51 渡すエリクサー、埋まる外濠

「悠人さん! 芹香さん! ようこそいらっしゃいました!」


 バスから降りると、バス停で待ってたほのかちゃんが出迎えてくれた。

 その左手の薬指には、俺のあげた「守りの指輪」。

 大事にしてくれてるみたいだけど……ん? 左手の薬指?


「おととい来たばかりだけどな。騒がしくて悪いな」


「そんな、めっそうもありません! お母様も楽しみにしております!」


「はるかさんのご体調はどうなの?」


 と芹香。


「おかげさまで以前より調子がいいようです。ただ、病の根本が治ったわけではないようで……」


「そうか……」


「で、でも、こんなに元気なお母様を見るのはひさしぶりです。お二人には本当に感謝しています」


「そんなに気負わなくていいのよ、ほのかちゃん。私が好きでやったことなんだから。悠人もそう」


「……お二人は本当に信頼しあっていらっしゃるんですね。……はぁ、私に割り込む余地はあるんでしょうか……」


「ほのかちゃん?」


「い、いえ、なんでも! さ、お母様がお待ちです」


 今日の天狗峯神社は珍しく霧がない。

 すっきり晴れた山間やまあいの参道も、それはそれで見応えがある。


 本殿からいつもの屋敷へと通された。


「いらっしゃい、悠人くん。ようこそお越しくださいました、芹香さん」


 巫女装束のエルフの美女が出迎えてくれる。

 前に見たときより血色がよくなってる。

 前ははかなさを漂わせる神秘的な美女という印象だったが、今は妖艶さを漂わせる肉感的な美女という印象だ。

 今のほうがもともとのはるかさんに近いのかもしれないな。


「身体のほう大丈夫なのか?」


「ええ、おかげさまでね」


「……ちょっと、悠人いつのまにはるかさんとタメ口で話すようになったのよ?」


「芹香さんも同じようにしていただいて結構ですよ?」


「なんか着々と距離を詰められてない?」


「ふふっ。素敵な殿方ですもの。でも、安心なさってください。私たち母娘は芹香さんのあとで結構ですから」


「あ、あととか先とか、そういう問題じゃないでしょ!?」


「……あら、私ったらいつまでもこのようなところで。立ち話もなんですから、奥のほうへどうぞ」


 芹香を余裕のある笑みでかわし、はるかさんが俺たちを奥に案内する。

 通されたのは、前に夕飯をご馳走になったほうではなく、最初に会った囲炉裏のほうだ。

 食事には中途半端な時間だからだろう。

 食事時に行くとはるかさんがはりきってしまいそうなので、あえて時間をずらして来たんだよな。


 はるかさんとほのかちゃんで、俺と芹香にお茶を出してくれる。


「それで、今日は私に何か用だったのよね?」


 と、はるかさんが俺に訊く。


「ああ。なんていうか、安定供給の目処が立ったもんでな」


「安定……供給?」


 俺の言葉に首を傾げるはるかさん。


「これのことだよ」


 俺はアイテムボックスからエリクサーを取り出した。

 一個、二個、三個……


「えっ、ちょっと、いくつあるの!?」


「とりあえず30個だな」


「さっ……!?」


「まあ、そういうわけで。安定的に手に入るようになっちゃったので、正直言って持て余し気味なんだよな。貴重すぎて保管場所にも困るし、はるかさんに持っていてもらおうかと」


「そ、そんなわけにはいかないわ!」


「いやぁ、そこをなんとか、お願いできないかな? 俺を助けると思って」


「まだ、芹香さんに代金を払うことすらできてないのに……」


「いいんだよ。俺のほうでは余ってるんだから。あ、芹香にも一本返しとくよ」


「……ちょっと待って、悠人」


 はあ、とため息をつく芹香。


「はるかさんのことはべつとして、私は返してもらう必要がないよ。そもそも、私ははるかさんにあげたんだから、悠人から返してもらうのはおかしいし。それとも……はるかさんと結婚でもしたの?」


「結婚!? まさか!」


「じゃあ、はるかさんの代わりに悠人が返すっていうのは筋が通らないでしょ? そういう理由なら、私は受け取れない。ていうか、受け取りたくない。受け取るわけにはいかないよ」


「いや、でも、今の俺にはそこまで貴重品ってわけでもないんだよ。なんていうか、こう、お裾分けみたいな感覚で受け取ってくれないか?」


「エリクサーをお醤油みたいに言わないでくれるかな!?」


 芹香はそうつっこんでから、はああ、と大きくため息をつく。


「……まあ、はるかさんに受け取ってもらうために、悠人なりに作戦を考えたんだろうけどね」


「ふふっ。本当に悠人さんはい方ね」


 二人に言われ、俺はおもわず頬をかく。


「……受け取ってくれないのか?」


「私は……そうだね。『パラディンナイツ』が光が丘公園ダンジョンの情報を提供した対価ということでもらっておくわ」


 と言って、エリクサーを一本手に取る芹香。


「実のとこ、エキチカのフラッドで使っちゃってね。補充したいとは思ってたんだ。助かったよ、悠人」


「じゃあ、もう二、三本持ってってくれ。『パラディンナイツ』との今後のお付き合いの挨拶にってことで」


「明らかにもらいすぎなんだけど……そういうことならもらっておく。その分頼ってくれていいんだからね?」


「わかった」


 これで芹香のほうは片付いたな。

 さて、はるかさんにどう受け取ってもらうかだが……


「はるかさん」


「何かしら?」


「はるかさんは異世界からやってきたエルフで、熟練の探索者なんだよな?」


「そうね。芹香さんや今のあなたと比べると見劣りするかもしれないけど、いっぱしの腕ではあるつもりよ」


「異世界の知識や探索者としての経験はとても貴重なものだよな。なにせ、この世界には他に知ってるやつがいないんだし」


「……なんだか読めてきたわ」


「その情報料として、定期的にエリクサーを受け取ってくれないか? はるかさんに健康でいてもらわないと俺も困るんだ」


「そうね……これ以上意地を張るのはかえって失礼よね。わかったわ。でも、私にしてほしいことができたらなんでも言って。筋の通らないことや、単なるわがままや……えっちなことでも、本当になんでも叶えてあげる。私はもうあなたのもの――そういうふうに思ってちょうだい」


「い、いや、さすがにそんな!」


「私は悠人くんの気持ちを受け取るわ。だから、悠人くんも私の気持ちを受け取って」


 ひた、と俺を見て言ってくるはるかさん。


 ……弱ったな。これ、うなずかないと進まないぞ。


「以前、芹香さんに、悠人くんを利用するなと言われたわ。だから、私から悠人くんに何かを押し付けることはしたくないの。結婚してくれとも言わないわ。ただ、いつでもすべてを差し出す準備があるってことだけ、わかっててほしいの。ダメかしら、芹香さん?」


「……うう。そこまで言われたらもう何も言えないよ。私の立場じゃ悠人が誰を選んでも文句は言えないし……」


「わ、私のことも忘れないでくださいね? 私も悠人さんに命を助けられたんですから! も、もちろん、芹香さんのお邪魔は致しません!」


「ああもう、はいはい。わかったわよ。あーあ、悠人なら他の女の影を心配しなくていいと思ってたんだけどなぁ」


「ま、待ってくれ。俺抜きで話を進めるな」


 と、そこで、ほのかちゃんがいきなり爆弾を落とす。


「……この指輪もいただきましたし」


 ぽっと頬を染め、左手の薬指にはめた指輪を見せるほのかちゃん。

 どこか勝ち誇ったような顔に見えるな。


 芹香は指輪を凝視すると、


「ほのかちゃん。その指輪、まさか……」


「はい。悠人さんからいただきました。私の瞳と同じ色の指輪があるからと」


「……悠人。なんでその甲斐性を私に向けなかったのかな?」


「ど、どういうことだよ?」


「ほのかちゃんには指輪までプレゼントしてるくせに、なんで私へのプレゼントが秘伝書なのよ!?」


「え、いや、『守りの指輪』より『秘伝書・破の巻』のほうがレアだろ?」


「そういうこと言ってるんじゃなーい! しかもその『守りの指輪』、石の色が違うレアなやつじゃない!?」


「よく知ってるな。俺も最近知ったんだが、なんと『守りの指輪』にはカラーバリエーションがあるらしくて……」


「だから、探索に話を戻さないでよ!」


「あの、芹香さんへのプレゼントのほうが貴重なものだったのですか……?」


 表情をふっと消し、光の消えた瞳で聞いてくるほのかちゃん。

 なんか怖いんだけど!?


「あ、いや、そうじゃなくてだな。あの指輪はほのかちゃんに似合うと思ったし、秘伝書は芹香の役に立つと思って……」


 探索者じゃないほのかちゃんでも、「守りの指輪」があれば、不慮の事故なんかで怪我しにくい。

 高レベル探索者の芹香にとっては、使用するだけでSPが40000も手に入る秘伝書は有用なはず……。


 俺、なんも悪いことしてないよな!?


「お母様のお話では、エルフの男性が求婚するときには、相手の女性に対し、女性の瞳の色に合わせた装飾品を贈るんだそうです。そんなことまでご存知だなんて、さすがは悠人さんです!」


「えっ、うえっ!?」


 全然ご存知じゃないですが!?


「あら、私にはアプローチがないと思っていたら、ほのかにはもうプロポーズまでしていたのね。うふふ、ほのかの次は私かしら?」


 いや、はるかさん、俺がエルフの習慣を知らなかったことに気づいてるよね!?


「私、この指輪をいただいてから毎日が幸せで……。それまでは、お母様のご病気のことや学校のことで落ち込むことも多かったんです。酷い目に遭いかけましたが、悠人さんに出逢えたのは運命の導きだと思うのです」


 うっとりと目を細め、ほうっと息をつくほのかちゃん。

 その顔は、なんというか、すごく乙女なものだった。


「……悠人。あんた……」


 芹香の冷たい視線から目を逸らす。


 言えない。今さらそんなの知りませんでしたなんて言えるわけがない。


 芹香も俺がプレゼントの意味を知らなかったことを察してるみたいだが、十四歳の女の子の夢を壊すのは忍びないという微妙な顔になっている。


「あ、ああ……。そのうち、もっとちゃんとしたものを贈るから……それまでのつなぎとでも思ってくれれば……」


 なんとか指輪の意味を薄めようとする俺だったが、


「はいっ! 婚約指輪ということですね!」


「こ、婚約……っ!?」


 と、芹香。

 俺のもくろみは完全に裏目に出たようだ。


「ほ、他に気になる男ができたら、遠慮しなくていいんだぞ? ほのかちゃんの幸せが最優先だからな?」


「なんてことをおっしゃるんですか!? 私のためを思ってくださるなら、そのようなことをおっしゃらないでほしいです! 私の悠人さんへの想いが変わることなどありえません!」


「わ、悪かった」


「い、いえ。私も言い過ぎました。悠人さんは自分を犠牲にしてでも私の幸せを優先してくださるというのに。まだ恩も返せていないのに、図々しいことを申しました」


「いや、いいんだ。まだ知り合ったばかりなんだからな。おいおい互いを知っていけば……いいと思う」


「……あんたねえ……」


 芹香に呆れ顔で睨まれるが……しょうがないだろ。

 他にどう言えってんだ!?



 その後、なんとか話題を転換することに成功し、俺と芹香とはるかさんで探索のよもやま話に花を咲かせたのだった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る