111 ステータス’

「いつもより混んでますね」


「事故でもあったのかな? ほら、俺につかまってなよ」


 混雑するバスの中で身を寄せ合って、俺はほのかちゃんとささやきあう。


「じ、じゃあ失礼して……」


 頬を赤くしてほのかちゃんが俺に身を寄せてくる。

 これが母親のはるかさんだったら、やわらかいものが俺の胸に押し当てられているだろう。

 が、ほのかちゃんは母親に似ず小柄でスレンダーな体形だ。

 俺がうっかりはるかさんの胸に目をやってしまうたびに、「わ、私だってこれからなんですっ!」といつも全力で怒られるんだよな。


 でも、今のほのかちゃんだって十分かわいい。

 高校二年の俺から見て一個下の後輩女子。

 それもエルフの血を引くはかなげな美少女だ。

 こんなかわいい子が俺に惚れてるなんて夢なんじゃないか。

 未だにそう思うこともある。

 俺の人生のモテ期がこれで枯渇したとしても一片の悔いもないだろう。


「わっ、悠人さんって見た目よりずっと……」


 俺の胸に頬ずりしそうな姿勢でほのかちゃんがつぶやいている。

 ……なお、ほのかちゃんも高レベル探索者なんだからバスの揺れ程度でバランスを崩すことはないのでは? なんて野暮なツッコミはなしだ。

 小柄なほのかちゃんではつり革に手が届かないのは事実だしな。


 同じバスに乗り合わせた同じ制服を着た男子生徒が、俺の視界の隅で嫌そうな顔で舌打ちしてる。

 そりゃそうだ。

 俺だってこんな光景を朝っぱらから見せつけられたら舌打ちのひとつもしたくなるだろう。

 こっそり「爆ぜろ」くらいは言うかもな。さすがに魔力を込めたりはしないだろうが。


 混み合ったバスの中ではおしゃべりもしにくい。

 ほのかちゃんは頬を赤くしたまましがみついてるし……。

 さっきの男子からの視線にほんのり殺意が混じってきた気がするな。


 俺はスマホを取り出し、「Dungeons Go Pro」のアプリを開く。

 見るのはもちろん、俺の現在のステータスだ。



Status──────────────────

蔵式悠人(国内レベルランキング4位)

魔剣士 S

レベル 9999

HP 89991/89991

MP 159982/159982

STR 89990

INT 169981

VIT 79992

MND 159982

DEX 89990

AGI 89990

LCK 29997

―――――────────────────



「ふっ」


 思わず笑いが漏れてしまう。

 ニマニマしてしまうステータスだよな。


 なんたって、レベルが9999だ。

 中二病くさいと言われようと、9のゾロ目のインパクトはすごい。


「あ、またステータス見てにやついてますね」


 混雑する車内で俺に身を寄せてるほのかちゃんが、上目遣いかつジト目という器用な視線を向けてくる。


「そ、そんなことないぞ」


 俺は目をそらして誤魔化した。


 先日、ついにレベルが9999になった。

 ゾロ目であることにとくに意味はないが、それでも9998のときとは気分が違うよな。

 一万の大台にも乗せたいが、9のゾロ目のインパクトも捨てがたい。

 我ながら贅沢な悩みだ。


 ちなみに、レベルはカンストしてるわけじゃない。

 実際、1万を超えるレベルの探索者も世の中にはいる。

 レベルランキングに登録してる探索者に限っても、国内だけで三人はいるわけだ。


 逆に言えば、レベルだけなら俺は国内で第四位の探索者だってことになる。


 もっとも、探索者の強さを決めるのはレベルだけじゃない。


 

