161 今回のご褒美(承前)

「それで、このバグとご褒美とやらがどう関係するんだ?」


 ここまで聞けばなんとなく察しはつくが、こいつの口から聞いておきたい。


「今のままの状態で君の本来の世界――君がスキル世界と呼ぶ世界に戻ったらどうなると思う?」


「どうって……」


 ジョブ世界では、スキル世界のスキルは、そのままの形では使えなかった。

 ジョブの技能、アビリティ、サポートアビリティ、ユニークボーナスといったジョブ世界のシステムに組み込まれて初めて使うことができた。

 じゃあ、俺がジョブ世界で得たジョブをスキル世界で使おうとしたらどうなるのか?


「……まさか、ジョブが再びスキルに変換されるとか?」


 たとえば、魔剣士のユニークボーナスに「魔法にもクリティカルヒットが発生する」というものがある。

 このユニークボーナスは、スキル世界で取得したスキル「魔法クリティカル」が、この世界のシステムに合わせてユニークボーナスに変換されたものだ。

 ジョブ世界ではスキルが使えなかったように、スキル世界ではジョブが使えないだろう。

 とすると、俺がスキル世界に戻ったときに、スキル世界のシステムが、俺のステータスのジョブ世界由来の部分を元のスキルに変換し直してしまう可能性がある。


 「魔法クリティカル」なら大差はないが、ものによってはユニークボーナスのほうが扱いやすいものも多い。

 たとえば、魔王のユニークボーナスである「あらゆる状態異常にかなりの耐性がある」。

 これは、スキル世界で取得してた「感電耐性」「麻痺耐性」「石化耐性」「睡眠耐性」「即死耐性」「混乱耐性」「沈黙耐性」が統合されたものだと思われる。

 ひとつにまとまっていて扱いやすいし、「かなり」という程度表現があるので、ジョブ世界での稼ぎ同様強敵との戦いを続けていれば、程度表現の成長も期待できる。

 もしこれがもとの別々のスキルにバラけると、それぞれのスキルにSPをつぎ込んでスキルレベルを上げなければならなくなってしまう。

 どちらの稼ぎが早いかは一概には言えないが、この三ヶ月の感触ではユニークボーナスの成長のほうが早そうだ。


 他にも、アビリティやジョブそのものにもスキル世界でのスキルを踏まえているとしか思えないものがいくつもある。

 それらがスキル世界のシステムによって元のスキルに分解されてしまったら、この三ヶ月の苦労はなんだったのかということになってしまう。


「せっかくのジョブが元のスキルに戻っちまうってことか」


「そうなる部分もあるだろうね。ただ、それはまだしもましなほうだ。スキルシステムへの不法な改竄だと疑われて、所有者ごと『凍結』なんてこともありうるよね」


「と、凍結……」


 要は、チーター扱いされてBANされるってことだよな。


「君は過去にもスキルの多重使用で下方調整を受けてるよね」


「スキルコンボの一件か」


 たとえば「剣で斬る」という単一の動作に「剣技」「剣術」「刀剣術」「渾身の一撃」「スタン攻撃」「ヒットストップ」等々複数のスキルを重ねるのが、俺がスキルコンボと名付けた技術だ。

 バフ効果を重ねがけするスキルシナジー、さらにはそのスキルを失う代わりに一度だけそのスキルの効果が百倍になるという「スキルバースト」を合わせることで、天文学的なダメージを叩き出すことができた。

