148 譲れないもの(3)先読み
やられる前にやるしかないが、だからといってやりすぎるわけにもいかない。
以前、不法探索者に襲われかけてたほのかちゃんを助けたときに、不法探索者の命を奪ったことはある。
もっとも、あのときは最終的に彼らを殺したことをなかったことにできた。
その方法は……
「……くそっ、なんだよ?」
思い出せない。
すべて思い出したと思ってたが、やはり何かを忘れてる。
春原とのやりとりでも頭痛に襲われよく思い出せない部分がある。
って、今はそうじゃない。
ともあれ、スキル世界の俺は、なんらかの方法で自衛のための殺人行為をなかったことにした。
だが、最初に不法探索者たちを殺してでも止めると覚悟したのは事実である。
だから、どうしても必要な状況で、後から罪に問われるおそれがないのであれば、人を殺すことも致し方なしという覚悟はある。
スキル世界でもジョブ世界でも、その覚悟がなければ探索者になってはいけないと、Wikiにもきっちり書いてある。
でも、元の世界に戻るためとはいえ、この三人を殺せるかと言われれば話は別だ。
ほのかちゃんをこの世界で殺して元の世界に戻ったあとに、スキル世界のほのかちゃんにこれまでと同じように接せられるか?
「仲間」だった三人を殺したその手で、芹香のことを抱きしめられるか?
できるわけがない。
しかし、今の俺には彼らを殺さずに無力化する手段がある。
ちょっと長いが、現在の勇者のジョブステータスを見てみよう。
Job────────────────────
勇者 ランクA
「悪を憎むすべてのものよ、われに続け!」
~終末の世界に残されし最後の希望、あるいは虚妄の正義に駆られたただの道化~
称号職である「勇者」は、人々の希望を糧に、決してあきらめることなく悪と戦う不屈の英雄です。
卓越した剣技と超常の存在から授かった特殊な魔法であらゆる苦境を切り開く力を持っています。
しかしその真価は、あきらめることを知らない不屈の闘志と、おのが正義を貫く覚悟にこそあるといえるでしょう。
物理攻撃にも魔法にも秀でたジョブですが、器用貧乏になりやすい傾向にあります。
ステータスは全般的にかなり高い成長を見せますが、一つ一つの能力値は一芸特化のジョブには見劣りしがちです。
遠回りに見えますが、支援や回復の魔法を使い、集めた仲間に十全に力を発揮させることもまた勇者の大切な役割の一つと言えるでしょう。
◇アビリティ
【オーバーリミット】
特定のジョブのあらゆる性能を、ごくわずかな時間爆発的に高める。
【/error!アビリティ定義のフォーマットが間違っています】
◇サポートアビリティ
【/error!アビリティが習得されていません】
◇ユニークボーナス
通常の「勇者」と比べ、
・全ステータスに常軌を逸した補正がつく
・火属性の魔法に破格の適性がある
・雷属性の魔法に破格の適性がある
・風属性の魔法に常軌を逸した適性がある
・次元魔法にかなりの適性がある
・クリティカルの発生率がかなり高い
・魔法にもクリティカルヒットが発生する
・二刀流を含むあらゆる種類の剣を高度に使いこなすことができる
・あらゆる種類の武器を高度に使いこなすことができる
・装備を一瞬で切り替えることができる
・自分よりレベルが高い相手やボスモンスター、レッドネーム、自分より体格が大きい相手と戦う際に、与ダメージが飛躍的に増加する
・魔法言語への理解がそれなりに深く、魔法の威力、MP消費効率、属性の増幅幅がそれなりに高い
・魔法の詠唱速度が破格に速く、威力をかなり犠牲にすることで詠唱なしで魔法を発動することができる
・同時に複数の魔法を詠唱できるが、魔法の威力はかなり落ちる
・MPの自然回復速度が破格に速い
・破格の速度でひとりでに傷が回復する
・死亡するダメージを受けても一度だけHP1で生存することができる
・自身に迫るあらゆる危険をかなり察知することができる
・戦闘から得られる経験値、/error!/がそれなりに高く、レベルアップ時の能力値の上昇幅がわずかに大きい
・超常的な存在から授かる特殊な系統の魔法をまだ習得していない/error!ジョブ「勇者」の定義を満たしていません
・対象のHPが0となる攻撃をした場合にHPを1だけ残して「行動不能」状態にすることができる
