92 回収
「ショートテレポート」を意識すると、視界に半透明の青い人影が投影された。
俺とそっくりの輪郭を持つそれは、「ショートテレポート」の転移先を示すマーカーだ。
今のスキルレベルでは最大で8メートル。
ギリギリまでマーカーを進めてるが、まだはるかさんの数歩手前だ。
……どうする?
クローヴィスがこっちに向き直る前に一気に距離を詰めるべきか?
学校の体育は苦手だったが、「逃げる」のおかげで十メートル前後のダッシュはいまや自家薬籠中のものと言っていい。
不規則なジグザグ走行、緩急をつけてのフェイント等、「逃げる」で培ったノウハウが山ほどある。
クローヴィスから直接攻撃される分には回避しきる自信があった。
だが、クローヴィスははるかさんから離れない。
何かあってもすぐにはるかさんを人質にできる位置にいる。
俺の襲撃を予期してるわけではないだろうが、けっして油断はしていない。
一瞬でもその注意を逸らせればいいんだが……。
しかし、この場にいるのはクローヴィスと俺とはるかさんだけだ。
いくら待ってもこちらに都合のいいアクシデントが起こることはない。
はるかさんにこちらの存在を知らせて動いてもらう?
ダメだ。そんなことをしたらクローヴィスにも気づかれる。
クダーヴェを喚ぶか?
でも、クローヴィスは俺がクダーヴェを召喚するのを見てるからな。
クダーヴェが現れたらその瞬間にはるかさんを人質に取るはずだ。
じゃあ、「シークレットモンスター召喚」で堡備人海を喚んで囮に?
だが、レベルに劣る俺の召喚モンスターではクローヴィスや上空のサンダーグリフォンに対抗できない。
……いや、待てよ。
そうだ、あのスキルを使ってみよう。
クローヴィスには見せてないので意表をつくこともできるだろう。
でも……ダメだな。
攻撃のためのスキルを使うと「ステルス」の効果が切れてしまう。
召喚→攻撃させる というステップを踏む前に、クローヴィスがはるかさんを人質にする。
スキル自体の演出も目立つから、発動した瞬間に発見されるのはまちがいない。
あるいは、今の状態からクローヴィスに不意打ちをしかけるか?
天狗峯神社の境内では仕留め切れなかったが、「強撃魔法」等スキルは全般的に強化した。
まだ発見されてない今なら、「先制攻撃」や「奇襲」の効果も乗る。
信頼と実績の先制一撃確殺戦法は成り立つか?
……微妙なところだな。
クローヴィスには「高慢」――レベルが自分より低い相手のダメージをS.Lv×10%カットするスキルがある。
スキルレベルは5だから、俺の攻撃のダメージを一律半減できる計算だ。
やはり、なんとかして
そのためには、スキル発動の気配を抑えるか、スキルを離れた場所で発動したい。
だけど、そんな方法なんて――
……いや、あの手があるな。
うまくいく保証はないが、やってみるしかないだろう。
何をやるつもりかって?
