50 芹香との近況共有(と夫婦漫才)
俺と芹香は共通の最寄り駅で合流した。
そこからローカル線に揺られ、一時間。
ローカル線の終点で一時間に一本のバスを待ち、そこからバスで一時間。
昼間のローカル線は客が少なかったが、バスは完全に貸し切り状態だ。
これで採算が取れるのかと心配になるな。
「もう、ほんとに大変だったよ」
バスの最後列に並んで座ると、話題はいきおい新宿での「ダブルフラッド」のことになる。
新宿駅地下ダンジョンと光が丘公園ダンジョンでほぼ時を同じくして起きた二つのフラッドは、関係者のあいだで「ダブルフラッド」と呼ばれているらしい。
「エキチカのほうはどうだったんだ?」
ローカル線には少ないながらも客がいたので、こういう話はしづらかった。
なお、今日の芹香は姫騎士ルックではなく、普通のおしゃれな外出着だ。
俺も普段着なんだが……おしゃれ度の差が酷すぎて、一緒にいる芹香が気の毒になる。
芹香に「その服どこで買ったんだ?」と聞いてみると、芹香は俺もよく使う大手衣料品チェーンの名前を挙げた。
おかしい。同じ店で服を買ってるはずなのに、どこでこんなに差がつくのか。
「エキチカのフラッドは、浅い層の小ボスが原因だったから、比較的早く収拾できたんだよ」
Sランクダンジョンともなると、各層の終わりにボス部屋があり、そのボスのことを小ボスとか中ボスとか呼ぶらしい。
小ボスというとあまり強くなさそうに聞こえるが、そこはSランクダンジョンだからな。
Aランクダンジョンのダンジョンボスと同じかそれ以上に強いという。
「でも、浅い層のフラッドだったから、一部のモンスターが地上に出ちゃってさ。地上って言っても、駅の構内だから半分地下だけど」
「……被害が出たとは聞いてないけど」
「避難は間に合ったんだよ。探索者じゃなくても、一度だけダンジョンに潜ってステータスを取得して、スマホに『DGP』を入れてる人は多いから」
「ああ、フラッド警告の『天の声』が聞こえたわけか」
「駅の交番のお巡りさんもステータス持ってる人がほとんどだよ。まあ、そうじゃないと新宿駅勤務なんてやってられないよね」
「だろうなぁ」
「人的被害はなかったんだけど、けっこう駅構内が荒らされちゃってさ。車両やレールにも被害が出たってことで、復旧に一晩かかったんだ」
「大変だったんだな」
「まあ、それは鉄道会社の人ががんばってくれたんだけどね。その恨みつらみが探索者協会のほうに向くもんだから、もう、関係各所からの抗議がすごくって」
「……ああ、ニュースでもやってたな」
探索者協会の対応が遅かったのではないか、と他人事みたいな批判をしてるコメンテーターがいたっけな。
「しかも、協会に人員を出してる『羅漢』が大混乱だったから……。凍崎さんが死亡したって情報が確認されるまでも大変だったし、確認されたらされたで、誰が指揮を取るかで揉めてたみたいだし。悠人が早い段階で教えてくれてなかったら、『パラディンナイツ』も対応できなかったかもね」
「そうか。役に立てたならよかったよ」
「光が丘公園のフラッドを収めたのは誰だ!?って話題になってたけどね。黒い天狗面の謎の男がボスを倒した、とか言われてるよ?」
「悪いな。身元を明かすと面倒なことに巻き込まれそうで……」
「そうだね。悠人のステータスははっきり言っておかしいから、秘密にしておいたほうがいいと思う」
「だよな」
名乗り出ればフラッド収拾の報奨金がもらえるらしいが、当然、本当に俺がやったのかと疑いの目も向けられる。
探索者は、自分のステータスを公開しない権利を持っている。
だが、それ以外の方法で自分の実力を証明するのも難しい。
現実的には、「簡易鑑定」でもわかってしまうレベルだけを公表することが多いらしい。
俺の場合、バカ正直に公表すれば「レベル1」だし、「隠蔽」のスキルでステータスをでっち上げるのも、嘘がバレたときのリスクを考えれば、やめておいたほうがいいだろう。
「隠蔽」のスキルは一般的には知られていないようだが、高レベル探索者や高ランクギルドの中には存在を知ってるやつもいるかもしれない。
「そうだ、翡翠ちゃんが気にしてたよ」
「灰谷さんが? 俺のことをか?」
「うん。だって、翡翠ちゃんが紹介したダンジョンで2ランクフラッドが起きちゃったから。『天の声』を聞いて青くなってたよ。……まあ、それは私もだけど」
「すまん、心配かけたな」
「悠人は悪くないよ。死んだ人のことを悪く言いたくないけど、どう考えても凍崎さんの責任だもん」
「灰谷さんも気にすることないのにな。むしろいいダンジョンを紹介してもらって感謝してるくらいなのに」
「悠人ならそう言うと思ったよ。翡翠ちゃんにはあとで伝えておくね」
「うん、頼む」
芹香の話がひと段落したので、今度は俺が話をする。
光が丘公園ダンジョン入口での「羅漢」や凍崎純恋の様子。
俺のダンジョン攻略と稼ぎ。
シークレットモンスター。
そして、ボス部屋前での田嶋統括の反乱と、凍崎純恋の最期。
まさにその瞬間に
とりを飾るのは、ホビットの横綱・ホビットスモウレスラーとの死闘だな。
(なお、運転手に聞こえないように顔を寄せて小声で話してる。)
ひと通りのことを語り終えた俺に、
「あっきれた」
と芹香。
「信じられないか?」
「ううん、信じるけど。普通、一回の探索でそんな濃い出来事ばっかり出くわすもんかなぁ?」
「実際出くわしたんだからしょうがない」
「そりゃそうだけど」
「……あ、そうだ。これいらないか?」
俺はアイテムボックスから「秘伝書・破の巻」を取り出した。
「なにこれ?」
芹香はDGPのカメラで俺の出した巻物を鑑定し――
「ぶーーーーっ!?」
と吹き出した。
「女の子が下品だぞ」
「もう女の子って歳でもないよ。あと、今の時代その発言はセクハラだから」
「……気をつける」
まあ、芹香を冷やかすために言ったんだが。
「使うだけでSP40000って……こんなアイテムがあったんだ」
「知らなかったのか?」
「うん、すくなくとも私は見たことない。ギルドのデータにもないと思う」
「今の俺なら40000を稼ぐのはそんなに苦じゃないからな。よければ芹香が使ってくれ」
「こ、こんなのもらえないよ!」
「日頃の感謝と――俺を見捨てないでくれたことへのお礼。それじゃダメか?」
「う、うーん。だ、ダメじゃないけど……。そういう名目で何かをくれるなら、もっとこう……ね?」
「……よくわからん。アクセサリとかのほうがよかったか?」
「アクセサリ……うん、アクセサリね。装備品じゃないほうのアクセサリーなら、まあ」
「装備品じゃないほうのアクセサリー?」
「うっ、なんでわかんないかな……。女の子にプレゼントするんだから、ちょっとした小物とか……ゆ、指輪……とか?」
「さっき、もう女の子って歳じゃないって言ってなかったか?」
「そ、そうだけど! そこは女の子として扱ってほしいの!」
「……わかったよ。でも、金がそんなにないからな。そうだ、モンスターがレア枠で持ってる指輪を盗んで……」
「だからなんでダンジョンに戻るのよ!? 安くてもいいから、こう、気持ちがこもってて、記念になるような感じの……ほら、ね?」
「女性に何を贈ればいいかなんて見当もつかないな……。そうだ、ほのかちゃんに頼んで一緒に見てもら――」
「一緒に見てもらうんじゃないわよ!?」
「そうか、ほのかちゃんはまだ中学二年だしな。大人の女性向けのプレゼントはわからないか」
「それもあるけど、本質はそこじゃなくってね……」
「そうだ、はるかさんならきっといいものを選んでくれるよな?」
「やめなさい! もう、私へのプレゼントを他の女に選ばせるんじゃないわよ!」
「でも、俺一人じゃな……せっかくプレゼントするんだから芹香が満足できるものを贈りたいし」
「わかったわよ! そんなに言うなら、今度の休みに一緒にショッピングにいきましょ! 悠人の服も選んであげるから!」
「そういうことなら、まあ……。でも、なんか照れるな」
「何がよ?」
「休日に二人でショッピングなんて、まるでデートみたいだ」
まあ、相手は幼なじみで、芹香にもそんなつもりはないだろうけどな。
元ひきこもりの男と付き合いたがる女性なんているわけないし。
きっと、かわいそうな俺にデート気分を味合わせてあげようという芹香の粋な計らいなんだろう。
芹香の優しさに甘えて勘違いしちゃダメだよな。
「…………いや、正真正銘デートのお誘いなんだけどね……」
時々、芹香のセリフは聞き取りづらい。
「何か言ったか?」
「なんでもないわよ、ばかぁ!」
どうも機嫌を損ねてしまったらしい。
といって、本気で怒ってるふうでもない。
窓の反対側に顔を向けてるが、その頬が時々緩んでは、慌てたように引き締められる。
そんな芹香の百面相を楽しむうちに、バスは天狗峯神社に着いていた。
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