215 海ほたるダンジョン踏破と神様
というわけでやってきた海ほたるダンジョンだが、特筆すべきことはあまりない。
前回、二層までと三層の一部を踏破してるからな。
はっきり言って消化試合だ。
三層奥のポータルから四層へ。
四層にはまた水没エリアがあったが、前回同様の対処で問題なかった。
五層は水没しておらず、六層はまた一部が水没。
「偶数層だけ水没してるってことか?」
灰谷さんにお土産となる情報が取れたなと思いつつ、俺は七層へのポータルに飛び(泳ぎ)込んだ。
「おっと」
水中から空中に放り出され、俺は宙返りして着地する。
今の身体能力なら余裕とわかっちゃいても、いきなり宙に放り出されるとひやっとするな。
着地したのはダンジョンの床――ではなかった。
地面は石畳で、顔をあげると朱い鳥居。
鳥居の脇には「断時世於神社」の石碑がある。
「うわ、ひさしぶりだな……」
Aランクダンジョン周遊をやってるあいだ、俺は一度もダンジョン神社に出ることができなかった。
Aランクダンジョンが楽勝すぎて参拝に必要な条件を満たせないのではないか――みたいなことも思ってたんだが、この仮説は正直疑問だ。
なぜって、ジョブ世界ではCランクダンジョンである黒鳥の森水上公園ダンジョンの階層移動によってダンジョン神社に出られてたわけだからな。
……まあ、あっちの神様とこっちの神様では集めてる信仰心の量が違うみたいだったからな。
あっちの神社のほうが出現確率が高いのは間違いない。
俺は鳥居の並ぶ石段をゆったりと駆け登る。
「ゆったりと駆け登る」とは変な表現だが、今の俺の敏捷だと、実際ひょいひょいと疲れることなく登れてしまう。
俺には「筋疲労無効」のスキルもあるからな。
「筋疲労無効」を使えば、富士山を麓から頂上までダッシュで駆け抜けることすらできそうだ。
鳥居の回廊を抜けて出た境内は、あいかわらず閑古鳥が鳴いていた。
見回してみるが、見える範囲に狐耳の
それに、この空気――
「……なんだ? 前に比べてなんていうか……」
寂れているようでありながら、清浄な空気が漂っているのがこの神社の特徴だったのだが、今日はその「清浄な感じ」が心なしか薄いような……。
「神降ろし」でオトタチバナヒメを降ろした時の感覚から、その「清浄な感じ」が神の気配だということはわかってる。
となると、
「神様! いるか!?」
俺は境内を駆け抜け、社殿に近づく。
社殿の扉が、内側から開いた。
「おお、悠人ではないか」
社殿から現れたのは、いつも通りの神様だ。
だが、心なしか声に張りがない。
「ど、どうしたんだ? 弱ってるのか?」
「ふむ。人の子から見ても判る程であるか」
自嘲するように神様が言った。
「何があったんだよ?」
「何、お主も知っておる筈のことじゃ」
「俺が?」
「このところ、地上が
「……ゲンロン.netの話か」
「
ひさしぶりだってのに、あいかわらず小難しい話をしてくるな。
「えっと、極論ばかり唱えてると、言ってることがだんだん宗教じみてきて、ついには神様を創り出すまでになるってことか?」
「うむ。やはりお主は物事の本質を掴むのが早いのぅ」
「それによって神様の力が削がれたっていうのか?」
「然り。我は元々、この
「オトタチバナヒメみたいな具体的な神じゃなくて、漠然とイメージされたこの国の神様だってことだよな」
普段は宗教と無縁の日本人でも、初詣なんかで神社を参拝することはあるだろう。
だが、その時に神社の祭神をきちんと把握してその神に祈るって奴は少ないんじゃないか?
神社には神様がいる、神様には賽銭を出してお願いごとをする、そのくらいの緩い認識があるだけだ。
そう考えると、現代の日本において人々が漠然と想像する「神様」が、神話に登場する個別の神々でないのは納得だ。
身内に神社の関係者がいるか、急に中二病を発症したかでない限り、日本神話の神様の名前を一体いくつ挙げられるだろう?
