118 大ヒント
「神様ぁ……俺のことは名前で呼ばないでくれって言ってるだろ?」
と、唇を尖らせて春原が言う。
春原は、「
俺のことは名前で呼び捨てにするくせに、自分がそうされるのは嫌がるのだ。
「親がおぬしの幸運を願って付けた名であろうが。結果として恥ずかしく思える名前だったとしても、その気持ちまで否定することはあるまい」
「……あの両親にそんな深い考えがあったとは思えねえけどな」
「それは……まあ、我から云うことではなかろう」
と、神様が小さく首を振る。
「あれ、はるかさんは?」
「授与所があるからの。我とはるかがどちらともおらぬのは問題じゃろう」
「忙しいところを悪いな」
「よいよい。最近は顔を見ておらなかったようじゃがの」
「うっ、それは……」
「おおかた、魔剣士がSランクになって用がなくなったというのであろう? ここにははるかもおる。たまには顔を見せてほしいものじゃがな」
「……すまん」
俺は素直に頭を下げる。
実際そのとおりなわけだしな。
こっちから用事ができたときだけ来るなんて虫がいいにもほどがある。
改めて、俺は神様の姿を見る。
俺の腰くらいしかない頭の上には、特徴的な狐の耳。
肩で切りそろえられたおかっぱの髪は真っ白だ。
前に見たのと同じ、黒地に金箔の高そうな和服。
金色に輝く瞳が、黙り込んだ俺を不審そうに見返してくる。
「……なんじゃ? 人の顔をしげしげと見よってからに」
見た目は、たしかに以前と同じだ。
だが、元の世界での神様が、どこか希薄で朧気な感じだったのに対し、この神様は力に満ちた感じがする。
神様らしい尊大な言動はあいかわらずだが、今のほうがより自信に溢れてる気がするんだよな。
「……やっぱり別人なのか」
少しの落胆とともにつぶやく俺。
神様の側に、俺の事情を理解してる様子はない。
神だけに、世界を跨いで同一存在だという可能性にも期待してたんだけどな。
やっぱり別人……いや、「別神」だろうか。
「む? 別人とはどういうことじゃ? 我の他に我のような存在がいるはずも……」
俺の独り言を拾った神様が、言葉を途中で切って、俺をまじまじと見つめてくる。
「……ふむ。随分と奇妙なことになっておるようじゃの」
顎に指先を添え、神様がつぶやいた。
「わ、わかるのか!?」
神様につかみかからんばかりに食いつく俺を、
「お、おい、落ち着け悠人。らしくねえぞ」
と春原が制止する。
「す、すまない、神様」
「いや、何。それよりもこれは……ふうむ」
俺の謝罪も耳に入らない様子で神様は俺を探るように凝視する。
事情を説明したいところだが……
春原にこれを聞かせていいのか判断がつかない。
信じがたい話だから、というのは考えなくていい。
この世界の俺のパーティもこれまで信じがたいことに巻き込まれてきてるからな。
だが、それでも話せない事情はある。
俺の元いた世界で、俺はほのかちゃんではなく芹香を選んだ。
そして、紗雪をいじめから救うことができなかった。
高校は中退したし、ひきこもっていた期間も長い。
陽の当たるところで青春を過ごす春原にはショッキングな「未来」だろう。
もちろん、この世界は元の世界とは違った分岐をたどってるようだから、元の世界の俺が経験した「未来」はこの世界では起きないはずだ。
それでも、この世界の「戦友」に、ありえたかもしれない悲惨な未来について積極的に語りたいとは思えない。
それに――もし、この世界が幻覚で、元の世界が正しいのだとしたら。
今の俺は幻想にすぎず、本来の俺はもっと情けない存在なのだと春原に打ち明けることになってしまう。
春原からしても、友達だと思ってた相手から「これは本来の自分じゃないから元の世界に戻りたい」などと打ち明けられても困るだろう。
そして当然、春原に話せば、ほのかちゃんや砂雪にも話さないわけにはいかなくなる。
俺がほのかちゃん以外の女性を選び、紗雪を見殺しにした世界のことを。
俺の躊躇は一瞬だったが、
「おっと、そうだ。そういや用事があったんだった!」
春原がいきなりわざとらしい声を上げた。
「用事って……ここでか?」
「悪ぃな、悠人。俺、はるかさんを手伝ってくるわ。こういうときに点数稼いでおかねえとな」
と言って、ひらひらと手を振りながら居間を出ていく春原。
俺が事情を話せないことを察して席を外してくれたんだろう。
悪いことをしてしまったようだが、正直言ってありがたい。
居間に座り直す俺を、神様が金の瞳で見つめて言う。
「奇妙じゃの。同じ魂が二重に存在しておるのか? まるで二人の悠人が重なり合って存在しておるような……」
「二重に、か。そんなことがありうるのか?」
「ありえぬ。魂は絶対的な同一性を担保されておる。同じ魂が二つ存在することはありえぬはずじゃ。しかも、同じ魂でありながら微妙な差異もあるようじゃな」
わかったようなわからないような神様の言葉だが、そこからわかることもある。