・レベルが自分より低いモンスターをほぼ確実に追い払うことができる
・HP最大時に攻撃力がやや上昇する
傾向にあります。
◇レベルアップボーナス
「勇者」はレベルアップ時の能力値上昇に以下のボーナスが加算されます。
HP +2, MP +2, STR +2, INT +1, VIT +1, MND +1, DEX +1, AGI +1
────────────────────
ジョブ全般の説明は以前のままだ。
アビリティもエラーのままで変わってない。
一方で大きく変化したのはユニークボーナスだ。
既存のボーナスの成長に加え、新たに獲得したものもある。
といってもゼロから獲得したわけじゃない。
スキル世界で取得してたスキルのうち、まだジョブに取り込まれてなかったものが後からユニークボーナスに追加された格好だ。
具体的には、「魔法障壁」「ソリッドバリア」が次元魔法への適性に、「ノックアウト」「追い払う」「HP最大時攻撃力アップ」がそれぞれ「対象のHPが0となる攻撃をした場合にHPを1だけ残して『行動不能』状態にすることができる」「レベルが自分より低いモンスターをほぼ確実に追い払うことができる」「HP最大時に攻撃力がやや上昇する」のユニークボーナスになっている。
その中で今重要なのは、もちろん旧「ノックアウト」――「対象のHPが0となる攻撃をした場合にHPを1だけ残して『行動不能』状態にすることができる」のユニークボーナスだ。
これをすべての攻撃に乗せておけば春原たちを殺してしまうことはない。
俺を殺すわけにはいかない春原たちに比べれば、俺のほうが心理的にも戦術的にも有利だろう。
だが、数の上では3対1だ。
今の俺は希少ジョブを五重にセットしてるが、三人はそのことを承知の上で挑んできた。
対策のためか、それぞれが新たなジョブを手に入れてる。
春原は「鬼人」、ほのかちゃんは「聖乙女」、紗雪は「魔導書記」。
いずれも聞いたことのないジョブである。
しかも、ほのかちゃんの認識阻害で詳細を鑑定することも不可能だ。
こういう、何をしてくるかわからない相手にどう対応するか?
これまでの俺の経験からすると、「やられる前にやれ」である。
どんな力を持っていようと使う暇もなく倒してしまえば関係ない。
俺は、魔王の広域殲滅魔法の詠唱を開始する。
「強力な全体魔法が来ます! 春原さん、止めてください!」
俺の心を読んでほのかちゃんが叫ぶ。
「させるかよ!」
一瞬で間合いを詰めてくる春原。
が、その短剣の切っ先は、俺の残像を貫いたのみだ。
同時に俺は、ボス部屋の反対側に出現する。
魔王のユニークボーナスである「限定的なテレポートを使用できる」を使ったのだ。
スキル世界のスキル「ショートテレポート」は、
Skill──────────────────
ショートテレポート4
空間を飛び越え転移する。転移可能距離は(S.Lv×2)メートル以内。再使用には(60-S.Lv×10)秒が必要。ダンジョンの壁を通り抜けることはできない。
────────────────────
という効果になっていた。
基本的にはこのスキルがユニークボーナスに取り込まれたと思えばいいんだが、似てるようで違う部分もかなりある。
そもそも、ユニークボーナスの説明には何がどう「限定的」なのか明記されてないんだよな。
「限定的」という表現に収まる範囲でありさえすればいいらしく、距離やクールタイムに関してはかなりの融通が利く。
たとえば、距離とクールタイムの関係だ。
転移の距離を短くすれば、クールタイムを短縮することができる。
逆に、長距離の転移をすれば、クールタイムは長くなる。
前後の溜めや硬直を長くすることで、距離を伸ばしたりクールタイムを短くしたりすることもできる。
そんなもろもろの条件を許容できる上限は、魔王のランクやINTに依存するようだ。
魔王のランクがCだったときには、ほぼ「ショートテレポート」と同等の性能だった。
Sになった今では、目に見える範囲なら百メートルを超える転移も可能である。
今さっきの転移距離なら、クールタイムは五秒ほどだ。
レベル9999の斥候職である春原ならすぐに追いつける距離ではあるが、それでも俺を短剣の間合いに捉えるまでには数秒かかる。
