76 種明かし

 整理のために、まずは「下位スキル」という概念について説明しよう。


 スキルには、単独の機能を持つものと、複数の機能を包含したものがある。


 たとえば「強奪」なら、物理攻撃をしながら敵からアイテムを盗むという単独の機能を果たす。

 いっぽう、「忍術」は、「氷床」「紫電地走り」「苦無投げ」といった多種多様な機能を含んでいる。


 このことは、スキルの説明文を見るとわかりやすい。

 そうだな……これなんてどうだ?


Skill──────────────────

妨害魔法1

各種状態異常を対象に付与する魔法の体系。

────────────────────


 このように、「子」となるスキルを複数含むスキルは、「○○の体系」という表現になっていることが多い。

 堡備人海の「相撲」にも、「張り手」「四股」「不知火の型」といったスキル内スキルが複数ある。


 この親スキルに対して子となるスキル、スキル内スキルのことを、下位スキルと呼んでいる。

 中には、親スキルよりも有名な下位スキルもあるらしい。

 神奈川よりも横浜、愛知より名古屋のほうが、遠くに住んでるやつには通りがいい、みたいな感じだろうか。


 それぞれ、わざわざ名前を与えられていることからもわかる通り、下位スキルは親スキルの核となる要素であることが多い。


 たとえば、「剣技」の下位スキルである「スラッシュ」。

 技というほどのこともないシンプルな斬撃だが、「剣技」による戦いの軸となる下位スキルだ。

 癖がないだけに汎用的で使いやすく、それなりのダメージも与えられる。

 しっかりヒットさせれば相手をのけぞらせることもできる。


 「剣技」をメインに戦う探索者は、「スラッシュ」をいかに当てるか、当てた後よろめいた相手にいかに追撃を叩き込むかに心血を注ぐ。


 「剣技」の下位スキルの中で最大のダメージ効率を誇るのは「スラッシュ」なので、「スラッシュ」のあとにはさらに「スラッシュ」をたたみかけるのが一般的な戦いかただ。

 だが、この「スラッシュ」、他の武器スキルの下位スキルと比較すると、攻撃力の面では平均よりはやや上程度の威力しかない。


 「剣技」のスキルレベルを4、5と上げていけば別の下位スキルを覚えるはずだが、そういう情報は高レベル探索者や高ランクギルドに独占され、wikiなどには載っていない。

 だから、たいていの「剣技」メインの探索者は、「スラッシュ」で隙を作ってからさらに「スラッシュ」――という、割と脳筋な戦い方をするらしい。


 だが、「スラッシュ」で隙を作ったのなら、「剣技」よりももっとパワーの出る攻撃を当てた方がいいのではないか?


 これは当然出てくる疑問だよな。

 俺以外にも、この疑問を持った探索者はいくらでもいた。


 そんな彼らの出した答えは、「『スラッシュ』で作った隙に、別の探索者のもっと高威力の攻撃をタイミングよく叩き込む」というものだ。

 もちろん、これはタイミングが相当にシビアである。

 よほど連携の取れたパーティでないと実用レベルで実行することはできないだろう。


 でも……俺ならば?


