143 最奥

わりぃ、悠人。俺、今から出てくるわ」


 俺たちが旅館に取った部屋は男女別だ。

 ほのかちゃんが俺と同室にしたいと言い出す一幕もあったが、そうなると春原と紗雪はどうするんだって話になるからな。

 高校生らしく健全に、男組と女組に分かれたわけだ。

 ホテルだったらそれぞれ個室を取る手もあっただろうが、この旅館はシングルでは部屋が取れないんだよな。


「こんな時間にか?」


「へへっ。昼間出会ったお姉様から連絡があってよ。一緒に花火をしようってな」


「へぇ~?」


 にやにやと笑って言う俺に、


「もし朝帰りになったら、ほのかちゃんたちにはごまかしといてくれよな」


「わかった。はるかさんには言っておく」


「ヤメロ! くりかえす、ヤメロ!」


 そんなやりとりを経て、春原は男部屋を出て行った。

 こんな時間に男子高校生を呼び出すなんて大丈夫か? と思わなくもないが……もしトラブルに巻き込まれたとしても、今の春原をどうこうできるやつなんてそうはいない。

 それならあとは自由恋愛の範疇だ。

 「成人女性が男子高校生とそういうことをしたら法律に引っかかるんじゃないか」なんて正論を言うのは野暮ってもんだろう。

 個人的には、「期待して行ったら普通に健全な花火大会でした」というオチを期待してる。


「ほのかちゃんたちはもう寝るって言ってたな」


 日中慣れない海水浴をした二人は見るからに眠そうだった。

 とくに一人でもずっと泳いでたほのかちゃんはな。


「……俺一人か」


 俺は部屋の窓から外を見る。

 旅館は小高い斜面の途中にあり、なだらかに下る森の奥に夜の海を見ることができた。


「そういや、あそこにダンジョンがあったな」


 海から突き出た奇岩に最下級のダンジョンがあった。

 今の俺が一直線に攻略すれば、すぐに踏破できるだろう。

 一度踏破すれば、その入口ポータルから【ダンジョントラベル】で崩壊後奥多摩湖ダンジョンに転移できる。


「芹香……」


 ぽつりと、その名前が口からこぼれた。

 彼女であるほのかちゃんのかわいさは言うまでもないが、ビーチでは紗雪までもが意味深なことを言い出した。

 そして、そんな紗雪にも魅力を感じ始めてる自分がいる。

 スキル世界では彼女に自殺され、遺書でなじられたことがトラウマになってたっていうのにな。


「やっぱり、この世界は俺にとって都合のいい幻想なんじゃ……」


 俺にとって都合がいいだけじゃない。

 俺の父親は北米の子会社に栄転だし、紗雪は文学賞を受賞した。

 父親の出世はダンジョン景気のおかげとしても、紗雪の受賞はダンジョンとは関係ないはずだ。

 紗雪の才能を疑うわけじゃないが、とてつもなく狭い門だってことは間違いない。


 スキル世界では守りきれず死なせてしまった紗雪に、幻想の中で栄誉を与える。

 砂浜であんな告白もどきの真似までさせて……そうまでして俺は、自分の過去の失敗をなかったことにしたいのか?

 罪悪感から解き放たれるために、幻想の紗雪にあんなことを言わせたのか?

