200 不可解

「あなたには資質があるかもしれない――先生はそうおっしゃった」


 神取の言葉に、大和が怪訝そうな顔をする。


「資質だと?」


「最愛の姉のために先生に復讐するその気概を、先生はその意気やよしとおっしゃったわ。ただし、それだけではまだチルドレンとなるには不十分。言ってることがわかるかしら?」


「……さっきはチャンスと言ったな」


「たしかに、あなたは頭の回転は悪くない。なら、やるべきことをやったらどう? そうすればあなたはチルドレンに列せられ、復讐の機会を伺うチャンスを与えられる。まあ、復讐を遂げるのは無理でしょうけれど」


「つまり……こいつらを僕の手で生贄にしろ、と」


 大和の言葉に、男児会の探索者たちがびくりと震える。


「コールドハウスがどんなところかは知ってるはずね。その流儀に従い、自らの手を汚しなさい」


「……なるほどな」


 二人の会話のあいだに、俺は気配を殺して小部屋の入口へと近づいてる。

 大和が彼らを神取の実験台に捧げるつもりなら、飛び出して止めることは簡単だ。


 だが、


「……あんたはどうなんだ、神取桐子」


「私?」


「あんたは女自会の代表だろう。女自会のメンバーもあんたにとっては便利な手駒にすぎないのか?」


「女性の方が男性よりも多くの点で優れている――この確信に変わりはないわ。世の中の暴力犯罪の九割は男性が起こすし、性犯罪の加害者もほとんど全員が男性ね。しかも、男性のこうした攻撃性の発露に合理的な理由なんて何もない。ただ相手より力が強いから……それだけの理由で暴力を振るうのが男という生物なのよ」


「そんなの人によるだろ」


「いいえ。一見暴力を振るわない男性であっても、その気になればいつでも暴力を振るえることに変わりはないわ。『俺は女には暴力を振るわない』なんて恩着せがましいことを言いながら、その気になっったら暴力で目の前の女をねじ伏せるのは簡単だと考えている。男の行動の背景には、必ず、いざとなれば暴力に訴えれば勝てるという驕りが潜んでいるのよ」


 と、神取が慣れた口調で自説を開陳する。


 俺としては、そんな着地点のなさそうな議論に興味はない。

 それより、さっきちらっと出た「コールドハウス」だの「チルドレン」だのについて説明してほしかったんだが、二人にはわかりきったことみたいだな。


 一方、新世代の論客は議論に応じるつもりがあるらしい。


「そういう手合いがいないとは言わないが、大体の場合は被害妄想だろ。そんなこと言い出したら、男は女相手に口をきくことすらできなくなる。っていうか、あんたのその歪んだ思想は、女自会を利用するためのポーズじゃなかったんだな」


「私は男性に対する女性の優位を心から確信しているわ。女性の方が情緒に富み、共感性があって、コミュニケーション能力にも長けている。暴力という一点のみを除いて、女性が男性に劣る部分は何もない。男性は女性にとって克服すべき障害、もはや不要になった進化論的な痕跡にすぎない。男性の根絶は、有史以来、あらゆる女性たちの悲願なのよ」


「有史以来」「あらゆる」とは大きく出たな。


 反証材料は無限にありそうだが、俺としてはとりあえず「芹香はそんなこと思ってねーよ」でQEDだ。


 だが、大和はもう少し気の利いた反論がしたかったようで、


「ふん、今の話、男女を入れ替えて考えてみろ。男児会が女性に対してそんなことを言ったら女性蔑視だと決めつけられる。せめて、人はみなそれぞれなんだから、性別のみで相手を判断するのは控えるべきだ……みたいな論調に抑えておけば、もっと幅広い支持が得られただろうに」


 と、皮肉交じりのつっこみを入れた。


「そんなこと、あなたにご高説を垂れられるまでもなくわかっているわ」


「じゃあなんで、そんな誰も受け入れないような極端な主張をしてるんだ?」


 まあ、もっともな指摘だな。

 それを口にしたのが対立煽り上等の言論系マイチューバーでなければ、だが。

 要するに「おまいう」だ。


 とはいえ、神取の行動原理は俺も気になる。

 内容によっては凍崎誠二との関係性もわかるだろう。


 つまるところ、神取の最終目的はなんなのか?

 女自会を使って自分の歪んだ性差別思想を世に広めることが目的なのか?

 それとも、魔苔でモンスターを培養してノーベル賞候補に名乗りを上げることが目的なのか?

 あるいはその両方か、両方とも違うのか?


