77 警告

 俺はスキルコンボ(仮)の試行錯誤をしながら、久留里城ダンジョンを進んでいく。

 六層の終わりには脱出用ポータルがあったが、素通りして七層へ。


 俺は複雑なバウムクーヘンの中を、敵の気配と「ミニマップ」を頼りに進んでいく。


 何度かわかりにくい隠し扉やレバーを使ったギミックがあったが、「財宝発見」が宝箱の位置を示してくれたおかげで発見できた。


 宝箱の中身は「万能歯車」。

 一層から何度もこの歯車を拾ってるな。

 用途がさっぱりわからないのが気持ち悪い。


 階層が進むに従って敵のレベルも上がるが、俺からすると差を感じるほどの違いはない。

 SPのボーナス補正倍率が増えたときに、初めて敵のレベルが上がってたことに気づくほどだ。


 七層からは「からくり突撃兵」「からくり兵長」「からくりドローンスワーム」が出現モンスターに加わった。


 穂先に爆薬を仕込んだ突撃槍装備のからくり突撃兵は、突進スキルの「チャージ」と「自爆攻撃」が厄介だ。


 魔法で処理したほうが明らかに楽だが、今回の目的は楽をすることではない。


 あえてスキルレベルで劣る「槍術」の「槍からげ」で「チャージ」を受け、「自爆攻撃」は「パリング」してから間髪入れずに「格闘技」「投擲」で蹴り飛ばす。

 「自爆攻撃」の暴発で、蹴り飛ばした先にいたからくり戦車が大破した。


 からくり兵長は、からくり兵を全体的にバージョンアップしたようなモンスターで、武器スキルの修行相手にはもってこいだ。

 からくり兵がペンキの剥げた青なのに対し、からくり兵長はテカテカの赤。

 赤いからと言って敏捷が三倍だったりはしないが、「槍術」のスキルレベルが4で、「片手持ち」も2、仲間の連携を高める「指揮」のスキルも持っている。

 能力値もからくり兵より少し高い。


 この二種類のモンスターは、モンスターとしては別種らしい。

 からくり兵が出世してからくり兵長になるわけではない。

 そもそもの基本能力値(レベル1のときの)が違うからな。

 からくり兵長は生まれながらのエリートであり、からくり兵はどんなに精勤しても一生管理職にはなれないのだ。


 そのからくり兵長の繰り出す槍は、なるほど、一般兵のものより一段鋭い。

 だが、


「当たるかよ!」


 エリート兵長の華麗なる突きを、俺は右手の剣に利かせた「剣術」で受け流す。

 体勢を崩すからくり兵長。

 俺は、左手の剣で「剣技」の下位スキル「スラッシュ」を放つ。


 だが、からくり兵長は俺の「スラッシュ」を槍の柄で受け止めた。


 しかし、それは応じ手としては最悪だ。


 俺が今放った「スラッシュ」は、「双剣技」の下位スキル「十字斬り」の一段目でもある。

 続けて翻った右手の剣が、からくり兵長の胴を真横に薙ぐ。

 そしてこの横薙ぎは、「刀術」の下位スキル「燕返し」の一段目になっている。

 剣で「刀術」を使うと威力は落ちるが、剣速の速さはそれでも魅力。

 落ちた分の威力は「スラッシュ」を同時使用することで補えばいい。

 目にも止まらぬ速さで切り返された逆方向の横薙ぎが、からくり兵長の鋼鉄の胴を両断した。


 最後に残ったのはからくりドローンスワーム。

 小型のからくりドローンが三体一セットになったモンスターだ。

 一体一体は弱体化してるが、「データリンク」で正確な連携攻撃をおこなってくる。

 

