212 病室にて

 その後のことについては、かいつまんで語らせもらうことにしよう。


 芹香と合流した俺だが、海ほたるダンジョン内の神取ラボに男児会の探索者たちを残してきたことを思い出し(芹香のことで忘れていたのだ)、せっかく合流した芹香とまた分かれ、再びラボに向かうことになった。


 芹香も一緒に来たがってたんだが、拘束したとはいえ雑喉がいる。

 いざというときに制圧できる人材が必要ということで、芹香は雑喉を護送する監察員に同行することになった。


 神取の秘密ラボに戻ると、男児会の探索者たちが陣を張ってモンスターから身を守ってる状況だった。

 さいわい、俺が行ったり来たりしてるあいだに犠牲者が出ることはなかったらしい。


 神取のラボにあった各種研究資材のようなものを焼き払うことも考えた。

 だが、事態が一段落した今となっては、現場を荒らすのはいかにもマズい。

 神取が違法性のある研究をしてたとしたら、その証拠を残しておきたいからな。


 本当にヤバいものがあるなら俺の一存で焼こうかとも思ったが、ひと通り「詳細鑑定」をかけて確認した限りでは、水槽で培養されてるチューブワームくらいしか見当たらない。

 また、それ以外の純粋に科学的な研究については「詳細鑑定」では調べようがない。

 もし純粋に科学的に造られた男性根絶ウイルスがあったとしてもわからないわけだが……その辺りは専門家に任せるのが無難そうだ。

 下手に手を出してバイオハザードを起こすのも怖いからな。


 正直、帰り道は面倒だった。

 なにせ、11人もいる男児会の連中を保護者よろしく護ってやりながら地上まで連れ帰る必要があったからな。

 連中は大和の「シャーデンフロイデ」頼みの戦い方をしてたらしく、海ほたるダンジョン三層のモンスターが相手だとかなり戦い方が危うかった。

 結局めんどうになった俺がモンスターの群れを一撃で消し飛ばしながらダンジョンを逆行して地上まで連中を「護送」するハメになったのだ。


 連れ帰った連中は、通報を受けていた警察が任意同行で引っ張っていった。

 逮捕ではなく任意なところにダンジョン内犯罪の難しさを感じるな。


 連中の中には反抗的な態度で任意聴取を拒もうとするやつもいたんだが、俺がひと睨み利かせるとあら不思議。

 とても素直になって警察署へと引っ立てられていったという次第だ。


 ちなみに、道中の俺の戦闘については、「催眠術」のスキルで連中の記憶を曖昧にしておいた。

 まあ、無詠唱の範囲魔法でモンスターの群れを消し炭にする以外のことはやってないんだが、芹香あたりに「それが十分非常識なんだよ!」と突っ込まれそうな気がしたからな。


 神取はいまだ意識が戻らなかったため、救急車で病院に搬送されていた。

 もちろん、警察官や協会の監察員が同行し、警戒に当たることになっている。


 大和も警察から同行を求められていた。

 大和は魂が抜けたような顔つきで、抵抗するそぶりもなく警察官についていく。


 事後警戒に当たる少数の人以外がいなくなると、海ほたるの駐車場はがらんとして見えた。


「……なんとかなったか」


 ダンジョンポータルの前でつぶやいた俺に、


「うん。悠人のおかげで、今回は誰も死なずに済んだよ」


 そう褒めてくれる芹香だが、その瞳には複雑な色が宿ってる。

 監察員として活動する中で、もっと凄惨な結末を迎えた事件もあったんだろうな。


 ともあれこうして、俺の初仕事となった緊急要請は無事任務達成となったのだった。





 †


 俺は都内のとある病院の病室の扉をノックする。

 扉の前にいた制服警官に会釈してからな。


「はい」


