147 譲れないもの(2)やられる前に
見えないほどの速さで振るわれた春原の短剣を、俺は魔剣で受け止める。
「おらおらおらおらぁぁぁっ!」
春原が両手の短剣でラッシュをかける。
その連撃は速く――そして重い。
斥候職のマスターシーフや博徒ではありえない攻撃力だ。
鬼人という未知のジョブの効果だろうか。
「ぐっ……!?」
俺の今のメインジョブは勇者だ。
近接戦では大幅に有利――なはずだ。
それでも、魔剣一本では
俺の知る春原では考えられない猛烈なラッシュだ。
俺は魔剣ストームコーラーを右手に、魔剣シャドースレイヤーを左手に装備する。
勇者と簒奪者には「装備を一瞬で切り替えることができる」、魔剣士には「二刀流を含むあらゆる種類の剣を達人並みに使いこなすことができる」のユニークボーナスがある。
装備変更は一瞬。
魔剣の二刀流にも問題はない。
「どうしたっ! おまえの覚悟はその程度かっ!」
「……まさか。驚いただけだ」
普段の性格からすると意外だが、春原は本来技巧派だ。
パワーよりはスピードとテクニック。
相手の裏をかくことを得意としてる。
その戦い方が博徒やマスターシーフというジョブにも合っている。
そんな春原を見慣れてたせいで、今の猛攻には意表を突かれた。
だが、それでもやはり、春原の実戦経験のベースは斥候職だ。
鬼人の技能は未知数だが、もともと魔剣士として前衛だった俺のほうが実戦経験の面では勝ってる。
おまけに、今の俺は勇者。
勇者だけはランクがAに留まってるが、それでも近接戦能力は既に高い水準にある。
特化したジョブに比べると個々の能力で劣る面もあるが、逆に言えばこれといった弱点がないともいえる。
ピーキーな魔剣士とはちがってオールランダー志向なんだよな。
さらにはランクSである魔剣士や簒奪者からもシナジーが利いている。
【戦略的曖昧性】がある分、セカンド以下のジョブの性能を引き出す力も、春原より高いはずだ。
春原の猛攻を双魔剣で凌ぎ、俺はじわじわと春原を押し返す。
「ちくしょう! 押し切れねえ!」
と焦れたように春原が叫ぶ。
だが、今の状態には問題もある。
絶え間ない春原のラッシュを双剣で凌ぎながらでは、剣→魔法→剣のチェインは狙えない。
【ロンド・オブ・マジックソード】による爆発的な攻撃力アップは望めないということだ。
もちろん、これは春原の狙い通りなんだろう。
俺’の相棒を自認する春原は、魔剣士の戦い方を熟知してる。
何をやられたらいちばん嫌かってことも含めてな。
「はあっ!」
短剣の間合いに持ち込もうとする春原を、力づくで押しのける。
双魔剣でX字に斬りつけた斬撃を、春原は左右の短剣で受けながら後ろに跳ぶことで威力を削ぐ。
「ちぃっ、チェインしてなくてこの威力かよ!? さすがは勇者様ってか!?」
毒づく春原に、
「援護します!」
ほのかちゃんの言葉と同時に、俺の視界が闇に閉ざされた。
「暗闇」の状態異常か!?
と思ったが、そのはずはない。
魔王には「あらゆる状態異常にかなりの耐性がある」のユニークボーナスがある。
前より程度表現が成長して確率も上がってる。
今の俺には状態異常はかなり通りにくくなってるはずだ。
さらには、スキル世界で取得した「確率効果無効」のスキルが魔王のユニークボーナスに変換され、「確率によって不利益を被るあらゆる効果を無効化する」というかなり強力なボーナスになっている。
「暗闇」を
じゃあ、これは何だ?
「暗闇」じゃない。
事実、視界が暗くなったわけじゃない。
見えてるはずなのに、見えない。
そうか、テレパスの認識阻害。
あれを応用して目が見えないと錯覚させたのか!
「ちっ!」
迫る白刃を魔剣で弾き、俺は強引に距離を取る。
なんで見えないはずの攻撃を防げたかって?
簒奪者の危険を察知する技能のおかげだな。
俺は、バックステップで浮いた身体を、魔王の飛行魔法で後ろに加速。
春原との間合いをリセットする。
――が。
「……そこです。エンブレイシング・ナイトメア!」
俺がまだ着地していない地点に、闇色の亡者の群れが現れた。
俺は渦を巻く亡者の群れに背中側から突っ込んでしまう。
「くそっ!」
魔剣シャドースレイヤーで回転斬りを放って渦を脱する。
今のは、黒魔術師である紗雪の得意魔法だ。
具現化した闇によって生者の精神を蝕み、判断能力を阻害する。
しかも、「気絶」「恐怖」「混乱」「沈黙」「昏睡」など精神に作用する複数の状態異常をランダムに付与し、付与した状態異常が3つを超えると「即死」効果まで発生する。
この魔法が便利なのは、即死カウントの対象となる状態異常が、この魔法で発生したものでなくてもいいという点だ。
魔剣士には状態異常を付与できる攻撃がいくつもあるからな。
マスターシーフも毒や麻痺を付与する攻撃があり、テレパスにも精神系の状態異常を起こす技能がある。
パーティで波状攻撃をかけることでさらに凶悪になる魔法なのだ。
まさか、そんなヤバい魔法を躊躇なく撃ってくるとは思わなかった。
俺には赤ずきんがドロップした「聖者のケープ」があるから「即死」の心配はいらないが……
「おい、正気か!? 俺が即死したらどうする!?」
「このダンジョンは即死攻撃持ちモンスターのオンパレードでした。即死耐性アクセサリは必須でしょう」
表情を変えることなく紗雪が言う。
「も、もし装備してなかったら……」
「手加減のできる相手とは思えません。殺すつもりでかかってようやく勝ち筋が見えるかどうか……。過大評価では、ありませんよね?」
底冷えのする口調で言われ、俺は返す言葉を失った。
そう。
問題はそれだ。
三人は俺を殺せない。
俺を殺せば俺’も同時に死ぬだろう。
三人の目的が俺’を取り戻すことにある以上、俺(の肉体)を殺すわけにはいかないのだ。
だから、封印という手段を取ってきた。
再び使ってこないところを見ると、床の魔法陣は連発できないものなのか。
だが、光が消えた後も床の魔法陣は消えていない。
おそらくはなんらかのチャージが終了すれば再び使えるようになるんだろう。
少なくともそう思っておくべきだ。
この封印がどういった原理に基づくものかは不明だが、【無敵結界β】で防げることはわかってる。
ただし、【無敵結界β】は確率でフリーズすることがある。
以前は「頻繁に」だったフリーズ確率の程度表現は、ひとつ成長して現在は「まれに」になっている。
だが、それでもフリーズの確率は低くない。
好不調の波にもよるが、「まれに」なら10~20%程度のはずだ。
今の俺が好調か不調かと言われたら、間違いなく不調だろう。
五回に一回……へたをすると四回に一回くらいの確率でフリーズしかねない。
最初の封印を防げたのは単に運が良かっただけだ。
となると、やられる前にやるしかない。
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