117 断時世於神社‘
元の世界の神社と同じく、鳥居の脇には「断時世於神社」の石碑がある。
だが、共通点はそこまでだ。
元の世界では剥げかけていた鳥居は鮮やかな朱色に塗り直されている。
その鳥居の手前には、縁日のような屋台がずらりと並んでいた。
「断時世於焼き」と称する謎の串焼きを売ってる店もあれば、「断時世於福引き」と大書きしてドロップアイテムのくじ引きをやってる店もある。
「おお……」
元の世界のダンジョン神社は、Wikiの未確認情報欄に載ってるようなマイナーすぎる存在だった。
神社に本物の神様がいることを知ってるのは、たぶん俺だけだったんじゃなかろうか。
当然、神社に他の探索者の影なんてひとつもなかった。
古雅ではあるが、今にも閑古鳥の鳴き声が聴こえてきそうな、うら寂れた神社だったんだよな。
ところが。
今俺がいるこの神社には、結構な人出があった。
ひっきりなしに探索者が現れては、石段を本殿へと上っていく。
俺と同様、どこかのダンジョンのポータルから転移してきた探索者パーティが、「やった、神社だ!」と喜んだり、「ようやくかよ……」と疲れの滲む声を漏らしたりしてる。
そんな彼らめがけて呼び込みの声をかける屋台の人たち。
石段をちょっと上った先では、神社に初めて来たらしい新人探索者の女性パーティが、SNSに上げるための写真を撮りあっていた。
石段の上のほうからは、何やら囃子太鼓や笛の音まで聴こえてくるし。
「めっちゃ賑やかだな……」
あまりの落差につぶやく俺。
「そうか? ここはいつもこんなもんだろ? 平日だからマシなほうだ」
と、首を傾げて春原が言う。
元の世界とはちがって、こっちの世界の神社には探索者にとって重要な機能が備わっている。
もちろん、ジョブへの就職・転職だ。
ジョブに就いたあとも、次のランクアップまでの熟練度を確認するために定期的に足を運ぶことになる。
これだけの人出があるのも納得だ。
……でも、こんな毎日が縁日みたいな状態なのは、元の世界の寂れた神社を知ってる俺には違和感が半端ない。
神様にとってはこっちの世界のほうがよっぽど理想に近いのかもしれないが。
「どうしたんだよ? 今日はなんか変だぜ、悠人」
「……すまん、さっさと上に行こう」
俺と春原は石段を上る。
石段の左右には、綺麗に塗り直された無数の鳥居。
さらにそのあいまを埋めるように、いくつもの提灯や灯籠が並んでいる。
提灯や灯籠には寄贈した探索者やギルドの名前が書かれてるな。
賑わいに気圧されつつ、本殿前に辿り着く。
境内には、探索者協会の運営する治療所やアイテム交換所が常設されていた。
それ以外にも、社務所に連なる建物に、お守りやお札を売ってる店がある。
その店番をしてる巫女姿のエルフ美女は、見覚えがあるなんてもんじゃない。
「ちゃーっす、はるかさん! くぅぅっ、今日も変わらずお美しい!」
春原がいつのまにやら店に駆け寄って、店番をしてた金髪碧眼のエルフ巫女――はるかさんに声をかける。
「あら、春原くん……と、悠人さんも。いらっしゃい」
はるかさんがにっこり微笑んで歓迎してくれる。
「はるかさん。体調はどうですか?」
と俺が訊くと、
「ええ。おかげさまで元気だわ。ここを紹介してもらえて本当によかったわ。改めてありがとう、悠人さん」
「いや、俺は何も」
地球の環境では霊力が徐々に蝕まれ体調を悪くしてしまうはるかさんに、この神社での「アルバイト」を紹介したのは俺だ。
正確には、神様に頼んではるかさんがここで働けるようにしてもらった。
神様も神社の業務多忙で人手をほしがってたからちょうどよかったんだよな。
はるかさんは異世界のエルフだが、このなんでもありの空間でなら耳を隠していなくても問題ない。
ほとんどの利用者には神様の眷属かなにかだと思われてるらしい。
「ちぇっ、ったく。どいつもこいつも悠人ばっかりよう……」
と拗ねる春原。
こいつははるかさんに惚れてるからだな。
なかなか複雑な家庭事情がある春原は、包容力のある年上の女性に弱いらしい。
