211 確保成功
俺は、一層・二層を足早に駆け抜け、芹香たちがいるはずの水没部入口の大穴を目指す。
もし俺がこの海ほたるダンジョンを踏破してたら、ダンジョンマスターの
Job──────────────────
◇サポートアビリティ
【ダンジョントラベル】
踏破済みのダンジョンの任意の地点に転移することができる。転移には距離に応じたマナコインが必要。
────────────────────
これが使えたんだが、あいにく海ほたるダンジョンは未踏破だ。
とはいえ、ちょっと前に通ったばかりのルートをなぞるだけだから、今の俺の敏捷ならそんなに時間がかかるわけでもない。
ものの数分で一層を踏破、十分もかからず二層の例の大穴近くまでやってきた。
簒奪者の技能で気配を探れば、大穴には芹香と灰谷さんの他に何人かの探索者の気配がある。
そのうち一人は地面に転がされてるようだが……
「芹香っ! 無事か!?」
俺が大穴のある部屋に飛び込むと、
「あ、悠人。来てくれたんだ」
「えっ、三層にいたんですよね? 早すぎませんか?」
芹香と灰谷さんがそう答える。
二人の様子に危機感らしきものはあまりない。
トラブルが片付いてほっと一息って雰囲気だな。
「そいつは?」
と、俺は床でのびてる男を指さして訊く。
「
「まさか……そいつが襲ってきたのか?」
芹香が電話で言ってた「お客さん」はこいつか。
俺は「詳細鑑定」を倒れた男にかけてみる。
レベルは14409。たしかに国内レベルランキング3位の記述もある。能力値もかなり高い。
既に芹香が倒した奴のステータスを詳しく見てもしかたがないから省略するが、注目すべき点は三つだろう。
まずは、固有スキル。
Skill──────────────────
塩柱5
おのれの手で殺害した探索者を塩の柱に変えるとともに、レベルを含むいずれか一つの能力値のS.Lv×15%と所持SPのすべてを吸収する。
能力値補正:
「塩柱」の所有者は、各能力値に以下の補正を常に受ける。
H P -20%
攻撃力 +70%
魔 力 +20%
防御力 -40%
精神力 -20%
幸 運 -50%
────────────────────
なかなかヤバげなスキルだが、能力値補正による打たれ弱さには同類相憐れむの情が起きなくもない。
……いや、そうでもないか。
こいつの場合は「塩柱」で殺害した探索者の能力値を奪えるんだからな。
たとえ補正で減算されたとしても、能力値の母数を大きくすれば補いがつく。
気になった点の二つ目は、「雑喉迅」の名前が赤く表示されてることだ。
レッドネーム――つまり、こいつはダンジョン内で人を殺したことがあるってことだな。
まあ、「塩柱」の効果を考えれば、むしろ自然なのかもしれないが。
そして三つ目。
「詳細鑑定」で見えるステータスの中に、
Status──────────────────
……
・現在受けているスキル効果
「寄生」ブレインイーターLv1
……
────────────────────
こんな項目を発見する。
「……クローヴィスと同じ扱いってことか」
「悠人?」
芹香の声には答えず、俺は「強制解除」でブレインイーターによる「寄生」状態を解除する。
ンガガングッ――と雑喉の鼻からくぐもった音がしたかと思うと、見覚えのある白い塊が鼻から飛び出した。
「うわっ!」
「きゃっ!」
悲鳴を上げたのは、居合わせた監察員と芹香か。
驚くのも当然だ。サイズ的にどう見ても鼻孔を通れるように見えない白いクラゲみたいなもんが出てきたわけだからな。
俺は無詠唱で炎を生んでブレインイーターを焼き尽くす。
ブレインイーターそのものは弱いモンスターだから簡単だ。
ドロップアイテムで「ブレインイーターの乾燥卵」を手に入れてしまったが……いらねーよ。
