35 次なるダンジョンは……?

「翡翠ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 と、芹香。


「なんでしょうか?」


「ホビット系のモンスターが多く出て、ボスもホビット系のダンジョンってないかな? できればBランク以下で」


「……奇妙な条件ですね。蔵式さんのご要望でしょうか?」


「ああ、悪いな」


 事前に芹香に聞いたのだが、芹香も条件を満たすダンジョンは知らなかった。

 だが、ギルドのメンバーに詳しい人がいるということで、協会に出頭するついでに立ち寄ることになったのだ。


「もし対価が必要なら言ってくれ」


「マスターのご紹介ですし、その程度でしたら構いません」


 灰谷さんは無表情のままうなずくと、手元のパソコンを叩き出す。

 ほどなくして、


「一件だけですが、ありますね」


「ほんとっ?」


 と芹香が弾んだ声を出す。


「道中にホビットが出るだけならそれなりにあるのですが、ボスがホビットとなると一件だけです」


「だよね。ホビットはボスモンスターにはなりにくいみたいだし」


「そうなのか?」


「うん。どうも、ボスになりやすいモンスターとなりにくいモンスターがいるみたいなんだよね」


「まあ、ホビットがダンジョンボスだと見栄えが悪いよな」


「ダンジョンが見栄えを気にしてるとも思えないけど、しっくりはくるね」


「それで、そのダンジョンっていうのは? もしかして遠いのか?」


「いえ、都内です。光が丘公園ダンジョン――Bランク。最寄りは大江戸線光が丘駅ですね」


「出現モンスターは?」


「ホビット系だけです。ホビットソードマン、ホビットシールダー、ホビットアーチャー、ホビットメイジ、トレジャーホビット。4から6体の編成ですか。……こんな面倒そうなダンジョンがあったんですね」


「そうなのか?」


「ホビットは亜種が揃うと役割分担して戦いますので。下手な探索者パーティよりも連携が取れてるくらいです。その割にホビット系は経験値が少なめで、旨みの薄い相手です。基本獲得SPは多めですが、そのためにホビットを狩る人はいないでしょう」


 彼女が言外に言ってるのは、「Bランクダンジョンなのだから出現モンスターのレベルより10以上高いレベルを確保するのが常識だ。そうなると獲得SPはレベル差補正でどっちにせよ0になるので基本獲得SPが高くても意味がない」ということだな。


「モンスターのレベルと、ダンジョンの階層は?」


「レベルは52から。階層は全三層と少ないですが、各階層は広めだそうです。ボス部屋の前に脱出用ポータルがあります。マップデータは……データベースにはありませんね。ボスモンスターはホビット系という以外にデータがないです」


「うん、理想的な条件だ」


 一編成のモンスター数が多いのはネックだが、それ以外は好都合。

 俺には「マッピング」「索敵」があるから、階層が広くてデータがないのはさほど問題にはならないだろう。

 一階層が広いということは、同じレベル帯の編成の中で稼ぎのやりやすい組み合わせを選り好みできるってことでもある。

 ボスモンスターも、ボス部屋の扉を少しだけ開き、その合間から「鑑定」するというテクニックがある。


「本気で言ってるんですか? 広めのマップで連携の取れたホビットパーティと戦うんですよ?」


「いろいろ制限があってね。絶対に無理はしないから」


「……私はあなたのことなんて心配してません」


 灰谷さんはふいっと横を向いてしまう。


「私は心配してるよ、悠人? ソロで潜るには不向きなダンジョンだと思うけど……」


「えっ、ソロなんですか? それなら話は違います。やめておいたほうがいいですよ。連携の取れたBランクパーティか、優秀なAランクのソロ。このダンジョンを安定して攻略するには、最低でもそのラインの戦力が必要です」


 灰谷さんまで真剣な表情になって俺を諭す。


 まいったな。どう説明したらいいだろう?


 考えてみたが、言葉で説明するのは難しそうだ。


「芹香って『鑑定』は持ってるか?」


「ううん。『簡易鑑定』だけだね」


「『鑑定』なんてそう滅多に持ってるスキルじゃありませんよ」


「翡翠ちゃんは持ってるけどね」


「そうなのか」


「その分、他のスキルが弱いので、基本的には裏方をやっています」


「なるほど、そういう人員も要るんだな」


「そうそう。優秀なコなんだから」


「恐縮です。……ところで、蔵式さんのお話だったのでは?」


「そうだった。ステータス、見せてくれるの?」


「ああ。画面で見せるよ」


 俺はスマホで「Dungeons Go Pro」を起動、自分のステータスを開いて芹香に渡す。


「どれどれ…………って、なにこれぇっ!?!?」


 芹香が俺のステータスを見て絶句する。



Status ──────────────────

蔵式悠人

レベル 1

HP 1103/1103

MP 1334/1334

攻撃力 1014

防御力 457

魔 力 9595

精神力 3160

敏 捷 10689

幸 運 12115


・固有スキル

逃げる S.Lv1


・取得スキル

【魔法】火魔法2 風魔法1 水魔法1 氷魔法1 雷魔法1

【特殊能力】忍術1 暗殺術1 毒噴射1 地割れ1

【戦闘補助】MP回復速度アップ2 強撃魔法2 古式詠唱2 高速詠唱1 魔法クリティカル1 魔法連撃1 MP節約1 属性増幅1 致命クリティカル1 バックスタブ1 思考加速1 回避アップ1 ノックアウト 渾身の一撃1 凶暴化1 自己再生1 分裂1 サバイブ 奇襲1 先制攻撃1 先手必勝1 先陣の心得1 追い払う 天誅1

