34 宿敵との再会と世話焼きな幼なじみ

 皆沢さんの話を聞き終えた俺と芹香は、探索者協会のロビーに出て、エレベーターを待っている。


 さっき聞かされたことについて話したい気持ちはいっぱいだが、人目のあるところでそんな話ができるはずもない。


 羅漢ヒューマンリソースは探索者協会への出資を年々少しずつ増やしているという。

 探索者ギルド「羅漢」も(質はともかく)所属探索者の数では国内有数。

 既に侮れない政治力を持ち始めているらしい。

 羅漢の創業者は与党所属の国会議員で、次の内閣改造で入閣するという噂もある。


 エレベーターがやってきた。

 扉が開くと、中には先客がいた。


「あら? 朱野城あけのじょうさんじゃない。随分冴えない男を連れてるようだけど、彼氏かしら?」


 いきなりそんな暴言を吐いてきたのは、スーツ姿の美女だった。

 自分の容姿に絶大な自信を持っていて、それを使って実利を得ることに躊躇いがなさそうな感じだ。

 背は、芹香より少し低いだろうか。

 スタイルのよさを誇示するようにブラウスの胸元を大きく開き、ぴったりとしたスリット入りのスカートを履いている。


 高慢を絵に描いたような美女で、色気はあるが、関わり合いにはなりたくないタイプだな。


 ……いや、待て。


 俺は、この女を知っている!