 ダンジョン崩壊によって世界に空いた「穴」を塞ぐ――そんなことまでできてしまった。


 しかしそれがあまりにも強力すぎたため、「天の声」によってスキルコンボは封じられてしまった。


 新たに「スキルコンボ」というスキルをもらえたものの、このスキルにはかなりの制限がある。

 (スキルとしての)「スキルコンボ」では重ねがけの可能数はS.Lvと同じ回数まで。

 しかも、重ねがけするごとに後から重ねたスキルの威力が半減していく。

 二段目で1/2、三段目で1/4、四段目で1/8となるから、実用的なのは四段目くらいまでだろう。


 単一の動作を複数のスキルの動作として解釈する都合上、スキルの数が増えるほどにベースとなる動作が限定される。

 スキルコンボで威力は上がるが、この角度からこう斬る動きでないと他のスキルが重ねられない……といった状況が生まれてくる。


 「剣技」のサブスキル「スラッシュ」に「渾身の一撃」は重ねられるが、その場合「スラッシュ」の軌道は真上から真下への斬り下ろしに限定される。

 コンボをたくさん重ねれば重ねるほど、攻撃の動作は単純なものに絞られてしまうのだ。


 知能の高くないモンスターが相手なら当てられなくもないだろうが、知能の高いモンスターや人間の探索者が相手なら、実戦の中で当てるのは難しい。

 こちらの行動を読まれて逆襲されるおそれまである。


 以前の非スキル版スキルコンボにはそれでもお釣りが来るほどの火力があったのだが、スキル版「スキルコンボ」にはそれがない。

 たとえば、三つの同じくらいの威力のスキルを「スキルコンボ」で重ねたとしても、その威力は1.75倍(=1+1/2+1/4)にしかならないのだ。


 「天の声」からはその補償として唸るほどのSPをもらえたが、スキルコンボの弱体化に見合うかというと微妙だろう。

 ……もっとも、あのときスキルコンボの補償で大量のSPをもらえていたからこそ、ジョブ世界の土壇場で「逃げる」のスキルレベルを3に上げることができたのだが。


「スキルコンボの件でシステムに目をつけられてるっていうのか?」


 MMOなんかだと、改造によるチートでなかったとしても、バグや仕様の穴をそうと知りながら利用しただけでも処罰の対象となることがある。

 あきらかにバグとわかる不具合を利用してダンジョンをクリアし、報酬を荒稼ぎしたりとかだな。


「君はべつにルール違反はしてないけど、システムに大きな負荷をかけるようなことをしたわけだからね。向こうとしては君の動向を注視してるはずさ。そこに来て、システムすら知らない異世界準拠の能力なんか持ち込んでごらん? 消されはしないまでも、君のデータを解析するために君ごと一時凍結される可能性は高いだろう」


「勘弁してくれよ……」


「うん。それではあんまりだからね。僕のほうで、君がジョブ世界で手に入れた力をスキル世界に持ち込めるようにしてあげよう。ついでに、君が今後どんなステータスを手に入れても、前回みたいな理不尽な弱体化ナーフをくらわないようにしてあげる。ついでにというか、ジョブを持ち込めるようにする結果として、スキル世界のシステムからの干渉も防げるようになる、ということなんだけど」


「……言ってることがよくわからん」


「ジョブという仕組みを、元の世界にそのまま持ち帰ることはできない。スキル世界にはジョブを運用するためのシステムがないからだ。だから僕が、君の中に・・、ジョブシステムを埋め込もう」


「俺の中にって……大丈夫なのか?」


「やってることは、固有スキルと同じだよ。固有スキルも、スキルシステムを半ば離れて君の中にある」


「ああ、なるほど」


「もちろん、ひとつの固有スキルを埋め込むのと、ジョブシステムをまるごと埋め込むのでは必要とされる容量がちがうんだけどね。君の魂に収まるものではないから、君の周りに新たな世界を展開し、それを見えないように折りたたむ」


「……なんかとんでもないことだってのはわかる」


「消えようとしてる世界の『糸』を織り上げて、繭を作る感じだね。僕の十八番さ」


「その繭みたいな世界があれば、元の世界でもジョブ世界由来の力をそのまま使えるってことか?」


「いや、これだけだと不十分だ。システムが君のステータスの異常を検知すれば、すぐにその異常を解消しようとするだろう。だから、繭世界を障壁にして、システムが君のステータスにアクセスできないようにする」


「俺とスキル世界のシステムのあいだに繭世界を噛ませるってことか。だけど、そんなことをしたら俺がスキル世界でスキルを取得したりスキルレベルを上げたりすることもできなくなるんじゃないか?」