「……今のが例のブレインイーターというモンスターですか?」
深刻な顔で訊いてくる灰谷さんに、
「ああ。誰かに植え付けられたみたいだな」
誰か、と言っても容疑者は限られると思うけどな。
同じその誰かによって「作戦」がかけられてるかと思ったが、雑喉のステータスに作戦の項目は見当たらなかった。
「国内レベルランキング4位のレッドネーム探索者か……よくこんなのに勝てたな」
「今の芹香さんなら当然です」
「うん、まあ……レベルは私のほうが上だしね」
芹香の現在のステータスについては聞いている。
都内での多重フラッドを鎮圧して回った時に、大きなレベルアップに成功したらしい。
芹香の固有スキルである「聖騎士の誓い」は人の命を助けるたびにレベルかスキルレベルが上がるというスキルだ。
これまでは監察員の仕事や警察への協力なんかの機会にこつこつレベルを上げてたらしい。
だが、人口密集地である都心のフラッドを鎮圧した際に、それが「人の命を救った」と見なされた。
同じフラッドの鎮圧でも「聖騎士の誓い」が発動するかどうかは状況にもよるらしい。
クローヴィスの起こしたフラッドはそれだけ危険なものだったってことだろう。
「雑喉はかねてから問題の指摘されていた探索者なので、こちらとしても対策は考えていました。まあ、策を使うまでもなかったのですが」
と、眼鏡に手を添え、唇を持ち上げて笑う灰谷さん。
怖えよ。
「レッドネームだよな、こいつ。なんで野放しになってたんだ?」
「『塩柱』はかなり初期の頃からレッドネームだったんだ。そのせいでやりたい放題になってたんだよね」
「どういうことだ? レッドネームって捕まるんじゃなかったのか?」
「レッドネームが裁判で証拠として認められるようになったのは最近のことだから」
「その場合でも、他に十分な状況証拠があった上で、初めてレッドネームが証拠となりえます。たとえば、ある時点でレッドネームでなかった者が、殺人が推定される時刻を挟んでレッドネームになっており、他に被害者に接触できる人物がいなかった……といった特殊な状況が必要なんです」
「判例が積み上がる前にレッドネームになった探索者の中には、証拠不十分で無罪になった人も結構いたんだよ。雑喉もその一人で、もう既にレッドネームであるのをいいことに、ダンジョン内で殺人を繰り返してるって噂があったんだ」
「ああ、そうか。最初からレッドネームだった奴が新たに人を殺しても、既にレッドネームである以上、新たな犯行の証拠にはならないってことか」
初犯で捕まりさえしなければ、その後は何人殺してもレッドネームが証拠にならなくなる、と。
「システムの盲点だよね。以前から要注意人物だったんだけど、それがさっきふらりと現れて、ここを通せと言ってきたの。こっちが拒んだら戦闘になって……まあ、こうなったってわけ」
と言いながら、腕をさっと払って膝を軽く上げ、肘を少し下に下ろすという謎のしぐさをする芹香。
バッとやってドカッとやってズドンと仕留めたんだろう……きっと。
「なんだ。それなら急いで駆けつけることもなかったか」
「そんなことはありませんよ」
と灰谷さんが首を振る。
「なんでだよ?」
「芹香さんが喜びます」
「ち、ちょっと、翡翠ちゃん!?」
「ま、まあ……それなら急いだ甲斐もあったな」
と苦笑する俺。
「この雑喉迅って男の目的は? まさか、男児会の連中と一緒じゃないよな?」
「いえ、どうやら違うようです。彼の目的は神取桐子の保護――というより、身柄の確保のようでした」
「消しに来た……ってわけじゃないのか?」
「場合によってはそれも選択肢に入っていたのではないでしょうか。なんといっても、彼の『塩柱』は証拠隠滅にはもってこいですから」