まあ、見ててくれ。
俺はアイテムボックスからエリクサーを取り出した。
そのエリクサーに、「スキル付与」のスキルを使う。
「スキル付与」は非戦闘スキルだから「ステルス」は消えない。
付与したのは、これまで使わずじまいだったあのスキルだ。
エリクサーを「鑑定」。
Item──────────────────
スキル「英霊召喚」が付与されたエリクサー
HP・MPを全快し、あらゆる状態異常を解除する。
エリクサーの使用、または容器の破壊によってスキル「英霊召喚」が発動する。召喚される英霊は「地獄の炎に身を焼かれる
────────────────────
……よし、ばっちりだ。
俺は「英霊召喚」の付与されたエリクサーを「投擲」――じゃなかった、スキルは使わず普通に投げる。
危ね。
スキルを使ってたら「ステルス」が消えるところだった。
威力は必要ないんだから、単に投げるだけでいいんだよ。
狙うは、クローヴィスから見てはるかさんとは逆の側の地面。
コンクリートのような地面にぶつかり、パリンと音を立ててエリクサーが割れた。
「――何だっ!?」
慌てて振り返るクローヴィスの前に、地面から火柱が噴き上がる。
火柱の中をよく見ると、炎の中に女がいる。
「地獄の炎に身を焼かれる凍崎純恋の亡霊」だ。
『熱゛い゛い゛い゛い゛い゛……! 痛゛い゛い゛い゛い゛!!!』
もがき苦しむ凍崎純恋が、手から炎の鞭を走らせる。
自分を焼く炎を操れるらしい。
元のスキル構成にはない能力だ。
「ちぃっ!?」
クローヴィスは身体の前から水流を放ち、亡者の炎をかき消した。
「精霊魔法」を「無詠唱」で使ったんだろう。
「無詠唱」は呪文がいらない代わりに魔法の威力が低くなる。
それでも、レベル5079のクローヴィスとレベル2941の凍崎純恋の亡霊では、元となる魔力の値が違いすぎる。
「ぼ、亡霊!? なぜこんなところに……!?」
と驚くはるかさん。
「おまえはまさか!? 馬鹿な、死んだはずでは……!?」
クローヴィスが亡霊を見て驚きの声を上げた。
この反応――凍崎純恋と面識があるのか?
疑問に思ったが、それは今は後回しだ。
「ショートテレポート」。
近づいてからテレポートかテレポートしてから近づくかで迷ったが、先にテレポートして距離を詰める。
転移前に気づかれるより転移後に気づかれたほうが、はるかさんとの距離が近い分だけ有利になるからな。
思った以上に狼狽えたクローヴィスを尻目に、俺ははるかさんの前に滑り込む。
「ゆ、悠人さん!?」
「人間の探索者だと!? もう追ってきたというのか!?」
はるかさんとクローヴィスが俺に気づく。
だが、もうクローヴィスと言葉をかわす必要はない。
猶予を与えるのは危険でもある。
俺はアイテムボックスから「連射弓」を取り出した。
久留里城ダンジョンで手に入れたからくり仕掛けの弓だ。
ピーキーすぎて使えないと思ってたが、今からやることにはこれ以上ないほど最適だ。
「――全員返してもらうぞ!」
「狙撃」「ブルズアイ」「ロックオン」で命中率を最大化。
「弓術」の下位スキル「速射」に「弓技」の下位スキル「連射」を重ね、連射速度を極大化。
「スタン攻撃」「重撃」「ヒットストップ」の三つを乗せて、着弾後の硬直時間を引き伸ばす。
そしてもちろん、本命の「
「強奪」失敗時に備えて「ノックアウト」もな。
「ぐガガガががっ!?」
立て続けに矢を突き立てられ、クローヴィスが苦鳴をあげる。
クローヴィスの敏捷では避けられないし、幸運回避が出ることもない。
俺は聞こえてくるはずの「天の声」に耳を澄ます。
《「エルヴンマント」を盗んだ!》
《「文月夢乃」を盗んだ!》
《「ハイポーション」を盗んだ!》
《「雷鳴の杖」を盗んだ!》
《「守護の指輪」を盗んだ!》
《「石上俊介」を盗んだ!》
《「世界樹の杖」を盗んだ!》
「ちっ、八分の二か」
というのはもちろん、取り返せた探索者の数のことだ。
クローヴィスのアイテムボックスに囚われた探索者たちをどう助けるか?
それを考えたときに、俺の脳裏に浮かんだのは「盗む」のことだ。
「人間物品化」で物にされてるのなら、装備やアイテムと同じく「盗む」や「強奪」の対象になるのではないか?
