216 開票
海ほたるダンジョンをさくっと踏破した俺は、夕方には川崎に出て、そこからは電車で新宿に戻った。
ギルドルームに入ると、
「あ、おかえり、悠人」
「おかえりなさい、蔵式さん」
芹香と灰谷さんに迎えられる。
……なんか照れるな。
ギルドルームの会議用長机の上には、デリバリーアプリで取ったらしいピザと飲み物が並んでる。
灰谷さんはあいかわらずノートPCとにらめっこだが、その片手にはピザ。
芹香もピザを食べながらテレビの選挙特番を見てたみたいだな。
「悠人も食べていいよ」
「助かる。ちょうど腹が減ってたとこなんだ」
俺もやや冷めかけのピザを手にとって、チーズがこぼれないように口に運ぶ。
「開票結果は……まあ、予想通りか」
蓋を開けてみれば、衆参同日選挙は自政党の大勝だった。
凍崎誠二は下馬評通り小選挙区で惨敗し、比例復活で衆院議員の座を手に入れた。
選挙で大勝したにもかかわらず、折村総理は降板を明言。
近日中に総裁選挙を行うと発表した。
国政選挙ではなく自政党内の総裁選で事実上総理大臣が決まってしまうという、いつもながらの首を傾げたくなるシステムだ。
だが、選挙の余韻も冷めやらぬ午後十時。
自政党はマスコミに緊急記者会見を開くと通知した。
その内容は、自政党総裁選の候補の紹介だという。
今回は日程の都合で選挙前に総裁選をすることができなかったわけだが、総裁選の準備そのものは選挙と並行して進められていた。
マスコミは急な通知に首を傾げながらも会見場に押し寄せた。
会見場に現れたのは、今話題の渦中にある人物だった。
――凍崎誠二。
総裁候補の紹介と聞かされていただけに、会見場の記者たちは目を疑い、近くの記者と囁きをかわす。
「え……なんでだよ。まさか、凍崎誠二が総裁候補だっていうのか?」
テレビを前につぶやく俺。
『皆様。遅い時間にお集まりいただき有難うございます。自由政友党次期総裁に内定致しました、凍崎誠二です』
凍崎の言葉に会見場を静寂が支配し――爆発した。
†
『私には、この国の抱える問題をすべて解決する準備があります』
凍崎はそう語りだした。
不思議なことに、会見場の記者たちは静かに着席して凍崎の言葉に耳を傾けている。
最初は凍崎が自政党総裁に「内定」したとはどういうことかと食って掛かっていた記者たちが、だ。
『この国の最大の問題は、少子高齢化だ。そんなことは中学生でも知っている。だが、この問題に、この国は正面から対策を取ってこなかった』
『そのこと自体も問題だが、それ以外にも見過ごされてきた論点がある。ダンジョンと少子化の関係だ』
『ダンジョン出現以前においても、少子高齢化はこの国の行く末に暗く立ち込める問題だった。だが、それはあくまでも、少数の若い働き手で多数の高齢者を養わねばならないという世代間の不公平性や、現役世代の可処分所得が減ることによる経済への悪影響という経済的な問題にすぎなかった。たしかに厄介な問題ではある。放置すればこの国は衰退しよう。だが、それでも、衰退するだけで済んだとも言える。貧しくはなるかもしれないが、それだけだった』
『しかし、ダンジョンが出現したことで、少子高齢化は別の問題をはらむことになった。それが何か、わかるかね?』
『それは、探索者の数の問題だ。既に、我が国の電力供給は、その三分の一以上をダンジョンから探索者が持ち帰るマナコインに依存している。また、ダンジョンのモンスターからドロップするアイテムを取引する市場の規模は半年で倍という凄まじい速度で急拡大している。そして言うまでもなく、エリクサーに代表される指定戦略探索物は、我が国の国家安全保障にも関わる重要なドロップアイテムだ。これからますます、経済の大きな部分がダンジョンがらみのものとなろうし、それに従って探索者の需要は青天井に上がっていくだろう』
『だが、ここにひとつの制約がある。探索者は、必ず人間でなければならない。機械で置き換えることはできないのだ。従って、この国の経済成長率は、探索者の数と質を上げることに大きく依存することになる』
