201 漁夫

 大和は凍崎誠二に近づくためのいわば手土産として、男児会の探索者たちを海ほたるダンジョンにある神取の極秘ラボまで連れてきた。

 「自由契約の首輪」とかいう装着者の自由を奪うアイテムを騙して装備させた上で、な。


 だが、約束に反して、ラボに凍崎誠二は現れなかった。


 神取は大和の覚悟を見極める役割を担ってると、さっき言ったな。


 神取は男児会の探索者を自分の実験の実験台にさせろと大和に言った。


 大和はなんだかんだと言って決断を先延ばしにしつつ、神取から情報を引き出そうとしてたんだろう。

 おかげで、部外者である俺にもそれなりに事情が見えてきた。


 そして、あくまでも覚悟を問う神取に対し、大和は正反対の決断をした。


 すなわち――男児会の探索者たちを神取にけしかけたのだ。


 もちろん、探索者たちに任せっきりではなかった。


 大和は初手で、固有スキル「シャーデンフロイデ」を使用した。


 「シャーデンフロイデ」は、全戦闘参加者の最大HPと現在HPを強制的に1にするというスキルだ。


 それと同時にラピッドクロスボウを構え、大和は神取に矢を放つ。


 比較的レベル帯の高いAランクダンジョンをここまで来れる男児会の探索者たちは、それなりに腕の立つ連中だと言っていい。

 Sランクとされる化け物クラスの探索者たちに比べれば全然だが、実力的には一流の部類に入るだろう。


 だが、それらのすべてが、あまりにも遅い。


 神取のレベルは221309。

 敏捷は77万を超えている。


 対して、大和のレベルは727。

 敏捷は17550に留まる。


 大和の敏捷はレベルに比べれば高いのだが(命中率を上げるためにスキルでかさ上げしたようだ)、神取と比較すると霞んでしまう。


 他の男児会の探索者たちもレベル的には大和と大差なく、敏捷の面では大和に劣る。


 しかしそれでも、大和・男児会側にはかろうじて一縷の望みがなくもない。


 大和の「シャーデンフロイデ」は神取にも効いている。

 たとえレベルに大差があったとしても、たった1のダメージを与えるだけで勝てるのだ。

 大和が敏捷をスキルや装備で補い、ラピッドクロスボウという速射性の高い遠距離武器を選んでるのはそのために違いない。


 おそらくだが――大和は、この作戦を凍崎誠二に使うつもりだったんじゃないか?


 大和が交わしたという凍崎との約束では、男児会の探索者引き渡しの現場に凍崎が立ち会うことになってたらしい。


 国会議員である凍崎に接触できる機会は限られるだろう。

 接触できたとしても、人目のある場所を指定されるに違いない。

 警護の要員だっているだろう。


 だが、ダンジョンならどうか?


 後ろ暗い人身売買に手を染める以上、相手が足抜けできないよう巻き込んでおくというのは、わからなくもない発想だ。


 凍崎側でも、そんな取り引きの現場に連れてこられるのは少数の側近に限られるだろう。


 そんな状況でなら、大和の「シャーデンフロイデ」を使えばワンチャンがある。


 何のチャンスかって?


 もちろん、凍崎誠二を闇に葬るためのチャンスだ。


 しかし、大和の目論見は外れた。


 凍崎誠二は、今日この場に現れなかった。


 大和との約束を破ったことになるが、神取の説明を信じるなら「強制力もないのに約束が守られると信じるほうが馬鹿」という考えらしい。


 もっとも、大和のほうだって約束を守る気はなかったわけだけどな。


 結果、大和が神取・凍崎にはめられた格好になる。


 皮肉屋で頭の回る大和がこんな単純な話に引っかかったのは意外だ。

 ひょっとすると、凍崎の「作戦変更」による精神面での悪影響が響いてるのかもしれないな。


「愚かね。自分の置かれた状況もわからないとは」


 神取は余裕の表情で、迫る探索者に「水流放射」を放つ構えだ。


 「水流放射」は強いとは言い難いモンスタースキルだが、それでも神取には575万もの魔力がある。


 しかも、「シャーデンフロイデ」のせいで、男児会側の探索者たちはHPが1になってるからな。

 スキルの使用者である大和も同じことだ。


 互いに、矢の一本、水しぶきの一部がかすっただけで即死しかねない状況だ。


 敏捷の圧倒的な格差によって、神取には大和たちの動きがほとんどスローモーションのように見えてることだろう。


 本当はスキルなんて使うまでもない。

 神取はアクセサリ以外を装備すらしてないが、それも関係ない。

 武術系のスキルなんかなくても、スローな相手の攻撃を避けて、適当に脛でも蹴り上げてやれば、それだけで相手は即死する。


 神取の顔には余裕がある。

 余裕というよりは、徹底した興味のなさだろう。

 まさに虫けらに向けるような目をしてる。


 いや、それ以上かもな。

 虫だって、勢いよく飛んでくればびっくりする。

 しかし、この殺気立った探索者たちの動きは夏の虫よりはるかに遅い。


 だが。


 余裕ということなら、この場で最も余裕があるのは神取じゃない。


 何を隠そうこの俺だ。


 俺の現在の敏捷は517万。

 おかげで、敏捷77万の神取の動きがもっさり見える。


 大和が「シャーデンフロイデ」でHPを削ってくれたのはちょうどよかった。


 俺はとある仕込み・・・・・・をしてから、無詠唱の「ウインドブラスト」をラボの真ん中に叩き込む。


「ぐおおおお!?」

「ぎゃあああ!」

「ぐわああああ!」


 それぞれが吹き飛ばされ、壁や床にぶつかって倒れるが、もちろん殺したわけじゃない。

 勇者のユニークボーナスでHP1を残して行動不能状態になってもらっただけだ。


 注意すべきは、神取のスキル構成だ。

 神取は「自己再生1」を持ってるからな。

 クローヴィスのときにブレインイーターの「自己再生」を見逃し、みすみすクローヴィスを死なせた二の舞いをするつもりはない。


 本当は、「ウインドブラスト」の前に、神取に「スキル封印」をかけたんだけどな。

 さっき言った「とある仕込み」ってのはそれのことだ。


 現在の俺の「スキル封印」のスキルレベルは5。

 神取のスキルのうち、ランダムで5つを封印できる。


 今回ランダムで選ばれたのは、「分裂1」「触手」「身体硬化」「物理反射」「魔法吸収」。

 逆に残ったのは、「悪食」「自己再生1」「スキルマクロ」「水流放射」だ。

 「物理反射」(自分に対する物理攻撃を一回だけ弾き返す。タイミングはシビア)と「魔法吸収」(確率で魔法攻撃を吸収する)を封じられたのはよかったが、いちばん封じたかった「自己再生」は残ってる。


 とはいえ、今回は特殊なケースでもある。


 というのは、大和が直前に使用した「シャーデンフロイデ」のことだ。


 簒奪者の技能で神取のHPを確認すると、最大HP、現在HPがともに1になっている。

 最大HPが1なら「自己再生」があってもHPが2以上になることはなく、回復によって行動不能状態が解けることはなさそうだ。


 期せずして、完璧なハマり方をしてしまった。


 他にも各種無力化の手段を取り揃えてきた俺としては拍子抜けだが、手間が省ける分には問題ない。


 部屋中に男児会の探索者、大和、神取が散らばって倒れているさまは、死屍累々という言葉を連想させる。

 もちろん、HP1を残して行動不能になってるだけだから、誰も死んではいないけどな。


「――そのあたりにしておくんだな」


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