トレジャーホビットの「盗む」は、アイテムボックスの中にあるアイテムすら盗める仕様になっていた。
「強奪」でアイテムボックス内の物品化された探索者たちを盗み出すこともできるはずだ。
もしこの想定が間違っていたら彼らの救出は難しかった。
クローヴィスを締め上げて解放させるにしても、素直に言うことを聞くとは思えないからな。
なにせ、物品化された人間は物と同じように破壊できるとスキルの説明文に書いてある。
クローヴィスが最後の嫌がらせで破壊することは十分ありえる。
それがフラッドに影響を及ぼして、クローヴィスのもくろみを成就させてしまうおそれもあった。
とはいえ、全員回収できるまで一回一回「強奪」を繰り返すのでは埒が明かない。
こっちの狙いもすぐに気づかれるだろうしな。
そこで編み出したのが、連射弓と弓系スキルを組み合わせての「強奪」連射だ。
からくり仕掛けの連射弓にもスキルによる連射補正はちゃんと乗る。
連射速度を上げる複数のスキルの効果によって、連射弓のからくり部分がズタタタタ!とミシンみたいな勢いで作動した。
時間あたりの発射数は自動小銃並かもしれないな。
一秒にも満たないあいだに装填されたすべての矢が吐き出され、全弾がクローヴィスの胴体に突き刺さった。
そのすべての矢に、「強奪」の盗み判定が発生してる。
ただ、クローヴィスの所持品や装備も「強奪」の対象になるせいで、八人中二人しか回収できなかった。
「き、貴様、いつのまに……!」
着弾後の硬直でクローヴィスは動けない。
一回では回収しきれないことを織り込んでの「スタン攻撃」「重撃」「ヒットストップ」だ。
「スタン攻撃」はデフォルトで取得可能なスキルだがSPが高めなわりにスタンの持続が短く、取得する奴が少ないスキル。
「重撃」は「奥義書・破の巻」、「ヒットストップ」は「奥義書・急の巻」の使用で取得可能になってたスキルだ。
今回はそれぞれスキルレベル3まで上げている。
「悪いがおまえの話を聞く気はないんでね」
連射弓は、たしかに瞬間的に高火力を出すことができる。
スキルを併用すればなおさらな。
でも、この武器にはひとつ致命的な欠陥がある。
リロードの遅さだ。
矢を撃ち切ってしまうと、
もちろん、クローヴィスの前でそんなことをしてる余裕はない。
じゃあどうするかって?
俺は「クイックドロー」でアイテムボックスから
「クイックドロー」の効果で「アイテムボックス」のラグも装備変更のラグもゼロ秒だ。
「ま、待っ……ぐべガガガっ!?」
クローヴィスが愉快な悲鳴とともにダンスを踊る。
《「ハイポーション」を盗んだ!》
《「能勢直哉」を盗んだ!》
《「ハン・ジウォン」を盗んだ!》
《「隼の靴」を盗んだ!》
《「エリクサー」を盗んだ!》
《「神林カレン」を盗んだ!》
《「エルヴンブーツ」を盗んだ!》
「き、貴様ぁっ! 俺に何をした!?」
クローヴィスは混乱している。
状態異常ではなく、普通の意味での混乱だ。
自分が何をされたかわからないんだろう。
装備が消えたことには気づいてもよさそうなもんだけどな。
なお、装備を盗んでもクローヴィスがマッパになるわけじゃない。
その下にエルフらしい草色の貫頭衣を着てるから安心(?)だ。
ともあれ、これで八分の六だな。
回収したキューブ――物品化された探索者たちは、「強奪」の仕様で俺のアイテムボックスに入ってる。
人をアイテムボックスに入れるのは気が引けるが、もう少しだけ我慢してもらうしかない。
「あと二人だな」
俺は三つ目の連射弓を「クイックドロー」。
「ぷげぐばばば……っ!?」
《「ハイポーション」を盗んだ!》
《「ルイーズ・ノースタイン」を盗んだ!》
《「ハイポーション」を盗んだ!》
《「マナポーション」を盗んだ!》
《「エリクサー」を盗んだ!》
《「殺戮の指輪」を盗んだ!》
《「椎名明里」を盗んだ!》
よし! 全員回収完了だ。
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