一秒か二秒攻撃を凌げば、また転移して距離を取れる。
複雑な詠唱をしながらでも一秒二秒魔剣で攻撃を凌ぐくらいは問題ない。
俺には勇者も魔剣士もあるからな。
「くそっ! めんどくせえ真似しやがって!」
ボス部屋を端から端まで走らされた春原が、毒づきながら斬りかかってくる。
春原が両手の短剣で繰り出す連撃を数合受け止めたところで、俺は再びテレポートを使う。
春原は再び端から端までシャトルラン。
このまま時間が稼げるかと思ったが、
「――ヴォイドフレア!」
「うおっ!?」
三度目のテレポート先で、俺は虚無の炎に包まれた。
正確には、
紗雪が今放った魔法には、追加効果として対象の詠唱をキャンセルする効果がついている。
ダメージは大したことがなく、どちらかといえば追加効果が本命となる魔法だな。
しかも、この追加効果は、確率ではなく確定だ。
敵の後衛の魔法を確実に阻止できる強力な黒魔術で、「セイバー・セイバー」の活動では何度となく助けられてきた。
確率でかかる状態異常を無効化できる今の俺でも、確定で発動する追加効果は防げない。
俺の魔法を封殺するにはもってこいの魔法だな。
だが、この魔法には本来、欠点があったはずだ。
威力に比して、詠唱時間が長いのだ。
雑魚モンスターが唱える下級の魔法に間に合わないのはもちろん、中規模の魔法でも詠唱を見てから追いかけたのでは間に合わないこともある。
でも、俺が今唱えていたのは、魔王の専売特許である広域殲滅魔法「スーペリア・インフェルノ」だ。
この部屋全体を地獄の業火で埋め尽くし、即死級のダメージを与える大魔法。
当然、詠唱時間も長くなる。
魔王のユニークボーナスには詠唱速度を短くするものがあるが、それでも数十秒もの時間が必要だ。
これなら、後から追いかけての「ヴォイドフレア」が十分間に合う。
ただ、
「くそっ、テレポート先も読まれるのか」
五秒ごとに転移する俺に、発動までに時間のかかる「ヴォイドフレア」を命中させるのは難しい。
ほのかちゃんがテレパスの技能で俺の転移先を読み取り、テレパシーで紗雪に共有。
紗雪は共有された地点に「ヴォイドフレア」を撃ち込んだ。
「セイバー・セイバー」ではルーティンに近い、いつもの手だ。
だが、それだけじゃない。
俺だって、そのくらいのことは予想してる。
最初の攻防でも春原から飛び退いて距離を取った俺に、紗雪が魔法を先読みで当ててきたからな。
しかし、魔法の発動先を、発動の直前で変更するのは難しい。
転移先を先読みできたとしても、俺が実際に転移するまでのあいだに発動地点の変更が間に合うかどうか。
俺はできないと読んだが、彼女たちはやってきた。
レベルが上がったからか?
それとも、ほのかちゃんや紗雪が手に入れた新たなジョブのアビリティか?
……いや、違うな。
今、紗雪の魔法は、俺が転移した直後に命中した。
もっと正確には、転移の直前に、転移先に既に「設置」されていた。
転移する瞬間に俺の心を読んだとしても、あのタイミングでの設置はできないはずだ。
紗雪は、俺が転移先を決める
矛盾してるようだが、そうとしか思えない。
まさか――
俺の身体がぞくりと震えた。
ほのかちゃんは、俺の
本人である俺ですらその時点ではまだ明確に意識してなかったはずの転移先を、な。
「マジかよ」
そんなことができるなら、魔王の広域殲滅魔法の詠唱を最後まで通すことは不可能だ。
それどころか、転移のたびに転移先に魔法をあらかじめ設置されることを覚悟しておく必要がある。
となると、封じられたのは広域殲滅魔法だけじゃない。
テレポートそのものも封じられた。
紗雪が魔法を詠唱してるときにテレポートを使えば、転移先で魔法を喰らうのは確実だ。
飛んでくる魔法や発動しかけの魔法を潰す手段ならある。
だが、既に発動してる魔法の中に飛び込んでしまえば、ダメージなしで切り抜ける方法はない。
……紗雪の魔法を見てからテレポートで回避する手はあるが……。
逆に言えば、紗雪が魔法を使った直後でなければテレポートは使えないということだ。
「これでおまえの魔王は封じたぜ!」
「……そうだな」
双魔剣で春原の猛攻を凌ぎながら、俺は彼らの本気を認めるのだった。
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