36 ブラックギルド

 昼飯を芹香と灰谷さんと一緒に食べてから、俺は都庁前から東京メトロ大江戸線に乗って、光が丘駅にやってきた。

 目指す光が丘公園は徒歩数分。


 灰谷さんが言ってたように、ホビットばかりの光が丘公園ダンジョンはほとんどの探索者にとって「不味い」ダンジョンだ。


 ホビットは亜種が揃うと連携を取る。

 その連携は下手な探索者パーティよりも上だという。

 油断すると前衛を抜かれ、後衛の魔法職や回復役がやられてしまう。


 MMORPGとは違って、現実と化したダンジョンのモンスターたちに「ヘイト」というシステムは存在しない。

 知能の低いモンスターなら、挑発して惹きつけることもできるだろうが、それとて絶対とはいえないだろう。

 モンスターの知能がある程度高ければ、防御力の高い前衛を避けて、相対的に軟らかい後衛を狙う。

 後衛が攻撃魔法や回復魔法を使うとなればなおさらだ。


 そのため、亜種同士で連携を取るモンスターは、モンスター単体の時よりも脅威度が一気に跳ね上がる。

 だが、単体でのホビットはむしろ弱いほうのモンスターなので、基礎となる経験値が少ないらしい。

 そのせいで、群れを成したホビットは、リスクと労力にくらべて得るものが少ないと言われている。


 ダンジョンに詳しい灰谷さんが検索するまで知らなかったあたりからも、このダンジョンの不人気っぷりがわかろうというものだ。


 当然、他の探索者は少ないだろう。



 ……と、思っていたのだが。



「……なんだ、あれ?」


 公園内、ダンジョンポータルのある芝生広場に、異様な集団が整列していた。


 人数は、6×6で36人、プラス数名。

 なんで一瞬でそんなことがわかったかというと、探索者が六人ずつ六列に並んでたからだ。

 その前に、学校の朝礼のときの教師のような感じで数名のスーツの男女が立っている。


 その中でもいちばん攻撃的なスーツをキメてる男が、6×6に向かって号令をかけた。


「午後もダンジョン様に感謝しろ!」


「「「ダンジョン様、有難うございます!!!!」」」


 大声を上げながら、6×6が一斉に深々と礼をする。

 離れて見てるこっちの耳がいかれそうなほどの音量だ。

 いくら広い公園とはいえ、近隣の住人はさぞかし迷惑に違いない。


 ……なんかもう、これだけでお腹いっぱいだが、異様なことはまだまだ続く。


 スーツ姿の男女は、恐ろしい形相で6×6に詰め寄りながら、


「ポータル周りの雑草を取れ!」


「ダンジョン様のおそばにあるトイレを綺麗にしろ!」


「近隣住人に聞こえるように大声で挨拶しろ!」


 ……などと、わけのわからない要求を突きつける。


「はい!」

「はい!」

「はい!」


 と、6×6は駆け出して、ある班は雑草むしりを、ある班は持参していた用具でトイレ掃除を、ある班は公園の外側に向かって「近隣住民の皆さま! 離れたところから失礼します! 私たち羅漢がダンジョンを探索できるのは皆さまのおかげです! ありがとうございます!!!」などと叫びを上げる……。


 ……って、羅漢?


 べつに見ようというつもりもなかったのだが、あまりの事態につい連中の様子を見守ってしまう。


「ゴラァ! 雑草はちゃんと根から抜け! ゴブリンでもそのくらいの知恵は働かせるぞ! おまえの親はゴブリンか! ゴブリン以下の息子でごめんなさいとご両親に電話をかけて謝罪しろ!!!」


「なんで便器の裏まで洗わないのですか? あなたが死にかけていたのを助けてやった恩を忘れたのですか? 感謝の気持ちが足りないからこんないい加減な仕事をするんです! この恩知らずが!」


「おまえの言葉に誠意がないからご近所様から苦情が来ただろうが! おまえのようなクズに期待して苦情を寄越してくださる近隣住民の皆様に、精一杯の感謝を込めて詫びてこい!!!」


