104 クダーヴェの忠告

 冷静に考えてみれば。


 これまでがうまく行き過ぎだったんだろう。


 特殊条件をとんとん拍子で満たしてボーナススキルざっくざく。

 こんな美味しい話がいつまでも続くはずがなかったんだ。


 でも、がっかりしたのは否めない。

 苦労して練り上げたスキルコンボが水泡に帰したわけだからな。

 強化の指針がリセットされたってことでもある。


 ……だが、考えようによってはいい面もある……のか?

 もし俺以外にスキルコンボを使いこなす探索者がいて、そんな探索者と戦うことになったばあい、何の変哲もない武器スキルからとんでもない高威力コンボが飛んでくるという可能性もあった。

 まあ、俺よりヤバいコンボを用意してる探索者なんて、世界を探しても他にいるかどうかってレベルだと思うけどな。


 結局、システムの介入によって俺の武器が弱体化されたことに変わりはない。

 これがオンゲーなら、特定のプレイヤーだけが有利になるような要素は削除されて当然とも言えるのだが。

 俺の「天の声」への信頼が揺らぐような事態だ。


『……悠人。どうした?』


 クダーヴェが俺の下から聞いてくる。

 ちなみに、クダーヴェは顎や発声器官を動かしてしゃべってるわけじゃない。

 魔力を使って空気を振動させ、音声を合成してるんだとか。

 たまにそれらしく顎を動かしてたりするのは気分の問題らしい。


「ああ、いや、すまん。今後のことを考えてた」


『それもよいが、目の前の状況も忘れるなよ?』


 言いながら、クダーヴェはブレスを吐き、生き残りの「繊維」を焼いている。

 ダンジョン崩壊が世界に空けた「穴」はほぼ塞がった。

 でも、多少の隙間は残ってる。

 その隙間を通じて異世界とつながったままの細い「繊維」が、「穴」の外縁のあちこちから彷徨うように伸びていた。

 もう危険そうには見えないが、放っておくわけにもいかないだろう。


「といっても、どうすればいいんだ?」


『それを決めるのは俺様ではあるまい。まだ気を抜くな、悠人。おまえは俺様の召喚主なのだぞ』


 クダーヴェに喝を入れられてしまった。


「そうだな……ひとまずは生き残った『繊維』を焼いててくれるか? そのあいだに考えておく」


『了解だ』


 俺との会話を終え、クダーヴェが動き出そうとしたところで、俺の眼前にいきなり黒い水鏡のようなものが浮かび上がった。

 ダンジョンのポータルだ。

 クダーヴェは空中、俺はその頭の上にいるのに、その目の前にいきなりポータルが現れたのだ。


 ダンジョンの出口か?

 と一瞬思ったが、ちがう。

 出口だったらポータルは白だ。

 黒いポータルは外から中への入口か、次の階層への入口だ。


 まさか、この先にもダンジョンが?


 戸惑う俺の耳に、どこからか聞き覚えのある声がした。



《……入るが良い。いつもの神社に繋げておる》



「なんだ、神様か」


 ダンジョン崩壊が終わったからな。

 話を聞きたいってことだろう。

 俺のほうでも、話しておくべきことがある。


「わかった、今行く」


 俺が返事をすると、


『悠人、俺様のことを忘れるな』


 「繊維」にブレスを浴びせながらクダーヴェが言う。

 クダーヴェはメギドブレスを無数の光条に分割し、湾曲する紫の光線として放っている。

 「穴」に蓋ができたせいで、生き残った「繊維」はどれも細い。

 レーザーメスのようなブレスが精密に「繊維」をなぞり、消していく。

 ……力技ばかりかと思ったが、こんな緻密な技術もあったんだな。


「そうだな……」


 「繊維」は一分もかからずに全滅しそうだ。

 それを待ってからクダーヴェの召喚を解除するか?

 俺はしばし考えてから、


「……悪いが、もうひと仕事頼めるか?」


『ほう。なんだ?』


「俺がポータルに入ったら、クダーヴェはダンジョンの外に出て、上空で警戒してほしい。地上からは見えないくらいの高さで、だ」


 そこまで言うと、クダーヴェはピンと来たらしい。


『核ミサイル、と言ったか。まだそれが飛んでくる可能性があるというのだな?』


「ああ」


 俺はうなずく。


 「天の声」の宣言で、ダンジョン崩壊が阻止されたことは伝わったはずだ。

 でも、「天の声」の宣言がどこまで届いたかはわからない。

 全世界かもしれないし、日本国内だけかもしれない。

 避難勧告の出た範囲だけって可能性もある。


 それでも、「天の声」のもたらした情報は政府も既に把握済みだろう。

 「天の声」を聞くだけなら探索者でありさえすればいいんだからな。

 さらにいえば、国内に入り込んだ他国の諜報員によって、崩壊阻止の情報は国外にも既に流れてると思っていいはずだ。

 日本政府もまた、ダンジョンの崩壊阻止を伝え、核ミサイル攻撃の即時中止をアメリカに求めているだろう。


 だが、それだけで安心してしまっていいのだろうか?