 という女性の声とともに、扉が開く。


「あ、蔵式さん」


 病室の扉を空けてくれたのは、大和姉こと桜井美穂さんだ。

 俺のマンションのお隣さんでもある。


「あんたか……」


 病室の奥で大和が言った。

 大和は腕に点滴の針を刺し、ベッドの上で半身を起こした状態だ。

 身体に力が入らないのか、腕をだらんと垂らしている。

 もともと色白の顔は、青みを感じるほどに血の気がない。


「身体の具合はどうだ?」


「まあ……よくはないな」


 力のない声で大和が言う。


「大和。ちゃんと敬語を使いなさい」


「う……すまな……すみませんでした、蔵式さん」


「俺はどっちでもいいけどな」


 探索者になってこのかた、俺も仕事ではあまり敬語を使ってない。

 以前はるかさんから指導をもらった通り、探索者は舐められたら終わりのヤクザな稼業だ。

 ネット小説の無双系主人公よろしく、仕事ではドヤみのある口調になりがちなんだよな。


「そうはいきません。蔵式さんには何から何までご迷惑をおかけして……」


「いいって。美穂さんが気に病むことじゃない。俺が勝手にやってることだ」


 美穂さんは、義理堅いのはいいんだが、あまりにも自責の念が強すぎる。

 美穂さんは以前光が丘公園ダンジョンで俺に命を救われ、今度は弟である大和を救われた。

 大和に関しては凶行に至りかねない一歩手前で止めたという面もある。

 俺への恩に裏ドラが乗って数え役満になってしまった美穂さんは、俺と顔を合わせるたびに謝罪の言葉ばかり口にする。 


 俺としてはおどおどした小動物っぽい女性に終始謝り通しに謝れても、かえって申し訳なく感じるばかりで、気持ちのいいことはひとつもない。


 俺は恐縮する美穂さんに持参した果物盛り合わせを手渡しながら、


「大和。精神面の調子はどうなんだ?」


 大和に気になってたことを訊く。


 ――海ほたるダンジョンでの男児会と神取の衝突から一週間。


 その後、いろいろなことがあったが、そのひとつが大和の最後の「作戦」解除だ。


 凍崎誠二がかけたとみられる「作戦」の効果で、大和は精神に変調を来していた。


 繰り返しになるが、あらためて「作戦」を載せておこう。



Info──────────────────

作戦「命を燃やせ」

この作戦を設定された者は、HPが自動で回復し、肉体的疲労や病気による悪影響を無視することができる。副次的効果として、作戦解除後にそれまでに蓄積した疲労や悪影響をまとめて受けることになる。

────────────────────

Info──────────────────

作戦「手段を選ぶな」

この作戦を設定された者は、思考速度がS.Lv×10%上昇し、本来の自己の発想であれば思いつかない選択肢にS.Lv×2%の確率で気づくようになる。副次的効果として、倫理的な判断能力が低下し、本来であれば道徳的にためらわれる行動を躊躇なく取るようになる。

────────────────────

Info──────────────────

作戦「最後の一滴まで搾り取れ」

この作戦を設定された者は、自身をリーダーと認める対象からHP、MPを任意に奪い取ることができる。副次的効果として、他者の心身の痛みに対する共感性を喪失する。

────────────────────

Info──────────────────

作戦「力こそすべて」

この作戦を設定された者は、攻撃力と魔力がS.Lv×30%上昇し、防御力と精神力がS.Lv×20%低下する。副次的効果として、自分より強い者には服従し、自分より弱い者を虐げる精神傾向が強くなる。

