162 今回のご褒美・おかわり
視界の白が晴れると、目の前には神様がいた。
神といってもさっきまでの白い竜神の美青年ではない。
銀髪狐耳に着物姿の、見慣れた
ジョブ世界の神様に較べると、なんとなくだが存在感が薄めというか。
神的なオーラが弱い気がする。
ジョブ世界の神様は転職という形で探索者に便宜を図っていた。
そのおかげか、信仰心的なものが集まって、神としてのオーラを溌溂と放ってた印象だ。
断時世於神社もジョブ世界では大流行だったな。
でも、俺は元の世界の神様のほうが落ち着くな。
力のなさを嘆きつつも、人のため、世界のために自分にできることをやろうとしてる神様。
ダンジョン崩壊に当たっては俺に神器である草薙剣を貸してくれた。
あれを世界の狭間に投擲して失くしてしまった俺のことを、あとから責めたりもしなかった。
この微妙な
……神様からすれば「失敬な!」という話だろうけどな。
その神様が、胸を張って言う。
「さあ、申してみるがよい。なんでもよいのだぞ? おぬしが欲しいと思うものを遠慮なく申せ。
聞き覚えのあるセリフだな。
生で一度、逆再生で一度聞いたセリフだ。
その質問への答えは考えてあるが、その前にひとつ聞いてみよう。
「神様」
「む? なんじゃ?」
「俺に何が起きたか……わかるか?」
「おぬしに起きたことじゃと? ダンジョン崩壊を止めたことに関してか?」
神様にも、俺が別の世界に行って帰ってきたことはわからないみたいだな。
「そうだ、ステータスを……って、ダメか」
シュプレフニルの説明では、現在俺の周りには「繭世界」なるものが折りたたまれているらしい。
この繭世界によって、この世界のシステムからの干渉は、すべてフィルタリングされるということだ。
たとえば、この世界のスキルである「鑑定」を俺に使ったら、おそらくは繭世界のフィルタリングを受けて、俺のステータスのやべー部分をスキル世界向けに誤魔化したものを見せるはずだ。
この世界のスキルである「偽装」でも偽のステータスを表示させることはできるが、繭世界によるフィルタリングはそれとは原理が異なってる。
あ、でも、神様が「鑑定」スキルを使ってるわけじゃないか。
「うむ? ステータスじゃと? 見てもよいのか?」
「ああ、悪いけど確認してくれないか?」
「自分で見ればよさそうなものじゃが……って、ぬおおおおおっ?!」
何が見えたのか、神様が奇声を上げてのけぞった。
「な、なんじゃこれは!? 前々から規格外のステータスをしておるとは思っておったが……一体おぬしに何があったのじゃ!?」
「それを説明すると長くなるんだけどな……」
元の身体に戻って、俺はかなりの疲労を感じてる。
ジョブ世界での春原たちとの死闘のせい……もあるが、そもそもこの身体が疲れてるんだ。
久留里城ダンジョンを踏破してから天狗峰神社でクローヴィスと戦い、クローヴィスを追って奥多摩湖ダンジョンを一気に踏破、その奥ではるかさんを助け、一旦脱出してからダンジョン崩壊を阻止すべくクダーヴェとともに崩壊したダンジョンに突入し、世界の穴から侵入したシュプレフニルの「繊維」を灼きながら、スキルコンボで
この一日だけでどんだけイベントがあったんだよって話だ。
このあとはなんとか家に帰ってそのまま寝落ち、気づいたらジョブ世界だったという流れである。
あのあたりの記憶が曖昧なのはスキル世界からジョブ世界へ渡った影響だろうな。
でも、それがなかったとしてもくたびれてたことにちがいはない。
疲れであまり頭が回らない。
その後のこんがらがった事情を一から説明するのはしんどいな。
「簡単に言うと、シュプレフニルの干渉でこの世界とよく似た世界に飛ばされて、そこからなんとか戻ってきたとこなんだ」
「な、なんじゃと!?」
さすがの神様も驚いてる。
「本当はご褒美にはスキルを統合するスキルをリクエストする予定だったんだが、そっちはあっちの世界の力でどうにかなった」
「うむむ……たしかにこの世界ではありえぬ力を得ておるようじゃな」
神様にはやっぱりステータスが見えてるみたいだな。
元々この世界の存在である神様が、ダンジョン出現後にできたスキルを使うのは違和感がある。
神様はスキルとはべつの形で俺のステータスを読み取ってるのだろう。
……となると、俺が自分のステータスを見るにはどうしたらいいんだ?