 要求はさらにエスカレート。

 というか、最初の要求は難癖をつけるための口実だったんだろう。


 ちなみに、高そうな(ただしガラの悪い)スーツを着た男女に対し、6×6のほうは上下スウェット姿で坊主頭。

 女性でも例外なく、頭をバリカンで刈られている。


 それでも俺が彼らを探索者と判断したのは、スウェットの上に革鎧などグレードの低い装備をつけ、武器を腰や背に身につけてるからだ。


 椿事はまだ終わらなかった。


 公園に、青い顔をした五人のスウェット探索者が駆け込んできて、スーツの前で土下座した。


「も、申し訳ございません!」


「どうして遅れてきた、中村ぁ!」


「や、山口がいなくなりました!」


 報告を受けたスーツは他のスーツに向かって、


「おい、山口が飛んだぞ! 追手をかけろ!」


 と即座に命令。

 命令されたスーツは慌てて電話をかけはじめる。


「このパーティのリーダーは誰だ!?」


「私です!!!」


「羅漢の絆で結ばれた仲間が逃げたんだぞ! おまえがちゃんと目をかけてないからだ!」


「申し訳ございません!!!」


「おまえはお嬢様にいただいた愛の万分の一でもメンバーに注いだのか!?」


「注ぎました!!!」


「注いでねえだろうがっ!!!」


「ぐぁっ!!」


 スーツの男に顎を蹴られ、スウェットのリーダーが仰向けに吹っ飛んだ。


「お嬢様の愛情の一万分の一でも注いでればそいつも飛んだりしねえんだよ! それとも、お嬢様の愛はそんなに軽いとでも言うつもりか、ああ!?」


「そんな、つもり、は……ぐぎゃあ!」


「口答えしてんじゃねえよ! 愛情がなくて何がリーダーだ! おまえは兵隊へータイからやり直せ!」


「そ、そんな……!」


「そんな、じゃねえ! おまえのせいで欠員が出たじゃねえか、どうすんだ! ええ、どうすんだよ!!?」


「さ、探してきます! 探索者協会のマッチングで……」


「馬鹿か! 協会のマッチングで人が集まるか! 今この場でおまえの親兄弟親戚に電話しろ! 探索者になってくれって頼むんだよ!」


「わ、わかりました……!」


 スウェットのリーダー――いや、元リーダーはスマホを取り出し、震える手で電話をかけはじめる――



 ……もう、いいよな?


 俺も気分が悪くなってきた。


 羅漢が他の探索者に嫌われるわけだ……。


 取り込まれた連中には同情するが、俺が助けてやる義理はない。

 助けようにも助ける手立てもない。


 一応スマホで録画しておいたが、協会でも羅漢のやり口は把握してるはず。

 それでも野放しになってるんだから、訴え出ても無駄だろう。


 俺は「ステルス」で身を隠す。

 連中がポータルの周囲でいつまでもわけのわからん作業をやってるから、見咎められずに通るにはそれしかない。


 が、ちょうどそのとき、公園の駐車場のほうから黒服の一団がやってきた。


 ボディガードのような連中が作った輪の中心には――あの女。


「……凍崎とうざき純恋すみれ


 あいかわらず、見ただけで冷や汗が滲んでくるような酷薄な笑みを浮かべてる。

 世の中のあらゆるものを侮蔑するかのような、冷たい目。

 羅漢のカリスマ創業者の養女になったと聞いたが、実の娘だと言われても違和感はない。


「まだ探索にかかってないの?」


 純恋に冷たく言われ、これまで威張っていたスーツの男が、いきなり地面に膝をついて土下座した。


「申し訳ございません! 私の指導が行き届かず……!」


「最近、レベルが貯まるのが遅いんじゃなくて?」


「すべて、私の不徳の致すところです!!!」


「そう。なら、あなたでいいわ」


「はっ?」


「レベルを吸ってあげるって言ってるのよ。レベル1になって、へータイからやり直しなさいな」


 ……レベルを吸う?

 俺が眉を顰める中で、スーツの男は目に見えて狼狽える。


「で、ですが……俺はこの地区の統括で……へータイに舐められないためにも、レベルだけは……」


「聞こえなかった? 私はへータイからやり直せって言ってるの。レベルもろくに貢げない統括を、まだ使ってあげるって言ってるのよ」


「し、しかし……」


「なに? もしかして不満なの?」


 スーツの男(統括?)は、口をぱくぱくしたのちに、歯をぎりりと噛み締めた。


「い、いえ、とんでもありません! わ、私のような使えない統括に、レベル1からやり直す機会を与えてくださり……くださり……! あ、あああ、うああああああ!!! 嫌だ、へータイからなんて嫌だああああああ!!!!!」


