180 ヤバい組織その1
「やばい、遅れそうだな」
地下鉄の入り口を見つけるのに手間取ったせいで、芹香との約束の時間に遅れそうだ。
新たに手に入れたスキルに気を取られてダンジョンを出るのが遅くなったせいもある。
午前の間に千鳥ヶ淵ダンジョンを踏破した俺は、九段下から地下鉄で新宿に出た。
協会本部のロビーで芹香・灰谷さんと待ち合わせをしてるのだ。
協会本部のロビーに入ってすぐに、不穏な空気に気がついた。
その中心にいるのは――
「『パラディンナイツ』はギルドマスター、サブマスターともに女性で、主力メンバーもほとんどが女性です! 『パラディンナイツ』が私たちの組織に参加を表明するだけで、探索者業界にどれほどの影響があることか……!」
迷惑顔の芹香、灰谷さんに、奇抜な格好の女性が食い下がっていた。
……「奇抜な格好」と言われても困ると思うんだが、俺も表現に困ってる。
ジーンズにTシャツ……までは普通だが、その上に研究者のような白衣を重ね、頭にはピンクのバンダナを巻いている。
白衣の背中にはピンクのマーカーで「WOMEN DON'T NEED MEN」と、でかでかと手書きの文字が踊っていた。
灰谷さんが女性に言う。
「それはあなたがたの事情でしょう。お引取りください」
これまでにも似たような応酬があったんだろう、灰谷さんの口調はにべもない。
「今も世界中で男の暴力に晒されている女性たちがいるんですよ⁉ 『パラディンナイツ』の聖騎士が、声なき女性たちの悲鳴を無視するんですか⁉」
女性の言い分に、灰谷さんが不快そうに眉根を寄せる。
……灰谷さんの鉄面皮を崩すとなると相当だな。
たぶん、芹香を説得のダシに使ったことにイラッとしたんだろう。
と、そこで、芹香が俺に気がついた。
俺としては声をかけたものか様子を見たものか迷ってたんだが、
「あ、悠人。お疲れ様」
と、芹香がナチュラルに話しかけてくる。
「あ、ああ。悪いな、待ち合わせに遅れて」
「ううん。五分も待ってないよ」
女性を無視して会話し始めた俺と芹香に、
「誰ですか、あなたは! 女性同士の会話に許可なく割って入らないでいただけますか⁉」
女性が、俺に詰め寄りながら言ってくる。
事情はわからないながらも、ここでこの女性の肩を持つ余地はありそうにない。
まあまあ落ち着いて……みたいな対応も無駄だろう。
「灰谷さんが言ったよな。お引取りくださいって。あなたが誰かは知らないが、芹……うちの代表との会話は終わったものだと認識してる。だよな?」
「うん、その認識で間違ってないよ。
神取さんとやらに最後通牒を突きつける芹香。
さらには灰谷さんも、
「そもそもがアポもなしでの押しかけです。今後も同じようなことをされるようなら、こちらとしても相応の対応をせざるをえません」
「ぐっ……あなたたちには女性同士の連帯意識というものがないの!?」
「理解不能ですね。性別が同じというだけで連帯意識を感じよというのは無理があります。……さあ、行きましょう、蔵式さん。ランチの予約の時間が迫っておりますので」
と言って、灰谷さんが俺の片腕を引っ張った。
「じ、女性の自立より、そんな男とのランチの方が重要だとでも言うのですか⁉」
「もちろん、女性の自立は重要ですよ。私が重要視していないのは、話の通じない相手との会話です」
「さ、いこいこ」
芹香が俺の反対側の腕を掴んで俺を引っ張る。
女性二人に両腕を掴まれ連行されていく俺に、周囲で様子を見てた他の探索者が白い目を向けてくる。
さっきまでは謎の女性のほうに白い目を向けてたんだけどな。
「お、おい……」
「……しっ。今は合わせてください。本当にしつこいんですから」
げんなりした様子で耳打ちしてくる灰谷さん。
俺は芹香と灰谷さんに引っ張られるまま協会本部のロビーを出た。
ちらりと振り返ってみるが、例の女性はついてこない。
「ふう……ごめんね、悠人。変なことに巻き込んで」
「いや、いいけど……なんだったんだ、あれ?」
「詳しい話は、レストランに着いてからにしましょう」
俺たちは、灰谷さんの案内で、見るからに高そうなレストランにやってきた。
しかも展望のいい個室である。
料理がすべて出揃ってから、芹香と灰谷さんが話を始めた。
「最近つきまとわれてるんだよね。女自会の人たちに」
と、芹香。
「ジョジカイ?ってなんだ?」
俺の疑問に答えたのは灰谷さんだ。
「極端な女性保護・男性排斥を掲げる政治的な組織です。正式には、『男の暴力を規制するための自衛する女性たちの連絡会議』……といいます」
「えっと……戦うフェミニスト的な?」
そういう団体が、女性探索者として有名な芹香や、そのギルドである「パラディンナイツ」の名声に目をつけた……ということだろうか。
だが、灰谷さんは首を振った。
「いえ、女自会をフェミニストと一緒に扱うのは、まともな活動をしている人たちに失礼でしょう。事実、ほとんどのフェミニストが、女自会の活動をフェミニズムとは認めないと明言しています」
「要するに、よっぽどヤバい団体ってことか?」
「ええ。女自会の特徴は、すべての男性に対する徹底した憎悪です。世の中のあらゆる悪の根源は、男性が生まれながらに持つ矯正しがたい暴力性に起因すると主張しています」
「暴力性……ね」
男性の方が女性より暴力的だ……というのは男性差別になるんだろうか?