「なるほどな」
同じくレベルを吸い上げる固有スキルとしては、凍崎純恋の「レベルドレイン」が頭に浮かぶ。
雑喉の「塩柱」と違い、「レベルドレイン」は対象を殺す必要がない。
レッドネームにならずに済むという点では「レベルドレイン」のほうが使い勝手がいいともいえる。
ただ、「レベルドレイン」が相手からの同意を必要とするのに対し、「塩柱」は相手の同意が必要ない。
倫理的な問題を気にしないなら、ある意味では使い勝手がいいともいえる。
まあ、凍崎純恋のほうだって倫理的な問題なんか一秒たりとも気にしたことはないだろうけどな。
殺して奪い取るか生かしたまま搾り取るかの違いでしかない。
「ということは、さ。悠人のおかげで、私たちは神取さんも男児会のメンバーや桜井君も、さらには雑喉迅まで生け捕りにできたことになるね」
「雑喉は俺じゃなくて芹香の手柄だけどな。でもたしかに、殺されてたかもしれない人物を捕らえられたのは大きいかもしれないな」
雑喉は本当の窮地に陥ったら寄生するブレインイーターによって殺される運命にあったはずだ。
芹香があっさり雑喉を捕らえたために、ブレインイーターは即座には命の危機を感じ取れず、雑喉を取り殺す機会を逸したんだろう。
ブレインイーターを仕込んだ側も、俺がブレインイーターの「寄生」を解除するすべを見つけ出してるとは思ってなかったはずだ。
また、雑喉に保護、ないし連れ去られる、あるいはどうしようもなければ抹殺されるはずだった神取も、生きたままで捕まった。
大和の「作戦」を解けたことも、多少はプラスに働くだろう。
「神取、大和、雑喉から事情聴取ができるってことだよな」
まあ、それをやるのは警察の仕事なんだが。
皆沢さんから後で話を聞くことはできるだろう。
「……裏で画策してる凍崎誠二を追い詰められると思うか?」
仮にも国会議員候補であり、大企業の会長でもある。
最近は総理大臣の覚えもめでたいという話だ。
神取、大和、雑喉というキワモノ揃いの証言だけでは、政治的に揉み消される可能性もあるんじゃないか?
「たしかに、首謀者として逮捕し、訴追するようなことは難しいかも知れませんね」
と灰谷さん。
「しかし、必ずしも法の裁きがすべてではありません」
「……翡翠ちゃん、どういうこと?」
「お忘れですか? 今は選挙期間中です。たとえ真偽不明の情報であっても、今回の件がどこかから漏れ、メディアで取り上げられるようなことがあれば、それだけで凍崎にとっては致命傷になりかねません」
きらりと眼鏡を光らせて灰谷さんが言った。
だから怖いって。
「……まさか、どこかに情報を流すつもりか?」
「こういう仕事をしていると、それなりに伝手のようなものもできますので。蔵式さんに迷惑はおかけしません」
「俺がっていうか、ギルド的に大丈夫なのかよ?」
「私が芹香さんを危険に晒すとでも?」
「……そうだな。愚問だった」
俺をじっと見返して言ってきた灰谷さんに苦笑する。
そこで、灰谷さんは目を伏せて、
「ただ――」
珍しく躊躇するような声音で、
「今回の衆参同日選挙は、どうにもきな臭いです。情報戦を仕掛けている別の誰かがいるようですね」
「情報戦……選挙ならある程度はそういうもんじゃないのか?」
「それにしても、今回は異質なんですよ。蔵式さんが解決した、奥多摩湖ダンジョン崩壊の件――。ダンジョン崩壊の解決をしたのが蔵式さんであることはまだ表に出ていませんが、米中露の原子力潜水艦が出動し、ミサイルを発射した件は『文秋』に漏れました」
「正確にはアメリカとロシアと中国と北朝鮮が出動して、アメリカ以外がミサイルを撃ったわけだけどな」
そのせいで、国内世論はにわかに沸騰し、右も左も蜂の巣をつついたような大騒ぎになってる。
