93 無力化
「悠人さん! グリフォンが!」
はるかさんが警告してくれるが、「気配探知」で把握済みだ。
上空でサンダーグリフォンが翼を丸めた。
急降下の体勢だ。
それに対する応じ手はもちろん、
「来いっ、クダーヴェ!」
『クハハハハ! 今度こそ遠慮はいらんようだなぁっ!』
――グオオオオオオオッッッ!!
派手な演出で現れるなり、クダーヴェがサンダーグリフォンに咆哮を放つ。
直接向けられてない俺ですら、反響だけで気絶しそうだ。
クダーヴェにとってはただ吠えただけなんだろうが、幻竜の咆哮は物理的には音響兵器、精神的には魂への攻撃だ。
目の前の現実から逃げたいという気持ちを三秒未満で抑えつける。
連続使用できない「現実から逃げる」をこんなところで浪費したくないからな。
「きゃあっ!」
と悲鳴を上げ、後ろではるかさんが尻もちをつく。
「強奪」連射のヒットストップ中だったクローヴィスは衝撃で数メートルも吹き飛んだ。
上空のサンダーグリフォンは……ああ、気を失ってるな。
急降下の体勢は完全に崩れ、錐揉み状に回転しながら地下ダムの水の中に墜落した。
もちろん、俺がこの機を逃すはずがない。
「サンダーストライク!」
「ぐがあああああっ!?」
スキルシナジーの乗った「上級雷魔法」がクローヴィスを撃つ。
一撃で消し炭に……はならない。
「鑑定」するとHP1を残して行動不能状態になっていた。
さっきまでの「強奪」連射三連でもHPをかなり削れてたみたいだな。
今の攻撃で死ななかったのは、「ノックアウト」を乗せたからだ。
なぜこの危険な男をさっさと殺してしまわないのか? と思うかもしれないな。
その思いにはまったく同感だが、よくよく考えてみるとこの場でクローヴィスを殺せない理由がある。
今、この奥多摩湖ダンジョンはフラッドの最中だ。
フラッド中のダンジョンでレベル5079のエルフが死んだ場合、どんな影響が出るかわからない。
以前光が丘公園ダンジョンでフラッドが起きたとき、その引き金になったのは高レベル探索者・凍崎純恋の非業の死だ。
クローヴィスをここで殺してしまうことにはリスクがある。
ちなみに、その凍崎純恋は『熱い、熱い……』とわめきながら、召喚者である俺の意図に従って、クローヴィスに警戒態勢を取っている。
「ノックアウト」の行動不能状態では、口をきくこともできなくなる。
この状態では呪文を唱えることもできない。
クローヴィスには「無詠唱」があるが、スキルの発動も行動不能の「行動」の範囲に入るから問題ない。
「悠人さん!」
「おわっ!?」
いきなり後ろから抱きつかれ、よろめきそうになる。
背中に押し当てられた感触が……じゃなくて。
今はクローヴィスを警戒しなくては。
前に回されたはるかさんの腕を解こうとして、気づく。
はるかさんは震えていた。
俺ははるかさんの腕に手を重ね、
「無事だったか、はるかさん?」
「ええ……ありがとう。助けに来てくれて」
「境内では巻き添えにしてすまなかった」
天狗峯神社での戦いで、「ノックアウト」付きとはいえはるかさんを攻撃魔法の巻き添えにしてしまった。
「あの状況ではしかたないわ。……死ぬかと思ったけど」
背中ではるかさんがくすりと笑う気配がした。
「また後でちゃんと謝るよ。悪いけど、まだ安心できるかどうかわからない」
もしこれで終わりなら、神様があんなものを貸してくれた理由がわからない。
神様が言ってた「因果」とやらを未然に防げたのかもしれないが……。
「ご、ごめんなさい」
はるかさんが身を離す。
「その、嬉しくて……。悠人さんは私なんかに興味ないんじゃないかって……」
「……そんなわけないだろ」
微妙に返答に困ることを聞かないでくれ。
「クローヴィスはこれで無力化できたと思うか?」
「おそらくは……。どういう状態かわからないけど、動けなくしたのよね?」
「ああ」
俺はアイテムボックスから手錠と猿ぐつわを取り出した。
……なんでそんな物を持ってるかって?
芹香に押し付けられたんだよな。
ほのかちゃんを助けてアルティメットフリーダムとかいう悪質な探索者サークルの構成員を倒したあとに。
俺は探索者の拘束用だという手錠と猿ぐつわをクローヴィスに付ける。
行動不能のクローヴィスは俺を血走った目で睨むだけだ。
行動不能状態はHPを回復しない限り続くから、原理的には拘束する必要はないんだけどな。
「……そういえば、フラッドはどうなってるんだ?」
そもそも、ダンジョンボスが倒されてるのにフラッドが継続してる時点でおかしいよな。
光が丘公園ダンジョンのときはボスであるホビットスモウレスラーを倒すことでフラッドが終息した。
「クローヴィスはダンジョンボスであるミヅチを媒体にして、異世界からシュプレフニルを召喚するつもりだったのよ」
と、はるかさん。
……いや、説明のつもりなんだろうけど、よく意味がわからない。
「そのシュプレ……ってのはなんだ?」
俺の問いに答えたのははるかさんではなかった。
『界竜シュプレフニルだ。俺様やそこのエルフの娘がいた世界の……なんといおうか、世界の守護者であり、番人であり、看守でもある。名前の由来は「繭でくるむもの」だ』
「あ、あなたは……まさか幻竜様ですか!?」
降下してきて解説を垂れたクダーヴェに、はるかさんがのけぞった。
……どうでもいいことだけど、クダーヴェから見るとはるかさんは「エルフの娘」扱いになるみたいだな。
エルフは長寿の結果精神が摩耗するらしいが、同じく長寿を誇るクダーヴェには摩耗のまの字も見当たらない。
この俺様ノリで何万年も生きてきたのかと思うと、逆の意味で感心してしまうよな。
『クハハハ! よくわかったな。この世界ではクダーヴェと呼ぶがいい』
「ゆ、悠人さんは幻竜様を従えているの!?」
「従えてるって感じじゃないけどな。言って聞くようなやつじゃないし」
『何を言う。おまえの要望通りにサンダーグリフォンめを沈めてやったろう』
「そうだったな。助かったよ」
『まったく、ダンジョンを壊さん程度に加減するのは大変だったぞ。もっと周囲を気にせず暴れられる状況はないのか?』
「無茶言うなよ。そんな暴れ方をしたら核ミサイルが飛んでくるぞ」
気軽に言い合う俺とクダーヴェに、
「ここに現れるまでの早さといい……悠人さんって何者なの?」
「いや、ただの探索者だって。……それよりクダーヴェ、シュプレフニルってのは?」
『うむ。奴は――』
クダーヴェが口を開きかけるのと同時に、クローヴィスがびくりと震えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます