202 連行問題

「――そのあたりにしておくんだな」


 と、お面に手を添え、低い声でつぶやく俺。

 魔法によるステルスを解除し、気配を殺すのをやめ、同時に「霊圧」を使って格の違いを見せつける。


 男女平等に倒れた連中から怒りと恐怖、困惑の気配が伝わってきた。


 まあ、いきなり第三者に横槍を入れられて、敵味方問わず全員まとめて動けないなんて状況になったら、何が起きたのかと思うだろう。


 そこで気づいたんだが、行動不能状態ではしゃべることもできないんだよな。

 

「桜井大和。『シャーデンフロイデ』を解くことはできるか? できないのなら首を振れ」


 行動不能状態でもその程度の身動きはできる。


 大和は目を見開いた後、首を小さく横に振った。


 自分の固有スキルを知られてることに驚いてから、状況を考えて逆らわないことにしたんだろう。

 「霊圧」を使ってるのでそのプレッシャーもあるかもな。


「なるほど。『シャーデンフロイデ』は一度発動すると戦闘終了まで解除できない仕様か」


 俺の確認のつぶやきに、地を這ったままの大和が渋い顔でうなずいた。


 まあ、途中で解除できたら強すぎるよな。

 たとえば、「一瞬だけ『シャーデンフロイデ』を使ってからすぐ解除→味方は用意しておいたポーションを飲む」といった連携を事前に準備しておけば、敵の現在HPだけが1の状態を戦闘開始数秒以下で作れてしまうことになる。


 一度発動したら戦闘終了まで効果が持続する、というのは、まっとうな縛りではあるんだろう。

 自分たちのHPを回復する手段がないからこそ、大和は能力値を敏捷に特化させ、武器には遠距離速射弓を選んでるわけだ。


 それでもなお、相当リスキーな戦い方だと思うんだが、敵への先制攻撃に失敗さえしなければ、ほとんどすべてのモンスターをワンパンで倒せることになる。

 比較的最近探索者になったはずの大和が、以前から探索者だった姉の美穂さんをレベルで上回ってるのは、「シャーデンフロイデ」を利用した狩りの効率が極めて高いからだろう。

 まあ、美穂さんが凍崎純恋から「レベルドレイン」されてたせいで探索者としてのキャリアのわりにレベルが低いって事情もあるけどな。


 ……いや、それはともかくとして。


 「シャーデンフロイデ」の解除条件は知っておきたい。


 今の場合、「戦闘終了」と見なされるにはどういう条件を満たせばいいんだろうな?


 戦闘参加者の戦意喪失?


 単純に時間経過という線もある。


 いずれにせよ、戦闘が終了したと見なされれば、いきなり「シャーデンフロイデ」が解除されることになるわけだ。


 ……と、待てよ?


 「シャーデンフロイデ」の自然解除を待たず、俺のスキル「強制解除」で強引に解除してしまうことはできないか?


 いや……危険か。


 「シャーデンフロイデ」は、戦闘参加者全員を対象にしたスキルだ。

 一人のステータスから「シャーデンフロイデ」を「強制解除」した場合、他のすべての連中の「シャーデンフロイデ」も芋づる式に解除されるおそれがある。

(ちなみに、大和が「シャーデンフロイデ」を使用した後に戦闘に割って入った俺には「シャーデンフロイデ」の効果は及んでない。)