「しかし、『文秋』がいくらスクープに定評があるといっても、国家安全保障上の最重要機密が週刊誌に漏れるものでしょうか?」
「リークしたのはミサイル迎撃に出動したイージス艦の乗組員や地上の高射砲部隊の要員じゃないかって噂だが……」
「それだけでは、各国のミサイルが奥多摩湖周辺の都市を焦土に変えるつもりだったというところまではわからないはずです」
たしかにそうだ。
崩壊したダンジョンにミサイルを撃ち込もうとしていた、というのが普通の推理だろう。
ダンジョンが人の魂を呑み込むことで「重力」を増す、という話を知ってる奴はほとんどいないのだから。
もしミサイル迎撃に動員されたイージス艦や高射郡の自衛官が義憤に駆られ箝口令を無視して機密情報をリークしたとしても、そこまで詳しい情報はそもそも与えられてないんじゃなかろうか。
「政権の中枢に近いところから漏れたってことか」
それが凍崎誠二だっていうのは、いくらなんでも結論に飛びつきすぎなんだろうか。
「凍崎誠二がリークしたという可能性はあると、私は思います」
俺の顔色を見たのか、灰谷さんがそう言った。
「世論を煽ることで現在の政権を潰そうという目的なのであれば、ですが」
「でも、今の世論の感じたと、自政党が大勝しそうって話だよね」
「ええ。論点が安全保障一本槍になってしまうと、左派色の強い野党に勝ち目はありません。ただ、現在の折村総理もまた、自政党の中では対外協調路線の党内左派ではありますから。アメリカの圧力によって、中国、ロシア、北朝鮮の日本本土への核ミサイル攻撃を握りつぶしていたということで、選挙後の総裁降板は避けられないと見られています」
「……まさかとは思うが、その後釜狙いなのか?」
「わかりませんね。客観的に見れば、凍崎誠二ほど国民から嫌われている議員も稀でしょう。ただ、本人の主観ではどうかという問題は残ります」
凍崎誠二はブラック企業の代表格と指弾される羅漢グループの創始者だ。
政界でも金をばらまいて票を買っているという噂がつきまとう。
ハト派的な印象の強い折村総理が核有事には不適という見方はわからなくもないが、だからといって企業家出身の凍崎が国家安全保障に強いとも言えないだろう。
国民からの人気もなく時代にも合ってないとなれば、いくら情報をリークしたところで総理の座が転がり込むとは思えない。
「……まあ、独自の世界観を持ってる奴みたいだからな。周囲からの評価がわからないままそんな『夢』を見てる可能性もあるか」
だとすると、放置したところで凍崎が総理大臣に! なんて悪夢は実現しないのかもしれないな。
良識的な国民や国会議員が凍崎を排除に動くだろう。
この国の民主主義をもう少し信用してもよさそうだ。
「情報戦がしたいのなら、存分にさせてあげましょう。今回の男児会と女自会のトラブルの元凶がゲンロン.netにあり、その運営会社に羅漢の息がかかっていることは否定しようのない事実です。そこに、かねてから殺人の嫌疑のあった『塩柱』を派遣し、証言者の隠滅を図った疑惑が加わります」
「証言次第ではもっと大きな爆弾もあるかもな」
たとえば、大和が口にしていた「コールドハウス」という言葉。
神取が凍崎の信奉者であることも、俺は本人の口から聞いて知っている。
ついでにいえば、雑喉にブレインイーターを「寄生」させていた手口がクローヴィスのときと全く同じだ。
奥多摩湖ダンジョン崩壊の主犯はクローヴィスだが、それに便宜を図っていたのが凍崎なのは(俺から見れば)ほぼ確定している。
灰谷さんは目を鈍く光らせて宣言した。
「もはや捨て置けません。凍崎誠二を――政治家として完全に詰ませます」
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