るか。

 なるべく、クリスマスをイメージしない物を。




                  §




 すっかり日が沈んでしまった。

 街中なのもあって、星一つ見えやしない。


 帰り道にあるコンビニで適当におにぎり、サンドイッチ、サラダに水と適当に買い漁り(ちなみに千円をわずかに超えてしまった。油断した)、そのまま真っ直ぐ自宅に向かおうとしていた時だった。


「あああああぁぁぁぁぁぁああああああああ……!」


 悲鳴なのか落胆なのかそれとも絶望なのか、どうにも形容しがたい声が聞こえてきた。

 思わずビクリと震えてから周囲を見渡す。


 見渡してから、例えば怨霊の類だったら『反応した』とみなされるんじゃないかと考え、血の気が引いた。


 その考えは、すぐに空振りに変わった。


 声の源は小さな公園。そこに、人影が一つ見えた。


 気付かれる前に逃げようと考えたのだが、その人影は妙に小さかった。

 子供、だろうか。


 日はすっかり沈んでいるし、この辺りは街灯が少ないのに何をしているんだ?


 ……何となく。何となくなのだが、見ぬ振りをしてはいけない気がする。


「こ、こんばんはー」


 小さな人影がビクリと震えた。あんまりいい声じゃないからってそんなに驚かれるとちょっと悲しい。


「だ、だいぶ暗くなってるけど、どうしたの?」


 そう言いながら、人影に近付く。


 予想通り、人影は子供だった。女の子で、十代前半から中頃、だろうか。


 それよりも目に付いたのは、地面に物が広げられている光景だ。


 蓋が開いたケーキの箱(四個の内一個は食べられていた)、お茶(飲みかけ)、ローストビーフ、鮭の塩焼き、子供用ビール、甘酒、電池を入れたら光ったり鳴ったりする子供向け玩具の数々、『ウルトラの父』のソフビ、消しゴム、絵具、絵筆、花札。


 それらが、ビニールシートの上に円を描くように置かれていた。


 何と言うか、節操がない。……じゃなくて、これは何をしているんだ?


「え、ええと、何をしてるの?」

「これじゃ、足りなくて」


 女の子が答えた。鈴を転がすような澄んだ声だ。羨ましい。

 ……じゃなくてだ。答えた、の、だろうか?


「え、っと。どういう事? 何が足りないの?」

「魔法の材料」

「はい?」

「だから、魔法の材料」

「魔法」

「そう」


 ……何を言っているんだ?


「あとはコンビニに売ってる切り餅ぐらいで準備完了なんだけど、お金が足りなくなっちゃって」

「あの三百円くらいでまとめて売られているやつ?」

「そうそれ」


 つい普通に会話してしまっているが、頃合いを見て逃げないとマズそうだ。


「あの、魔法の準備、手伝ってくれませんか?」


 ほれ見た事か!


「あー、いや……ちょっと、用事が」

「そんな、行かないで!」


 女の子が袖を掴んできた。マズイ。非常にマズイ。


「いや、でも」

「聞かれちゃった以上、一緒にやらないとあなたも私も危ないかもしれないんです」

「……それって、聞きようによっては『やろうとしてる事は呪いです』って聞こえるんだけど?」

「はい」

「認めるの⁉」

「はい!」


 最悪だ。今日はもう飯食って寝ようって考えてたのに。

 どうする? このまま振り切るか?


