105 ご褒美
ポータルを抜けると、いつもの
石段を駆け上って本殿前へ。
桟に腰掛け、足をぷらぷらさせながら、狐耳の白髪の童女が待っていた。
「おお、わざわざすまんの」
桟から飛び降りて、神様が言ってくる。
「すまん、神様」
俺は開口一番、謝った。
神様が戸惑った顔を見せる。
「いきなり何を謝っておるのじゃ?」
「あの剣のことだ」
俺は一個しかない「賢者の石のかけら」を「スキルバースト」に使った。
「スキルバースト」は、対象としたスキルが二度と取得できなくなる代わりに一度だけ効果を百倍にするというスキルだ。
その「二度と取得できなくなる」というデメリットを「賢者の石のかけら」で削除した。
だが、「賢者の石のかけら」の使いみちには、もうひとつの候補があった。
「武器投げ」だ。
「武器投げ」は武器の攻撃力のS.Lv倍の威力が出る強スキルだが、投擲した武器は壊れてしまう。
この「投擲した武器が壊れる」デメリットを「かけら」で削除する手もあった。
だが、「かけら」は一個しかない。
「草薙剣」の破壊を避けることを優先して「武器投げ」に使えば、「スキルバースト」のデメリットは残ったまま。
俺は強力なスキルの数々を二度と取得できないことになってしまう。
悩んだ挙げ句、俺は神様に託された「草薙剣」より、自分の都合を優先したってことだ。
「悠人よ。おぬしが謝ることはない。我は怒ってなどおらぬ」
神様は静かに首を振った。
「でも……」
「我はおぬしにあれを託したのじゃ。あれを壊すことまで含めておぬしの自由じゃ。必要と思ったからそうしたのであろう?」
「それはそうだが……」
もし「武器投げ」に「かけら」を使っていたら、俺は「スキルバースト」をかけるスキルの数を絞っただろう。
いくら世界の危機とはいえ、有用なスキルを永久に失うのは痛すぎるからな。
「かけら」を「武器投げ」に使っていれば「草薙剣」を壊さずに済んだかもしれないが、その代わりにあの一撃の威力は大幅に落ちていた。
その結果として
それに、そこまでして「武器投げ」のデメリットを削除したとしても、「草薙剣」が絶対に無事で済むとは限らなかった。
スキルコンボの威力に耐えきれず、
もし壊れなかったとしても、投げた剣をどうやって回収するのかって問題もある。
なにせ俺は「草薙剣」を世界の裂け目に投げ込んだわけだからな。
結局、「草薙剣」がどこまで飛んでいったのかもわからない。
壊れるところも見えなかったが、奇跡的に無事だったとしてもサルベージする方法がない。
要するに、「武器投げ」のデメリットを削除しても、「草薙剣」は失われる可能性が高かったんだよな。
かといって他の武器(「からくりランス」や「レーザーブレード」など)じゃ、神器である「草薙剣」の代わりにはならないし。
「神器とはいえ、あれは武器じゃ。世界の行く末を決する戦いで役に立てたとあらば、あやつにとっても本望であろうよ」
神様は目をつむり、しみじみとそう言った。
……どうやら、ほんとに怒ってはないらしい。
「てっきり怒られるとばかり思ってた」
「我をあの融通の利かぬシステムと一緒にするでない。世界を救ってのけた英雄に、無体な文句をつけるとでも思うたか? そのような愚物と思われることのほうが心外じゃ」
本気で不服そうに、神様が言う。
「……すまん。そうだな」
「うむ。であれば、この話はおしまいじゃ」
パン、と柏手を打って神様が言った。
「じゃあ、なんの話で呼ばれたんだ?」
「おぬしを呼び寄せたのは、おぬしに褒美を与えねばならぬと思ったからじゃ」