 注目の神取の回答は、俺にとって完全に予想外のものだった。


「私が、女性が男性に絶対的に優越していると考える最大の理由は……女性は妻になり、母になることができるからよ」


「……は?」


 と大和が間の抜けた声を漏らす。

 ひょっとしたら俺の口からも同じような声が漏れてたかもな。


「いきなりずいぶん古風なことを言い出したな。女性は子どもを産むのが役割だと? あんたがそんな伝統的な家庭観を持ってるとは意外だな」


「伝統的な家庭観? 違うわ。女性が、女性というだけで、女性より本来的に劣る劣等種とのあいだに子どもを設けることを強制される――そんな愚劣な陋習ろうしゅうに価値なんてあるわけがない。この世のすべての性交渉は、女性から女性らしく生きる権利を奪い、女性を家庭と子どもに縛り付けるための、社会化された性的搾取に他ならない。こんなことが人類の開闢かいびゃく以来ずっと続けられてきたのかと思うとぞっとするわ」


「あんたの理屈だと、異性間の性交渉は全部男が仕組んだ陰謀ってわけか。しかしそんなことを言い出したら人類は子孫を残せなく……ああ、女自会的にはそれでいいのか。納得はいかないが納得だ」


 女自会の主張では、男性の数を段階的に減らし、生殖はゆくゆくは人工子宮によって体外で行うという話だった。


 そういえば……と思って、俺は大和たちのいる「ラボ」に目を凝らす。


 「ラボ」には神取が持ち込んだらしき「私物」が並んでいて、大学の研究室のような雰囲気だ。


 男児会の主張では、神取はY染色体の持ち主を選択的に殺害するウイルスを開発してることになっていた。


 ウイルスの開発にどんな設備がいるかは知らないが、それほど大がかりな設備はないように見える。

 人工子宮だの男性死滅ウイルスだのが製造されてる様子はない。


 俺から見える範囲でいちばん大きなのは、奥で音を立ててる発電機だな。 

 ガソリンで動いてるらしい発電機から伸びたコードが、パソコンやらよくわからない機器やらにつながれてる。

 発電機が一辺1.5メートルの立方体に収まるくらいのサイズなのは、誰かの「アイテムボックス」の容量に合わせたんだろう。


 俺がそんな観察をしてるあいだに、大和が神取への反論を試みてる。


「でも、それならなんで、妻や母となることが女性の優越を証明することになるんだ? 人工的に子どもを作るなんてことができたとして、それならもう、親は男でも女でもいいことになるんじゃないか?」


 大和の疑問に対し、神取が首を振る。


「これは、そんな低次元な話ではないの。妻になり、母になることができるということは……あの方の・・・・伴侶となり、あの方の子どもを産むことができるということなのだから。その幸福と栄誉を噛み締めながら、いつの日か私は『女に生まれてよかった』とつぶやくの。フフ……フフフフフ……!」


「はぁ!? マジで言ってんのか?」


 不本意ながら、大和と同感だ。


「すべての男は愚劣だけど、あの方だけは特別よ。わかる? あなたなんかとは次元が違うの」


「……まさか、あんたは凍崎誠二に惚れてるのか?」


「惚れてる? まさか! 私のようなちっぽけな存在にあの方にそのような思いを抱く権利などあるはずもないわ。もっとも、そのような思いを抱く女がいたとして、あの方が男としてそれに答えることはありえないのだけれど」


「さっきはすべての女性は凍崎の配偶者候補みたいな言い方をしてなかったか? 凍崎に好みの女を献上するって意味かと思ったが」


「そんな下劣な欲望など、あの方にはありえない。単に、すべての女性は、あの方の潜在的な花嫁、神となられるお方の妻になりうる存在として、そのような可能性のない男どもに、絶対的に優越する。人間を超越したあの方のお役に立てる可能性がわずかなりといえど残されているという点で、女は男より優れているのよ!」


 と、神取が絶叫する。


 要するに、こういうことだろうか。

 神取の中での全人類のヒエラルキーは、


『凍崎誠二>>>越えられない壁>>>すべての女性>>>越えられない壁>>>すべての男性』


 だと。


 何も知らない女自会のメンバーが聞いたら卒倒しそうな話だな。

 かなり過激なフェミニストからもあんなのはフェミニズムじゃないと突き放されてる女自会だが、基本的には女性を守ることを目的にした団体だ。

 よりにもよってその代表が、「あらゆる女性の上に神として(男性である)凍崎誠二が君臨する」と主張した。

 女自会のメンバーに対する最悪の裏切りと言っても過言じゃない。


 でも、それにしたって理解に苦しむ考えだよな。

 凍崎誠二を絶対視する思想と、すべての男性を蔑む思想が、同じ頭の中に同居してることになるんだからな。

 すべての男性の中で凍崎誠二だけが唯一無二の例外だ……なんてのは、強引にもほどがある理屈だろう。


 どうやったら、こんなこんがらがった思想が生まれるんだろうな?