「……捕らえて」


 逃げ出そうとした統括を、黒服の男たちが取り押さえる。


「へええ、逆らうんだ? 私の愛がほしくないの? あんなに気持ちよくなれるのに?」


「うあああ、嫌だあああ、うおあああああ!?!?!?」


 男は完全に錯乱している。


 ついさっきスウェットのリーダーを兵隊に落とすと言ってた男が、統括から兵隊に落とすと言われてパニックを起こした。


「まさか、逆らわないわよね?」


「おい、どうなんだ!」


「光栄なことだよなぁ!?」


「黙ってねえでなんとか言えや!」


 黒服たちが統括に蹴りを入れる。


「うが、ぐが、ぐあああっ!?」


「はい、だろ!?」


「は、はい……お嬢様に、私の貯め込んだ、れ、レベルをぉぉ……ささげ、捧げ、ますぅぅ」


「はい、言質取れた」


 純恋はしゃがみこみ、取り押さえられた男の首筋に手を触れる。

 いや、爪を突き立てる。


「『レベルドレイン』」


「う、あ、ああ、ああああ……、くおおおおおっ!?」


 最初は恐怖と喪失感に染まっていた男の絶望の声が、快楽の呻きに変化した。

 失禁したのか、男のズボンから地面に染みが広がっていく。

 

「まだよ。あなた、なかなか貯め込んでるじゃない。空っぽにしてあげるわ」


「うああ……」


「田嶋ぁっ! お嬢様の前だぞ! おとこを見せろ!!!」


「レベルを下げれば敵から得られるSPが増える! 生き方を見つめ直すチャンスをくださったんだ! お嬢様の深いご愛情に感謝しろ!!!」


「そうだ、おまえみたいなクズに生まれ直しの機会を与えてくださってるんだよ!!!」


「夢があれば頑張れるよなぁ! 最初に探索者になったときのあの情熱を思い出せ!!!」


「もっと真剣に生きてみろよ! おまえ、なんで羅漢に入ったんだよ! 本当のおとこになるためじゃないのか!!!」


「がんばれぇぇっ!」


「負けるなぁぁっ!」


「逃げるなぁぁっ!」


「ここで逃げたら卑怯者だぞ!」


「逃げてばかりの負け犬でいいのかぁ!?」


「「「たーじーま! たーじーま! たーじーま!!!」」」


 気づけば、黒服に加えて他のスーツやスウェットの連中も大合唱に加わってる。


 草むしりや便所掃除をさせられてた奴らも集まってきて、


「「「T! A! J! I! M! A!」」」


 なんと、一人一文字アルファベットのポーズを取って、元統括を応援する!


 そんな光景を見せられた俺は……ドン引きだ。


「……皆沢さんが警戒するわけだ」


 こんなイカれたブラックギルドの長が、芹香に対抗心を燃やしてる。

 万一俺のことを思い出したら、ここぞとばかりにからんでくるに違いない。


 関わり合いになりたくないのは山々だが……見なかったことにして「逃げる」わけにもいかないな。

 最低限の情報収集はしておこう。


 俺は「ステルス」が切れていないことを確認してから、「窃視」を乗せた「鑑定」を凍崎純恋に発動する。


 「鑑定」は通常、相手に「鑑定」を使ったことがバレてしまう。

 だが、「窃視」のスキルを使えば、相手に気づかれずにステータスを覗くことができる。

 特殊条件の達成ボーナスで得たばかりの強力なスキルだ。


 で、「鑑定」の結果だが……


「これは……」


 視界に表示されたステータスを見て、俺はおもわず絶句した。



Status──────────────────

凍崎純恋

羅漢ホールディングス会長付秘書/探索者ギルド「羅漢」ギルドマスター

公式レベルランキング(日本)24位

レベル 2874

HP 27015/27015

MP 25828/25828

攻撃力 29852

防御力 27363

魔 力 24391

精神力 24004

敏 捷 22816

幸 運 20692


・固有スキル

レベルドレイン S.Lv3


・取得スキル

雷魔法2 簡易鑑定


・装備

スコーピオンテイル(鞭。攻撃力+1400。まれに毒・麻痺を付与する)

吸血妃のドレス(防御力+1210、精神力+1300。即死無効。攻撃時に与ダメージの10%分のHPを吸収する。)

女王のピアス(毒、麻痺、石化、睡眠、混乱、沈黙に耐性。敏捷-750)


SP 74

────────────────────


Skill──────────────────

レベルドレイン S.Lv3

他者のレベルを吸収する。吸収には相手からの同意が必要。レベルを吸収した相手に対し、S.Lvに応じて以下の特典のうち一つを与えることができる。

S.Lv1 恍惚感

S.Lv2 自分のSP

S.Lv3 自分の所有しているスキル(与えると自分のスキルは消滅する)

────────────────────



 ……ヤバすぎんだろ。

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