158 二割

「なんでこんなことをしたんだ?」


 俺の質問に、シュプレフニルがにやりと笑う。


「どうかな。もう予想はついてるんじゃないの?」


「……まさか、俺がもがき苦しむさまを見て楽しむためだった……とか言わないよな?」


「それが、言っちゃうんだなぁ。あはは、ごっめーん。確率的にはクリアできる可能性は二割もなかったんだけど、そのことで怒ったりしないよね? 君は元の世界――君がスキル世界と呼ぶ世界では得られない異質な力を得たんだからさ」


「に、二割!?」


「大丈夫だって。強い因果が紡げれば確率なんて参考にもならないからね。君に運命が味方すれば成功するし、そうでなければ失敗する。それだけのことさ」


「……よくわからんが、結果論にしか聞こえないぞ」


「世界は結果論でできてるのさ。神はサイコロを振らない……なるほど、君の世界の人間もなかなかいいことを言うみたいだね」


「その偉い神様が、俺に何の用だ?」


 さっきも聞いた気がするな。

 こいつのペースに合わせていては話が進まない。


「千両役者におひねりを、とか言ったな」


「そうだった。僕がこうして君を呼んだのは、単に君を褒め称えるためじゃない。君だって、神様に褒められて感激するような殊勝な人間ではないだろう?」


「褒めてくれるのが立派な神様ならそれでもいいけどな」


「ひどい言い草だ。せっかくすべてお膳立てしてあげたっていうのに」


 やれやれと、肩をすくめてシュプレフニルが言った。


「俺は何も頼んでねえよ」


 勝手なことを言うシュプレフニルに突っ込む俺。


「苦難に打ち克った人間には報酬を。直接的な報酬はあとで考えるとして、せっかくだから僕に聞きたいことを聞くといい。君だって、このまま元の世界に戻ったんじゃ消化不良になるだろう?」


 ……たしかに。

 俺が巻き込まれた事態について説明できるのはこの神だけだ。


「じゃあ、まずはあの世界について教えてくれ。あれは幻覚じゃなかったんだよな?」


「もちろん。君だってもうわかってるはずだ。もしあれが幻覚だったら、同じレベルで君の元の世界だって幻覚だ。あれもまた、紛れもなく現実だよ」


 シュプレフニルがうなずいた。


「あの世界はなんだったんだ? 異世界にしては似すぎてる。平行世界ってあやつか?」


「まあ、そう言っておくのがいちばん妥当かなぁ」


 と、頭の後ろで両手を組むシュプレフニル。


「『現実』っていうのはね、君たちが考えてるほど確固としたものじゃないんだ。『現実』は、それを構成する無数のか細い糸によって織り上げられた織物だ。無数の糸がからまりあって、ときにほつれ、ときに断線しながら、自らの力で一巾いっきんの織物へと編み上がっていくものなんだ」


「あの世界はおまえが作ったものじゃないってことか?」


「そう。君が紛れ込んだあの世界は、現実を織り上げる糸のうち、織物になり損ない、糸くずとして世界の狭間に消えようとしていたもののひとつだね。世界の断片、切れ端……なんと呼ぶかは君の自由だけど」


「なり損ないの世界、か」


 俺は、「困難から逃げる」で見た因果の流れを思い出す。


 あれは、俺があの困難にぶち当たるまでの因果の流れを示したものだ。

 もちろん、そんなものが肉眼で見えるはずもないから、スキルがなんらかの方法で可視化したものなんだろうけどな。


 あの銀河でできた樹形図のようなものは、世界を構成する因果とやらのごく一部にすぎないはずだ。


 しかし、もっと大規模、もっと長期間に渡る因果の流れを想像することもできる。


 その因果の流れもまた、俺が見た部分的な流れと同じく、幾通りにも分岐していることだろう。


 たとえば、俺が高校生のうちにダンジョンが出現してたらどうなっていたか?