 たとえば、日本の沿岸から離れた公海上の深海に潜伏中の原子力潜水艦の中にも、「天の声」は届くのだろうか?

 届いたとしても、乗組員の中に「天の声」を聞ける探索者がいないという可能性もある。

 核ミサイルを海中から発射できる潜水艦には、友軍からの通信も最低限しか入らないと聞く。

 もう既に発射の命令は確定されていて、取り消しできない状態にあるかもしれない。


 あるいは、「天の声」が聞こえなかったふりをしてミサイルを発射する……なんていう非常識な国だってあるかもな。

 非常時における日本のミサイル防衛能力をテストするとかなんとか、そんなような目的で。


 さすがに、そんなことはないと思いたい。

 迎撃に失敗すれば何十万という市民の命が失われかねないんだ。

 世界的な非難を受けてまでそんな火遊びをする国なんてないと思う。


 だが、国際社会や安全保障が具体的にどんなものであるかなんて、一般市民の俺には想像もつかない。

 たしか、東日本大震災のときには、災害時の日本の防空能力を見るために早速戦闘機での領空接近を試みた国がいくつかあったとニュースで見た。

 相手が弱っているときほど攻め時というのは、人間的には感心できないが、国際社会では常識なのかもしれない。


「クダーヴェ、堕とせるか? ……いや、消せる・・・か?」


 起爆装置が作動しなければ核爆発は起きないはずだが、ミサイルの残骸が地上に落ちるだけでも大きな被害が出かねない。

 もし運よく残骸が人や建物に直撃しなかったとしても、放射性物質が撒き散らされるだけで大惨事だ。

 だが、クダーヴェのメギドブレスなら、起爆装置も放射性物質もまとめて虚無に帰すことができるはずだ。

 ……原子力燃料の最終処分に悩む原子力関係者が聞いたら飛びつきそうな話だよな。


『クハハハ! 愚問だな、悠人! 一欠片も残さず消し飛ばしてくれるわ!』


「自衛隊が迎撃するようなら、その分までは横取りするなよ」


 在日米軍を主軸とした核ミサイル攻撃は日本政府も了承した(あるいは無理やり呑まされた)ようだから、当初の予定では迎撃することはなかっただろう。

 それでも、万一に備えてイージス艦や地上のミサイル防衛部隊は動いてるんじゃないだろうか。


 自衛隊が全部撃墜してくれるのがいちばんだ。

 俺には、核ミサイルを撃ち落としてドヤりたいなんていう欲求はない。

 個人で核ミサイルを撃墜できる戦力を持ってると知られていいことなんて何もないからな。

 かといって、自分の実力を隠すために都市に核が落ちるのを見過ごすわけにもいかない。


「くれぐれも目立たないようにな」


『今さら何を言っておるのだ。まさか、これまで目立たないように行動してきたつもりだったのか?』


「うぐっ……」


 呆れ混じりのクダーヴェに、返す言葉に詰まる俺。


『一応、気には留めておく。だが、俺様はただでさえ目立つ。あまり多くを期待してくれるなよ?』


「それで十分だ。無理を言ってるのはわかってる」


『うむ。しかし、おまえもつくづく奇妙な性格をしておるな。常に身を潜め、目立たぬようにと細心の注意を払っておるくせに、誰かが窮地にあると聞けば後先も考えずに飛んでいく。損な性格だ』


「……自覚はしてるよ」


 苦笑しつつ答える俺に、


『いや、おまえはそう言うが、まだ十分には自覚できておらぬ。今回のことで、おまえは否が応でも注目の的となるだろう。功績の大半は隠せるだろうが、隠しきれぬことも多かろう。隠せたものに関しても、おまえの関与を疑う者が現れよう。おまえが今の性格のままであれば、やがておまえは国中の、あるいは世界中の危機を救って回るはめになる。さながら、神話の英雄か、あちらの世界の勇者のように、な』


「……俺は勇者なんて柄じゃない」


『そうだ、柄ではないな、悠人。だからこそ、だ。おまえが英雄や勇者たることを期待されれば、その期待に押し潰される。あるいは、期待に応えきれず、道半ばにして破滅することになろう。体よく利用され、ズタボロになって、用が済めば危険だからと排除される。今、おまえの前で手ぐすね引いて待っておるのはそうした未来だ』