────────────────────



 俺が海ほたるで解除したのは「手段を選ぶな」「最後の一滴まで搾り取れ」「力こそすべて」の三つ。


 「命を燃やせ」を解除しなかったのは、「副次的効果として、作戦解除後にそれまでに蓄積した疲労や悪影響をまとめて受けることになる」という記述があったからだ。


 大和はもともと身体が強くないと美穂さんから聞いていた。

 しかし、言論系マイチューバーとして活躍?するようになってから調子がよくなったという。

 虚弱体質を補うようなアイテムを手に入れたからだ、というような話もあったが、その種は凍崎誠二の「作戦」にあったわけだ。


 その最後の「作戦」も、先日解いた。

 皆沢さんに事情を話してこの病室を用意してもらい、医師と皆沢さん、そして保護者である美穂さん立ち会いの上で、「命を燃やせ」を解除した。


 病室を用意し医師に立ち会ってもらったのは「副次的効果」への対策。

 皆沢さんに立ち上がってもらったのは、「作戦」解除の前後を見せることで、大和がたしかに「作戦」にかかってたことを証言してもらうためだ。

 「作戦」は現状、俺の「詳細鑑定」でしか見えないからな。 


 「命を燃やせ」を解除した瞬間、大和は一瞬にして疲労困憊状態になった。

 身動きがまったく取れなくなり、丸三日も寝通す結果になった。

 そのあいだずっと姉である美穂さんが付き添っていたのは言うまでもない。


 「副次的効果」次第ではもっと危険な状態になる可能性もあったが、その場合には俺がエリクサーを使うつもりでいた。

 俺が「作戦」をかけたわけじゃないとはいえ、死なれでもしたら夢見が悪いにも程があるからな。


 で、大和が小康状態になったと美穂さんに聞いて、今日病室を訪ねたってわけだ。


「……ああ。嘘みたいに頭がすっきりしたよ……いや、してます」


 美穂さんに睨まれて、大和は慌てて語尾を治す。


「どういう感じなんだ?」


 と言われても答えにくいと思うが、他にうまい訊き方もない。


「……責任逃れをするつもりじゃないんですけど……」


「ああ」


「今となっては、どうしてあんな計画に平気で乗れたのか……自分で自分が信じられないです」


 俺は「詳細鑑定」で得た「作戦」の具体的な内容を、まだ大和には教えていない。


 もし教えれば、大和が「作戦」の「副次的効果」に沿う形で自分の証言をまとめる可能性があるからだ。

 結局のところ、「作戦」による「副次的効果」がどの程度大和の判断能力を損ねていたかは、本人にしかわからない。

 それを逆手に取って、すべてを「作戦」のせいにし、自分に責任はないと主張する――

 刑事責任から逃れるという意味ではそれが最適な行動になるだろう。


「……他には?」


「なんて言うんでしょうか、他人を見下して、見下した相手を利用することが……気持ちいい、というと語弊がありますが……」


 ためらいながら大和が言う。


 「倫理的な判断力が低下」「道徳的にためらわれる行動を躊躇なく取る」「他者の痛みに対する共感性を喪失する」「自分より強い者には服従し、自分より弱い者を虐げる精神傾向が強くなる」……


 言ってしまえば、これはホラー映画のサイコパスのように振る舞うようになるってことだよな。


「すべてをその『作戦』のせいだとは言いません。もともと僕にはそうした傾向がなくもなかったと思います。他人を見下し、利用するといったような」


 コメントしづらいので、俺はわずかにうなずくだけにした。


 マイチューバーとして自分でも信じてない「言論」を弄し、他人を操って金を稼いでたわけだからな。


 桜井姉弟の事情は知らないが、親ではなく姉が保護者になってる時点で何か訳があるんだろう。

 姉である美穂さんがブラックギルドに捕まって搾取されてたこともあり、大和は自分でも家計に貢献したいと思っていた。

 その点は見上げたものだ。

 ひきこもりだった時期のある俺からすればまだ高校生なのに大したものだとも思う。


 ただ、大和の「言論活動」に愉快犯的な面があったのも否定はできない。

 活動を始めたことで凍崎誠二に目をつけられたわけだから、活動開始時点では「作戦」の影響はなかったはずだ。

 つまり、最後はともかく最初の時点では、大和自身の意思に基づく言動だったはずなのだ。


「……わかってるよ、蔵式さん」


 大和が言った。


「精神的な悪影響を受けてたことは事実としても、僕の思考や僕の言葉は、それでも僕自身から出たものなんだ。それを否定しては、僕に命がけでついてきた人たちに申し訳が立たない」