 スキル世界とジョブ世界は元は一つの世界であり、ダンジョン出現の時期だけが違ってた……なんて可能性もある。


「……ひょっとしたらあんな未来もありえたかもしれない、と?」


「どうかな。織物になり損なったのには相応の理由があるからね。他の糸との相性が良くなかったのかもしれないし、その糸自体があまりにか細くて、『現実』の織り上がっていく力に耐えきれなかったのかもしれない」


「世界にいろんな可能性があるとしても、すべての可能性が実現するわけじゃないってことか?」


「そのとおり。君がスキル世界、ジョブ世界と呼ぶ二つの世界を較べてみるといい。ダンジョンが出現した時期以外にも、二つの世界には大きな違いがあるよね?」


「……スキルとジョブか」


 どちらの世界も、いきなりダンジョンが出現したという点では共通している。


 だが、ダンジョン出現を受けて「実装」された探索者のステータスシステムががらりと違う。

 スキル世界はスキル制、ジョブ世界はジョブ制だ。

 そもそも、その違いから俺はそれぞれの世界を「スキル世界」「ジョブ世界」と呼ぶことにしたんだからな。

 細かいことを言うなら、スキル/ジョブ以外にも、能力値の種類が微妙に食い違ったりもしてる(攻撃力とSTRなど)。


「ひょっとして、スキル世界、ジョブ世界とも異なる別のシステムが実装された世界もあるのか?」


「もちろんあるけど、君が想像するほどには多くないよ。ただでさえ、ダンジョンというとんでもない異物によって因果が歪んでるんだ。世界の他の部分との整合性が取りにくいシステムを採用した世界は、強い因果を紡ぐことができずに消滅してる」


「消滅……」


「ごく細い糸だったら、多少色がちがっても織物から排除されないで済むこともあるんだけどね。そこそこ太かったり、長かったり、色が派手だったりする糸は、織物の調和を乱してしまう。そういうものは異物として織物から排出されてしまうんだ。そうして排出された断片のひとつを、君への試練としてアレンジさせてもらった、というわけさ」


「あの世界は実現半ばで消えていく世界だったってことか?」


「君もあの世界で感じてたよね? この世界はあまりに自分にとって都合がいい、と。実際、あの世界は君にとってばかり都合がよかった。世界としてのバランスが悪かったということさ」


「……そういうことだったのか」


 あまり正確なたとえじゃないと思うが、俺が連想したのはMMOだ。

 もし特定のプレイヤーばかりが得をするような偏ったシステムがあったとしたら、遅かれ早かれそのゲームの人気はなくなるだろう。


 そういう世界は織物としてのバランスが悪いから続かない。


 だが、そうした歪みが目立たないものであれば見過ごされることもある。


 さっき「ごく細い糸」と聞いて俺が連想したのははるかさんのことだ。


 スキル世界でも疑問に思ってたんだよな。

 ダンジョンが具体的に何年前から存在するかは、ネットで調べても、人に聞いても、探索者教会のデータベースで調べてもわからない。

 それでも、俺がひきこもりになる前にはダンジョンなんてものは存在しなかった。


 だが、はるかさんはほのかちゃんがお腹にいる状態でこの世界にやってきたという。

 ほのかちゃんは十四歳だ。

 俺がひきこもってたのはせいぜい数年だから、時系列があきらかにおかしいんだよな。


「時系列や因果関係というものは、人間が思うほど確かなものじゃないんだよ。り集まった糸を遠目で見たときに見える、大雑把な綾目にすぎないものなんだ」


「だからちょっとくらい異物が混じっててもバレないってことか。俺という存在をあの世界に紛れ込ませることができたのも同じ理屈か?」


「まあね。僕は世界の境界をかくする存在だ。世界の境界というのは、何も空間的な意味に限らない。時間的、因果的な境界をも含んでる。もっとも、因果の流れとなると、僕でも完全に意のままにできるわけじゃない。それでも、正当な報酬として力を望む英雄に、その力に見合った試練を与える――そんな口実でもあれば、ああした芸当もできるってことさ」


 こともなげにシュプレフニルが言った。


「そんなことができるのか……」


 クダーヴェはシュプレフニルのことを同格の存在みたいに言ってたよな。

 在り方が違うから単純比較はできず、上下をつけることはできないと。


 でも、シュプレフニルが今言ったことが本当なら、俺が漠然と想像してたよりずっとしゃれにならない存在だ。

 なにせ、完全ではないにせよ因果を操り、世界の断片をまるごと俺への試練に作り変えてしまったんだからな。


 ……クダーヴェの奴、話盛ってたんじゃねえの?


 あいつが無駄な負けず嫌いを発揮して五分だと強弁してただけなんじゃ……。

 無事に戻ったら文句を言ってやらないとな。

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