まず、この世界が単なる幻覚だという線がますます薄くなったこと。
幻覚の中で俺が高校生魔剣士になりきってるだけなら、俺は俺のままで夢を見てるだけだ。
その状態の俺を神様が見たとしても、幻覚の中の神様が俺の魂が二重になってると指摘するとは考えにくい。
幻覚の中の神様が、幻覚の外にある俺の魂のことを言い当てられるはずがないからな。
もうひとつは、神様から見て、元の世界の俺もこの世界の俺も等価な存在だってことだ。
「微妙な差異」のある「同じ魂」。
つまり、どちらの世界の俺も、蔵式悠人という同じ魂を持っている。
しかしこれまでの経緯の違いが神様からは「微妙な差異」として映っている。
「……となると、幻覚じゃなくて並行世界だってことなのか?」
「む? どういう意味じゃ」
「ああ、事情の説明もまだだったな」
俺はこれまでの経緯を神様に説明した。
元の世界でダンジョンの崩壊を止めたはいいが、どういう理由でか、気づいたらこの世界で別の俺になっていた――
神様は俺の説明を口数少なに聞き終えると、
「ふぅむ……これはまた、随分奇怪な事態に巻き込まれたようじゃの」
難しい顔でつぶやく神様。
疑う様子もなく納得してくれるのは有り難い。
ほのかちゃんや紗雪、春原に打ち明けたとしても最終的には信じてもらえるだろうが、それまでには相当な説明が必要だろう。
一人でも理解者がいるというだけで、胸に巣食ってた不安が和らぐのがわかった。
誰にも相談できないと思ってたからな。
あまり考えないようにしてたが、単純に俺の頭がおかしくなっただけという可能性もあったのだ。
「やっぱり、今の神様は元の世界の神様とはべつの存在なのか?」
「そう考えるしかなかろう。実際、元の世界の我とやらの意識も記憶もないのじゃから」
「この世界が俺の見てる幻覚だという可能性は?」
「我からすれば、ありえぬと云う他ないの。じゃが、もし我がおぬしの幻覚の中におる存在なのであれば、我の言葉でその可能性を否定することはできぬであろう?」
「そうなんだよな……」
夢の中の人物に「これは夢ではない」と保証されたところで何になるのかって話だ。
「……一つだけ云えることはあるの。我の立場からすれば、元の世界の『我』に、騙し討ちでおぬしをこの世界に飛ばす理由はないであろう。よしんば理由があったとしても、『我』の力だけでそのようなことができるとは思えぬ。その『我』が我と同じ存在であれば、じゃがな」
たしかに、それは傍証にはなるな。
もちろん、そこまで含めて幻覚なんじゃないかと疑うことはできるのだが。
元の世界の神様は、やはり予期せぬアクシデントに見舞われた可能性が高いということだ。
「じゃあ、やっぱり並行世界なのか?」
「さて、どうであろうな。
「ええと……一般人が『並行世界』と聞いてイメージするのと同じくらいの知識ってことか?」
「うむ。しかし、おぬしの置かれておる状況は、その並行世界とも違うように思えるの」
意外なことを言われ、しばし考える。
「……どういうことだ?」
結局わからなかったので訊いてみる。
「並行世界であれば、おぬしの――つまり、元の世界のおぬしの魂は余計であろう?
言って、神様はテレビに手を伸ばす。
テレビに、アドベンチャーゲームの画面が表示された。
イラストで描かれたバストアップのキャラとテキスト枠で構成されたよくあるやつだ。
絵柄からすると乙女ゲームみたいだな。
神様が小さな手でコントローラーを器用にいじってクイックロードのアイコンを選ぶ。
画面に現れたのは二者択一の選択肢だ。
《一緒に帰る》
《やめておく》
普通に考えれば《一緒に帰る》一択だが、特定のルートに入るのを避けたいのであれば《やめておく》を選ばなければならないこともある。
恋愛シミュレーションはあらゆる選択肢で目当ての攻略対象を優先するのが鉄則だからな。
これが現実なら、授業中も昼休みも放課後ものべつ幕なしに近づいてくる男(女)がいたら相手に警戒されると思うんだが。
……いや、大事なのはそこじゃなくて。
「この選択肢を選べば、世界はそこで分岐する。しかし、分岐した先にいる主人公の魂が二重になることはあるまい」
「なるほど……」
こうして見せられるとわかりやすいな。
「でも、あるルートでバッドエンドを迎えたあとに最初からやり直すと選択肢が増えることもあるよな?」
「な、何じゃと!?」
俺の言葉に、いきなりうろたえる神様。
驚きのあまり、コントローラーを畳の上に落としてる。
「な、なんでそんなに驚くんだよ」
「そ、そうじゃったのかぁぁぁっ! 道理で
がっくり肩を落として神様が言う。
「……す、すまん。酷いネタバレをしちまったな」
「う、うむ。しかし、なかなか上手い手法であるな。ゲームのシステムを逆手に取ってサプライズを演出するとは……。このゲームのシナリオライターは不世出の天才に違いない!
