146 譲れないもの(1)封印

 俺を包むように魔法陣が広がった。


 まばゆい光に呑まれ、俺の姿が春原たちから見えなくなる。


「……やったか?」


 と春原がつぶやく。

 オタクカルチャーに縁のない春原にそれはフラグだと言ってもしかたないだろう。

 紗雪は何か言いたそうにしてるけどな。


「いえ、まだです!」


 ほのかちゃんが声を上げる。


 光が消え、俺と三人、双方の視界が回復する。


 俺は淡い紫色の結界の中にいる。


 魔王のアビリティ、【無敵結界β】だ。



Job──────────────────

【無敵結界β】

物理、魔法を問わずあらゆる攻撃を防ぐ結界を展開する。結界の展開には常軌を逸したMPを消費する。結界の大きさ・形状はかなり柔軟に変化させることができる。

未だ不完全な結界であるため、まれに意図せぬフリーズが発生する。フリーズした結界はある程度の威力の攻撃を受けると破壊され、使用者の精神に打撃を与える(MNDがそれなりの時間0になる)。

────────────────────



「ちっ、【無敵結界】ってやつか」


 と舌打ちする春原。


 ……俺のアビリティの情報が漏れてるな。


 となると、俺のジョブ構成は丸裸になってると思うべきか。

 神様は完全に向こうの味方らしい。

 そりゃ、この世界の神様なんだから当然か。


 俺は目を細めて三人を見る。



『春原月兎 レベル9999 鬼人/博徒/マスターシーフ』

『篠崎ほのか レベル9999 テレパス/聖乙女』

『夏目紗雪 レベル9999 黒魔術師/魔導書記』



 三人の頭上に簡易表示の鑑定結果が現れた。


 ……ヤバすぎんだろ。


 この短期間で三人全員がレベルを9999まで上げている。

 レベルを9999で止めたのは、俺が持つ勇者のユニークボーナス「自分よりレベルが高い相手やボスモンスター、レッドネーム、自分より体格が大きい相手と戦う際に、与ダメージが飛躍的に増加する」への対策か。


 しかも、見たこともない新たなジョブまでセットしてる。

 ほのかちゃんと紗雪はセカンドジョブとしてそれぞれ聖乙女、魔導書記という未発見のジョブをセット。

 春原に至っては鬼人なる未知のジョブをメインに据えた状態だ。


 名前を聞いたことすらないジョブでは、その戦い方も技能もアビリティもわからない。

 同じジョブでもアビリティやユニークボーナスには個人差があるが、既知のジョブであれば戦い方や技能の予測はつく。

 だが、完全に初見のジョブとなると話が別だ。

 アビリティがわからないのはもちろんのこと、そのジョブに共通の技能やそれに適した戦い方の定跡なんかもわからない。


 俺は簒奪者の技能で三人のステータスを掘り下げようとするが、


「……させません!」


 ほのかちゃんの声と同時に、俺の目の焦点が大きくぶれた。

 簡易表示のウインドウもかき消される。


 テレパスの認識阻害だろう。

 無敵結界でも防げなかったのはテレパスの技能が物理的な距離に関係なく作用するからか。

 意識が乱れたせいでその無敵結界も切れてしまう。


 テレパスの技能による精神干渉は強力だが、心のつながりのない相手には効きにくい。

 だから、敵に精神干渉をかけるためにはまず相手の抵抗力を削ぐ必要がある。

 相手をある程度揺さぶってからじゃないと効かないってことだ。

 「セイバー・セイバー」のばあいには紗雪の黒魔術師の技能で相手の呪的な抵抗力を下げるという裏技もあるんだけどな。


 俺のMNDは高いから、今の状態でテレパスの認識阻害がすぐに通ることはなかったはずだ。

 だが、俺とほのかちゃんはパーティメンバー。

 仲間としての絆で結ばれ、心の通じ合った関係だ。

 この世界の俺じゃないほうの俺としても、ほのかちゃんに隔意があるわけじゃない。

 恋人ではないにせよ、保護すべき対象、守るべき年下の女の子という認識だ。

 間違っても、ほのかちゃんを敵とみなすような意識はない。

 結果、ほのかちゃんとの心理的な距離が近いことで、テレパスの技能が通りやすくなってしまってる。


 ……もちろん、それをわかった上でこれをしかけてきたんだろう。


 これで、簒奪者の鑑定技能は封じられた。

 俺には三人の新たなジョブの詳細がわからない。

 聞き慣れないジョブがどんなジョブで、どんなアビリティを持ってるかもわからないってことだ。


 俺の情報は向こうに筒抜け。

 あっちの情報は一切わからない。

 レベルでも追いつかれ、数の上では3対1。

 しかも、不意を打たれた俺に対し、向こうは万全の状態でこの戦いに望んでる。


 ……これ、本来のボスよりずっとキツいんじゃないか?


「俺を……封印するつもりか」


 俺が訊くと、


「ごめんなさい。赦してほしいとは言いません」


 ほのかちゃんが静かに言った。

 その口調に迷いはない。

 悩んだ末に、覚悟を決めてここに来たというわけか。


 俺は小さくため息をつく。


「……自業自得か」


 三人が俺――ジョブ世界の俺ではなく、スキル世界から来た俺のことまで気にかけてくれてたのに対し、俺は彼らのことをどう考えていたか?

 ほとんど何も考えちゃいなかった。

 元の世界に戻ることばかり考えて、俺’を失うことになるかもしれない彼らの気持ちを正面から考えることを避けていた。

 人生経験ならこちらが上と思ってたが、蓋を開けてみればこの有様だ。


 俺は、彼らの絆を舐めていた。

 ほのかちゃんは、俺の異常に気づいたのは五月の通学途中のことだと言った。

 話からして、俺がこの世界で記憶を取り戻した当日だ。

 ……いや、正確には、その日の授業中に保健室で紗雪の顔を見たのがきっかけで思い出したんだったな。

 つまり、ほのかちゃんは俺が記憶を取り戻す前に・・、すでに俺の異常に気づいてたってことになる。


 さすがはテレパス――いや、彼女だからか?


 元の世界では望むべくもなかった本物の絆を前に、たじろがなかったと言えば嘘になる。

 それでも、


「……悪いけど、俺にも譲れないものがある」


 どんなにダサかろうが格好悪かろうが、俺は元の世界に戻ると決めている。


 俺と芹香の絆だって本物だ。

 彼らほど輝かしい絆ではないかもしれない。

 曲がりくねった道を何度も転びながら辿ってきたかもしれない。

 それでも、ようやく見つけたものなんだ。


 それに――たとえ後ろ指をさされ馬鹿にされようと、開き直ったり居直ったりできるだけの図太さが、恥知らずさが、彼らより無駄に歳だけ食った俺にはある。

 どんなにダサかったとしても、俺のこれまでの人生よりダサいことはないだろうからな。


「へっ、最近じゃマシなほうの顔をしてるじゃねえか。そんなに未練があるのかよ、元の世界とやらに」


 春原は左右の手で一振ずつの短剣を抜いた。

 片方は愛用のものだが、もう片方に見覚えはない。

 指先でくるりと刃を回し、両方の短剣を逆手に握る。

 ……この構えにも見覚えがない。


「いいぜ。決めようじゃねえか。スキル世界のおまえの想いと、俺たちの想い――どっちのほうが強いかをな!」


 叫び、春原が突っ込んでくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る