「…………」


 いつになく真剣に語るクダーヴェに、俺は言葉を失った。


 クダーヴェの言葉で思い出したのは、俺の過去の暗黒時代のことだ。

 高校のときも、会社に勤めたときも。

 過剰な期待や役割を背負わされ、背負いきれずに俺は潰れた。

 逃げた。

 そして、壊れた。


 なにも、英雄や勇者になれと言われたわけじゃない。

 いじめに遭っている後輩をかばう先輩。

 ありがちな理不尽に折り合いをつけながら、求められた仕事をこなす会社員。

 世界の命運とくらべればはるかに小さな役割だが、それでも、俺にはこなせなかった。


 クダーヴェの言葉が正しければ、俺はまた、かつてと同じ道を行こうとしてることになる。

 そして実際、クダーヴェの言葉は正しいのだろう。


「……俺の性格、か」


 性格とはなんだろうか?


 頭の中のこと、心のうちのこと、脳の配線の具合なんかは今の科学ではわからない。

 ひょっとしたら、いくら科学が発達してもわからないままかもな。


 だから、性格というものは、その持ち主の行動から判断するしかない。

 だが、百人中百人が同じ行動を取るようなことは、性格を判断する基準にはならない。


 選択。


 それも、人によって判断が分かれるような、ある種、究極の選択こそが、その人物の性格を判断する最大の基準になるだろう。


 俺にクダーヴェの言うような性格的な傾向があるとすれば、その性格はひとつひとつの選択の積み重ねに現れている。

 過去――現在――そして、未来。

 俺は過去に何度となく失敗し、現在もおそらく失敗しはじめていて、このまま行けば未来には破滅が待ってる可能性が高いということだ。


 今回のことだってそうだ。

 ほのかちゃんやはるかさんが危ないからと駆けつけ、強さも正体も不明のエルフと交戦。

 大規模なダンジョン災害が起こることがほぼ確定的な奥多摩湖ダンジョンに単騎で乗り込んだ。

 しまいには、世界を食い破るほどに成長した崩壊後ダンジョンに突っ込んで、異世界の神竜のような存在とも戦った。

 誰から依頼されたわけでもなく、すべて自分の意志で、な。


 ……いや、自分の意志と言えば聞こえはいいが、実際には目の前の危機を放っておけなくてしかたなく・・・・・介入したといったほうが近いだろう。

 たしかに、こんなことを続けていればいつか死ぬ。


 かといって、放っておくという選択肢がなかったことも事実なのだが。


「俺の性格は……他人を駒として利用しようとする奴らにとっては扱いやすいってことだろうな」


 なにせ、使命感を煽り、危機感を演出し、「君だけにしかできないことなんだ」と乗せてやれば、俺を死地に送り込むことができるんだから。

 崩壊後ダンジョン突入直前に凍崎誠二がやろうとしたのはそういうことだ。

 まあ、あのばあい、凍崎が情報をもたらさなかったところで、俺は崩壊をどうにかする覚悟をとっくに固めていたんだけどな。


『言っておくがな、悠人。俺様は、おまえの性格が嫌いではない。自分の性格を直そうなどと、つまらぬことは考えてくれるな。そもそも、簡単に変えられるようなら性格とは言わぬ』


「そりゃ、そうだが……。じゃあ、どうしろってんだ?」


『……ふむ。では、逆に訊くがな。俺様なら、おまえのその質問になんと答えると思う?』


「はっ? ええっと……そうだな」


 質問に質問で返すな、と思わなくもなかったが、何か意味があるのだろう。

 俺はしばし考えて、


「まあ、クダーヴェなら、誰にも負けないくらい強くなればよいではないか、とか、そんなとこだろ」


 ……そう考えてみると、俺はあきらかにアドバイスを求める相手を間違えてるな。

 最強を自負する存在バハムートに人生相談を持ちかけても、「もっと強くなれ」で終わるに決まってる。


『そうだ。それが俺様の答えだ。逆に言えば、俺様にはそうとしか言えぬ。壁があるなら壊せばよい。だが、それは俺様が最強だからこそ言えることだ』


「だよな」


『しかしだな、こうも思うのだ。おまえはいずれ、この問題に直面する。そのときに「逃げる」選択肢があればよいのだが、そうとは限らぬ。しかも、俺様の見るところ、おまえは他人が逃げ出すような場面でこそ逃げぬという奇妙な性質を持っておる。おまえは「逃げる」のが下手すぎるのだ』


「……そんなことを言われたのは初めてだ」


『ならば、覚えておくがよい。いずれ答えを出す必要に迫られよう』


 見れば、空間に残っていた「繊維」はすべて焼き払われていた。

 俺と会話しながら複数の光線ブレスを操るとは器用なやつだ。


「わかったよ。じゃ、神様に会ってくる」


 俺は黒いポータルの中に飛び込んだ。

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