Job──────────────────

魔剣士 ランクS


「北極星も南十字星も見たいんだ」


~二つの相反する道を究めんとする飽くなき力の探求者、あるいは身の程を知らぬ愚か者~


「魔剣士」は、剣と魔法のコンビネーションによってあらゆる状況で高い攻撃力を発揮できるジョブです。

剣にさまざまな魔法効果を宿す「魔剣」の遣い手であり、敵の弱点を効率よく突くことで瞬時に致命的な火力を叩き込むことができます。

反面、剣のみ、魔法のみに特化したジョブに比べると、剣単体、魔法単体での技能は伸びにくい傾向にあります。

STRとINTが成長しやすい分、HPとVITの成長に難があり、成長するほどに打たれ弱さが目に付くようになるでしょう。

豊富な攻撃手段を使い分け、敵からの攻撃を受けない立ち回りが重要となるジョブです。


◇アビリティ

【スイッチング・アローン】

剣の後に魔法、魔法の後に剣で攻撃すると、後に実行した攻撃の威力が上昇する。その攻撃が魔法の場合、詠唱時間が短くなる。

また、このアビリティ発動直後に魔法剣を使用するとその効果が大きく上昇する。

ただし、このアビリティの効果が乗った攻撃を、このアビリティの発動条件とすることはできない。


◇サポートアビリティ

【戦略的曖昧性】

メインに設定されていないサブジョブの効果をそれなりに引き出すことができる。このサポートアビリティは「魔剣士」がメインに設定されていないときであっても常に有効。


◇ユニークボーナス

通常の「魔剣士」と比べ、

・クリティカルの発生率がやや高い

・魔法の詠唱速度がそれなりに速い

・MPの自然回復速度がかなり速い

傾向にあります。


◇レベルアップボーナス

「魔剣士」はレベルアップ時の能力値上昇に以下のボーナスが加算されます。

MP +2, STR +1, INT +2, MND +2, DEX +1, AGI +1


―――──────────────────



 探索者が「ジョブ」を得られることがわかったのは、ダンジョン出現から半年ほど経った頃のことだった。

 就職条件を満たした探索者がダンジョン内のとある場所に行くと、就職可能なジョブの中から任意のジョブに就くことができるのだ。


 ジョブには基本職と上級職があり、複数の基本職のランクを一定以上に上げることで上級職への転職が可能になる。

 だが、探索者の中には最初から上級職に就職可能なものもまれにいる。


 かくいう俺もその一人だ。

 思春期的な暴走から探索者になった俺に提示されたジョブは、なんと上級職である「魔剣士」だった。


 それ自体はラッキーなことなんだが……一概にいいことづくめとも言い切れない。

 上級職は戦術の幅が広く、技能がピーキーで扱いにくい傾向がある。

 とくに「魔剣士」は、魔法と剣という共通項のない別種の技能を高度に組み合わせて戦う特殊なジョブだ。お世辞にも初心者向けとは言い難い。

 自分なりの戦闘スタイルを確立するのにはかなり苦労させられた。


 探索歴が浅いのにレベルが高いのは、ダンジョンポータルの転移事故に巻き込まれ、Aランクダンジョンの最深部に放り出されたことがあるからだ。

 あのときはマジで死ぬかと思ったが、結果的には短期間でレベルを一気に上げることができた。

 ……もう一度あれをやれと言われても絶対にやりたくないけどな……。


 サポートアビリティの【戦略的曖昧性】は、説明だけ見る分には強そうだよな。

 でも、現在まで「魔剣士」以外のジョブが開放されてない俺にとっては死にアビリティになってしまってる。

 まあ、サブジョブというシステム自体、探索者界隈では「使えない」と言われてるわけなんだが。


 なお、アビリティやサブアビリティは同じジョブでも探索者ごとに種類が違う。

 俺のアビリティである【スイッチング・アローン】は、かなり強力な部類に入るだろう。

 魔剣士は物理攻撃と魔法攻撃の二軸がある分、どっちつかずになって火力を確保しにくい傾向にある。

 だが、俺の場合は【スイッチング・アローン】の効果で剣も魔法も威力を高めやすい。

 能力値的には俺はかなり魔法に寄った魔剣士でもあるので、剣を補助的に使いつつ魔法で仕留める感じだな。

 これも、剣メインの魔剣士がHPやVITの低さに悩まされやすいことを考えると、かなり恵まれたバランスになってるといえそうだ。


 ……ま、その反面、サブアビリティには恵まれなかったみたいだけどな。


 と、そんなことを考えてると、スマホからいきなりビープ音が鳴った。



《error! 不明な要素???を発見しました。》



「えっ……?」



