82 ダンジョントラベル

 ボス部屋に響く着信音。

 俺は慌ててスマホを取り出す。


 はるかさんやほのかちゃんからの着信かと思ったが、表示されたのは芹香の名前だ。

 正確には、電話じゃなくてギルドチャットの音声通話だな。

 ダンジョン内はスマホが圏外だから、ほのかちゃんたちから電話がかかってくることはありえない。


 だが、芹香からかかってくるのだって十分異常だ。

 探索者同士ではいきなり電話をかけないのがマナーだと聞いている。

 ギルドチャットが使えるようになったときに灰谷さんに教わった。

 もちろん、相手がダンジョンの探索中だったばあいに、着信に気を取られて危険な目に遭うのを防ぐためだ。


 ギルドマスターである芹香が、そんな初歩的なマナーを知らないはずがない。

 しかも、芹香から見れば、俺はボス戦の真っ最中かもしれなかったわけだ。

 ボス戦の直前にこれからボスに挑むとチャットでやりとりしてたんだからな。


 そうとわかっててなお、俺に電話をかけてきたということは――


「……もしもし」


『ゆうくん!』


 芹香が昔の呼び方で俺を呼ぶのは、たいていテンパってるときだ。


「どうした、緊急事態か?」


『ボス戦は終わった!?』


「ああ」


『Aランクダンジョンの初踏破をお祝いしたいけど、そんなばあいじゃないんだよ!』


「何があった? 都内のフラッドか?」


『ちがうよ! 都内のフラッドも続いてるけど、ゆうくんに知らせなくちゃいけないのはべつのことで……!』


「落ち着け、芹香」


『ご、ごめん。えっとね、落ち着いて聞いてほしいんだけど……』


 芹香がこれだけ動揺してるってことは、


「……俺に関係のあることなのか?」


 俺の中にあった嫌な予感が、徐々に形になっていく。


『うん。言うね? 天狗峯神社ダンジョンでフラッドが起きてるの』


 芹香の言葉に、俺は小さく息を呑む。


「……そうきたか」


『驚かないね』


「いや、それは……説明が長くなるんだ。天狗峯神社の状況は?」


『わからないの。Aランクギルドの「役小角えんのおづぬ」がいるはずだから、滅多なことはないと思うんだけど……今のところ連絡がつかなくて。フラッドの対処に追われてるだけならいいんだけど……』


「はるかさんやほのかちゃんも?」


『うん、ほのかちゃんのスマホにもかけてみたけど、反応がないの。何か起こってるのかもしれない……』


「協会から人は向かってるのか?」


 話しながら、俺はボス部屋の奥、一段高い歯車の上に飛び移る。

 そこに出現していた白いポータルに飛び込むと、一瞬のめまいのあとにダンジョンの外に。

 ダンジョンの外の空は、濃い茜色に染まっていた。


『要請はしたけど、とにかく人がいなくて。緊急出動用のヘリも出払っちゃってるし。今、自衛隊に要請してヘリを融通してもらおうとしてるとこ。ただ、どこも混乱してるから後回しになっちゃうかもしれなくて……』


「なら、天狗峯神社には俺が行く」


『ごめん、助かる。でも、悠人は今千葉のからくりタワーなんだよね? 天狗峯神社に行くまでには時間が……こうなったら習志野からヘリを出してもらって……? だけどそれこそ時間がかかるし! うう、皆沢さんがいてくれたら顔が利いたのに!』