【能力値強化】魔力強化3  HP強化2 防御力強化2 MP強化1 精神力強化1 敏捷強化1 幸運強化1 身体能力強化1

【耐性】麻痺耐性1 石化耐性1 睡眠耐性1 即死耐性1 混乱耐性1 沈黙耐性1

【探索補助】鑑定 簡易鑑定 偽装 窃視 アイテムボックス1 索敵1 ミニマップ 隠密1 ステルス 罠発見1 罠解除1


・装備

防毒のイヤリング

旅人のマント

守りの指輪


SP 73221

────────────────────



 芹香がまだ固まってるので、今のうちに細かい補足をしておこうか。


 特殊条件達成で手に入れた「レベル封じの腕輪」はまだ装備していない。


 経験値が入らなくなるこの腕輪を装備すれば、「逃げる」を使わなくても極限低レベルでのSP稼ぎが可能になる。

 まさに俺のためにあるような装備だよな。


 でも、経験値を100万無効にすると確率で壊れるようになるとも書いてある。

 装備するのはどうしても敵を全滅させなければならないときだけにして、なるべく温存しておきたい。

 100万なんてそうそう貯まる数字じゃないけどな。


 同じくボーナスでもらった「秘伝書・破の巻」は既に使用済み。

 SP40000を入手した。


 「奥義書・序の巻」(一部のスキルが取得可能状態になる)も使ったが、取得可能になったスキルは武器系が多く、すぐにほしいようなスキルは見当たらなかった。


 それ以前に稼いだ分と合わせて70000ものSPを振らずに残しているのは、いい加減「逃げる」のスキルレベルを上げたいからだ。

 70000でもスキルレベルアップの表示が出ないということは、必要SPは100000とか160000?

 他のスキルにくらべてあまりにも法外で、嘘だろ?という気持ちになった。


 「逃げる」のためにSPは温存したいが、そろそろ防御力の低さをどうにかする手立ても考えたい。

 スキル構成が魔法偏重になってしまってるので、近接戦をこなせるスキルも取りたいな。


 稼ぎ効率を優先するなら、Aランクダンジョンに狩り場を移すという手もあるが、当面はBランクにしておきたい。

 能力値的にはAランクの下のほうならやれるはずだけど、俺はソロでしか潜れないからな。

 事故防止のために安全率を大きく取る必要がある。

 普通の探索者がモンスターのレベル+αのマージンを取るのに対し、俺はスキルの数と質、能力値ボーナスで余裕を作る。

 スキルのシナジーにも左右されるので、明確にこれという基準がないのが悩みの種だ。


「ちょっと見ない間にすごいことになってるね……驚いたよ」


 ようやく再始動した芹香が、ひきつった顔で言ってくる。


「そんなにすごいのですか、彼のステータスは。……あ、いえ、詮索はいたしませんが」


 今日知り合ったばかりの灰谷さんにはステータスは見せてない。

 不公平なようだが、探索者としては当たり前の用心だ。

 灰谷さんも、見せてもらえないことを当然のこととして受け止めてる。


「なんていうか……ああもう、どう言ったらいいのかな? 不安がゼロとは言わないけど、悠人が十分安全マージンを取ってることはわかったよ」


「……そのダンジョンを十分なマージンを取ってソロで攻略できるのは相当な実力者だと思うのですが」


「同じBランクの天狗峯神社ダンジョンは踏破してるよ」


「天狗峯神社……ここですか。ダンジョンボスはだいだらとなっていますが……まさか、ソロで?」


「スキルの相性がよかったんだ」


「はぁ、それが本当なら引き止めるのも失礼ですね」


「いや、忠告はありがたいよ」


 実際、連携を取って向かってくる敵モンスターは初めてだ。

 最初は慎重に始めて、必要ならスキルを増やしたほうがいいだろう。


「それなら、せめてこれを持ってって」


 と、芹香がアイテムボックスから布のようなものを取り出した。


「ローブだと敏捷に悪影響があるから、マントのほうがよさそうだよね」


「そうだな。マントのほうが慣れてる」


 というか、ずっと旅人のマントのままである。


「悠人の敏捷なら装備できるはずだよ」


 手渡されたのは、紫の地に鮮やかな黄色の縁取りがされたクロークだ。



Item──────────────────

クローク・オブ・サンダーストーム

雷属性による被ダメージを半減する。

状態異常「感電」にかからなくなる。

防御力+290

精神力+300

敏 捷+110

装備には敏捷が3200必要。

────────────────────



「これは……こんないいものもらっていいのか?」


「うん。っていうか、そのクローク結構使い勝手が悪いんだよね」


「そうなのか? かなり強力だと思うんだが」


「悠人にとってはね。でも、装備条件が微妙でさ。敏捷が3200もある探索者にとっては、能力値の上昇量が少ないんだよ。雷半減と感電無効は強いんだけど、同じくらいの装備にくらべると防御面でだいぶ見劣りするってわけ。雷や感電はアクセサリで対策して、防御力の高い普通のクロークを装備したほうがいいんだよね」


「ああ、なるほどな」


 敏捷が3200あるなら、防御力も3000前後はあるだろう。

 防御力3000の探索者には、このクロークの防御力+290は物足りなく映るんだろうな。


「だけど、悠人にとってはちょうどいいでしょ?」


「まさにこういうのがほしかったって感じだな」


 俺の防御力は457。

 +290はかなりデカい。


「だよね」


「なんだかものをもらってばかりで悪いな」


「気にしないでよ。どうせ使い道のなかったものなんだから。在庫処分だよ、在庫処分」


 たぶん芹香は、俺が遠慮せずに済むよう、あえて使い道のないものの中から、俺の役に立つものを選んでくれたんだろうな。


「これで、貸し二つだね?」


「う……お、覚えておくよ」


 満足そうに微笑む幼なじみの顔が、なぜか悪魔のように思えてならなかった。

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