《error! スキル??? 「上級火魔法1」「上級雷魔法1」「上級風魔法5」「火魔法5」「雷魔法5」「風魔法5」「水魔法1」「氷魔法1」「妨害魔法1」「身体強化魔法1」「剣技5」「剣術5」「両手剣5」「片手剣5」「槍技5」「槍術5」「短剣技5」「短剣術5」「槍投げ5」「格闘技5」「弓技5」「弓術5」「刀術3」「刀技3」「体術3」「双剣技3」「双剣術1」「刀剣技1」「格闘術1」「棍術1」「打撃武器1」「暗殺術4」「忍術4」「ショートテレポート4」「毒噴射1」「エナジードレイン1」「地割れ1」「疑似無敵結界1」「強奪1」「MP破壊攻撃1」「魔力暴走」「シークレットモンスター召喚3」「英霊召喚1」「幻獣召喚」「古式詠唱5」「無詠唱1」「高速詠唱5」「MP回復速度アップ3」「強撃魔法5」「魔法クリティカル3」「魔法連撃2」「MP節約1」「属性増幅1」「二重詠唱1」「奇襲1」「先制攻撃1」「先手必勝1」「先陣の心得1」「自爆攻撃5」「ロックオン3」「致命クリティカル2」「バックスタブ1」「渾身の一撃1」「凶暴化1」「チャージ1」「自己再生5」「回避アップ1」「幽体防御1」「魔法障壁1」「セルフダメージ軽減1」「絶対防御」「ソリッドバリア」「魔法相殺」「パリング1」「土俵際」「確率効果無効」「幽体生存1」「リバイブ」「サバイブ」「スキルコンボ5」「切り札化4」「天誅4」「思考加速3」「魔神化1」「魔人化3」「虚仮の一念1」「HP最大時攻撃力アップ1」「ホットハンド1」「クイックドロー」「逆行威圧」「ノックアウト」「追い払う」「分裂1」「HP強化5」「MP強化5」「攻撃力強化5」「防御力強化5」「魔力強化5」「精神力強化5」「敏捷強化5」「幸運強化1」「身体能力強化1」「能力値成長率アップ1」「感電耐性3」「麻痺耐性2」「石化耐性2」「睡眠耐性2」「即死耐性2」「混乱耐性2」「沈黙耐性2」「罠発見5」「罠解除5」「アイテムボックス5」「危険予知」「隠密5」「気配探知4」「索敵3」「獲得SPアップ3」「ステルス」「鑑定」「簡易鑑定」「偽装」「窃視」「看破」「再鑑定」「アーカイブ」「ミニマップ」「トレジャーハント1」「財宝発見」「隠しポータル発見」「エバック」「ダンジョントラベル」「魔法言語」「ダンジョン生成1」は存在しないライブラリ???を参照しています。》



「な、なんだ……!?」


 突然「天の声」に膨大な量の情報を浴びせられ、驚く俺。

 DGPの画面も見覚えのない・・・・・・単語の列で埋め尽くされた。


 ……いや、待て。

 本当に見覚えがないのか?

 むしろすごく馴染みがあるような……


「ゆ、悠人さん?」


 と、ほのかちゃんが見上げてくる。

 混雑してるバスで素っ頓狂な声を上げたせいで、他の乗客の目も痛い。



《不明な要素スキル???の解消を検討しています...》



《不明な要素スキル???の一部をジョブ「魔剣士」に統合します。》



《ジョブ「魔剣士」の定義が更新されます...》



Job──────────────────

魔剣士


前『反面、剣のみ、魔法のみに特化したジョブに比べると、剣単体、魔法単体での技能は伸びにくい傾向にあります。』

後『剣のみ、魔法のみに特化したジョブと比べても、遜色のない剣、魔法の遣い手です。』


前『豊富な攻撃手段を使い分け、敵からの攻撃を受けない立ち回りが重要となるジョブです。』

後『隔絶した火力を最大限に活かすために戦場を主導して自分に有利な展開を敵に強制する立ち回りが重要となります。』

―――――───────────────



《不明な要素スキル???の統合に伴い、アビリティが変異しました。》



Job──────────────────

魔剣士


変異後のアビリティ:

【ロンド・オブ・マジックソード】

剣と魔法を交互にチェインすることで全攻撃の威力と魔法の詠唱速度、魔法の消費MPがかなり上昇する。

この効果は累積する。

効果の累積は、以下のいずれかのイベントの発生により消滅する:魔法剣の使用、チェインの失敗、戦闘の終了。

チェイン中に魔法剣を使用した場合、それまでのチェインの回数に応じてその魔法剣の威力が飛躍的に上昇する。

―――――────────────────



《不明な要素スキル???の統合に伴い、ユニークボーナスが変異しました。》



Job──────────────────

魔剣士


変異後のユニークボーナス:

通常の「魔剣士」と比べ、

・二刀流を含むあらゆる種類の剣を高度に使いこなすことができる

・クリティカルの発生率がかなり高く、クリティカル発生時にまれに対象を即死させる

・クリティカルが連続で発生すると、与ダメージがかなり上昇する(この効果は累積する)

・魔法にもクリティカルヒットが発生する

・あらゆる攻撃の命中率が破格に高い

・魔法の詠唱速度が破格に速く、威力を著しく犠牲にすることで詠唱なしで魔法を発動することができる

・MPの自然回復速度がかなり速い

傾向にあります。

―――――────────────────



《残余のスキル???は一時的にステータス内に配置されますが、使用することはできません。》



《残余のスキル???の解消を検討しています...》



《この作業には時間がかかります...》



 次から次へともたらされるわけのわからない情報に、



「なっ……なんだよこれええええええっ!?」



 俺は衆人環視のバスの中で、全力で悲鳴を上げていた。

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