『探索者の数と質に依存するのは、何も経済力だけではない。
探索者は、戦力でもある。
戦力――すなわち、軍事力だ。
高レベルの探索者や強力な固有スキルを持つ探索者は、銃弾を食らったくらいで死ぬことはない。戦車の砲弾ですら、レベル1万を超えた探索者を一撃で殺すことはできないという。
核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルですら、<召喚師>あるいは<黒天狗>と呼ばれる探索者のテイムしたドラゴンによって跡形もなく消滅させられたほどなのだ』
そこで会見場のスクリーンに映像が映る。
大気圏の上の宇宙空間で、RPGの召喚獣のようなドラゴンが、
もちろん、クダーヴェが北のミサイルを迎撃したときの映像だな。
『探索者は戦力だ。兵力……などという生易しい言葉では誤解が生まれる。だから、あえてこう言おう。トップクラスの探索者は、生身の
『つまり、探索者の数と質を上げることは、この国の安全保障に直結する問題なのだ。だが、我が国では少子化が進み、人の絶対数が減っている。これでは、人口大国が探索者を組織的に育成し始めたときに、極東のミリタリーバランスが大きく傾いてしまいかねん』
『皆さんが人口大国と聞いてまず連想したのは、おそらく中国のことであろう。むろん、彼の国は十四億を超える人口大国であり、脅威の筆頭候補であることに間違いはない。だが、軍事力としての探索者という意味では、侮りがたい国が、日本のすぐそばに存在する』
『――北朝鮮だ。彼の国はたしかに、国力の面で我が国に遥かに劣る。旧式の装備、日本の地方自治体にも満たない経済力、経済制裁により困窮した市民たち……。これまでの常識では、ミサイルを除けば、とうてい日本の脅威になるような国ではなかった』
『だが、北朝鮮軍は数だけで言えば、陸軍だけでも百万を超える。予備役まで含めればその数はさらに十倍以上になるだろう。
金総書記は、ほとんどすべての陸軍兵士をダンジョンに潜らせ、探索者としてレベルを上げさせている。北朝鮮のSランクダンジョン『
『同時に、北朝鮮は中国やロシア、イランなどから揚陸艇、潜水艇、半潜水艇、輸送艦、輸送機、兵員輸送車、あるいは民生用のバスや旅客機、大型船などを大量に購入している。その大半は冷戦時代に作られた老朽化したものだが、人を運ぶという意味では十分実用に堪えるだろう。高レベルの探索者がいれば、小銃や機関銃はもちろん、ミサイル、戦車砲、艦砲射撃への対応も十分に可能だ』
『北はもとより、特殊部隊や工作員による侵入作戦にも慣れている。韓国はもちろん、日本にも高レベル探索者の工作員が密かに潜り込んでいる可能性がきわめて高い』
記者たちのざわつきがテレビからも聞こえた。
『それに対して、我が国はどうか? 自衛隊は相変わらず近代兵器による戦闘を中心とした旧態依然たる訓練を行い、探索者としての経験を持つのは一握りの要員のみ。もし多数の探索者工作員が日本に侵入し破壊工作を試みた場合、それを止めることができる戦力が、この国には存在しないのだ』
『
「この狂った現代において」――だって?
おかしいだろ。だってそれは、俺の心の中だけの……
『なぜこの問題を国民も政治家も軽視しているのか理解に苦しむ。いくらAIが発達しても、ダンジョン探索はAIには不可能だ。『天の声』はAIを探索者とは認めない。探索者は必ず人なのだ。だから、探索者の絶対数こそが、その国の国力、経済力……ひいては軍事力にも直結する。人が減ればこの国は詰む。なぜこんな単純なことが見過ごされてきたのか?』
凍崎はそこまで言い切ると、続きを待つ聴衆を焦らすように、傍らにあったグラスの水を一息に飲んだ。
―――――
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