 よくも悪くも俺はソロで戦ってる。

 味方とタイミングを合わせる必要はない。

 「スラッシュ」で隙を晒した敵は目の前にいるのだから、そこにべつのスキルを叩き込むのは、パーティで連携するよりも簡単だ。


 それなりの試行錯誤を経て、俺は「両手剣」のスキルに目をつけた。

 「両手剣」には「全力斬り」という高ダメージを誇る下位スキルがある。


 だが、ここで問題となるのは、「剣技」と「両手剣」の適応武器が異なることだ。

 「剣技」の適応範囲は剣一般を広く含むが、「両手剣」はその名の通り両手で柄を握ることを前提とした大きめの剣のみを対象とする。


 しかし、「剣技」の適応武器と「両手剣」の適応武器がまったく違うかといえば、そんなことはない。

 むしろ、それなりの範囲で重なっている。

 「剣技」の適応武器のうち、刀身が長く柄を両手で握れるものは、「両手剣」にも適応する。

 逆に、「両手剣」の適応武器であれば、基本的にはすべて「剣技」の適応範囲に含まれる。


 もっとも、「剣技」は軽量〜中量の剣を想定したスキルなので、重量のある剣を装備すると「剣技」の効果は落ちてしまう。

 軽めの剣で「両手剣」を使うばあいも同様だ。


 そこで俺は、中量級の「ブロードソード」を片手で握ることで「剣技」を使い、「両手剣」の下位スキルを使いたいときだけその柄を両手で握り直すという手を思いついた。


 これなら、普段は比較的身軽に動ける「剣技」を使いながら、ここぞという場面でだけ「両手剣」の高威力攻撃を使うことができる。

 「両手剣」は威力が高い分切り返しが遅く、敵の攻撃を弾くことも苦手だ。

 普通の探索者パーティなら、盾役を配置した上で、アタッカーに攻撃特化の「両手剣」を使わせることが多いだろう。



 さて、ここまでは同じ剣を装備したままでカバー範囲の重なるスキルを使い分ける方法の説明だった。


 覚えてる人もいると思うが、さっきの戦いで俺は、途中で武器を持ち替えて異なる種類の武器スキルを連続で叩き込むという戦法もとっていた。

 柄を両手で握るという裏技的な方法では、武器を切り替えてのスキル連撃はできないよな。


 じゃあどうやったんだって話だが……タネとしては簡単だ。


 「アイテムボックス」のスキルを使って、武器を素早く交換しただけなんだよな。


 というと簡単そうに聞こえるかも知れないが、「アイテムボックス」の発動には若干のラグがある。

 ボックス内のアイテムを検索して取り出すのにも、わずかながら時間がかかる。

 さっきは立ち回りの中で隙を見て時間を捻出してたんだが、この点はまだ改良の余地がありそうだ。

 今よりハイレベルな戦いになれば、そのわずかな時間が致命的な隙になりかねないからな。


 ともあれ、その手を使って、遠距離では「弓術」で牽制、中距離では「槍術」の下位スキル「槍からげ」で敵の武器を封じ、隙を見せた敵を「剣技」の「スラッシュ」でたじろがせ、柄を両手で握り直して「両手剣」の「全力斬り」――というコンボを決めた。

 われながら綺麗に決まったものだと自負してる。


 そのあと、消滅前の敵の身体を蹴り飛ばしたことと、ナイフ投げ、槍投げについてはまた別の説明が必要だ。


 敵の身体を「格闘技」で蹴り飛ばす。

 これだけだと適用されるスキルは「格闘技」だけのように思えるが、実は「投擲」のスキルも適用される。

 「投擲」は、自分の力で物体を発射するという部分を満たしさえすれば、必ずしも腕で投げる必要はない。

 もしこのスキルを持つのがモンスターだったら、足で投げる、角で投げる、専用の機械装置で投げる等、いろんなバリエーションがあるはずだからな。

 ものを蹴り飛ばす場合でも「投擲」と見なされるというわけだ。

 ダメージ計算は必ずしも確かじゃないが、「鑑定」した結果ではこれだけでダメージが2倍近くになっていた。


 蹴り飛ばされた仲間の死体(残骸)に動きを止めたからくり兵の背後に回り込み、今度は「短剣技」「暗殺術」を重複させた一撃で、からくり兵の心臓部を破壊した。

 このときには「バックスタブ」や「致命クリティカル」も効いてたはずだが、ダメージで倒したのか即死効果で仕留めたのかは不明だな。生物なら死に方で判別できるんだが、からくり兵のばあいはよくわからん。


 そのナイフを、離れたところにいたからくり兵に投擲した。

 このときに使ったスキルは「投擲」に加え、ナイフ専用の「投げナイフ」、射撃攻撃一般に適用される「ブルズアイ」(一点を狙い澄ます効果のある補助スキル)、さらには「忍術」の下位スキルである「苦無投げ」。

 「苦無投げ」は専用のクナイでなくても、小ぶりのナイフなら問題ない。

 スキルのシナジーが大きかったので、からくり兵のかざした盾に付き立ち、放射状の亀裂を入れていたほどだ。


 そこにさらに、これまでのドロップで手に入れたからくりランスを取り出し、「投擲」「ブルズアイ」に加え、「槍投げ」「武器投げ」を乗せて投げ放った。


 「槍投げ」は槍に特化した投擲スキル。

 「武器投げ」は、あらゆる武器を投げられるスキルだが、ダメージが大きい代わりに投げた武器は壊れてしまう。


 同時発動した中では、とくに「武器投げ」の威力が高かったんだろう。

 他のスキルで増幅された「武器投げ」で放たれたからくりランスは、からくり兵の胸部を一撃で貫いた。

 「ノックアウト」を付けてなかったら即死だっただろうな。


 ……とまあ、これが俺の編み出した戦い方だ。

 多種多様な武器スキルを研究し、その強みを組み合わせ、弱みを他の武器でフォローする。

 潤沢なスキルをフルに活かした、いいとこどりのスキルコンボだ。

 それぞれのスキルのレベルがまだ低いことを思えば、今後はさらに火力が上がることだろう。


 もっとも、急にスキルレベルを上げると、それぞれのスキル、下位スキルの性能把握がおろそかになりかねない。

 久留里城ダンジョンを進みながら、ある程度コンボの流れが身についたと思えてから、順次スキルレベルを上げていこうと思ってる。


 それに、一気にスキルレベルを上げ切ってしまうと、ステータスに能力値ボーナスがついてしまい、何をやってもからくり兵がワンパンで倒れるということにもなりかねない。

 武器スキルのほとんどは、攻撃力にボーナスがつくからな。

 取得SPが100のスキルであっても、必要SPは100-400-1600-6400-25600と増えていく。

 複数の武器スキルをレベル3にするだけでも、攻撃力のパラメーターが数千も上がってしまう。

 このダンジョンのモンスター相手には過剰だろう。


 とはいえ、上げられるスキルをいつまでも上げないというのももったいない。

 もしこのスキルコンボが使い物になるようなら、久留里城ダンジョンのボスは「シークレットモンスター召喚」でレベルレイズし、ボスにある程度のステータスを持たせた上で戦ってみたい。

 そのボス戦の前に、上げるべきスキルは上げてしまおうと思ってる。

 逆に、道中ではあえてスキルレベルは2か3までにとどめ、道中のモンスターとちゃんと矛を交える形で進みたい。


 SPに余裕があるようなら、「獲得SPアップ」「切り札化」も上げたいが、「魔法障壁」「魔法相殺」「ソリッドバリア」のような防御手段も鍛えたいよな。

 また、「攻撃力強化」「敏捷強化」「幸運強化」を上げ切ると、能力値強化系スキルがコンプになって、特殊条件で未知のスキルが手に入る可能性もある。

 そこで得たスキルによっては、他のスキルの育成方針が変わってくるかもしれない。


「ううん……迷うな」


 とはいえ、べつに急いで強くならなければならない理由があるわけでもない。


 はるかさんに近づくクローヴィス。

 黒天狗を探しているという凍崎誠二。

 神様の言ってた、最近のダンジョンの不穏な動き。


 油断していいわけはないが、すぐに火の粉が降りかかってくるわけでもないだろう。


 はるかさんのことは天狗峯神社を拠点とするAランクギルド「役小角えんのおづぬ」が守ってくれる。


 凍崎誠二は黒天狗を探してるというが、今のあいつは一議員であって、警察や探索者協会を動かせるわけじゃない。

 やつの手足となるはずだった探索者ギルド「羅漢」はガタガタで、まともに機能してるとは思えない。


 ダンジョンでフラッドが発生したとしても、その対応に動くのはまずは探索者協会だ。

 もちろん、手が回らなければパラディンナイツ経由で俺にも依頼が来るだろうが、その中での俺はあくまでもone of themにすぎない存在だ。


 前回のダブルフラッドみたいな事態にいきなり巻き込まれることはないだろう――



 ――その時点での俺はまだ、そんなふうに思ってた。

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