「褒美?」
「うむ。まず、最初に言わねばならぬな。今回の件、誠に大儀であった。これほどの危機が犠牲らしい犠牲もなく終結したのは、
と言って、深々と頭を下げてくる神様。
「い、いや、いいって。放っておいたら世界ごと滅ぶところだったんだ」
「それはそうなのじゃがな。それでも、
「そういうのはいらないから。……まあ、正直、持ち出しばかり多くて割には合わなかった感じだけどな」
と、肩をすくめる俺に、
「スキルコンボの件じゃな? まったく……あのシステムめは融通が利かぬ。世界を救った英雄を褒め称えるどころか、力を奪ってしまうとは……。世界を救った以上は世界そのものと等しいだけの褒美を与えられて然るべきというものじゃ」
「……まあ、『天の声』の言うこともわからなくはないからな」
「スキルバースト」は、スキルのロストという大きな代償を払うことを前提に設計されたスキルだ。
そのデメリットをレアアイテムで削除、その上「スキルバースト」を複数のスキルに同時にかけ、それらをコンボとして重ねがけした。
おまけに、攻撃に使ったのはこの国の神器である「草薙剣」だ。
そんなの想定してないよ、と言われても不思議じゃない。
「おぬしは聞き分けが良すぎるのじゃ。もっと憤って良いところであろうが!」
と、俺以上に怒ってる様子の神様。
ちみっちゃい神様が怒る様子はかわいらしい。
おかげで、かえって怒る気がなくなってしまった。
「システムが奪うのであれば、我が与えよう。幸い、世界の狭間から流れ込んだ
と、神様が言ってくれる。
「思うがままって……ほんとに?」
「うむ。それですら、
「マジか……」
今回は大赤字だと思ってただけに、神様の提案は嬉しい驚きだ。
神様は小さな胸を張って、
「さあ、申してみるがよい。なんでもよいのだぞ? おぬしが欲しいと思うものを遠慮なく申せ。
誰かが持ってる貴重なアイテムを奪うとか、意中の異性を自分に惚れさせるとか、邪魔になる誰かを死なせるとか、そういう願いはアウトってことだな。
もちろん、言われなくてもそんなこと望むはずが……
いや、そうでもなかったか。
そういう望みがアリだったら、「凍崎誠二の死亡」を願うという手がなくもなかった。
殺さずとも、「凍崎誠二が俺のことを完全に忘れる」とか「凍崎誠二が俺に今後一切興味を示さなくなる」とかいった発想もありうるな。
だが、これらの望みは他者に直接悪影響をもたらすものだからアウトってことだ。
……まあ、そうでなくても、せっかく褒美をくれると言ってくれてる神様に「あいつを殺してくれ」なんて言えないけどな。
それ以外で俺が欲しいものはなんだろう?
それこそ、一生遊んで暮らせるだけの金がほしい……と言っても叶えてくれそうだよな。
でも、今の俺なら、探索者を続けるだけでそのくらいの金はすぐに貯められる。
贅沢をしたいわけでもないから数億円もあれば十分だ。
それこそ、クローヴィスから盗んだ異世界のアイテムを一つでも売れば、それだけで数億は下らない。
数十億……いや、百億を超えてもおかしくないか。
さすがにそれはもったいないにしても、備蓄してるエリクサーを束にして売るだけでも数億は固い。
じゃあ、もう一生分稼いだから探索者をやめてのんびり暮らします……となるかというと、そんなことはない。
なんだかんだで、ダンジョン探索は楽しいからな。
まだ取得してないスキルも山ほどある。
その意味では、今の俺に神様に頼んでまで欲しい物はないんだよな。
だから……そうだな。逆に考えてみよう。
今不足してるものはなんだろうか?
それはやはり……力だろう。
さっきクダーヴェも言ってたが、この先、俺が今のままの生き方を続けていれば、必ず火の粉が降りかかってくる。
クローヴィスの問題は片付いたが、凍崎誠二の問題は手つかずだ。
クローヴィスは、ある意味で対処しやすい敵だった。
単に殴り倒せばいいだけだったんだからな。
臣下のいない王様なんて、いくら強くてもしょせんは一介の探索者にすぎない。
もし殺さざるをえなくなったとしても、元々この世界にいなかった人間(エルフ)なんだから問題にはなりにくい。
あからさまに悪人だし、レッドネームでもあったからな。
しかし、凍崎誠二はそうじゃない。
凍崎誠二は政治家だ。
与党所属の国会議員で、あの様子を見る限り官邸への影響力もあるらしい。
政財界に強い影響力を持つ凍崎を敵に回すのは、この国を敵に回すのに近いだろう。
今の俺が、戦力としてどのくらいの位置にいるのかはわからない。
常識的にレベルを上げただけの探索者が相手なら、相手のレベルが万を超えていてもなんとかなる。
「スキルバースト」のせいで一時的に下がってはいるものの、俺の能力値はレベル1万超えの探索者のものを上回ってるはずだ。
攻撃手段も豊富で、あらゆる相手に対応できる。
不安があるとすれば、相手が特殊な固有スキルを持ってるばあいだな。
あるいは、単純に一定以上の強さの探索者を複数ぶつけられればそれなりに窮地に陥るだろう。
だが、いちばん対処が難しいのは、凍崎が政治的な立場を利用して俺を社会的に殺そうとしてくるばあいだよな。
あるいは、利用するために囲い込もうとするか。
どっちかといえば、そっちのほうがありそうだ。
俺を殺しても凍崎の得になることはなさそうだが、俺をこき使えば利益の出し方はいくらでもある。
もちろん、それがフェアな取り引きなら俺にとっても損はない。
だが、個人的な遺恨を脇に置いたとしても、凍崎に道具のように使われたいとは思えない。
そもそも、「個人的な遺恨」だけでも、あいつの手を弾く理由としては十分すぎる。
やつの干渉に抵抗するのに必要なのは……同じくらいの権力か、あるいは絶対的な実力か。
前者は現実的じゃないから、必然的に後者を目指すことになる。
……まるでクダーヴェみたいな解決策だけどな。
じゃあ、絶対的な実力を手に入れるために、今神様に何を願えばいいのか?
強力な装備?
強力なスキル?
あるいは能力値の上昇?
もらって終わりじゃなくて、その先でさらなる成長につなげられるものがいいよな。
となると、ずっと欲しいと思ってたあれしかない。
俺が顔を上げると、
「……決まったかの?」
と神様が訊いてくる。
小さくうなずいて、俺は要望を口にする。
「ああ。
ずっと思っていたのだ。
たしかに、敏捷の高い俺は、複数のスキルを器用に使い分けることができる。
武器に関しては「クイックドロー」のおかげで持ち替えもスムーズだ。
だが……それでもやはり、
どんな状況にも対応できるともいえるが、とっさのときに検討すべき選択肢が多すぎるんだよな。
「思考加速」のスキルはピンチのときにしか使えないし、「現実から逃げる」は自分を追い込む時間が必要だ。
しかも、「現実から逃げる」を連用すると、「現実に戻りたくなくなる」というデメリットが発生する。
さっき、戦いが終わって「現実から逃げる」を解除するときにもあったんだよな。
月曜の朝に学校や会社に行きたくないと思うあの気持ちを、かなり強烈にしたような感覚が。
……まあ、高校時代、会社時代の最悪の時期にくらべれば、まだまだ気合いで乗り切れる範囲ではあったんだが。
前回の使用からそこそこ時間があったのに副作用が出た。
もし戦闘中に連続での使用を余儀なくされれば、亜空間にひきこもったまま現実に帰ってこられなくなるおそれがある。
ひきこもりだった俺には、その状況がわりとリアルに想像できる。
想像できるだけに、かなりリアルな恐怖でもある。
ひきこもり先が亜空間では、俺を引っ張り出してくれるやつもいない。
時が停まった亜空間で未来永劫ひきこもり続る……いくら俺が元ひきこもりだからって、そんな末路はあんまりだ。
ともあれ、スキルのバリエーションの多さは、武器であるとともに弱点でもある。
さっきの「繊維」との戦いで、「現実から逃げる」なしでも同じことができたか?
