145 二人の悠人

「……ここにいたボスはどうした? そもそも、どうやってここに来た? 神様のお節介か?」


 露骨に話をそらした俺に、紗雪が答える。


「私たちは、あなたが来る前にこの崩壊後奥多摩湖ダンジョンを踏破しています」


「なっ……!?」


 嘘だろ?

 俺があらゆるチートな手を尽くしてようやくここまで漕ぎ着けたダンジョンなんだぞ?

 いや、それ以前に、世界全体で見てもSランクダンジョンを完全踏破した探索者は(公表されてる限りでは)いないはずだ。


「ほんの数日前のことですけどね。それに、旅館からここまで転移したのは神様のズルです」


 紗雪の言葉に神様を見ると、


「ズルはズルじゃが、踏破済みのダンジョンじゃからの。おぬしだって【ダンジョントラベル】を使っておる。此奴らを転移させてもおぬしから見てズルとは云えまい? 入口からここまでは隠しポータルを使っておるしの」


「俺より早く踏破したってのか!? このダンジョンを!?」


 驚く俺に、


「悠人、おまえ勘違いしてねえか? 自分だけが特別だと」


 春原が俺を険しく睨んでそう言った。


「本来のおまえならわかってたはずだ。たしかに、おまえは特別だ。だが、おまえだけ・・が特別なんじゃない。俺たち全員が……『セイバー・セイバー』が特別なんだ」


「それは……」


「ちょっとばかし異世界の力があろうが、おまえは所詮一人だろ。俺たちは――『セイバー・セイバー』は、世界最高のチームなんだ。はっ、Sランクダンジョン? そのくらい余裕なんだよ……おまえ一人欠けたってな」


 春原が挑発するように言ってくる。


「いえ、さすがにそれは言い過ぎではないかと。神様の用意した修行用ダンジョンがなければ一層すら踏破できないところでした」


 紗雪がそう補足する。


「修行用ダンジョンだって?」


 俺がスキル世界で奥多摩湖ダンジョンの崩壊を止めた後、神様が俺専用の修行用ダンジョンを作ってくれるって話があった。

 あっちの世界の神様にできたことなら、こっちの世界の神様にもできるってことなんだろう。

 こっちの世界の俺’がダンジョン崩壊を止めた際にも大量の空隙ブランクがこの世界に流れ込んだらしい。

 その扱いは保留になって、神様が保管しといてくれるって話になってたみたいだな。

 その空隙ブランクを使って神様に修行用ダンジョンを作ってもらったってわけか。


「すまんの。おぬしから伝え聞いたスキル世界の我のアイデアを拝借させてもらったのじゃ」


「どうしてそんなことまで……」


 俺は完全に、神様は俺の味方をしてくれてるものだと思いこんでいた。

 だが、俺のジョブチェンジを手伝う裏で、神様は「セイバー・セイバー」の三人にもかなりの便宜を図ってたことになる。

 裏切られたとまではいわないが、なぜ俺に隠してたのか?


「……おぬしがあまりに危うく思えたからじゃ」


 神様がおかっぱ頭を横に振る。


「この世界の蔵式悠人は、固い絆で結ばれた仲間たちとともに世に平穏をもたらす好ましい少年じゃ。この狂った現代において、そのような素質の持ち主は貴重なのじゃ。いや、それを抜きにしても、昨日までの友を遠ざけ、無謀と紙一重のダンジョン攻略を繰り返すおぬしの鬼気に、我はいたたまれぬ想いを抱いたのじゃ」


 神様は悲しげにそう語る。


 ……反論のしようがなかった。

 実際、傍目にはそう映っただろう。

 とくに、俺が本当の顔を見せてた神様の立場ならなおさらだ。


「おぬしは酷く寂しげで、孤独で、辛そうなのじゃ。向こうの世界のおぬしにどのような痛ましい過去があったかは我も知らぬ。おぬしは、深刻な挫折をかろうじて乗り越え、ようやく掴んだ一縷の希望を奪われた――じゃから、おぬしは死に物狂いでダンジョンに潜っておるのじゃろう。まるで、その希望以外の可能性は認めぬ、そんなことをするくらいなら死んだほうがマシだ……そう思い詰めておるように見えたのじゃ。それが探索者として非常に危うい態度であることは、おぬしにもとっくに判っておろう」


「そ、それは……」


「俺たちはな、悠人。待ったんだ・・・・・。今のおまえが別人格であろうと、魂が同じだってんなら、おまえを悠人として受け入れることもできるんじゃないか――そんなふうに思ってな。だが……」


 春原が顔をしかめる。


「……おまえはなんも話しちゃくれなかった。頼ろうとしてくれなかった。元の世界に戻った後、俺たちの悠人がどうなるか……そいつを考えることからも『  』てるように見えた。俺たちからも、現実からも『  』て……そんなのは俺の認めたおまえじゃねえ!」


「ぐ……」


 頭痛と、頭痛。

 何より、春原の激怒が俺の心を揺さぶった。


「私は……今でも受け入れられるかもしれないと思っています。今の悠人先輩は、元の悠人先輩とたしかによく似ていると思いました。これが魂が同じだと神様が言った意味なのかと。表面的な部分はかなり違いますけど、それでもやはり、あなたは悠人先輩なんだと納得しています。本質的な部分が同じなんです」


 と言ったのは紗雪だ。

 そういえば――ビーチでも言ってたな。

 俺が紗雪を助けられなかったとしても、助けようとした俺のことを尊敬すると。

 スキル世界で起きたことを思うとどこか信じきれずにいたのだが……。


「紗雪の言ってることは、俺にはよくわかんねえよ。今の悠人と元の悠人は、もう別人としか思えねえ。歩んできた人生がちょっと違ったくらいでこんなに変わるなんて信じられるかよ。俺たちの悠人が、そんな簡単に折れちまうはずねえだろ……!」


 吐き捨てるように言った春原に続き、ほのかちゃんが口を開く。


「私は……迷いました。魂が同じという意味はわかるつもりです。ああ、この人もやっぱり悠人さんなんだな……と、思う瞬間が何度もありましたから。でも……ごめんなさい。私は……私は……っ!」


 ほのかちゃんの目に涙が浮かぶ。


「信じたく、なかったです。知りたくなんてなかった。私と悠人さんは運命で結ばれた恋人同士だって思い込んでいたかった……。でも、そうじゃないんですね。あなたの心には、別の女性がいるんです」


「それ、は……」


「最初は思いました。無理もないことだって。人と人の出会いなんてちょっとした偶然で変わります。悠人さんの隣に別の女性がいる世界だってありえるんだって。だから、これは私の単なる嫉妬、単なる独占欲で……。今の悠人さんの幸せを考えるなら、あなたの心にいない私があなたを束縛するべきじゃないって……頭では、わかってるんですっ。でも、でも……っ!」


 肩を上下させ、涙を流すほのかちゃん。

 その肩を紗雪が優しく撫でている。

 紗雪は悲しみに堪えるような目でほのかちゃんを見、春原は非難を込めた目で俺を睨む。


「だから――これは私のわがままです。あなたに恨まれてもしかたないと思います。それでも……あなたに譲れないものがあるように、私にだって、どうしても譲れない想いがあるんですっ!」


 涙を振り払って、ほのかちゃんが俺を見た。


 いや、睨んだ。



「ごめんなさい、別の世界から来た悠人さん。私は……あなたを封印し、元の悠人さんに戻ってもらいますっ!」



 その言葉の直後、ボス部屋の床に、巨大な光の魔法陣が現れた。

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