163 帰還

 奥多摩湖ダンジョンを出る。

 アイスクリーム屋のタッパーのように抉られた奥多摩湖だった空間だ。


 強烈な威圧感とともに星空から巨竜が降りてくる。


『クハハハハ! きっちり撃ち落としてやったぞ! ……と、おお?』


 暴風を撒き散らしながら地面に降り立ったクダーヴェが、俺に頭を寄せてくる。


『奴の気配がするぞ。いったい何があった、悠人?』


 クダーヴェの言う「奴」ってのはシュプレフニルのことだろうな。


「話せば長くなるんだが……」


 俺は神様にしたのと同じような説明をクダーヴェにする。


『ほう! 奴の与えた試練に打ち克ったというわけか! さすがは俺様の見込んだ人間だ!』


 ひさしぶりに(主観では四ヶ月ぶりに)見る「相棒」の姿に、懐かしさすら覚えるな。


「こんなところで立ち話もあれだ。悪いけど詳しいことは後でいいか?」


『うむ。ミサイルとやらを消し飛ばして少々目立ってしまったからな! ならば俺様に乗るがよい』


「そうさせてもらうか」


 ステルス性ならからくりUFOのほうが上なんだが……疲れたしもういいや。

 クダーヴェの誘いを断るのも悪いからな。


 ……なんてことを言うと、油断大敵だと怒られるだろうか。

 でも、実際問題として、今さらからくりUFOに乗ってステルスをかけたところで手遅れだとも言えるんだよな。


 奥多摩湖ダンジョンの崩壊を受けて俺が天狗峰神社からクダーヴェに乗って飛び立ったところはかなりの人が目撃してる。

 国会議員である凍崎誠二にまで把握されてたくらいだ。

 この国のしかるべき機関(具体的にどこかは知らないが)にはとっくに目を付けられてるんだろう。


 しかもその後、飛来した弾道ミサイルのうちのひとつを、クダーヴェは宇宙空間で撃破した。

 クダーヴェは今も偵察衛星で監視されてるはずで、それと接触した俺のこともバレてるにちがいない。


 ならばいっそ、帰りもあえてクダーヴェを使い、からくりUFOのほうを隠しておくのもありだろう。

 俺の探索者としての力の源泉はクダーヴェという強力な召喚獣を使役できることにあると誤認させることもできるしな。


 今の俺にとって本当に隠すべきは、ジョブ世界で手に入れた力のほうだ。

 クダーヴェには悪いが煙幕の役割を果たしてもらおう。

 その程度のことを気にするような奴じゃないしな。


 からくりUFOを避けたのは、前回のトラウマのせいもある。

 前回、奥多摩湖ダンジョンからの帰りにからくりUFOを使い、そのまま流れるようにジョブ世界に紛れ込んでしまった。

 シュプレフニルの「試練」は乗り越えたんだから同じ展開になるとは思えないが……なんとなく嫌だったんだよな。


 そういえば……


 俺は悪戯心を起こし、クダーヴェに訊いてみる。


「なあ……前に言ってたよな。おまえとシュプレフニルは隕石と海みたいにジャンルの違う存在で、どっちのほうが強いともいえないと」


『む? おお、言ったな』


「その話、盛ってるんじゃないか? 向こうは因果だの運命だのまでいじれるんだろ? クダーヴェがいくら強くても敵うとは思えないんだが」


『な、ななな、何を言うか、悠人! 俺様は最強だ! 奴とはその……あ、相性が悪いだけなのだ!』


「はいはい、そういうことにしておこうか」


『ほ、本当なのだぞ!? いつかあの性悪めに風穴を開けてやろうと編み出したのがあのメギドフレアなのだ!』


「たしかに世界そのものに穴を開けられるのはすごいけどよ。それだけであの超常の存在に届くのか?」


『ぐっ……そ、それは、まあ、今後の課題というものだな』


 動揺も露わなクダーヴェは、首を低くして俺に早く乗るよう促した。


『あまりゆっくりはしておられんのだろう? 先ほどの神社までかっ飛ばすぞ』


 俺が乗るなり、翼を豪快にはためかせ、クダーヴェが宙に舞い上がる。

 そのままかなりの速度で飛んでいくクダーヴェ。

 これだと風圧でしゃべることもできないな。


「……誤魔化したな」


『……む? 何か言ったか、悠人?』


「いや……」


 武士の情けだ、これ以上つっこむのはやめてやるか。


 クダーヴェの全力飛行によって、ものの十数分で俺は天狗峰神社に降り立った。


 深夜にもかかわらず、境内は様々な人でごった返していた。


 そんな中に突如降り立った幻竜に、探索者らしき人たちが身構える。


 彼らに片手を上げて制止しつつ、


「クダーヴェ。今日は助かった」


『おお。おまえこそ、たった一日で随分散々な目に遭ったようだな』


「まったくだよ……勘弁してほしいぜ」


『また必要になったら呼ぶがいい。もっとも、今のおまえが、俺様の力を頼るほどの窮地に陥るとは思えぬがな』


「それでも頼もしいよ」


 ダンジョンの崩壊は、クダーヴェの力がなければ防げなかった。

 さっきはからかってしまったが、クダーヴェが対シュプレフニル用に編み出したというメギドブレスも役に立った。


『……そうだ、俺様と力試しをせぬか? 今のおまえが俺様に対してどの程度食い下がれるか、興味がある』


「自分が勝つのは前提なのか……」


 あくまでも最強を自認する幻竜に苦笑する。


「まあ、考えておくよ。当面はのんびりしたいんだけどな」


『うむ。時には翼を休めるのも大事なことだ』


「じゃあまたな」


 俺はクダーヴェの召喚を解除する。

 光となって消えた幻竜を見て、周囲の探索者たちがどよめいた。


 俺はその一人に向かって、


「なあ」


「は、はいっ!?」


 ピンと背筋を伸ばし、敬語で返事してくる探索者。

 ……普通に話しかけたつもりだったんだけどな。


「芹香は……朱野城芹香はどこだ?」


「ぱ、パラディンナイツの代表の……ですか?」


「他にいるのか?」


「い、いえ! すみません!」


「……そんなに構えないでいいぞ。俺も一介の探索者にすぎないからな」


 キャリア的にはまだまだ新人の部類のはずだ。


「い、いや、普通の探索者はあんなとんでもない召喚獣を従えてたりしないと思うんだが……。Aランクダンジョンのダンジョンボスが束になっても敵わなそうなプレッシャーだったぞ」


「いろいろ事情があるんだ。それより……」


「ああ、すみま……すまない。パラディンナイツの朱野城代表ならたしか――」


 探索者が身体の向きを変え、境内の奥を示そうとしたところで、



「――ゆうくん!」



 その先から、見覚えのある聖騎士が現れた。

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