159 続く世界

「ずいぶんおせっかいなことをしてくれたもんだな」


 顔をしかめて、俺はシュプレフニルにそう言った。


 さっき、試練を突破できる確率は二割もなかった、なんて言ってたよな。

 突破できたからよかったものの、事前に意思の確認もなく、あんなわけのわからない状況に投げ込まれてはたまらない。


「君にとっては甘やかな世界だったと思うのだけどね。それでも、どうしても行くのかい? 今ならまだ、あの世界に戻ることもできるけど?」


「……俺はあそこから逃げ出したんだ。あいつらに合わせる顔なんてないさ」


 こっちのほうが長く生きてるってのに、問題に対してあんな答えを返すことしかできなかった。

 いや、答えることそのものを拒んだ。


「そのわりにはすっきりした顔をしているね?」


「すっきりした答えを出そうとするからすっきりしない気持ちになるんだよな。わかりやすい答えなんてないと思えば、人生そんなもんだろって気持ちになる」


 逃げたことで進むべき道がはっきりしたともいえる。

 彼らから「逃げる」選択をした以上、俺は元の世界で彼ら以上に幸せにならないといけない。

 そうでなければ彼らに顔向けできなくなる。


「あの世界はどうなるんだ? 滅びるって言うのか?」


「滅びる、というと語弊があるね。ただその先が紡がれなくなるだけさ」


「……それは滅びるのとどう違うんだ?」


「君が心配してるのは彼らのことだろう? 安心したまえ。世界が織り上がることをやめたとしても、その中にいる者たちが苦痛を味わうようなことはない。そもそも、世界が終わったことに気づくことすらない。昨日と同じように続くと思ってた明日が、あるときを限りに訪れなくなる……。ただそれだけのことなのさ」


「……人気のなくなった連載マンガがいきなり打ち切られるような感じか」


 彼らが滅びの苦痛を味わうことはないと聞いても、やるせない気持ちは変わらない。

 前途ある高校生たちの未来を奪ったようなもんだからな。


「君の気持ちはわからなくもないけどね。さっきも言った通り、あの世界は糸くずさ。君が悪いわけじゃない。君が何をしなくても、世界を世界として持続させるだけの因果的な強度がもともとなくて…………って、おや?」


 調子よく語り続けていたシュプレフニルが、目を見開いて虚空を見つめる。

 俺には何もないように見える中空を、興味深そうに覗くシュプレフニル。

 十数秒はそうしてから、


「へえ! これはおもしろい!」


 シュプレフニルが興奮した様子で俺を見る。

 飄々とした、傍観者然としたこれまでの態度が、嘘のように吹き飛んでるな。


「な、なんだよ?」


 思わず上体を引きながら言う俺に、


「――素晴らしい。君は、あの世界を塗り替えた。君という存在がもたらした因果が、あの世界に強度を与えた。ほつれかけていた世界に新たな因果が芽生えたんだ」


 俺を見るシュプレフニルの目には、賛嘆の色が浮かんでる。


「それってまさか……」


「そう。あの世界は存続する。本来存続しえなかったはずの世界が……だよ? いやはや、まさかこんなことになろうとは。本当に君は掘り出し物だ!」


 称賛の拍手でもしそうな顔で、シュプレフニルが言ってくる


「そうか……よかったよ」


 俺とは本来関係がない世界といえばそれまでだが、それでもやはり、あの世界が続くと聞いて安堵する自分がいた。

 高校生たちの青春はまだ続くのだ――これからもずっと。


「俺があの場からいなくなったことはどうなるんだ?」


「『困難から逃げる』で消えたのは、あの世界の君――君が言うところの君ダッシュに重なり合っていた君の魂だけのようだね」


「じゃあ、あの場には元の俺が残された?」


「そのとおり。くくっ、尻尾を巻いて逃げたはずなのに、結果としてハッピーエンドになるなんて。君はやっぱり最高だ」


 手放しで褒めるような口調のシュプレフニルだが……内容的には全然褒められたような気がしないな。

 俺は頬をかきながら、気になってた他のことを訊いてみる。


「特殊条件で『幻獣召喚』を手に入れろって話はどうなったんだ?」


「いや、そもそも、それはそんな話じゃなかったのさ。あの神様のお告げは、あくまでもきっかけ、道標にすぎないものだ。君があのお告げを真に受けて、無謀と紙一重のダンジョンアタックを繰り返したことが、君がここに来るに至った因果へと繋がった」


 ほのかちゃんたちを心配させた結果として、俺は固有スキル「逃げる」を取り戻し、「困難から逃げる」を見い出した。

 お告げがあそこまで具体的じゃなかったら、俺が崩壊後奥多摩湖ダンジョン攻略に乗り出すことはなかったろう。

 乗り出したとしても、五重ジョブによるレベル縛り・ソロなんてことはしなかったはずだ。

 結果、俺の発してた鬼気迫る雰囲気も弱くなり、パーティメンバーと直接対決するような事態にもならなかったんじゃないだろうか。


「……そうか。途中から思い込んでたんだな」


 俺はひとつ、勘違いをしてたことに気がついた。


 そもそも、神様のお告げは「『幻獣召喚』を手に入れろ」ではなかったんだよな。

 正確には「自分よりレベルが400以上高いダンジョンボスをソロで倒せ」だ。


 それはスキル世界で「幻獣召喚」を手に入れたときの特殊条件と同じだったわけだが、直接「『幻獣召喚』を手に入れろ」と指定されたわけじゃない。


 神様のお告げは基本的に遠回しな表現になるみたいだからな。

 珍しく具体的なお告げだと思ったが、別の意味できちんと(?)遠回しになってたってことか。


 ジョブ世界でスキル世界の特殊条件が満たせるのか?っていう疑問も、特殊条件そのものが目的じゃなかったとすれば納得だ。


 俺からの質問が途切れたところで、


「いや、見事。君は力を手に入れても、他者からの称賛を手に入れても、己を見失うことがなかった」


 シュプレフニルが改めて拍手をくれる。


「見失ってたよ。途中で気づけただけで」


「そのほうがむしろすごいんだよ。君は世界から働く強制力に抗い、元の自分を取り戻してみせた」


「その強制力とやらを働かせたのはおまえだけどな」


 釈然としないものは残るが、褒めてくれるのなら受け取っておこうか。


「さて、じゃあご褒美の時間だね」

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