無理だ。
あの速度の攻防では一瞬の迷いが命取りになる。
武器か魔法か。
剣か槍か。
そういう選択を突きつけられるたびに迷いが出る。
もし一切の迷いなしに正しい選択ができたとしても、そこに選択肢がある以上、必ず一瞬の時間を要してる。
選択肢がなければ迷わず攻撃できるのに、なまじ選択肢があることで、選択→攻撃とステップが二つになってしまう。
さっきの戦いでもそうだ。
選択肢がメギドブレスだけだったクダーヴェと比べると、俺がいかに面倒なことをやってるかがわかるだろう。
それでも、スキルコンボがあるうちはよかった。
複雑なスキルの切り替えに伴う精神的なコストを、スキルコンボの火力と連携が補ってくれた。
フラストレーションの貯まる面倒な作業であっても、それ以上の見返りがあったってことだ。
それに、あらかじめコンボの流れを決めておけば、悩むのは最初の一撃だけで済む。
スキルコンボには、戦闘の手順化、自動化という隠れたメリットもあったのだ。
だが、スキルコンボは封じられた。
できるにはできるが、以前ほどの絶大な威力は期待できない。
スキルをたくさん持っていることの強みが薄らいだということだ。
それなら、似たようなスキルを統合してしまったほうがいい。
スキルの数は、迷いの数だ。
スキルを統合すれば、その分迷う余地が少なくなる。
統合して、上位のスキルに進化させる……なんてことができれば最高だよな。
もちろん、そんなことができれば、の話ではある。
世の中にスキルは無数にあるが、スキルを新しく生み出したり、複数のスキルを合成したりするスキルは知られていない。
この狂った現代において、スキルはいわば「ブロック」だ。
子ども向けの、海外メーカーの有名なカラーブロック。
ひとつひとつのスキルは、そのカラーブロックに当たる。
スキルを組み合わせて理想の形を目指すことはできる。
だが、カラーブロックそのものを変形させるのは反則だ。
カラーブロックのコンテストに、ブロックを溶かして鋳型に流し込んだものを提出したら、大顰蹙を買うだろう。
ブロックはブロックのままで使うのがこの世界の基本的なルールなのだ。
探索者のステータスというのは、レベルを別にすれば、既成のカラーブロックの組み合わせにすぎないともいえる。
「槍技」にするか「槍術」にするか。
「火魔法」にするか「水魔法」にするか。
悩みながらブロックを組み上げて、自分の思い描く立体像を造るのが、探索者のスキルビルディングなのだ。
そこには当然制約があるが、だからこそおもしろい面もある。
ゲームには適度な抽象度が必要だ。
完全に現実そのままのVRゲームを作ったとしたら、その中で遊ぶことは現実世界で遊ぶのと完全に同じだってことになる。
現実の面倒な部分をデフォルメし、おもしろい部分だけを尖らせる。
現実世界で剣を極めようと思ったら大変な努力と才能が必要だが、スキルの「剣技」ならSPさえ貯めれば取得できる。
ブロックにはブロックなりのメリットがあるってことだ。
ブロックは、色と形が決まっている。
ブロックの色や形を意のままにいじれるようなスキルはない。
それが、探索者の常識だった。
だが、俺は二つほどその例外を知っている。
「賢者の石のかけら」のデメリット削除。
「極意書」のスキルレベル上限上昇。
この二つは、出来合いのカラーブロックに部分的な修正を迫るものだ。
そんなことが可能ならば、あるいは――
「ふむ。スキルを統合するスキル、じゃな……」
神様が指先を顎に添え、思案するように首を傾ける。
「単に統合するだけじゃなくて、進化させられるようなスキルだったらなお有り難い」
もしそんなスキルがなかったとしても、今回だけは特別だ。
世界の狭間から流れ込んだ、なんの規則も刻まれていない
それを神様が手ずから加工してご褒美を作ってくれるっていうんだからな。
スキルライブラリとやらにそういうスキルが存在しなくても関係ない。
神様に作ってもらえばいいのである。
こんなチャンスは、今回を除いてないだろう。
今俺が神様に何かを望むとしたら、これ以上のものはありえない。
……と、思ったのだが。
「うむむむ……」
神様の眉間にしわが寄り、頬をつうっと汗がつたう。
たっぷり十数秒はかかっただろうか。
神様は顔を上げ、小さな両手を合わせて言った。
「――すまぬ! それは無理そうじゃ!」
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