181 ヤバい組織その2

 俺は、新居のお隣さんとの一件を、芹香と灰谷さんに話す。


 俺の話を聞き終えた灰谷さんが、


「……申し訳ありません。もっと人物調査を徹底するべきでした」


 あのマンションは灰谷さんの手配してくれたものだからな。

 責任を感じてしまったんだろう。


「いいって。ていうか、探索者本人ならともかく、その家族まで調べるのは無理だろ」


「無理……というわけではないのですが」


 微妙に含むところのある感じで灰谷さんがつぶやいた。


「しかしせめて、そのお姉さんがダブルフラッドの時の『羅漢』の生き残りだということくらいは調べておくべきでした」


「いや、気にしないでくれ。いい部屋を紹介してもらったと思ってるし」


 手配を何から何まで任せてしまったしな。

 それで「住民の調査が不十分だ!」なんて文句を垂れる筋合いじゃない。

 ただでさえ、灰谷さんは忙しそうだからな。


「……でも、その弟君、気になるね」


 話を黙って聞いてた芹香がそうつぶやく。


「気になるって?」


 首を傾げる俺を後目に、灰谷さんは小さくうなずいている。

 何か心当たりがあるらしい。


 灰谷さんは俺に向き直ると、


「蔵式さんは、『男性差別に抗議する日本男児にっぽんだんじの会』……という組織をご存知ですか?」


 いきなりそんなことを訊いてくる。


 俺は思わず顔をしかめながら、


「なんだよ、その香ばしい名前の組織は……」


 そういう話題はさっきので十分胃もたれしてる。


「最近ネットの一部界隈で勢力を伸ばしている……なんといいますか、政治的なクラスターのようなものですね。政治結社というほど立派なものではありませんが」


「そりゃ、名前からしてお察しだろ。その組織がどうしたんだ?」


 と訊くと、


「……『羅漢』の残党の受け皿になっているようなのです」


 灰谷さんが、意外な答えを返してきた。


「『羅漢』の残党が?」


 残党と言っても、「羅漢」は悪の結社ってわけじゃないけどな。

 凍崎純恋に支配された超絶ブラックなギルドだっただけで。

 元構成員の中には、純粋な被害者だっているはずだ。


「以前お話したと思いますが、『羅漢』の元構成員については、他のギルドも受け入れを渋っているのが現状です」


「ああ……ブラックギルドのやり方を持ち込まれてはたまらないって話だったよな。そもそも、凍崎純恋に『レベルドレイン』でレベルを吸わせるのが目的で育成されてたわけだからな。まともな探索ができるスキル構成になってないってのもありそうだ」


「ええ、蔵式さんのご指摘の通りです。装備アイテムも貧弱で、受け入れ側で用立てる必要があることも、嫌われる一因になっています。さらに深刻なのは、そもそも探索者に向いてないような基本能力値の人間を、無理やり探索者にしてるケースが多いことですね。探索者としての将来性に疑問のある人がかなりの数いるのです」


 基本能力値=レベル1の時の能力値のことだな。

 一般的には、「ステータスに9以下が三つ以上あったらあきらめろ。8以下が二つ以上あったらあきらめろ。7以下が一つでもあったらあきらめろ(ただし幸運は除く)」というテンプレが有名だ。


 「羅漢」はこの基準に満たない人間も探索者にしてたってことか。

 彼らからレベルを吸い上げた凍崎純恋の能力値が低めだったのも納得だな。


「で、露頭に迷った元『羅漢』の探索者たちが、その男児の会とやらに拾われてる……と?」


 凍崎誠二をトップとする羅漢に洗脳されてきた連中が、今度は別の怪しげな政治組織に吸い寄せられたってことか?

 とことん救いのない話だな。


「さすがに一部ですけれどね。それでも、無視できない人数が集まりかけているようです」


「その男児の会とやらは何をしてる団体なんだ?」


 政治的にどうかと思われる主義主張を掲げてたとしても、それだけなら言論の自由の範囲内ではある。

 ただ、灰谷さんの口ぶりからすると、ろくでもないことをやってそうだ。


「『男性差別に抗議する日本男児にっぽんだんじの会』――通称・男児会の主張はこうです。昨今の女性の社会進出は、女性が社会的に過度に優遇されてきた結果である、と。男性の生存を不利にする女性のあらゆる特権を廃止せよ、というのが彼らの主張です」


「女性の特権ってなんだよ……レディースデイとかか?」


 冗談のつもりで聞いたのだが、灰谷さんはなんとうなずいた。

 

「そういうものも含まれますね。女性限定のスポーツジムやヨガ教室の前で拡声器を使ってがなり立て、その様子をネット上で配信しています。ご覧になりますか?」


「見たくねえよ、そんなの……」


「それが賢明です。女性に対する罵詈雑言、差別語の数々、性的な脅迫……見るに堪えない光景です」


 心底嫌そうに、灰谷さんが首を振る。


「それ、警察に捕まらないのか?」


「捕まりますよ、もちろん」


「ヘイトスピーチって奴だよな?」


「いえ、ヘイトスピーチを処罰する条例は、国籍や人種に基づく差別的な言動を禁じるものです。男児会の活動に対しては、法的にこれと決まった取り締まり方法があるわけではありません。脅迫や営業妨害等で逮捕しているようですね」


「警察が捕まえて処罰してるんなら、いずれは活動できなくなるだろ。さすがに、そんな活動に賛同する男はごく一部だと思うんだが……」


 いない、と言い切りたいところだが、現にいる以上はそうとしか言えない。

 女自会の話題で芹香が「同じ女性だから」と言われても困ると言ってたが、今度は俺が困る番らしい。


「問題は、逮捕しにくい部分ですね。蔵式さんのお隣さんの弟のように、レッドラインをまたがないギリギリのところで活動している構成員も多いのです。それこそ、マイチューブ上にチャンネルを作って配信する、というような」


「ああ、なるほどな」


「その弟さんのように自分で配信するだけの知識や宣伝力がなかったとしても、男児会の活動を撮影してアップするだけなら簡単ですからね。あとは何もしなくても、マイチューブが潜在的な支持層に対しておすすめ動画として宣伝してくれる、というわけです」


「単純に小遣い稼ぎでやってる奴も多そうだな……」


 聞いてるだけでげんなりしてくる話だ。


「もちろん、それだけなら、言論の自由とはそういう不快な言説をもある程度許容すべきものだ、という言い方もできるでしょう。おかしな言説であれば批判され、見向きもされなくなる、というだけです」


「それはまあ、そうか」


 桜井さんの弟君も、今はチャンネル登録者を伸ばしてるとしても、目立てば目立つほど批判の声だって高まるはずだ。

 都知事選なんかだと、わけのわからない政見放送をする泡沫候補がいたりするよな。

 あれと同じで、そういう輩が出てくるのを妨げることはできないが、有権者が良識的ならそういう候補が当選することはありえない。


「じゃあ、何が問題なんだ?」


 俺の疑問に、これまで黙って聞いてた芹香が口を開く。


「本来なら、そんなの無視すればいいじゃん、で済む話だったんだけどね……」


「それでは済まなくなった、と?」


 問い返す俺に、灰谷さんがうなずいた。


「ええ。女自会もそうですが、問題なのは彼ら・彼女らが続々と探索者になったり、探索者を仲間に引き入れたりしていることなのです」

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