 「シャーデンフロイデ」が解除されて扱いに困るのは……やっぱり神取だよな。

 「シャーデンフロイデ」の解除と同時に神取の最大HPが元に戻り、数秒後には「自己再生」のスキルで現在HPがわずかに回復、行動不能状態が解除されてしまう。

 不確定要素の多い神取をフリーの状態にはしたくない。


「アトロポス。頼めるか?」


 自分の左肩に向かって語りかけると、気配を断って「ステルス」してたミニスライムが、俺の肩から飛び降りた。

 神取の近くに立って(スライムは「立って」るのかって疑問はさておき)、油断のない様子で神取を見張ってくれる(スライムに目はないが)。


「常にHPを監視して、最大HPが元に戻ったら『ノックアウト』を入れてくれ。他の致死性のない状態異常スキルも全部載せて、な」


 ミニスライムたちには「鑑定」や「窃視」も持たせてる。

 アトロポスのレベルは279とまだ心もとない感じだが、スキルの多さのおかげで能力値は全般的にかなり強化されている。

 万全な状態の神取(レベル22万超え)の相手は厳しいだろうが、今の状態から「ノックアウト」を上書きするだけなら問題ない。

 なんらかの手段で防御されるリスクも考えて、「スタン攻撃」や「ヒットストップ」みたいな非致死性の状態異常も重ねるよう命じておいた。


「さて、どうするかな」


 大和の「シャーデンフロイデ」のおかげで、俺はあっけなく男児会と神取の生け捕りに成功してしまった。


 見事なまでの漁夫の利だ。


 「シャーデンフロイデ」の解除を待ってから大和や神取から話を聞き出してもいいが、今ここでやることではないかもしれない。


 となると、まずは報告だな。


 俺はスマホを取り出し、DGPアプリから芹香にコールをかける。

 芹香は1コールが終わりきらないうちに通話に出た。


「神取と男児会の連中を制圧したぞ」


『は、早いね』


 たしかに、芹香たちと別れてからそんなに時間は経ってない。


「だけど、人数が人数だ。どうやって連れ帰るのがいいと思う?」


『そうだね……。数珠つなぎにして歩かせるにしても、二層の水中エリアもあるもんね』


「いっそこのダンジョンを踏破したほうが楽かもな」


『でも、海ほたるダンジョンは未踏破だから、結構階層が深い可能性もあるよ?』


「そういえばそうだったな」


 三層までのあいだに中間ポータルも見ていない。


 階層が少ないダンジョンだと、中間ポータルがないこともある。

 でも逆に、まだ中間ポータルに辿り着いてないだけって可能性もあるんだよな。

 ダンジョンマスターの感覚では、この三層に途中ポータルの気配はない。


 もしこのダンジョンが全七層だったら、中間ポータルは四層にはある可能性もある。

 全七層なら中間は3.5層なので、法則的には三層にある場合もあるらしいんだが、今いる三層に途中ポータルがないことは、この層に足を踏み入れたときからダンジョンマスターの感覚でわかってる。


 中間ポータルが四層にある可能性はどんなもんだろうな?

 もし全八層なら中間は4で、四層には確実に中間ポータルがあるはずだ。

 全九層だったとしても、中間が4.5層なので、五分五分の確率で四層に中間ポータルがあるかもな。


 しかし、全十層以上だった場合、中間ポータルは五層以降になってしまう。


 三層を抜けるだけならともかく、捕らえた連中を連行しながら、三層・四層と2つも層を抜けるのは面倒だ。

 「未踏破のダンジョンなのになぜおまえは出口まで迷わずに行けるんだ!?」なんてつっこみを受けるおそれもある。


 ……いや、そういうつっこみを「催眠術」でごまかすこともできるのか?


 いやいや、それでもダメだな。


 三層・四層のどこかには、二層にあったような水没エリアがまたある可能性も高いだろう。

 一層には水没エリアはなかったが、二層にはあった。

 現在のところ、確率的には1/2だ。

 三層・四層のどちらかに水没エリアがある可能性はそれなりに高い。


 さらに言えば、中間が六層以降にある――すなわち、海ほたるダンジョンが全十一層以上の縦に深いダンジョンだという可能性も捨てきれない。

 このダンジョンの立地やコンセプト(出現するモンスターの傾向など)からして、階層は縦に深くなってそうな気もするんだよな。

 深くなるほど水没エリアが増え、メガロドンみたいな古代の海洋生物が群れをなして襲ってくるんじゃないかという気がしてる。

 本来深い海に潜んでいるような生物をモデルとしたモンスターが出没するんだから、ダンジョン自体も層が深いと考えるのが自然だろう。


 それなら、二層の水没エリアだけをなんとか抜けて、芹香たちに合流するほうが明らかに無難だ。


 それにしても、


「なんていう泥縄だ……」


『ごめんね。至急の要請だったから』


「いや、芹香が悪いわけじゃないって」


 大和や男児会の連中を回復させて歩かせるのはいいんだが、ちょっと心配なのは神取だよな。

 びっくり箱みたいなステータスをした神取が、途中で未知の手段で脱走を試みるおそれは十分ある。


 そうだな……神取を行動不能状態のままで維持しつつ、動けない神取を堡備人海でも召喚して運ばせるか。

 万一を考えるなら、使い捨てにできる通常モンスター(ロックゴーレムやリザードマンなど)に運ばせたほうが無難だろう。

 いや、水中でも対応できるサハギンのほうがよさげだな。

 ジョブ世界で捕まえた高レベルのアークサハギンではもったいないので、こないだ首都圏外郭放水路ダンジョンで手に入れた普通のサハギンでいいだろう。


 俺がそんな方針を固めたところで、


『――っ!』


 スマホの向こうの芹香から声にならない緊張感が伝わってきた。


「……どうした?」


 と、声を落として訊く。


『……こっちにもお客さんが来たみたい』


「大丈夫なのか?」


『大丈夫。私を誰だと思ってるの?』


 落ち着いた声からして、強がりを言ってるわけではなさそうだ。


「わかった。なるべく早く――」


 戻る、と言いかけたところで、視界の端で神取が震えた。


 白衣の長い袖やすりきれたジーンズが内側からぼこぼこと膨らんでいる。

 ピンクのバンダナを巻き付けた頭にも、大きな瘤のようなものが現れた。


 神取は、地に這ったまま、俺に凶笑の宿った目を向けている。


 その目の片方が、内から弾けた。


 と同時に、「天の声」が鳴り響く。



《警告。Bランクダンジョン「神取桐子の左眼球硝子体ダンジョン」でダンジョンフラッドが発生しました。》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る