213 コールドハウス

 俺の話を聞き終えた灰谷さんは、顎に手を添えて考えながら、


「……興味深い話ですね」


 とつぶやいた。


 今俺がいるのは新宿・探索者協会本部にある「パラディンナイツ」のギルドルーム。

 日曜のギルドルームには俺と芹香と灰谷さんがいるだけだ。


 大和の見舞いに行って気になってたことをききだしたのが昨日のこと。

 あらましだけは昨日のうちに伝えたが、今日改めてギルドルームに寄って二人に直接話したところだ。

 ギルドルームのテレビでは衆参同日選挙の特集をやってるが、ミュートしてるので何を言ってるのかはわからない。


「コールドハウスなる呼び名は初めて聞きました。ただ、たしかに凍崎誠二は社会福祉法人の経営も行っています。一時期、ひきこもり青年への強制執行で批判を受けた『凍崎ペアレンティングスクール』。もうひとつは、身寄りのない子どもを引き取る『ザアカイの家』です。そのどちらか、あるいは両方に絡んだ話なのかもしれません」


「ひきこもり青年への強制執行っていうのは、あれだよな。ひきこもりを力づくで部屋から引っ張り出してどこかに監禁し、根性を叩き直すみたいな名目で虐待するっていう……」


 俺としては他人事とは思えない話だな。

 うちの両親がそういうのに引っかからるタイプじゃなくてよかったと心底思う。


「もうひとつの、なんとかの家ってのは?」


「ザアカイ、です。新約聖書、ルカの福音書に登場する人物ですね。元は冷酷な徴税人であったが、イエス・キリストと出会ったことで回心し、財産の半分を貧しい人に施した、という」


「……あいつがそんなタマか?」


「とてもそうは思えませんね。しかし、ビジネスとしてはあまり旨みのない事業ではあります。税金対策かと思っていたのですが、有望な人材のリクルートや育成に使っているのだとしたら納得です」


 灰谷さんが思案顔でうなずいた。


 俺と灰谷さんの話を聞いていた芹香が、


「その『コールドハウス』とやらに神取さんや雑喉、それに凍崎純恋がいたっていうのは事実なんだよね?」


「少なくとも神取が大和にそう話したのはまちがいない。その上で大和をコールドハウスに引き取ることを提案したらしい。コールドハウスでは引き取られた子どもたちから見込みのある一部を選抜し、凍崎の『チルドレン』として育成――ゆくゆくは羅漢グループの幹部や凍崎の側近として取り立てる仕組みになってるんだとか」


「……本当にそれだけなら、慈善事業と言えなくもないと思うけど……」


「チルドレンはコールドハウス出身であることを隠して各界に進出したりもしてるらしいな。神取自身、出身を隠して科学者としてのキャリアを歩んでたわけだから、信憑性はそれなりにある。それに……」


 俺は顔をしかめて言いよどむ。


「わかります。かなりデリケートな問題ですね。凍崎誠二が犯罪加害者やその容疑をかけられた子どもばかりを優先して引き取っていた――というのは」


 灰谷さんの言葉に、俺はうなずく。


「ああ。もちろん、犯罪を犯した子どもにだって、他の子どもと同じだけの権利がある。犯罪の被害者の救済には世間の目も集まるだろうが、加害者側の更生だって社会全体で見れば必要なことだよな」


 深刻な事件を起こした未成年者に対する世間の目は冷たい。

 まだ未成年だから更生の余地がある――というのは簡単だが、とても平静には聞けないような残忍な重犯罪を犯した少年・少女に同情するのは難しい。


 それでも、少年院を出所して社会に出ることになった彼らへの支援は必要だ。

 もし適切な支援を行わなければ、また非行や犯罪を繰り返すおそれもある。

 少年に限らず、刑務所からの出所者の社会復帰を促す仕組みが弱いって話もあったよな。


「加害者への支援は、世間からの感情的な反発も招きやすい難しい問題です。そうした社会問題の解決に、功成り名遂げた有名経営者が乗り出した――という話であれば、何の問題もないはずなのですが……」


「大和が神取から聞いた話では、コールドハウスは監獄のような環境らしいな。しかも、そこで選抜の対象となるのは、犯罪から更生して社会に適応できるかどうか――なんて話じゃない・・・・。むしろ、社会に決して適合しないような『人格の強さ』が選抜の基準になってるらしい」


 俺の言葉に芹香が、


「『人格の強さ』……それって、凍崎さん――凍崎純恋すみれみたいな?」


「ああ。他人を虐げ、搾取することなんとも思わない凍崎純恋の『人格』は、コールドハウスの基準では高い評価を受けてたらしい。神取や雑喉も、それぞれにアクの強い性格だよな」


 コールドハウスに「性格の強い」奴が集められ、その中でさらに「強い」奴を選抜してるってことだ。

 いわゆる「蠱毒こどく」――多数の虫を壺の中に押し込んで生き残った虫を呪術の材料にする――みたいな話だな。


「その大和君もスカウトの対象になったんだよね? それもやっぱり、人格が基準だったのかな?」


「神取によれば、大和は『神のモデルに選ばれた』んだそうだが……」


 大和はそうとしか聞いてないようなんだが、これだけじゃさっぱり意味がわからない。


「『神に選ばれた』ではなく、『神のモデルに選ばれた』――桜井大和はそう言ったのですね?」


「ああ。一字一句その通りのはずだ」


 なにせ意味がわからないからな。

 どこにどんな意味があるかわからないので、今日二人の意見を聞くために正確に覚えるようにしてきたんだ。


 それを聞いた芹香は難しい顔で、


「人格ってことなら……ひとつ思い当たることがあるんだけど」


 そんなことを言い出した。


「思い当たること?」


「うん。といっても、翡翠ちゃんも思いついてると思うんだけどね。探索者界隈で『人格』にからんだ話っていうと、最初に思いつくのは固有スキルのことなんだ」


 そこまで言われると、さすがにピンと来た。


「……そうか! 固有スキルはその所持者の人格を反映してるって話だな?」


 良かれ悪しかれ、固有スキルはその所持者の人格を反映したものになる。

 芹香が「聖騎士の誓い」を授かったのもそうだし、灰谷さんが「軽量比較」を授かったのもそうだ。

 もちろん、俺が「逃げる」なんてスキルを授かったのもな。

 ……まあ、俺の性格が強いかどうかは置いとくとして。


「凍崎純恋、神取桐子、雑喉迅……いずれも強力な固有スキルを持った国内有数の探索者です。もっとも、いずれも問題のありすぎる探索者であることも事実ですが」


 と、灰谷さんがまとめる。


「……じゃあ、凍崎の目的は固有スキルを持った探索者の確保にあるってことなのか?」


「それはどうでしょうか。固有スキルの発現条件に関しては、ほとんど何もわかっていないというのが正直なところです。百歩譲って凍崎の目的が固有スキル持ちの確保や育成――あるいは手駒化にあるのだとしても、大きな矛盾点がありますね」


「翡翠ちゃん、矛盾って?」


「ダンジョン出現との前後関係の問題です。凍崎は犯罪加害者やそうではないかと疑われる少年・少女を確保しているわけですが、その時点で彼らがおのれの固有スキルを把握していたとはいえないのではないでしょうか?」


「そっか。そういう未成年者が全員固有スキルを取得できる保証なんてないもんね。まだ探索者にすらなってなかったかもしれないし」


 灰谷さんの指摘に芹香がうなずく。


 たしかに、ステータス取得時に固有スキルを持ってる確率は十分の一もないと聞いている。


 じゃあ、非行少年たちは飛び抜けて固有スキル持ちである可能性が高いのか?


 ……いや、それも考えにくい。

 俺の乏しい経験でも、地元の水上公園ダンジョンで捕らえた不法探索者の大学生たちは、一人も固有スキルを持ってなかった。

 こないだ海ほたるダンジョンで見た男児会の探索者たちにも固有スキル持ちはいなかったな。


 というかそれ以前の問題として、


「……凍崎誠二が凍崎純恋を引き取ったのはダンジョンが出現する以前の話のはずだよな」


 俺の通ってた高校で紗雪をいじめて死なせた凍崎純恋(当時は氷室純恋)は、高校にいられなくなって都内の高校に転校した。

 そのタイミングで凍崎誠二の養女にもなってたはずだ。


 いろいろあって俺がひきこもりになったのはその後のこと。

 ダンジョン出現の正確な時期は不明だが、俺がひきこもりになったのよりは確実に後のことだといえる。


 ダンジョン出現の正確な時期が誰にもわからないことも異常だが、誰にもわからないことを異常だと思うやつが誰もいないのもさらに異常だ。

 しかも、それを指摘すると俺のほうが異常だと思われる。

 俺が内心で常用してる表現でいえば、「この狂った現代」だな。


 それはさておき、俺の経験した出来事の前後関係から考えて、凍崎純恋が凍崎誠二の養女になったのがダンジョン出現前であることは疑いえない。


「お詳しいですね。蔵式さんのご指摘通りで、凍崎純恋が凍崎誠二の養女となったのはダンジョン出現以前の話です。その段階でコールドハウスが存在したのだとしたら、コールドハウスの目的は固有スキル所持者の確保ではありえません・・・・・・


 と、灰谷さん。

 最初の「お詳しいですね」にギクリとしたのは内緒だ。


「ですので、チルドレンと呼ばれる凍崎の手駒たちが固有スキルを持っていたのは、おそらくは目的ではなく結果です。凍崎は『人格の強さ』を見込んで犯罪歴のある子どもたちをスカウトし、コールドハウスの中で『育成』した。その『育成』の目的は、強力な固有スキル持ちの探索者を生み出すことではなく・・・・、人を人とも思わないような人格を持ちながらも、その人格の強さで他人を踏みつけにして生きていくことが可能なような、そんな特殊な力量を持った人物を育成することだったのでしょう」


「いわば、凍崎誠二の分身みたいな存在を育成しようってわけか」


「おそらくは。そして、その『育成』の副産物として、彼らの多くが強力な固有スキルを持つに至った、ということでしょうね」


「ううん……」


 瓢箪から駒、というと語弊があるだろうか。

 凍崎は予期せぬ副産物として強力な固有スキル持ちのチルドレンを抱えることになった、と。


「それにしても出来過ぎな感じはするよね。なんていうか……まるで、凍崎誠二の人材抜擢基準が、『天の声』が探索者に固有スキルを与える基準と重なってるってことだもん」


「たしかに、少なくとも負の方面の人物評価に関しては、凍崎誠二のスカウトは結果的には非常に的確だったことになりますね」


「不気味だな……ブラック企業経営者の嗅覚ってことか?」


 つけっぱなしのテレビにちょうど凍崎誠二が映り込む。


 ――今回の衆参同日選挙の台風の目は、まちがいなく、この凍崎誠二である。


「徹底して手は打ちましたからね。凍崎誠二の小選挙区での当選は絶望的です。比例区では名簿順で選出される可能性が高いですが、小選挙区で敗れ比例復活した候補は、自政党内での発言力が弱くなる傾向にあります。次の内閣改造での入閣はほとんど不可能になったといえるでしょう」


 今灰谷さんの言った通りだ。

 テレビの報道特集では、ゲンロン.netが識者からの猛烈な非難にさらされている。

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