 だが、三体一セットということは、HPも三体で共有されてるということだ。


 「弓術」の「散射」で三体それぞれに矢を当てれば、共有のHPを三射分削ることができる。

 「散射」は本来三体の別のターゲットに矢を放つスキルだが、からくりドローンスワームの場合、それぞれが一体とカウントされるらしい。

 このモンスターに限っては「連射」よりも「散射」のほうが時間当たりの攻撃回数が多くなる。


 だが、本来牽制用のスキルである「散射」は威力が低い。

 だから、「散射」のそれぞれに「弓技」の下位スキル「ショット」を乗せることで威力をアップ。

 もちろん、「狙撃」や「ブルズアイ」も忘れてない。


 高い幸運のおかげで三発ともクリティカルが出たようだ。

 からくりドローンスワームは俺を機銃の射程にとらえる前に爆散した。

 三体中一体だけが残ってるのは、俺が「ノックアウト」を使ったからだな。



 ……というような戦いを繰り返しながら、俺は順調に久留里城ダンジョンを攻略する。



 八層、九層も同じ流れで踏み越えて、ついにボス部屋の前にやってきた。


「さて、ボスの前にスキルを……ん? ギルドチャットが来てるな」


 俺はスマホを取り出し、「Dungeons Go Pro」の通知をタップ。



『パラディンナイツメンバー各位。

 緊急の連絡です。

 現在、都内および関東近県でダンジョンフラッドが複数発生しています。

 該当地域でダンジョン探索中の方は速やかに撤退してください。

 なお、この同時多発フラッドはカスケードでないことが確認されています。

 また、今後の展開によっては、非番の方に出動をお願いする可能性があります。

 可能な限り連絡のつく状態で待機してください。』



「これは……」


 メッセージは灰谷さんからだ。

 パラディンナイツの全体チャットに送られている。

 そのメッセージにはすでに、俺の知らない他のメンバーからのレスがいくつかついていた。


「同時多発フラッド……? でも、カスケードじゃないって?」


 「カスケードでないことを確認」というのは、「天の声」がカスケード警告を出さなかったということだろう。

 他に確実に「確認」できる手段がないからな。

 あの灰谷さんがあやふやな情報を「確認」したなどと書くはずがない。


「神様の言ってたことが当たったのか?」


 ダンジョン神社(断時世於神社)の神様は、最近ダンジョンに不穏な動きがあると言っていた。

 ダンジョンの資源が過剰に蓄積されていると。


「……俺はどうすればいい?」


 そこで、DGPに新たな着信が入った。

 芹香からのテキストチャットだ。


『ゆうくん、いまどこ?』


『千葉の久留里城ダンジョンのボス部屋前だ』


『大変なんだよ。あっちこっちでフラッドが発生してて……』


『灰谷さんのメッセージは見たよ』


 前回はものの見事にフラッドに巻き込まれたが、今回このダンジョンにフラッドの兆しはない。

 これからフラッドする可能性もあるが、すくなくとも今のところは平穏だ。


『手伝いが必要か?』


『頼むことになるかも。都内だけで七件もフラッドが起きてる。近県の情報はまだはっきりしないけど、私たちの地元まで範囲が広がるかもしれない』


『じゃあ地元に戻ったほうがいいな』


『うん。都内は探索者協会がすぐに動くし、探索者の数も多いからね。悠人には地元に戻ってもらって不測の事態に備えてほしいかな』


『ここのボスを倒してる時間はあるか?』


『もうボス部屋前なんだよね? それなら大丈夫だと思うけど。まだ地元でフラッドが発生したわけじゃないし』


 念のための待機ということなら、ここのボスを倒すくらいの時間的な余裕はあるだろう。

 本当にやばい事態なら、ここのボスをレベルレイズしてしっかり稼いでおいたほうがいいともいえる。


 ボスのレベルレイズによるダンジョンの枯渇も、Aランクダンジョンならさすがに心配しなくていいだろう。

 他のダンジョンでフラッドが多発してるような状況なら、いっそのこと枯渇させてしまったほうが安心なくらいかもしれないな。

 枯渇させないまでも、ボスのレベルレイズでダンジョンの資源を浪費させておけば、このダンジョンがフラッドする可能性を下げられそうだ。


 でも……そうか。

 フラッド中のダンジョンなら、枯渇の心配をせずにレベルレイズ稼ぎができるのか。

 フラッドが起きるほどに資源が過剰なら一回や二回じゃ枯渇しないだろうし。

 もし枯渇が起きたとしても、フラッド後の異常現象ということで深く追及されることもないだろう。


「どうする? いっそ都内に……いや、ダメだな」


 一瞬、地元ではなく都内に向かったほうがいいのではないかと迷ったが、ここは芹香の言うことに従うべきだ。


 地元のほうがはるかに手薄で、万一フラッドが起きたときには被害が大きい。

 通常なら都内の協会から専門の部隊が派遣されるのだが、都内でフラッドが多発してる今の状況下では望み薄だ。


 芹香が俺に非公式に頼んできたのも、協会に俺たちの地元に回せるだけの人員がいないからだろう。


『わかった。ここのボスを倒し次第地元に戻る』


 といっても、高速バスや電車を乗り継ぐ必要があるから、二、三時間はかかるんだよな。

 乗り継ぎの接続がいいことを祈るしかない。


『ごめんね。地元のことはお願い。こんなこと頼んでおいてなんだけど、ボス戦も焦っちゃだめだからね?』


『わかってる』


 これで終わりかと思ったが、少し間があってからチャットが来た。


『ひとつ、まだ未確認の情報があるの』


『なんだ?』


『フラッドの鎮圧のために出動した探索者の何人かと連絡が取れないって』


『なんだって』


『皆沢さんも自分のギルドを率いて出動したんだけど、連絡が取れなくなってるの』


 皆沢さんっていうのは、俺が最初にほのかちゃんを助けたときに、芹香に続いてやってきた監察員の人だな。

 協会本部で「羅漢」の動きを教えてくれたこともあった。

 国内レベルランキングの100位以内に入る、かなりの実力者だと聞いている。


『フラッド中は通信障害が起こることもあるんだよね。でも、完全に連絡が取れないっていうのは……』


『何かあったってことか』


『皆沢さんの実力とフラッドの規模を考えれば、不測の事態が起こるとは考えにくいんだけど』


『今回のフラッドには何か不自然なものがあるのかもな』


 と俺が思ったのは、もちろん神様の警告があったからだ。

 だが、神様の警告を今そのまま伝えても混乱を招くだけだろう。

 こんなことなら神様のことを前もって芹香に話しておくんだった。


『芹香も気をつけろよ。俺が必要だったら呼んでくれ』


『うん、ありがと。いつものフラッドより厳重に警戒して動くから』

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