 大分印象が変わったが、間違いないはずだ。


 なぜこいつがこんなところに……。


 俺にとっては最悪の再会だ。

 反応を見る限り、あっちは気づいてないみたいだが。


凍崎とうざきさん。私の連れに対して失礼ですよ」


 怒るかと思いきや、芹香は冷静に切り返した。


 それが正しい対応だと俺も思う。

 この女相手に感情的になっても付け込まれるだけだからな。


 今聞いた名前と昔の名前が違うようだが……年齢的に結婚してたとしてもおかしくはない。


 でも、「凍崎」って……


「あら、それは失礼。私、思ったことをすぐ口にしちゃうタイプなのよ」


 エレベーターから降りた女は、芹香に不必要に近づいて、侮蔑の言葉を吐き出した。

 俺の記憶にあるのと同一人物なら、凍崎純恋すみれというはずだ。


「何か私に御用でも?」


「いえ、とくには。ただ、私があなたをランキングで抜く日は近いわ。覚悟しておくことね」


「私は別に、ランキングのために探索者をしてるわけではありませんので。どうぞご自由に、としか言えませんね」


「フンっ、そんな顔をしていられるのも今のうちよ」


 と吐き捨てて、凍崎純恋は挨拶もせずに協会フロアの廊下へと消えていく。


 俺と芹香は無言でエレベーターに乗り込んだ。


「ごめんね、変なことに巻き込んで」


「芹香は悪くないだろ。悪いのはあの女だ。誰なんだ?」


 知ってはいたが、勘違いということもある。


「『羅漢』のギルドマスターだよ。凍崎とうざき純恋すみれ。国内レベルランキング27位の探索者だね」


 やっぱり、俺の知ってるあの女で間違いないか。


「姓が凍崎ってことは、羅漢創業者の妻ってことか?」


「ううん。養女みたいよ」


「養女? あの冷酷そうな創業者が他人を娘に迎えたりするのか?」


「得難いスキルがあったから、でしょうね。べつに愛人だったとしても不思議じゃないけど」


 芹香と俺は高校が別だ。

 だから、俺とあの女が過去に接点があったとは知らないはずだ。

 知ってたら、あんな対応で済ませているはずがない。


 でも、ただでさえ確執がありそうな相手だからな。

 わざわざ芹香に、俺が過去にあの女から受けた仕打ちのことを語る必要はない。

 芹香はきっと俺以上に怒ってくれるだろう。

 だが、そうした感情はあの女に付け入る隙を与えるだけだ。


「なにかトラブルでもあったのか?」


「そういうわけじゃないんだけど。同年代の女性でランキングが近いからかな。目の敵にされてるんだよね。ギルドの運営方針も真逆だし」


「あの女と真逆ってことは、芹香はまともだってことだよ」


「わかってる。まともに相手にしてもつけ上げるだけだから、顔色を変えずに流しておくのがいちばんいい……って、ギルドの仲間に言われたんだ」


「いい仲間がいるんだな」


「うん、私のギルドは最高だよ。それだけは自信を持って言える」


 エレベーターが目的のフロアに着いた。

 有名ギルドの事務所がいくつか入っているフロアだな。

 「羅漢」はこことはべつのフロアを一階まるまる使ってるらしい。


「どうぞ、悠人。入って入って」


 カードロックを使ってドアを開け、芹香が俺を中に案内する。


 こじんまりした専用フロアにいたのは、芹香と同じくらいの歳の、眼鏡をかけた女性だ。

 冷静な参謀とか、有能な秘書とか、そういった言葉を連想させる、みるからに頭の良さそうな女性だな。


「マスター。おかえりなさい」


「ただいま、翡翠ひすいちゃん。私がいないあいだ何もなかった?」


「はい。どの班も問題なく探索を進めてます」


「それはよかったわ」


 ……この会話からもわかる通り、芹香はこのギルド「パラディンナイツ」のマスターだ。

 凍崎純恋が芹香を敵視するのは、互いにギルドを代表する立場にあるから、でもあるんだろうな。


 もっとも、あの女のことだ。

 健全なライバル心なんてものを持ち合わせているはずはない。

 芹香のような、優しく世話焼きで、他人に分け隔てなく接し、誰からも好かれる――そんなタイプの人間は、あの女にとっては最も気に入らない種類の人間だろう。

 どんな手段を使ってでも潰す――そのくらいのことは考えていそうだ。


 ……って、今はそんなことを考えてるときじゃなかったな。


「どうも、お邪魔します」


 俺は翡翠さん?に会釈をする。

 彼女は俺を、頭から爪先までじろじろと観察してから、


「そちらが、例の彼ですか?」


 と、芹香に聞く。


「うん。有望な探索者だよ」


「勧誘はしないので?」


「無理強いはしたくないから。それに、私のコネで入ったみたいに思われたら困るし」


「マスターがそんなことをすると思う人はいませんよ」


「それでも、だよ。信頼の上にあぐらをかいちゃいけないでしょ?」


「そうですね。では、今日は顔見せということでしょうか?」


 女性が俺に目を向けてきたので、


蔵式くらしき悠人だ。よろしく」


 敬語にするかどうか迷ったが、昨日はるかさんの言われたことを思い出して、はっきりめに言ってみる。

 俺はここのギルドメンバーじゃないんだから、実力はともかく探索者としては同格だ。

 さっきから彼女には軽めに扱われてるきらいがあるし、これくらいの態度は必要だろう。


「……それだけですか?」


「えっ?」


「レベルとか、スキルとかをアピールしないんですか?」


「ああ、いろいろと特殊でな。探索者の権利として言わないでおくことにするよ」


「そうですか。まあ、マスターが有望と言うならそうなのでしょう」


 俺は初対面の女性、とくに「デキる」女性、「モテる」女性からは舐められやすい傾向にある。

 どこかおどおどしたところが弱そう、使えなさそうと映るんだろうな。

 さっきの凍崎純恋の態度なんかはその典型だ。


 この翡翠さん?もその類かと一瞬思ったが、どうもそうではないらしい。

 たぶん、この人は誰に対してもこんな感じなんだろう。

 馬鹿にしてるわけじゃなく、単に事務的という感じだな。

 

 それだけに、彼女が芹香に向ける忠誠心のほどがよくわかる。

 凍崎純恋への対応を芹香にアドバイスしたのも彼女なのかもしれないな。

 世話焼きだけに危なっかしいところもある芹香に、彼女のような味方がいてよかったと思う。


「信頼されてるんだな、芹香は」


 おもわずそうつぶやくと、


「マスターを気安く呼ばないでください」


 と、鋭い声で注意されてしまう。


「す、すまん。つい」


「翡翠ちゃん、それは違うよ。悠人は幼なじみで、私がギルドマスターになる前からの知り合いなんだから」


「それでも、ここはギルドルームです。プライベートにまで口をさし挟むつもりはありませんが、場所を弁えていただきませんと困ります」


「悪かった。気をつけるよ」


 でも、俺はここのメンバーじゃないからマスターと呼ぶのも変だよな。

 「朱野城さん」でいくしかないか。


「申し遅れました。私は灰谷はいたに翡翠ひすいと申します。以後お見知り置きを、蔵式さん」


「あ、ああ。よろしく、灰谷さん」


 あくまでも無表情な灰谷さんに戸惑いつつ、俺はなんとかそう返す。

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