……そんな「設定」を思い出すと、元の世界の俺は「ヒロインに見向きもしない特殊性癖の持ち主とかそれなんてエロゲの友人キャラ?」などと失礼な感想を抱いたが、この世界の俺からすれば「エロゲ脳はおまえだろ。春原は本当にいいやつなんだぞ」と弁護のひとつもしたくなる。
「それで、どうしたの、悠人さん。ほのかは一緒じゃないみたいだけど」
と、俺に向かってはるかさんが言ってくる。
哀れ、はるかさんにスルーされた春原ががっくりと肩を落としてる。
この世界のはるかさんも、ほのかちゃんと一緒に恋人に……というエクストリーム解決策を押してきたんだが、俺がほのかちゃんと付き合うと決めたときに、話し合いの末に納得してもらっている。
……はるかさんがそこまで貪欲だったのには理由があると、今の俺は知っている。
元の世界でクローヴィスが言ってたことだ。
不老長寿のエルフだが、歳をとることで精神は摩耗する。
身寄りのない異世界に娘とともに投げ出されたはるかさんは、ほのかちゃんが独り立ちするまでは心身ともに健康である必要がある。
はるかさんの強引なアプローチには、強い探索者に娘を守ってもらうという理由に加え、はるかさん自身の精神の摩耗を防ぐという理由もあったんだろう。
無理にでも恋愛感情を掻き立てることで、精神が朽ちていくのを遅らせる――
それもこれも、ほのかちゃんの境遇を案じればこそだ。
この世界の俺は、はるかさんからもほのかちゃんからもそのあたりの事情は聞いてない。
たぶんだが、はるかさんはほのかちゃんにも精神の摩耗のことを隠してるんだろう。
はるかさんの肉体的な健康の問題はこの神社に通うことで解決したが、精神の問題は未解決だ。
……もしかすると、俺とほのかちゃんが仲を深めたのを見て、はるかさんはそれ以上を望まなくなったのかもしれないな。
精神の摩耗はエルフの宿命として受け入れることにした、とか……。
そうだとしたら……悲しいな。
この世界も、俺にとって何もかも好都合にできてるわけじゃないってことか。
「神様に訊きたいことがあったんだけど……忙しそうだな」
本殿のほうを振り返って俺が言う。
本殿には参拝客が列をなして並んでる。
一人あたり五分としても、混んでる病院くらいには待たされそうだ。
「長くかかりそうな案件なのね?」
「なんともいえないけど、たぶん」
「それなら、もうすぐ休憩になるはずだから、私から訊いてみましょうか?」
「いいのか、そんなの」
「大事な用件なのでしょう?」
「それはそうなんだが」
「じゃあ、社務所に上がって待っててくれる? 少ししたらお招きしてみるから」
その言葉に甘え、俺と春原はお守り売り場(正確には売るのではなく授けるらしいが)を回り込み、引き戸を開けて社務所の中へ。
靴を脱いで居間に上がる。
鉄瓶のかけられた囲炉裏のある一間には、掛け軸と生花のある違い棚と、ダイヤル式の古ぼけたブラウン管テレビが置かれていた。
家電というより骨董品のようなテレビだが、点けると最新のテレビ並みに地上波が映るようになっている。
テレビの下には、テレビとは不釣り合いな最新鋭のゲーム機。
ふつうに考えて接続することすらできなさそうだが、これまたどういう仕組みでかゲームができるようになってるらしい。
ただし、このゲーム機は、元の世界の俺からすると一世代前のやつだった。
元の世界ではさらに次の世代がそろそろ出るという噂もあったな。
「そういや、このゲーム機って誰が遊ぶんだ?」
と春原。
「神様らしいぞ。はるかさんが言ってたってほのかちゃんが言ってた」
「へええ。イメージと逆なような、イメージ通りのような……」
「たしかにな」
あの真面目な神様がゲームなんてするんだ、と思えば意外だが、見た目が童女なのでゲームをやってても違和感はない気もする。
あるいは、神様なりに現代の文化を理解しようと努めてるのかもしれないな。
俺と春原はマジックバッグからそれぞれボトルを出して喉を潤す。
とりとめのない雑談をしながら待ってると、
「すまんの、悠人、
神様が障子戸を開けて現れた。
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