 だとしたらやはりこの世界は――


「……いや、そんなことはない……はずだ」


 この数ヶ月の経験で、この世界が最初に思ったほどいびつじゃないってことはわかってる。

 この世界はこの世界で、世界として自然に成り立ってる。

 ダンジョンなんてものがあるのはおかしいと思うが、それはスキル世界でも同じことだ。

 世界として自然か、現実としてリアリティがあるかってことなら、スキル世界とジョブ世界は五分五分だ。

 むしろ、この世界で歪なのは、スキル世界から来た俺という存在のほうだろう。


「俺は異物か」


 この夏の思い出を経て、俺たち四人の絆はさらに深いものになるだろう。


 その絆は、俺をこの世界に、これまで以上に縛り付ける。


 二泊三日の旅行の中で、ほのかちゃんとの距離だって縮まるはずだ。


「潮時……だよな」


 昼にバナナボートに乗ってるときに、ふと思いついてしまったことがある。

 この思いつきが事実なら、煮詰まっていた四層の攻略が一気に進む。

 さすがに一晩のうちに踏破するのは無理かもしれないが、この思いつきが正しいかどうかだけでも試したい。

 何より、本来ここにいるべきでない俺が、高校生たちの夏の旅行に紛れ込んでるのもいたたまれない。


「……少しだけだ」


 一、二時間くらいならいいだろう。

 俺はこっそりと旅館を抜け出した。





    †


 奇岩のダンジョンを三十分で踏破し、俺は崩壊後奥多摩湖ダンジョン第四層にやってきた。

 リゾート気分を頭から締め出し、アイテムボックスから取り出したチャートを確認する。


「やっぱりか」


 必要以上に複雑なチャートだとは思ってたが、なぜそうなるのかは不思議だった。

 Sランクダンジョンの最終フロアならそんなもんだろう――

 そう言わればそんな気もしてしまうが、それでも違和感は残ってた。


 基本的に、ダンジョンは攻略できるように作られている。


 これは、探索者やダンジョン研究者のあいだでは広く受け入れられてる原則だ。

 研究者のあいだでは「攻略可能性の原則」などと言われるらしい。


 極端な話、ダンジョンを攻略させたくないのであれば、通路を行き止まりにしてしまえばいいだけだ。


 しかし、そういった意味で物理的に攻略不可能なダンジョンは見つかってない。

 道中のモンスターが凶悪だとか、罠が多いだとか、ギミックが複雑だとかいったダンジョンは存在するが、それにも一定の節度のようなものがある。


 そんなダンジョンの相場観に対し、この第四層は複雑すぎる。

 人間の頭で整理できるようにできてない――

 そんな気すらするほどだ。


 だが、チャートに記したオケアノスの巡回ルートを考えると……


「浮かべ」


 俺は魔王の技能で浮遊魔法を発動、気配を殺したままオケアノスの巨大な頭の上に着地する。


 いくら今の俺でも、この状態で暴れられればしゃれにならないことになる。


 だが、オケアノスは暴れない。

 というか、俺が頭に乗ったことに気づいてない。

 身体が大きすぎるがゆえに、俺くらいの重みが加わったところで気づかないのだろう。


 あるいは――そのために・・・・・鈍感に設定されてるのか。


 ここまで話せばもうおわかりだろう。

 この四層のギミックは、跳ね橋や水位の上げ下げだけじゃない。

 オケアノスの頭上に乗って水路を進む――

 その前提で水路が設計されてるということだ。


 水位の上げ下げや跳ね橋の操作も、オケアノスが通れる水位と幅を確保するためのギミックなのだ。

 その肝心の前提であるオケアノスの存在を見過ごしてたんだから、水位操作、跳ね橋操作が複雑になるのも当然だよな。


 じゃあ、なんでその可能性を見逃してたのかって?


「なまじ強くなっただけにオケアノスをなんとか倒せてしまうのが祟ったな……」


 常識的に考えて、道中のモンスターがフロアボス並みに強いのはおかしいのだ。

 その時点で、オケアノスは倒すことを想定されてないと気づくべきだったんだ。

 今の俺だからこそ戦えてしまうが、普通は水中を回遊する巨大モンスターと戦うのはSランク探索者であってもとてつもなく困難なはずだからな。


 気づいてしまえばなんでもないことだった。


「……まあ、勇者の熟練度稼ぎになったと思うしかないか」


 それでも、早く気づいていれば旅行の前にすべてが片付いていたかもしれないのに、と思わずにはいられない。


 今の俺のジョブ構成は、「勇者/魔王/魔剣士/簒奪者/ダンジョンマスター」。

 ジョブランクも、勇者がBである以外はすべてSだ。

 道中のモンスターは俺より高レベルだが、今の俺の敵ではない。

 勇者の剣技と魔王の魔法を、魔剣士の【ロンド・オブ・マジックソード】でチェインする。

 勇者にはユニークボーナス「全ステータスに常軌を逸した補正がつく」もある。

 それでもヤバいときには、



Job──────────────────

◇アビリティ

【オーバーリミット】

特定のジョブのあらゆる性能を、ごくわずかな時間爆発的に高める。

────────────────────



 このアビリティをスポット的に使って押せばいい。

 チェインの都合に合わせて、剣なら勇者を、魔法なら魔王を、魔法剣なら魔剣士を、このアビリティで強化する。


退っけえええ!」


 勇者というには獰猛な声を上げ、血路を切り開く俺。



《ジョブ「勇者」のランクがAに上がりました!》



 そしてとうとう、俺は到達した。


 Sランクダンジョン・崩壊後奥多摩湖ダンジョン――


 その最終フロアである第四層の最奥に。


 そこに待ってるのは、これまで世界で誰も倒したことがないというSランクダンジョンのダンジョンボスだ。

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