 ……でも、なあ。


 正直、魔法やら何やらといったオカルトチックなサムシングを信じている訳ではない。

 でも、信じないのと『存在しているか否か』は違う。と思う。

 というか、単純に『本当に存在した場合、対抗手段が無いから少し怖い』のだ。


「……分かった」

「本当ですか⁉」


 女の子の表情がぱぁっと明るくなった。


「二言はない」

「ありがとうございます!」

「何すればいいの? 切り餅買ってくる?」

「あ、切り餅じゃなくてもいいんです。『なるべくクリスマスに関係ないもの』なら」

「クリスマスに関係ないもの……」


 ……それって。


「もしかして、こういうの?」


 そう言いながら、手に提げたエコバッグの中身を見せた。さっきコンビニで買った物が入っている。


「あ、えっと……」


 女の子はしばらくバッグの中身を見て、


「足ります! ピッタリ!」

「本当?」


 女の子が頷いた。良かった、コンビニまで走らなくて済みそうだ。

 エコバッグを女の子に手渡す。


「じゃあ、残りの準備するね」


 女の子はそう言って、エコバッグの中身を並べ始めた。

 適当に見えるが、そこがいいのだろうか。口出しするのも正直怖いので、何も言わないが。


「出来た!」


 割り箸を置いて、少女が言った。どうやら置き終わったらしい。


「さてさてさて……」

「後は何をすればいいの?」

「あー……いや、最後まで付き合ってくれるだけで大丈夫!」

「そう……?」


 女の子は、ポケットから何かを取り出した。

 紺色の布だ。広げると、ビニールシートより一回り大きかった。

 それを、ビニールシートや乗せられた物が隠れるように被せた。



「ところでこれ、どういう魔法?」

「えっとね、この夜空を満点の星空に変える魔法」


 はい?

 星空に変える?

 この明るい街中の空を?


「……これで?」

「うん」


 自信満々に頷く、女の子。


「原理的には、藁人形とかと同じかなって思ってて」


 女の子はそう言いながら、ポケットからまた何かを取り出した。

 七色に淡く発光するオーナメント──クリスマスツリーに飾るような丸いやつ──だった。

 それを、布の中央──丁度、中央に配置されたおにぎりの上だと思う──に置いた。


「ああいうのも、呪いたい相手の髪の毛とかを仕込んで五寸釘を打つでしょう? 見立てる、って言えばいいのかな」

「ああ、うん。でも人に見られそうな場所でやるモノじゃないと思うけど」

「逆。ここが良かったの」

「どうして?」

「公園ってさ、色んな人が来るでしょ? 大人も子供も関係なく。これから使う魔法は、沢山の人に見てもらいたいから。沢山の人が来る場所で、静かな時間帯がいいの」

「……成程?」

「分かってないでしょ」

「うん」

「まあいいや。じゃあ、仕上げ」


 女の子はそう言うと、懐から棒きれを取り出した。

 魔法の杖、とでも言うのだろうか。


「何か一緒に言ったりとか、ある?」

「大丈夫!」


 そんなに任せっきりでいいのだろうか。


「いち、にの……さん!」


 女の子は小さく棒きれを振り、『さん!』と同時にオーナメントを叩いた。


 こーーーーーーん、と澄んだ音が響き、

 ばしゅん! と音を立て、オーナメントが空の彼方へ消えていった。


 それっきりだった。


「……何も起きないけど?」

「あ、あれ? 失敗?」

「え゛」


 じゃあヤバイじゃん、そう言おうとした時だった。


「あ! ほ、ほら! あれ!」


 光点が一つ。夜空に現れた。

 それは、爆発するように。

 光の波になって、広がり始めた。

 広がりながら散らばって、それはやがて、満点の星空を形作った。


 感嘆の言葉すら出なかった。

 この想いを、言葉としてどう出力すればいいのだろう。


「やった! 大成功!」


 女の子が嬉しそうに言った。


「えへへ、失敗したかと思っちゃった」

「よ、良かった、ね?」

「うん!」


 女の子は満足気に頷いた。


「……どうして、こんな事を?」

「うんとね、プラネタリウム、見た事ある?」

「あるけど」

「あれでさ、街中でも電気が全部消えればこのくらい星空すごいんだよってやつ、やるでしょ?」

「やるね」

「あれを、現実にしたかったの」


 という事は、あれはプロジェクションマッピングとかではなく、本物の星なのだろうか。


「今日は、クリスマスでしょ? クリスマスって、家族とか恋人とか、大切な人とすごすんでしょ? でも、時間がなかったり、そういう人がいないって人もいるんでしょ?」

「ああ……うん」

「だから、そういうの関係なしに、皆が楽しめるものを作りたい! って、思ったの」

「…………」

「夜空が嫌いって人がいたら申し訳ないけど、それでも」

「そうなんだ」

「はい」

「わがままを言うようだけど、雪でも降らせればもっといいかもね」

「天気雪……今度やる時、やってみますか」


 それから、二人で暫く夜空を見上げた。


 ふと気になった事を、女の子に聞いてみる。


「ところで、魔法に使った食べ物、どうするの?」

「食べる!」

「食べる⁉」

「そそ、お供え物と同じ」

「二人で?」

「二人で! という訳で行くよ!」

「ちょ、どこに⁉ 引っ張らないで⁉」


 魔法使いの女の子に、どこかに連れていかれる。


 親御さんに連絡しなくていいのか? とか、というかこれ事案じゃない? 逮捕エンドじゃね? とか考える事になるのは、また別のお話。

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