「……意外だな」


 思わずこぼした俺に、


「僕が『作戦』のせいにしなかったことが、ですか? それとも、僕が自分の言葉に責任を感じていることにですか?」


「おまえは強情だからな。『作戦』については影響を認めないんじゃないかとは思ってた」


 もしすべてを「作戦」のせいにしたら、大和は自分が凍崎誠二にいいように利用されたと認めることになる。

 法的責任を回避するには凍崎のせいにしたほうがいいのだろうが、それでも強情を張るような気はしてた。


「……寒川さんに会ったんです」


「寒川……?」


「あんた、覚えてないのか? 海ほたるダンジョンで死にかけてたところを、エリクサーで助けられたと言ってたぞ」


 おもわず素に戻った調子で大和が訊いてくる。


「ああ、男児会の代表だと言ってたあいつか」


 俺がダンジョン内で助けた男児会の探索者だな。


「エリクサーまで使っておいて眼中にもないのかよ……」


 おそろしいとも呆れたともつかない様子で大和がつぶやく。


「大和。言葉遣い」


「う、すみません……」


 美穂さんの注意に大和が小さく頭を下げる。


「で、あいつがどうしたって?」


 こいつが騙してハメようとした相手だからな。

 一発殴られるくらいならマシなほう。

 下手をすれば殺されてもおかしくない。


 ……っていうかよく会ったな。

 病室に押しかけられたのかもしれないが。


 しかし、大和の答えは予想外のものだった。


「寒川さんは、僕のことを一言も責めませんでした。ただ僕の話を聞くだけで……。僕に騙されて殺されかけたっていうのに、ですよ」


「……そうか」


 あいつは、自分には難しいことはわからない、ただ自分たちの気持ちを代弁してくれた大和についていくと決めた、と言ってたな。


「男児会の探索者たちのことも説得したそうです。僕に対する被害届は出さないと。僕のことを信じると決めたのは自分なんだから、僕は何も悪くないのだと」


「そんなことを……」


 俺としては、微妙な気分になる話ではあった。


 一見すると美談のようだが……本当にそうか?

 あいつら好みの言い方をすれば、「男を見せた」ってことになるのかもしれない。

 でも、社会への不満を女性憎悪に変換し、なんの罪もない女性を脅かしてた連中なんだ。

 そうしたふるまいが彼らの中でどう「男らしい」ものとして正当化されてるかは正直謎だ。

 レディースデーや女性専用ジムが許せないとか、どんだけ器が小さいんだよと突っ込みたくなるような話だからな。


 だが、人間というものの複雑なところは、悪人が悪人なりに筋を通すこともあり、器の小さい奴が時と場合と相手によっては懐の深さを見せたりもするってことか。

 それが結果として大和に何か芯のようなものを与えたんだろう。


 ……念のために言っておくが、だからといって、寒川とやらを持ち上げるつもりはまったくない。

 ただ大和にとっては衝撃を伴う経験だったというだけだ。


「蔵式さん」


「なんだ?」


「僕は……警察に自首します」


 俺をひたりと見据え、大和が言った。


「ここまでのことをして、なんのお咎めもなしなんて許されない。たしかに、寒川さんたちは被害届を出さなかった。でも、それに甘えてしまっては、僕は一生彼らに顔向けができなくなります」


「そう、だな……」


 大和の決意が正しいかどうかは、俺には正直わからない。


 もし俺が弁護士だったら、やめておけというだろう。

 寝た子を起こすことはない、と。


 だが、大和の決意に水を差す気にもなれなかった。


 ちらりと美穂さんに目を向ける。

 美穂さんはうつむいてるが、大和に反対するそぶりはない。

 事前に話を聞かされてたんだろうな。


「こんなことを頼める筋合いではないとわかってますが……。蔵式さん、姉さんのことをお願いします」


「や、大和?」


 と美穂さん。


「隣人としてで構いません。僕は姉さんのためと言いながら、結局はこんなことになってしまった。忸怩たるものがある。正直言って、凍崎誠二が憎いですよ。前から憎かったが、今はいっそう憎くなった……」


「……だろうな」


 何の目的だったか知らないが、自分を憎む大和をさらに利用し、その気持ちを弄んだ。

 まだ体力が完全には戻らないはずの大和が、拳を固く握りしめている。


「僕が自首するのは、そのためでもあります。今回のことをなかったことにしては、凍崎誠二を利するだけだ」


 それはたしかにそうだ。


「凍崎誠二を――あるいは、奴の抱えている探索者たちをどうにかできるのは、たぶん蔵式さん――あんたしかいない。だから、あんたに僕の知るすべてを話す」

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