だがまあ、一般的に犯罪に暴力を使うのは男性が多いだろうし、DVの加害者も男性が圧倒的に多いだろう。
女性への性暴力の加害者は、いわずもがな男性だ。
侵略戦争や少数民族の虐殺をやるような独裁者も、今までのところその多くが男性だよな。
「マチズモって言うんだっけ? 男性が乱暴に振る舞うことを正当化するような風潮を批判する人たちはいるよな?」
男は小さい頃から大人しいよりは「わんぱく」であることを求められがちだ。
幼稚園の頃だったか、他の男子からいじめられたときに、「男ならやり返せ」と親父に怒られたことがある。
「男なら泣くな」、「男なら我慢しろ」……そんなことを親や教師から言われた記憶のあるやつは多いんじゃないか?
今の時代ならどれもアウトな発言だが、親父の世代には「男は男らしく」みたいな感覚がまだあったってことだろうな。
……まあ、「暴力を振るってくるような奴に対して泣き寝入りは逆効果だから、抑止力としてこちらも力を示すべきだ」といった理屈なら、残念ながら現実的には正しいこともある。
ニュースで独裁国家の横暴な振る舞いなんかを見てると、そういう素朴な暴力必要論も、場合によっては正しいんじゃないかとも思えてくる。
舐められたら終わりだ、みたいな、ヤンキーの精神論じみた世界だな。
だが、「男は男らしく」みたいな世間の空気が合わない俺にとって、「女性に女らしくしろと言ってはならないのと同様に、男性に男らしくしろと言うのも問題だ」みたいな理論は、一服の気休めにはなってくれる。
一方で、伝統や文化を重視する層にとっては、男らしさ、女らしさをすべて骨抜きにされてはたまらないということになるんだろう。
たとえば……そう。お隣の弟君のお仲間みたいな連中にとっては、だ。
個人的には「そんなの程度の問題だろ」と言ってしまいたくなるんだが、おそらくこの手の問題でそういう曖昧な立場を取ると、両極の双方から攻撃されることになるんだろうな。
「女自会の主張は、マチズモの批判などという真っ当な話ではありません。女自会は、全男性を暴力犯罪の予備軍と見做しています。ですから、すべての男性に定期的な心理検査を受けさせ、暴力的な傾向の見られた男性にはGPS装置を埋め込むべきだと主張しています。女自会の『推計』では、全男性の八割前後に埋め込む必要がある、と。一定以下の年齢の男性に限っては、ほぼ全員ということです」
「うへっ」
性犯罪の前科者にGPSを埋め込み、近隣住民が居場所を把握できるようにする……ということをやってる国はある。
だが、女自会の案では、それを前科もないあらゆる男性を対象に行おうと言ってるわけだ。
「そのGPS装置は、近くにいる女性が緊急ボタンを押すと、いつでも強い電流が流せるという仕組みです。緊急ボタンは世の中のすべての女性に無償で配布されます。ボタンは、女性が身の危険を感じたばあいはもちろん、心理的な不快感を覚えただけでも押すことができます。ボタンを押したことによる男性の被害に対しては、女性は責任を負う必要がありません。仮にその男性が心臓発作を起こして死亡したとしても無罪ということです。男性の暴力性を抑止するために必要な社会的コストだという理屈ですね。人を噛む犬には首輪が必要だということです」
「……むちゃくちゃだな」
本当に、想像以上にむちゃくちゃだった。
「さらには、暴力犯罪を起こした男性を去勢することで、世の中から段階的に男性を減らし、まずは女性に選ばれた男性のみを、女性十に対して一の割合で残す……のだそうです」
「それ、子どもはどうするんだ?」
「DNA編集技術と人工幹細胞で造られた精子さえあれば、生身の男性は基本的にいらない、とか。それでも、女性の側に異性に対する心理的なニーズが存在することを当面は『許容』して、審査に通った優良な男性を、適切な『教育』を受けさせた上で残すということです。これらの男性も、女性に『種としての自立へ向けた啓発教育』を行いながら段階的に数を減らしていき、百年後には男性を千分の一以下にまで減らすのだとか。そうなると、男性はもはや博物標本ですね」
「どんなディストピアだよ……」
SF小説ならともかく、それを実際にやろうっていうんだからどうかしてる。
「ていうか、そのプロセス自体が男性への暴力なんじゃないのか?」
暴力というか計画的な虐殺だよな。
「私に言われても知りませんよ。女自会に言ってください。あ、いえ、言わないでください。絶対めんどうなことになりますから」
「いや、言わないけどな」
そんな団体に関わり合いになりたくない。
今の俺なら襲われても撃退できる……なんて次元の話じゃないよな。
下手に「撃退」なんてしたら、どんな厄介な絡まれ方をするかわからない。
「そんな人たちに、『同じ女性』だから協力しろって言われる気持ち……わかる?」
と、ため息交じりに芹香がぼやく。
……そりゃ、芹香たちがあんな対応になるのも納得だな。
そこで俺は、最近逆の――あるいは、ある意味とてもよく似た事例に遭遇したことを思い出す。
「そういえばさ……」
そう言って俺が切り出したのは、もちろん、新居のお隣さんの話である。
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