「うむ。我は、
「そんな影響があったのかよ……」
まさか、凍崎がそれを狙ってたとは思いにくいが、ネット上の対立煽りが神の分立にまで発展してたとはな。
「じゃあ、神様が八百万の神々に分裂して消えてしまう、なんてことは……?」
「安心せい。今は国論の分裂がいくらか収まってきておる。既に分立した神の力は取り戻せぬが、これ以上の弱体化は防げるであろう」
「それはよかった」
「しかし、この神社の出現確率が下がってしまったのは問題じゃな。かねてよりこの神社を
「ああ、そうか……」
「お主は、ジョブ世界とやらで手に入れた勇者のアビリティに我の加護が欲しいと願っておったようじゃな」
「お見通しなのかよ。でも、その口ぶりだと……」
「うむ。今の我にはそれだけの力がない。また、具体的な力を授けるということであれば、分立した神々のほうが得意分野であろうな」
「なんでだ? 神様のほうが力は強いんじゃ?」
「人々の漠然たる『いめえじ』に過ぎぬ我では、戦いの役に立つような、個別具体的でわかりやすい力は授けにくいのじゃ。弟橘のが使っておった『
「なるほど……。一口に『力がある』といっても、漠然と力があるっていうより具体的にこれができますとわかってるほうが実用的ってことか」
就職活動で、「高学歴でポテンシャルには自信があります!」という応募者と、「これこれの資格があって実務経験が〇年あります!」という応募者がいたとしたら、後者の方が即戦力にはなるはずだ。
新卒なら前者も強いだろうが、中途採用なら後者のほうが有利だろう。
まあ、俺には学歴もなければ資格もなく、実務経験もなきに等しいわけなんだが。
「弟橘
「さあ、どうだろう。俺が草薙剣を握ったことがあるのに縁を感じて力を貸してくれたみたいだな」
オトタチバナヒメの夫はヤマトタケルだ。
ヤマトタケルが草薙剣で敵による火攻めを凌いだのは日本神話のハイライトの一つだよな。
同じく、オトタチバナヒメが海で嵐に巻き込まれた夫を救うために自分の身を犠牲にしたシーンも有名だ。
「でも、なんていうか……俺との相性はいまいちだったんだろうな」
オトタチバナヒメの理想の男はヤマトタケル――神話の英雄だ。
日本各地に伝説を残す、漂泊の英雄。
まつろわぬ神どもを平定してきた英雄中の英雄といっていいだろう。
一方、俺にはそういう伝統的な「男らしさ」のようなものはかけらもない。
なよなよした女みたいな奴だな、と小学生の時に教師に言われたことがある。
……もし今の時代にそんなことを言ったら、その教師がSNSで炎上することは必至だろうけどな。
神話にケチをつけてもしょうがないと思うが、ヤマトタケルとオトタチバナヒメの逸話は、俺にはちょっと昭和的にも思えてしまう。
少なくとも、俺と芹香がこの神
芹香がピンチの時は俺が駆けつけ護ってやりたいが、どちらかといえば俺の(社会的な)ピンチを芹香が助けてくれることのほうが多いんじゃないか?
そういうあたりも含めて、オトタチバナヒメにとって俺は永続的に力を貸すに値しない存在だったんだろう。
「え、じゃあ、俺ってオトタチバナヒメの面接に落ちたってことなのか?」
「…………う、うむ……まあ、神々は気まぐれで気難しい連中じゃからの。あまり気に病む必要はなかろうて……。縁あって一度は力を貸したのじゃ。あ奴とて、お主に幸あれと祈ってはおろう」
「まさかのお祈りメールかよ!?」
神なんて絶対信じてなさそうな人事担当者がネット上のビジネスメールのテンプレを拾って書いてくる奴だよな。
もっとも、人事担当者からすれば他に書きようがないって面もあるとは思うが。
微妙にトラウマを刺激され落ち込む俺に、
「ま、まあ、お主のことを気に入ってくれる神だっておろう。我だって気に入っておるし、それに……ほれ。異界の神である、あのいけすかないシュプレフニルの奴も、お主を認めておったではないか」
神様がそう慰めてくれる。
「……たしかに」
シュプレフニルは【君だけの世界】というチート・オブ・チートみたいなサポートアビリティもくれたしな。
「大丈夫じゃ。いずれお主の良さをわかってくれる神も現れよう。世の中には他にもたくさんの神がおるのじゃからな」
と、なぜかまるで俺が女性にフラれたかのような慰めの言葉をかけてくる神様。
……いやべつに、是が非でも神に見初められたいわけでもないんだけどな。
微妙に釈然としない気持ちが残ってしまったが、ひさしぶりに神様に会えたのは収穫だった。
その後しばらく神様と茶飲み話を楽しんでから、俺は海ほたるダンジョン八層へのポータルを潜るのだった――
……え? 海ほたるダンジョンの攻略はどうなったかって?
問題なく十層奥のボス部屋にたどり着き、ダンジョンボスを一撃で屠ったぞ。
ちなみにダンジョンボスは、残念ながらシークレットモンスターではなかったな。
奇しくも神取が「実験空間」で変身?してたチューブワームマザールートだったんだが、まさか全身にマイクロダンジョンを生んでフラッドを起こしたりするはずもない。
俺が触手につかまってエロトラップダンジョンになるという誰得展開を避けるべく、しめやかに「スーペリアインフェルノ」で一確だ。
―――――
本作書籍版『ハズレスキル「逃げる」で俺は極限低レベルのまま最強を目指す 2』、明日9/2発売となっております。
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2巻は加筆4万9000字、芹香・灰谷さん視点の書き下ろしもあるので本編既読でもお買い得だと思います!
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