「鑑定」――は簒奪者の技能になってるから、その技能でなら見えるのか。
スマホのDungeonsGoProでステータスを開いたらどうなるのか? とか、
口で「ステータスオープン」とコマンドしたらどうなるのか? とか、ちょっと気になるよな。
落ち着いたら検証する必要がありそうだ。
「むう。折角我から褒美をやろうと思っておったのに、とんだ横槍が入ったものじゃの」
唇を尖らせ、ちょっと拗ねたように言う神様。
珍しく見た目相応にかわいらしい神様に、「どうせスキル統合スキルを作るのは無理なんでしょ?」とは言えないな。
「
と、俺。
俺の念頭にあるのは、ジョブ世界でほのかちゃんたちが俺に追いつくために神様に作ってもらった修行用ダンジョンの件だ。
ああいったものが必要になったときのために取っておくのはアリだろう。
あるいは、俺のダンジョンマスターでダンジョンを作る必要に迫られたときに使ってもいい。
「
「じゃあそれで頼むよ」
「それはいいのじゃが……やはり我からも何か褒美を与えねば気が済まぬ。
「ああ、そうか……」
俺はしばし考える。
スキル統合スキル以外でほしいものか。
あ、そうだ。こういうのはどうだろう。
「じゃあ……これを強化してくれるか?」
俺は片耳に手を伸ばし、イヤリングを外して手のひらに載せる。
「これは……『防毒のイヤリング』じゃな」
「ああ」
俺が探索者になると決めたとき、芹香が贈ってくれたものだ。
毒に対する完全耐性という効果は便利だが、さすがに今持ってる他の装備品と較べると見劣りするのは否めない。
これから先、俺がもっと強くなるならなおさらだ。
「お安い御用じゃ。むしろ、その程度のことでよいのかと思うくらいなのじゃが……」
「俺はそれがいちばん有り難い」
今のところ、アイテムを強化できるスキルは発見されてない。
錬金術とかなんとか、それっぽいものがあってもよさそうなもんだけどな。
ジョブ世界にはMMOで言うところのクラフター系に当たるジョブの持ち主が少数ながらいたようだ。
「うむ。ならば、このイヤリングを可能な範囲で強くしてやろう。……ほう、このイヤリングにはなかなかの因果が結ばれておるようじゃな」
「そうなのか」
因果の話は、正直今回の件でお腹いっぱいという感じだな。
「これを贈った者の想いと、これを受け取り大切にしてきたおぬしの想いが共鳴しながら宿っておる。これは……良きものであるな」
「そ、そうか……」
さすがに照れくさく、目をそらして頬をかく俺。
「
言って、神様がその小さな手に「防毒のイヤリング」を握り込む。
「むむむ……」
なんらかの力が、拳の中のイヤリングに籠もるのがわかった。
昔テレビで見た、手のひらから砂金を生み出す霊能力者みたいな感じだな。
だが、その霊能者がインチキだとしても、神様にならそんなことも可能だろう。
神様はしばらくそうしていたが、
「……うむ。これが限界であろうな」
神様が結んだ手を開く。
そこにあったのは、全体的に存在感を増したイヤリングだ。
外見は変わってないが、内に秘めた力の質が桁違いに上がってる。
その力を感じ取れるのは……魔王の魔法技能のせいだろうか。
「ほれ。確かめてみるがよい」
俺は神様からイヤリングを受け取り、簒奪者の技能で鑑定する。
Item──────────────────
祈りのイヤリング
あらゆる状態異常を完全に防ぐ。
朱野城芹香が窮地に陥った時に、その近くに自動的に転移する。
蔵式悠人専用。不壊。譲渡不可。盗まれることがない。
────────────────────
「おお!」
「あらゆる状態異常を完全に防ぐ」――RPGだったら最終盤に手に入るような効果だよな。
もちろん、スキル世界でもジョブ世界でも、そんなぶっ壊れた性能のアクセサリなんて見つかってない。
これまでに入手してきた状態異常耐性スキル(今は魔王等のユニークボーナス)や状態異常耐性アクセサリが無用の長物と化した瞬間だ。
芹香の窮地への自動転移も、かなりとんでもない効果だな。
まあ、国内トップレベルの探索者である芹香が窮地に陥ることなんて早々ないとは思うのだが。
「……気に入ったようじゃの」
「ああ! ありがとう、神様」
俺は強化されたイヤリングをさっそく左耳につけるのだった。
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