 たしかに、普通だったら時間の心配をする場面だろう。

 この時間では東京駅行きの高速バスがあるかどうか。

 東京駅まで出られても、都内で乗り換え、そこから地元の最寄り駅まで一時間。

 さらに、その地元の最寄り駅からローカル線を乗り継いで終点まで。

 その終点駅からバスに乗って、ようやく天狗峯神社に辿り着ける。

 たぶん時間的にバスはないからタクシーをつかまえることになるだろう。

 それならいっそ、ここからタクシーで飛ばしたほうが早いかもしれないくらいだ。


 芹香は自衛隊のヘリをチャーターしようとしてるみたいだが、国と探索者協会の折り合いは悪いと聞く。

 出るかどうかもわからない許可を待つくらいなら電車移動のほうがまだ早いんじゃないだろうか。


 いずれにせよ、もし天狗峯神社がヤバい状態なら、とても間に合うとは思えない。


 だが、


「大丈夫だ。ちょうどいいスキルを手に入れた」


 俺は入口の黒いポータルに手をかざしながら、スマホの向こうの芹香に言う。


『へっ、スキル?』


「『ダンジョントラベル』! ……というスキルでな」


 スキルを発動すると、黒い水鏡のようなポータルに波紋が走る。



《ポータルの転移先を変更できます。選択できる転移先をリストアップしますか?》



「してくれ」



《転移可能なダンジョンは以下の通りです。

 ・黒鳥の森水上公園ダンジョン

 ・天狗峯神社ダンジョン

 ・光が丘公園ダンジョン

 ・ファムズ霞台グランマルシェダンジョン

 「葛沢南ダンジョン」は枯渇中のため転移できません。》



「天狗峯神社ダンジョンだ」



《「天狗峯神社ダンジョン」を転移先に設定するには、214,019円分のマナコインが必要です。よろしいですか?》



「に、21万……くそっ、いいからやってくれ!」


『ち、ちょっと悠人! わかるように説明してほしいんだけど!?』


「簡単に言うと、踏破済みのダンジョンの入口ポータルから、踏破済みの別のダンジョンに転移できるスキルだ」


『え、えええっ!? なにそれぇっ!? そんなとんでもないスキル聞いたことないよ!?』


「すまんが、説明はあとだ。悪い予感がする」


『わ、わかったよ。気をつけてね。対処しきれないと思ったら相談して』


「ああ。そっちもな」


 俺が通話を切るのと同時に、俺のスマホから大量のマナコインが溢れ出す。

 マナコインは空中で光となり、ダンジョンのポータルへと吸い込まれた。



《「久留里城ダンジョン」の入口ポータルの転移先が「天狗峯神社ダンジョン」入口に設定されました。》



「ぼったくりだよなぁ……。でも、あんなステータスを見せられて、じっと待ってなんていられるか」


 俺が「窃視」「看破」「アーカイブ」「再鑑定」で見破ったハイヒューマン様――あのクローヴィスとかいうエルフの本当のステータスはこうだった。



Status──────────────────

クローヴィス・エルトランド

エルフ

レベル 5079

HP 50790/50790

MP 914902/914902

攻撃力 99811

防御力 187742

魔 力 1418981

精神力 594723

敏 捷 567269

幸 運 12032


・固有スキル

人間物品化


・取得スキル

高慢5 精霊魔法5 儀式魔法5 魔獣召喚5 古式詠唱5 高速詠唱5 無詠唱1 魔導具作成3 従魔術3 アイテムボックス5 鑑定 偽装


・装備

世界樹の杖(世界樹の幹から削り出された杖。攻撃力+11200、魔力+34100、精神力+34100、幸運+14300)

エルヴンマント(防御力+21110、敏捷+23400)

隼の靴(防御力+10600、敏捷+10600)

殺戮の指輪(古代の虐殺者が好んだという指輪。攻撃力・魔力+42900、防御力・精神力-21000、幸運-42900)

────────────────────

Skill──────────────────

人間物品化

種族:人間・獣人・亜人を、人ではなくモノとして扱うことができる。

効果の発現には対象の自由を完全に奪う必要がある。


このスキルの対象となった者は、単なる物品として破壊することができる。


このスキルの対象となった者は、「魔導具作成」「調合」「調理」「からくり作成」等のスキルで、一部の素材・部品の代用品として用いることができる。


このスキルの対象となった者は、「アイテムボックス」に収容することができる。

「アイテムボックス」に収容された対象からは、自然回復MPを自動的に奪うことができる。

「アイテムボックス」に収容された者は仮死状態となる。


このスキルの対象となった者には、「従魔術」「命令」等、人間以外の魔物・魔獣・動物等を従えるスキルが有効となる。


能力値補正:

「人間物品化」の所有者は、各能力値に以下の補正を常に受ける。

HP -10%

MP +40%

魔力 +40%

精神力 +40%

幸運 -40%


現在物品化している人間:

椎名明里Lv1352

文月夢乃Lv1024

能勢直哉Lv1144

石上俊介Lv1223

神林カレンLv1538

ハン・ジウォンLv1100

ルイーズ・ノースタインLv1297

皆沢和輝Lv1791

────────────────────

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