 順序としては、性差別思想が先だろうか。

 神取の経歴に踏み込むつもりはないが、神取なりの苦悩なり思想なりから、男性を劣等種と見なす過激思想が発生した。

 そして、その過激思想の屋根の上に、凍崎誠二が乗っかった。

 そう考えるのが自然だろう。


「……なるほど。あんたも凍崎誠二に洗脳されたクチってわけか」


「洗脳? いいえ、真実に目覚めただけよ。あの方は、私のすべてを見抜き、すべてを受け入れてくださった。私の傷も、弱さも、欺瞞も、卑劣さも……すべてを。あらゆる人間の罪悪を赦し、あらゆる人間の願望を叶えようとする――そんな方を神と呼ばずしてなんと呼ぶの?」


「ただの野心家、ただのペテン師と呼べばいい」


「先生の大望は野心なんかじゃないわ。これは『進化』であり、『運命』であり、『真実』なのよ」


「フン。真実なんて言葉に飛びつくのは、陰謀論かぶれの馬鹿だけだ。事実と言えば済むだけのことに、なんでわざわざ『真実』なんて大それた言葉を持ち出す必要がある? 簡単だ、他人にそれを信じさせることが自分の利益につながるからに決まってる」


 大和の言葉に、神取はうっすらと笑みを浮かべて首を振る。


「大丈夫……あなたにもいずれわかるときが来るわ。あなたには見どころがあると、あの方がおっしゃったのだから。その見極め役を任されたのが私よ。あなたが、あなたの目的のために、何を、どこまで犠牲にできるのか? さあ、あなたの覚悟を示してちょうだい。あなたが他人を犠牲にしてでもあの方への復讐を目指すというのなら、そのためのチャンスくらいは与えてやろう、というのがあの方の寛大なお考えだわ」


「復讐が目的と知った上で、僕を近くに置こうっていうのか?」


「私設秘書でよければ席を用意するとおっしゃっていたわ。あなたのアジテーションの能力を、あの方はそれだけ評価しているということね。これから先、そうした能力の持ち主は非常に貴重になるはずだから」


「小選挙区で負けそうになってる議員様に評価いただけるとは光栄だな」


「わかったのなら、早くすることね。あまり時間稼ぎがすぎるようだと、桜井大和は覚悟が不足していたとあの方に報告するわ。あなたを私の実験台にしたあとで、ね」


 一連の話を聞いてた男児会の探索者たちが、大和にすがるような目を向ける。

 中にはまだ敵意を向けてる奴もいるが、身動きが取れない以上睨んだところで意味はない。


 男児会の探索者たちが動けないでいるのは、首に装備した「自由契約の首輪」によって、大和の命令に絶対服従の状態になってるからだ。



Item──────────────────

自由契約の首輪

装備すると、この首輪を手渡した者からの命令に逆らえなくなる。強制によってではなく自由意思で装備する必要がある。装備を外すには首輪を手渡した者による同意が必要。装備したままでいると 3 年間で首輪の効果がリセットされる。

この首輪を手渡した者:桜井大和

────────────────────



 ヤバいとしか言いようがないアイテムだよな。

 自由契約と謳ってはいるが、実質的には相手を隷従させるための道具としか思えない。

 なんなら、「隷属の首輪」とでも言ったほうが正確だろう。

 異世界転生もののネット小説なんかによくあるアレだ。


 この首輪がある限り、男児会の探索者たちは大和の命令に逆らえない。

 大和が神取の実験に協力しろと命じれば、男たちはその通りにするってことだ。


 男たちの背中からは激しい恐怖の気配が伝わってくる。

 もともとは、ネットのデマを真に受けて神取をリンチすべく乗り込んできた血気盛んすぎる連中だ。

 だが今は、何をするかわからない神取への恐怖に圧倒されてる。


 彼らには知り得ないことだが、もし神取の実験台にされたら、相当悲惨な目に遭うだろう。

 身体中の組織をダンジョンに変えられて、スライムマクロファージの養殖場にされるとかな。


 ……そろそろ割って入るか?


 俺がそう思い始めたところで、大和が大きくため息をついた。


 まさか、本当に男児会の連中を生贄に?


 身を乗り出しかけた俺だったが、直後に大和の放った言葉は、俺の想像に反したものだった。


「くそっ、しくじったか。しかたない、おまえら、その女を取り押さえろ!」


 命令一下、男児会の探索者たちが神取めがけて飛び出した。

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