 スキルの使用、スキルの取得、ステータスの更新等は、スキル世界のシステムを介することでしか行えないはずだ。

 スキル世界との接続を断ってしまえば、スキルを使用することも取得することもできなくなってしまう。


「そのとおりだね。その問題を解決するために、繭世界にフィルターの役割を持たせるよ」


「フィルター?」


「繭世界が君のステータスを読み込んで、スキル世界のフォーマットに変換する。スキル世界のシステムが読み取るのは、繭世界が正しいフォーマットに変換したステータスというわけさ。スキルの取得といったシステム側から君のステータスに加えられる変更も、繭世界を仲立ちにして行えるという仕組みだ。その結果として、システム都合による君へのナーフを防ぐことにもなる」


「……よくそんな器用なことができるな」


 薄々思ってたが、この界竜シュプレフニルという存在は、クダーヴェから聞いてたよりずっと高位な存在なんじゃないか?

 クダーヴェは「海と隕石でどちらが強いか較べられるか?」などと言ってたが、クダーヴェとは存在の次元が違うように思えるよな。

 ……あいつのことだから負け惜しみが混じってたのかもしれないが。


「もともと、僕は世界の境界を画する存在ものだからね。このくらいはわけないことさ。期待してくれていいよ」


 と自信ありげに言うシュプレフニル。


「どうしてそこまでしてくれるんだ? 俺とおまえとは本来敵同士じゃなかったのか?」


 スキル世界の奥多摩湖ダンジョンで、世界の穴から溢れ出してきたシュプレフニルの「繊維」を、俺はクダーヴェとともに灼いている。

 世界の穴も、神器・草薙剣にありったけのスキルコンボを乗せることで塞いでいる。

 シュプレフニルがスキル世界に侵入するのを防いだのは、まぎれもなくこの俺だ。


 俺の質問に、シュプレフニルが首を横に振る。


「君たちの世界に僕の一部が流れ込んだことは事実だね。僕には他の世界を取り込もうという意図はなかったんだけど、あれだけの穴が空いてしまうと、僕の力の一部がそこに吸い寄せられてしまうんだ。僕の繭は、風船のように一定の内圧を持つものだからね。なかなかどうして、世界の境界というのは繊細なものなんだ」


 と、シュプレフニルが肩をすくめる。

 この様子だと俺を怨んでるってことはなさそうだな。

 世界の穴からこいつの「繊維」が流れ込んだのは、こいつにとっても不本意な事故だったってことか。


「じゃあ、迷惑をかけたお詫びってことなのか?」


「そういう面もあるけど……それ以上に君への興味だね。『織り成すもの』として、特異な運命を紡ぐ存在には興味がある。君がこれからどんな運命を紡いでくれるのか、大いに期待してるんだ。その邪魔になるようなものがあるなら取り除いてあげようというわけさ。ま、君個人のことなら僕だって干渉しないけど、君の世界のシステムはちょっとばかり野暮なようだからね。神としての責任というわけさ」


「……俺をジョブ世界に放り込んだのも、か?」


「もちろん。君はスキルの統合がしたかった。僕はそのための舞台を整えた。自分の整えた舞台で役者がいいパフォーマンスを示してくれるのは嬉しいものだね」


「スキル統合の試練としてはちょっときつすぎだと思うんだが」


 そもそも、ダンジョン崩壊を防いだご褒美を神様からもらうという話だったのに、下手すれば帰れなかったかもしれないような試練に同意もなく放り込まれるのは納得がいかないよな。


「そうでなければ試練とは呼べないだろう? これまでの自分の限界を超える何かを示して、初めて試練を乗り越えたと言える。いわば、一度死んでから生まれ直すのが試練というものさ」


「人間は一度死んだら終わりだけどな」


 そう言っておくが……結果から見れば、俺はほしいものをこれ以上ない形で手に入れたとも言える。

 まあ、あくまでも結果から見ればの話なんだが。


「さて、疑問点は解消できたかな?」


「そうだな……ひと通り聞けたか」


 この貴重な機会に何か聞くことがないかと考えてみるが、いきなりのことで何も浮かばない。

 突然「神様になんでも訊けるとしたら何を訊きますか?」なんて言われても困るだろ?


 俺の様子を見て、シュプレフニルがうなずいた。


「では、帰りたまえ、君の世界に。胸を張って帰るといい。君は世界を二つも救ったのだから」


 その言葉とともに、俺の視界が白に包まれた。

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