144 そんなこと、とっくに
崩壊後奥多摩湖ダンジョン、第四層。
その最奥にあるダンジョンボス部屋の前の安全地帯にたどり着く。
「ようやくか……」
いつもの古ぼけた女神像を見つけて小さく息をつく俺。
安全地帯には途中脱出用ポータルの他に、壁が透けて見える半透明の隠しポータルの出口がある。
俺はダンジョンマスターのユニークボーナスのおかげで見えるが、普通の探索者には見えないはずだ。
「ボス前からやり直せるってことか」
俺にとっては有り難い。
でも、それだけ強力なボスがいるってことだよな。
そんなことを思った直後、
「……ん?」
俺は遅ればせながら異常に気づいた。
それは、
「……ボス部屋の扉が開いてる……?」
ボス部屋に続く巨大な金属の扉が、人が通れる分だけ開いている。
「先客がいるっていうのか? そんな馬鹿な……」
ダンジョン崩壊が起きたこのダンジョンは、高ランク探索者からも敬遠されてると聞いている。
どんな危険が潜んでるかわからないからだ。
事実、俺がここに来るまでに他の探索者の気配を感じたことはない。
簒奪者としての技能で気配に気づくこともなかったし、ダンジョンマスターとしての技能でダンジョン内の他の探索者を探知したこともない。
もちろん、俺とはたまたま行き違っただけの可能性もあるが……
「だとしたらかなりの偶然だぞ?」
時期にもよるが、俺はほとんど毎日のようにこのダンジョンに潜ってる。
三ヶ月以上に及ぶ探索のあいだずっと行き違うとは考えにくい。
広いダンジョンではあるが、ダンジョンマスターの技能のおかげで、俺は自分がいる階層については相当な範囲を直感的に把握することができるのだ。
……今の俺でも気づけないような手練れ?
そんなのがいるのか?
まあ、それくらいの実力がなければここまで来られないかもしれないが……。
「他の探索者か……」
ダンジョン内で他の探索者に出会うということに、スキル世界の俺にはろくでもない記憶しかない。
この世界の俺はそうでもないみたいだが、ほのかちゃんを不法探索者から助けたことは共通してる。
用心するのはジョブ世界の俺の経験に照らしても必要なことだ。
俺は奥の気配を探りながら、慎重に開いた扉へと近づいていく。
その途中で、扉の奥から声が響いた。
その声に、俺はぎくりと身をすくませた。
なぜって?
それは……
「――入ってこいよ、悠人」
どこかけだるげに響く声は、スキル世界の俺にとってもいい加減聞き慣れてきたものだった。
この世界の俺にとっては言うまでもない。
「まさか……」
俺は扉をくぐり、その奥にあったいくつかの人影を見て絶句する。
「遅かったですね、悠人さん」
金髪碧眼の、小柄なハーフエルフの美少女が寂しげに笑い、
「こんなところで何をやってるんですか、悠人先輩?」
墨を流したような黒髪の文芸少女が、日本人形のようなまなざしを向けてくる。
「な、なんでおまえらがここに……?」
思わず聞き返す俺に、
「それはこちらの台詞ですよ。私たちの大切な夏の旅行の最中に、こんなところで先輩は何をやってるんです?」
「そ、れは……」
返答に詰まり、俺は改めてその場にいるメンバーに目を向ける。
もう言うまでもないよな。
人影のうちの三つは、春原、ほのかちゃん、紗雪の三人だ。
だが、もう一人の人物は若干意外だ。
正確には一人ではなく一柱か。
三人の少し後ろに、狐耳銀髪和服の童女が気まずそうに立っている。
「……神様がしゃべったのか」
俺が神様に非難の視線を向けると、
「神様は悪くねえよ。俺たちが聞き出したんだ」
春原が肩をすくめてそう言った。
「……いつ?」
「最初に気づいたのは五月です。通学途中のバスで、悠人さんの様子がおかしかったので。しばらく様子を見ていたのですが……」
……完全に最初からじゃないか。
「ほのかちゃんは『話してくれるまで待とう』って言ってたんだぜ? でも、いつまで立っても話すそぶりもみせねえし、土日もこそこそどっかに行ってるみてえだしよ」
「……それだけじゃ神様にはたどり着かないだろ」
「忘れたのか? おまえが放課後に神社に行きたいって言い出して、俺が付き合ったことがあったろ。あのときは聞かないことにしたけどよ」
ああ、そうだった。
俺が神様に会いに行ったことを春原は知っている。
「済まぬ。口外すまいとはしたのじゃが……」
「ほのかちゃんはテレパスですからね。神様は嘘がつけない性格ですし。誘導尋問は簡単でした」
さらりと紗雪が言ってくる。
「ま、肝心なことまでは聞けてねーんだけどな。でも、悠人。今のおまえが、元のおまえじゃないらしいってことはわかってる。スキル世界とやらから来た別の悠人が乗り移ってるんだって?」
「……ほとんど全部聞いてるじゃねえか」
「プライバシーに関わるようなことは神様も口を割らなかったよ」
「どうして今まで知らないふりをしてたんだ?」
俺が訊くと、
「私は……いつか話してくれるのではないかと思って。別人格とはいえ、魂はまちがいなく同じだと、神様はおっしゃっていました。悠人さんなら、自分ひとりで抱え込んだりはせず、問題を仲間に打ち明けてくれるのではないかと思ったんです」
「……そうか」
俺はほのかちゃんの期待を裏切ってしまったことになる。
たしかに、この世界の俺’ならそうしたんだろう。
だが、あいにくと俺はスキル世界から来た元ひきこもりのソロ専探索者だからな。
自分の問題を信頼してる仲間に打ち明ける、なんて選択肢は、頭の片隅にも浮かばなかった。
「そのわりには……なんていうか、アピールが激しかった気もするけど」
「そ、その……ごめんなさい。不安だったんです……もう一人の悠人さんが、私のことをどう思っているのかが。気持ちを試すような真似をしてすみませんでした」
「いや……」
ほのかちゃんがそんなに不安になってたなんて、俺は思ってもみなかった。
自分のことで精一杯だった。
……いや、違うな。
ほのかちゃんと恋人関係にあるという厄介な現実から「 」てただけ――
「……ぐっ」
脳裏にずきりと走った痛みに顔をしかめる。
「悠人さん?」
「あ、ああ。なんでもない」
と首を振る俺に、
「……やっぱり、話してはくれないんですね」
ほのかちゃんが悲しげにつぶやいた。
「わかってるんです。私はテレパスですから。今の悠人さんの気持ちは、私にはない――そうですよね?」
確信のこもったほのかちゃんの言葉に、俺は言葉を詰まらせる。
だが、この場面でのこの反応は、イエスと言ったも同じことだ。
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