「お、おう」
……どうしよう。「わりと使い古された手だ」とは言えない空気だぞ。
「ま、まあ、それはともかく……そのゲームの主題が並行世界だったら、主人公が別の時点の主人公に乗り移ってメタ的な視点で話を進めることもあるよな?」
「その場合でも、同一人物であることに違いはあるまい。意識や記憶が共有されておるだけであろう。魂は同一であるはずじゃ」
なんとか気を取り直したのか、神様が言ってくる。
「……そもそも、この世界と元の世界が違いすぎる気がするんだよな」
神様が今示したような選択肢の違いによる分岐にしては、二つの世界の差異が大きすぎる。
俺――蔵式悠人の置かれている状況や人間関係もそうだが、それ以外の部分のほうが差異は大きい。
元の世界はスキルシステムで、こっちの世界はジョブシステム。
元の世界では俺がひきこもった後に出現したはずのダンジョンが、こっちの世界では高校一年の段階で既に表沙汰になっている。
「うむ。もし並行世界であったとしても、かなり距離の遠い世界ということになろうな。我からすると、並行世界なるものの実在自体疑わしく思えるのじゃがな。かといって、我からすれば、この世界がおぬしの幻覚であるという説は否定するしかないの」
俺だって、自分以外の誰かから「この世界は実は私のために生み出された幻覚なのだ」と聞かされたら、「俺にちゃんと意識がある以上、この世界がおまえの幻覚のはずはない」と思うだろう。
「おまえがそう思うならそうなんだろ、おまえの中ではな」で片付けられそうな案件だ。
「……俺が元の世界に戻るにはどうしたらいい?」
返ってくる答えを恐れながら、俺はずっと抱いていた疑問を神様にぶつけた。
「ふむ……正直、雲を掴むような話ではあるの」
「神様でもわからないのか……」
となると、心当たりなんてもうないぞ。
がっくりとうなだれた俺に、
「まあ待つのじゃ。おぬしは我がどのような存在かを忘れておる。おぬしの行き先を占うお告げを出してみようではないか」
「そうか、その手があったか!」
神様のお告げには(元の世界の)過去にも世話になっている。
三枠目のドロップ枠にあるアイテムをどうやって入手したらいいか――
そう質問した俺に、神様は「これまでにやってきたことを振り返るべし」とのお告げをくれた。
そのお告げを元に、俺はホビット系モンスター400体連続撃破による特殊条件ボーナスで「盗む」のスキルを手に入れた。
「お告げは曖昧なものにならざるを得ぬが、その内容は必ず真じゃ。その点が、ただの占いとは異なるところじゃな。ただし、お告げに含まれる真理は、我にとっても明確にそれとは判らぬものじゃ。世界そのものの無意識から浮かび上がってくる『答え』と思えば良い」
「たしか、質問を具体的にする必要があるんだよな」
「今回は、先程の『元の世界に戻るにはどうしたらいいか?』でよかろう」
神様は床に転がっていたコントローラーをゲーム機のそばに片付けると、俺と向かい合って座り直す。
神様が金の瞳を閉ざし、両手を胸の前で向き合わせる。
俺には何かをしてるようには見えないが、神様の瞼がぴくぴくと動く。
それに合わせて頭にある狐耳もな。
ぴくぴく動く狐耳に手を伸ばしたい衝動をこらえつつ、俺は神様が目を開くのをじっと待つ。
「……うむ。奇妙なお告げであるな」
ゆっくりと瞼を開いて、神様が言う。
「『自分よりレベルが400以上高いダンジョンボスをソロで倒せ』。お告げが斯程に具体的であるのは珍しいの。む? 何か心当たりがあったようじゃな」
俺の様子を見て言ってくる神様。
心当たりがあるなんてもんじゃない。
神様が口にしたお告げの内容。
それは、
「特殊条件か……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます