42 カスケードに備えて

「はぁっ!? ダンジョンフラッド!? しかも、新宿駅地下って……Sランクダンジョンじゃねえか!」


 俺の声に答えたわけではないだろうが、


《ダンジョンフラッドは小規模なものです。Aランクダンジョン未踏破者はダンジョン周辺への立ち入りを避けてください。それ以上の探索者は現地機関の指示に従い、災害への対処に協力することを勧告します。》


 「天の声」が「誰」の声かを知るものはいない。

 ただ、「天の声」の主がアプリ「Dungeons Go Pro」を作ったのだろうし、ダンジョン内における殺人者をレッドネーム化するシステムもまた、「天の声」の主が作ったはずだ。

 「現地機関」は探索者協会を指すと解されるが、どのようにして、この国の社会組織の性格を「天の声」が認識してるのかは謎である。


 ともあれ、「天の声」が人間に害をなす存在ではなく、むしろ助け導こうとしているという見方が一般的だ。


 ……俺としてはあの「神様」とどういった関係なのかが気になるけどな。


「小規模、か。新宿には探索者協会本部もあるしな。問題なく収まるよな?」


 芹香もきっと、対策に駆り出されているだろう。

 いや、あいつなら自分から顔を突っ込むんだろうな。


「今の俺が戻れば戦力になる……か?」


 俺は「天の声」が言うところの「Aランクダンジョン未踏破者」にあたる。

 戦力にならないから下がってろクズが!という意味だよな。

 いや、クズがとかは言われてないけども。


《また、新宿駅地下ダンジョンに近いダンジョンを探索中の探索者は、速やかにダンジョンから脱出することを勧告します。小規模なフラッドとはいえ、高ランクダンジョンのフラッドは周辺のダンジョンへカスケードを起こす恐れがあります。》


「カスケード……たしか、ダンジョンフラッドが連鎖的に起こることだったな」


 新宿駅地下ダンジョンは、その名の通りJR新宿駅の真下にある。

 俺が今いる光が丘公園ダンジョンは、新宿から地下鉄で数分の距離しかない。

 カスケードが起きてもおかしくないってことだ。


 普段、探索者からは「必要最小限のことしか言わない」と言われがちな「天の声」だが、今はえらく饒舌にしゃべってたよな。


「くそっ、せっかくのシークレットモンスターなのにな」


 気がつけば、SPは150000も貯まっている。

 この勢いで稼げるだけ稼いでおきたかった。


 150000まで貯まっても、「逃げる」のスキルレベルアップに反応はない。

 いい加減、おかしいのではないかと思い始めた。


 いくらなんでも要求SPが高すぎないか?

 ひょっとしたら、「逃げる」のスキルレベルアップにはSP以外の何かが必要なんじゃないか?


「しかたない。欲張ってフラッドに巻き込まれたら最悪だ」


 問題はどうやって外に出るかだが、


「来た道を戻るよりボス部屋を突破したほうが早いだろうな」


 現在のステータスならボスは簡単に倒せるだろう。

 もともとホビット系モンスター400体撃破の特殊条件を達成するのが今回の目的だから、最低でも一回はここのボスを撃破する必要がある。


 ミニマップを目安に進みながら、俺はスキルの取得を検討する。


「羅漢の探索者と出くわすかもしれないからな」


 凍崎純恋なら、自分はダンジョンに潜らず高みの見物を決め込んでいる可能性もある。

 だが、それならわざわざダンジョンに姿を見せる必要もなさそうだ。

 あの女がダンジョンに現れたのは、部下を現地で急き立てようという狙いだろう。


 ボス部屋に向かうと凍崎純恋と鉢合わせる可能性があるということだ。


 そのときに、俺が芹香と一緒にいた男だと思い出せば、混乱に乗じて俺に危害を加えようとするおそれはある。


 フラッドが起こりかねない状況でそんなことをするほど馬鹿じゃないと思いたいが。


 凍崎純恋は、俺が高校時代にいじめた相手だと気づかなかった。

 でも、今日の昼に目にしたばかりの顔なら覚えていてもおかしくない。


 まさかのカスケードに備える意味でも、今持ってるSPはできる限りスキルに変えておこう。

 スマホのスプレッドシートで必要SPを計算して……



「スキルレベルアップ:これから言う通りにスキルのレベルをあげてくれ。『精神力強化5』、『魔力強化5』。『火魔法』を5まで。『隠密』と『索敵』を3まで。『MP回復速度アップ3』と『魔法連撃2』。『思考加速』を3まで。『魔法クリティカル』を3まで。『自己再生』を3まで。『高速詠唱2』。『体術』を新規取得して2まで。『忍術2』。今持ってる状態異常耐性スキルをすべて2に」



《確認。SP151700を消費して、以下の27個のスキルを取得します。「精神力強化5」「魔力強化5」「火魔法3」「火魔法4」「火魔法5」「隠密2」「隠密3」「索敵2」「索敵3」「MP回復速度アップ3」「魔法連撃2」「思考加速2」「思考加速3」「魔法クリティカル2」「魔法クリティカル3」「自己再生2」「自己再生3」「高速詠唱2」「体術1」「体術2」「忍術2」「麻痺耐性2」「石化耐性2」「即死耐性2」「睡眠耐性2」「混乱耐性2」「沈黙耐性2」。実行中の取得プロセスを中断することはできません。本当に実行してよろしいですか?》



「やってくれ」



《スキル「精神力強化5」を取得しました。》



《特殊条件の達成を確認。スキル「幽体生存」を手に入れました。》


Congratulations !!! ────────────

特殊条件達成:スキル「HP強化」と「精神力強化」をともにレベル5にする。

報酬:スキル「幽体生存」

────────────────────


Skill──────────────────

幽体生存1

HPが0になっても(S.Lv×10)秒間幽体となって死を免れる。その間に肉体を回復できれば元の身体に戻ることができる。

────────────────────



《特殊条件の達成を確認。スキル「幽体防御」を手に入れました。》


Congratulations !!! ────────────

特殊条件達成:スキル「防御力強化」と「精神力強化」をともにレベル5にする。

報酬:スキル「幽体防御」

────────────────────


Skill──────────────────

幽体防御1

物理攻撃を受けた際に、防御力に精神力の(S.Lv×10)%を上乗せすることで被ダメージを軽減する。

また、魔法攻撃を受けた際に、精神力に防御力の(S.Lv×10)%を上乗せすることで被ダメージを軽減する。

────────────────────



「おおっ!」


 俺は防御力が低いからな。

 高い精神力の10%が防御力に常時加算されるというのはありがたい。

 「幽体生存」も生存可能性を上げる意味で重要だ。

 俺には「サバイブ」というHPが0になってもHP1で生き残るスキルもある。

 大ダメージでの即死がこれでさらに遠くなった。



《スキル「魔力強化5」を取得しました。》



《特殊条件の達成を確認。スキル「エナジードレイン」を手に入れました。》


Congratulations !!! ────────────

特殊条件達成:スキル「HP強化」と「魔力強化」をともにレベル5にする。

報酬:スキル「エナジードレイン」

────────────────────


Skill──────────────────

エナジードレイン1

対象の現在HPの(S.Lv×10)%を吸収する。対象の精神力が自分の魔力を上回っていると失敗する。

────────────────────



《特殊条件の達成を確認。スキル「魔法障壁」を手に入れました。》


Congratulations !!! ────────────

特殊条件達成:スキル「魔力強化」と「精神力強化」をともにレベル5にする。

報酬:スキル「魔法障壁」

────────────────────


Skill──────────────────

魔法障壁1

魔法攻撃を阻む強力な魔法障壁を展開する。障壁の強度は魔力、精神力、S.Lvに依存する。展開中はMPを消費し続ける。

────────────────────



 この二つも、いわずもがな有用だ。


「やっぱり能力値強化系スキルを二つレベル5にすると特殊条件が達成できるのか」


 残るは「MP強化」「敏捷強化」「幸運強化」だな。

 レベル5に上げるのに必要なSPが25600と厳しいので、今回は見送ることにしたんだよな。


 でも、今手に入れたスキルはどれも強力だ。

 他の強化系スキルも無理をしてでも取るべきだったんだろうか?


 ……いや、今はそんなギャンブルはできないな。


 強化系スキルの組み合わせパターンは6×5÷2の15通り。

 だが、既にレベル5になってる「防御力強化」と今回5にした「魔力強化」の組み合わせには、特殊条件はなかったようだ。

 残りの……ええと、9通りが全部当たりとは限らない。

 余裕があるときの楽しみに取っておくのがいいだろう。



《スキル「火魔法3」「火魔法4」「火魔法5」を取得しました。》


《スキル「上級火魔法」が取得可能になりました。》



《スキル「隠密2」「隠密3」「索敵2」「索敵3」を取得しました。》


《スキル「気配察知」が取得可能になりました。》



「そうか、スキルの複数取得でアンロックされるスキルもあるんだったな……」


 アンロックというのは探索者による俗称だが、この現象は比較的よく知られてる。

 wikiにも記載があるほどだ。

 もっとも、検証が難しいので、情報にはガセやデマも混ざってる。

 アンロックされるとわかってれば、「上級火魔法」や「気配察知」を選択肢に入れてもよかったんだが、そんなことを言ってもしかたがない。


 なお、「取得可能になる」というのは、メニューから選択できる状態になるだけなので、まだ取得できたわけではない。

 あくまでも、取得できる状態になった=解放アンロックされた、ということだ。



《スキル「MP回復速度アップ3」「魔法連撃2」「思考加速2」「思考加速3」を取得しました。》



《特殊条件の達成を確認。スキル「獲得SPアップ」を手に入れました。》


Congratulations !!! ────────────

特殊条件達成:スキルの取得若しくはレベルアップを100回行う。

報酬:スキル「獲得SPアップ」

────────────────────


Skill──────────────────

獲得SPアップ1

獲得SPが(S.Lv×10)%上昇する。

────────────────────



「うおっ、いいのが来たな!」


 記念すべき100回目のスキルレベルアップだったらしい。さすがにそんなの数えてないって。

 無事に帰れたら「鬼泣かせ」で祝杯でも挙げようか。



《スキル「魔法クリティカル2」「魔法クリティカル3」「自己再生2」「自己再生3」「高速詠唱2」「体術1」「体術2」「忍術2」「麻痺耐性2」「石化耐性2」「即死耐性2」「睡眠耐性2」「混乱耐性2」「沈黙耐性2」

を取得しました。》


《スキル「麻痺攻撃」「石化攻撃」「睡眠攻撃」「混乱攻撃」「沈黙攻撃」が取得可能になりました。》



「……これで終わりか?」


 しばらく待ってみるが、「天の声」がそれ以上続くことはなかった。


「ステータスオープン」



Status ──────────────────

蔵式悠人

レベル 1

HP 44879/44879

MP 30554/30554

攻撃力 1089

防御力 19485

魔 力 82224

精神力 86404

敏 捷 69344

幸 運 64115


・固有スキル

逃げる S.Lv1


・取得スキル

【魔法】火魔法5 風魔法1 水魔法1 氷魔法1 雷魔法1

【技能】体術2

【特殊能力】忍術2 暗殺術1 毒噴射1 地割れ1 エナジードレイン1

【戦闘補助】自己再生3 思考加速3 MP回復速度アップ3 魔法クリティカル3 強撃魔法2 高速詠唱2 魔法連撃2 古式詠唱2 致命クリティカル1 バックスタブ1 MP節約1 属性増幅1 回避アップ1 奇襲1 先制攻撃1 先手必勝1 先陣の心得1 天誅1 絶対防御 幽体生存1 幽体防御1 魔法障壁1 渾身の一撃1 凶暴化1 分裂1 ノックアウト サバイブ 追い払う

【能力値強化】 HP強化5 防御力強化5 魔力強化5 精神力強化5 MP強化4 敏捷強化1 幸運強化1 身体能力強化1

【耐性】麻痺耐性2 石化耐性2 睡眠耐性2 即死耐性2 混乱耐性2 沈黙耐性2

【探索補助】索敵3 隠密3 ステルス 罠発見1 罠解除1鑑定 簡易鑑定 偽装 窃視 アーカイブ ミニマップ アイテムボックス1 獲得SPアップ1


・装備

防毒のイヤリング

クローク・オブ・サンダーストーム

守りの指輪

メイジスタッフ


SP 1290

────────────────────



「……やりすぎたか?」


 少しはSPを残しておけばよかったかもな。


 まあ、準備不足になるよりはいいし……。


 「ステルス」に加え、レベル3になった「隠密」のおかげで、モンスターに気づかれずに脇を素通りできるようになった。

 前に「逃げる」だとどうしても逃げタイマーの25秒が必要だからな。

 もちろん道中で前逃げをやったほうがSP稼ぎになるのだが、今は緊急事態だからな。


 フラッドのカスケード――起こらないに越したことはないし、確率的にも滅多に起こることじゃない。


 ただ、今回フラッドが発生したのはSランクの「新宿駅地下ダンジョン」だ。

 しかも、この光が丘公園ダンジョンからはかなり近い。


 心なしか、ダンジョンの空気が重苦しくなったような気がするが……気のせいだよな?


 数分ほど進んだところで、ミニマップの先に、いくつもの青い光点が現れた。

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